補習授業部の第二回試験にて、ナギサに陥れられて試験用紙は紛失(焼失)――試験は不合格になってしまった。
失意に沈む彼女たちをよそに、ティーパーティーの三人は何の意味もなく集まった。
「ふむ。これがエプロンというものかね。汚れたら新しい服に着替えればいいだけだと思うが」
「セイアさん、普通はそんな簡単に服を取り替えたりはしないものですよ。エプロンだけなら洗濯も簡単ですし」
「あはは、ナギちゃんったら庶民っぽーい。一度着た服は捨てればいいんだよー?」
きゃいきゃいとやかましくしながら、けれど仲の良い女の子らしく距離はとても近い。機嫌良さそうにうろちょろと動くミカは、頬と頬が触れあいそうになるほど近くまで顔を寄せたりしている。
ナギサは少し戸惑いながら、セイアはうっとおしそうに……けれど遠ざけたりはしない。受け入れている。
「ミカちゃん、それは誰の真似ですか? ものは大事にしなさい。まったく……」
「しかし、まあ――我々にとっては菓子などわざわざ自分で作ることなどするまいよ。いや、一般生徒だって一々菓子を作ることも自炊することもないからね」
「確かにお菓子作りは趣味の一貫と言えますが……。というか、何故セイアさんは突然お菓子作りをしたいなどと言い出したのですか?」
「そこはまあ、あれだ。私も友達らしいことをしてみたい時もある」
ふふ、とセイアが意味深な笑みを浮かべる。まあ、こんなものに意味深も何もないのだけど。
「セイアちゃん。何か変に積極的だね? 変なものでも食べた?」
「さて。君の手ずからケーキを食べさせてもらったことはあったが」
「……ふふ。こんな時でも。いえ、先に待つ未来に至る前にやりたいことはやっておいた方が良いのでしょうね」
「そういうことだ、ナギちゃん。我々はマダムに対して徹底的に対抗しなければならない。……が、それだけに心を囚われていては戻ってきた意味がない。私は、君たちと友達らしいことをしたかったから」
そっとミカが抱きしめて、ナギサも続く。
とはいえ、この二人が気付いていないこと。”やってみたかった”という理由は、それは嘘ではない。
しかし、それ以上にこの二人は補習授業部に仕掛けた罠を気に病んでいることが分かっていた。気分転換が必要だと、そう思ったからこんな仕込みをした。
「――では、始めて行きましょう。作るのはフルーツタルトで良かったですね?」
「ああ、君に従おう。ナギちゃん先生」
重々しく頷くセイア。まるでどこかの教授にでもするような格式ばった一礼をする。
「……それは、敬われているのかからかわれているのか分かりませんね」
「ちゃんと教えてね? ナギちゃんせんせ☆」
ミカの方はぺろりと舌を出してウインクした。
「ミカちゃんは馬鹿にしていますね?」
「うわわっ。落ち着いてよー。なんで私ばっかり!」
「セイアちゃんはいつも無表情なので、本気か冗談なのか分からないんですよ!」
「なにっ!?」
「ああ、うん。それはそう」
「ミカちゃん……君まで。うう……今までのミステリアスでセクシーな私のイメージはどこへ行ってしまったのだろう……?」
ぐすん、とセイアが泣き真似をする。確かに目を引く容姿で、彼女が美しいのは間違いないだろう。
けれど、セクシーなどと言われてしまうと。
「セクシー……?」
「ううん。……その壁が?」
ナギサは遠慮がちに、ミカは無遠慮にセイアの胸を見る。まあ、ノースリーブどころか袖が抉れているような格好だ。
もしかすると横の胸が少し見えてしまうくらいのハレンチな恰好と言えて。けれど、遠慮がちに主張するその膨らみは慎ましくて。
「ミカちゃん……表に出ると良い。その無駄な脂肪の塊をえぐり取ってくれよう」
「やあん☆ こわーい。セイアちゃんが虐めるよー」
青筋を浮かべるセイアの眼力を前に、ナギサの後ろに隠れた。
「……はあ。ミカちゃんが居るといつまで経っても本題にたどり着きません」
「え? これ、私のせい? むしろ、セイアちゃんが色々ひっかきまわしてるせいだと思うんだけど」
「さて。こういう会話も無駄ではあるが、好ましいものではある。私が乗ったという要素も少なからずはあるかもしれないね」
「さて」
ナギサは全てを無視して机の上に材料を取り出して行く。
「フルーツタルトですが、まずは生地を作っていきます。実はお菓子作りには体力が必要な工程がいくつかあるので、今日はミカちゃんを頼りにさせていただきましょうか」
「ええー。私、かよわい女の子だよ? そんな、力が強いだなんて……」
「ミカちゃんの腕力には到底及ばないとはいえ、病床の身ながら私も手伝おう。せっかくだしね」
無限にしゃべりそうな二人をやっぱり無視して、ナギサは砂糖とバターをボウルに入れる。
「あれ? バターって溶かすものじゃないの?」
「いいえ、そうしてしまうとうまく生地に混ざらないんです。では、さっそくですがミカちゃん。お願いしますね」
ミカがボウルを受け取り、混ぜようとする――が、混ぜるよりも先に泡立て器の方が歪んでくる。
バターが、堅い。
「え? あ、うん。ね、なんか堅くない? これ、混ざるの?」
「実はですね、溶かすまでは行かなくても常温で置いて柔らかくするものなのですが……私もここには来たばかりで準備が間に合いませんでした。よろしくお願いしますね☆」
「うむむむむ……!」
それでも無理やり力を入れていくと、バターが潰れて砂糖と混ざっていく。3分もすればちゃんと混ざって、ミカは肩で息をしていた。
「おお、凄いですね。いつもなら諦めて10分ほど待っているんですが」
「……ナギちゃん?」
ジト目のミカを無視して、ナギサは次の工程に移っていく。
「はい、ありがとうございます。ミカちゃん。次は卵黄を加えていい具合に混ぜ合わせます。……こんな感じですね。次はセイアちゃんにお任せしましょうか」
「うむ。なんでも任せてくれたまえ」
「では、こちらが小麦粉とアーモンドパウダーです。こちらを加えて混ぜ合わせてください」
「了解した。しかし、混ぜ合わせてばかりだね。溶かして一気に作業を終わらせてしまえばいいものを。いや、仕上がりに差が出るのだったね」
次はセイアが用意された粉を入れてぐるぐると混ぜて行く。冷たいバターと違い、弱い力でも作業可能だ。
まるで子供に手伝ってもらっているみたいで、見ているナギサとしては微笑している。
「ナギちゃん? 何を笑っているのだね。……これくらいで十分だろうか。粉っぽさはなくなってきたが」
「まだまだです。一塊になるまで混ぜ合わせてください」
「なるほど。菓子職人と言うのはいつもこんな大変な思いをしているのだね。まあ、キヴォトスに流通する菓子の殆どは機械によるオートメーションだと思うが」
「けれど、一流とされるところではどこも手作業で作っていますよ。はい、貸してください。……いい感じですね。これは冷蔵庫で1時間ほど寝かせます」
「1時間!? 映画を見終わっちゃうよ!」
「いえ……映画は基本90分から120分程度かと思いますが」
「ううむ。本当に手間がかかるものだね。趣味としては良いのかもしれないが……」
「だから菓子職人は尊敬されるのですよ。とても大変な仕事ですから」
その後、雑談に花を咲かせているとすぐに1時間が経った。
「では、生地を伸ばして型に敷き詰めましょう。ここは私がやりましょうか。やり慣れていないと生地を破いてしまいますしね。……と」
テキパキと、美しく型に敷き詰めていく。慣れた動きによどみはない。
「では、フォークで適当に穴を開けてください、セイアちゃん。ミカちゃんに任せると机ごと突き破ってしまいますからね」
「ひどくない!? できないとは言わないけど!」
「ふむ。責任重大だね……」
「では、セイアちゃんが作業をしてくれている間にカスタードクリームを作りましょう。材料はここにあるので、順番に加えながら混ぜて行きます」
「おっけー。生地の時とおんなじだね。ええと……右からかな?」
ミカが真剣に材料を混ぜ合わせていく。
「何をしているのかね?」
「ああ、セイアちゃんも穴あけは終わりましたか? それではオーブンで焼いて行きましょうか」
「了解だ」
「はい、ナギちゃん。終わったよ」
「では、こしながら鍋に入れましょう。セイアちゃんの方は、オーブンを余熱しておいてください」
「ああ、何度かな?」
「180℃でお願いします」
「ナギちゃん、入れ終わったよ」
「では、カスタードクリームには火を入れます。焦げ付かないようにかき混ぜてくださいね。ここは、後でセイアちゃんと交代ですね」
「はーい」
「甘い、良い香りがしてきたな」
しばし、三人でかき混ぜられるカスタードクリームの様子を眺めているとぽーんと音がする。
「余熱が完了したようですね。セイアちゃん、一緒に生地を入れましょうか」
「もちろんだ」
うきうきとミトンを手に嵌めるセイアの様子を見ていると、ナギサも笑顔になる。オーブンに入れた。
「ねえー。つまんなーい。いつまでかき混ぜたらいいのー? もう完成してなーい?」
「ああ、まだですよ。ミカちゃん。交代しましょうか、セイアちゃん」
「良いとも、ナギちゃん先生」
「あ、それ。まだ続いてたんですね」
そして――タルトは焼き上がり、クリームも完成する。
「さて、後は盛り付けだけです。ここからが重要ですよ。もちろん、今までの工程もいい加減にしていいものではありませんが」
「ふふん、なら私にお任せ! センスなら自信があるよ」
「……仕方ない。私はクリームの方を担当しようか」
「では、セイアちゃんはクリームの方ですね。敷き詰めていってください」
「うむ」
そろそろと少しずつ、少しすつ塗り広げていって――面倒になったのか一気にどっさりと乗せてペタペタと広げていく。
「あはは。まあ、そんなやり方でも問題ありませんが。もう少しクリームを乗せても大丈夫です」
「そうか。こんなところかね?」
「はい。では、綺麗に均してしていきましょう」
「うむ。……完成したぞ。では、次はミカちゃんの番だな」
「はいはーい。飾りつけはミカちゃんにお任せ☆ イチゴとー、マスカットとー、オレンジもいいアクセントになるね」
ひょいひょいと適当に乗っけているように見えて、すぐに美しい模様が完成していく。そこらへんのセンスは流石と言えるほどだ。
「やっぱりミカちゃんはこういうの得意ですね」
「そうだね。私のセンスはいささか古臭いらしいから」
皮肉だが、ミカは気付かない。
「あは、大丈夫だよ。セイアちゃん。セイアちゃんが回復したらショッピングモールでお買い物とか行こうね」
「……うむ。ならばそこで私の最先端のセンスを見せてあげよう」
けらけらと笑うミカに、セイアは挑戦的な笑みを返す。
「ショッピングですか。行けるといいですね、本当に」
「うん。……行きたいなあ」
雰囲気が暗くなった。この気分転換は、やはり現実逃避と紙一重だ。強大な敵と、そして対抗するために侵した罪。
そこまでしても、望んだ未来にたどり着けるかは分からない。予知で見た未来は失敗していた。だから、こうして頑張っている。
「行きたいではなく、そうするのだろう? 私たちの手で」
けれど、そのために戦っているのだからと。絶望してなど居られない。
「そうだね! みんなで――生き残ろう」
楽しい団らんの時。失わないために、決意を新たに。ミカの辿った未来では、きっと……そういうことも出来なくなっていたと思うから。