第2回試験、謀略によってテストを受けることさえ出来なかった補習授業部の面々。試験問題を見てすらいなくても、試験範囲も変更されていたということで更なる壁も存在する。
そんなダブルコンボを決められては、絶望して諦めることも仕方ないと言える。勝つ道筋を考えるどころではないだろう。なぜなら敵はその勝利条件そのものを好きに変えられる。けれど、彼女たちは諦めなかった。
――次こそは、と拡大された試験範囲にも立ち向かった。そうして準備万端で試験に向かう、その前夜のこと。
アズサが、自分こそが裏切り者なのだと告白する。自分こそは桐藤ナギサを殺害するためにトリニティに送り込まれたスパイであるのだと。
けれど、それが全てではない。
主であるアリウス分校すらも裏切って、桐藤ナギサを守る決意をしたから。「全てが虚しいものであろうとも、反抗するのをやめる理由にはならない」という信念のため。
……誰もが笑って暮らせる世界が欲しかった。夢物語だけど、桐藤ナギサの殺害を許せばそれが遠のくことは明白だから。
ゆえにこそアズサは母校にすら逆らうのだ。
例え自分一人でも、桐藤ナギサの殺害を狙うアリウスの部隊と戦い抜くのだと啖呵を切った。試験を受けられなくてすまない、とも。
「はい。私は……一緒に過ごしてきたアズサちゃんのことを信じます」
ヒフミは迷わずアズサの手を取る。そこで迷わないのがヒフミの良いところだ。ハナコとコハルも、銃を手に取る。
アズサのことを知っている。不器用で、トラップを仕掛けることに余念がなくて、どこに居ても野生動物のように周囲を警戒している危うい娘。けれど、本当は優しい子なのだと分かっている。
「では……指示を。先生」
「うん。補習授業部……出動!」
ゆえに、補習授業部は一丸となってアリウスと戦うために駆けていく。
「さて、まずは二手に分かれようか。先遣隊が来ているはずだから、まずは目を潰そう。それと、ナギサには避難してもらわないといけないね」
「では、ナギサちゃんを連れてくるのは私に任せてください♡ アズサちゃんと行ってきますね」
「私が? だが、仕掛けたトラップを把握している私が戦線に加わった方が良いのではないだろうか」
「いえいえ。トリニティのことを知っている私と、トラップを仕掛けたアズサちゃんならどんなところからでも先生たちと合流できますから」
ハナコはやはり頭が切れる。最善の作戦を即座に組み立てた。
「そういうことなら、了解した」
こくりと頷くアズサ。
「では、こちらは任せてください。コハルちゃんと先生とで、すぐにやっつけちゃいますから」
「ふん。この正義実現委員会エリートのコハル様に任せておきなさい!」
コハルとヒフミが揃って力こぶを作るポーズをする。外見はかわいらしい少女でも、戦う力を持っている。
それに先生まで居れば100人力だ。
「ふふ、ではそちらはお願いしますね」
ヒフミとコハルは先生とともに先遣隊を撃滅することになった。ハナコとアズサは隠れてナギサの隠れ家へと向かう。
手薄になった警備をかいくぐって、ナギサの居る屋根裏部屋に侵入する。
「……お待ちしておりました。ハナコさん、アズサさん」
そして、対するナギサは……優雅に紅茶を嗜んでいた。予測不可能な事態、エデン条約を前にして心穏やかでは居られない状況であるはずなのに。
裏切り者と目を付けていた二人と安全地帯であるはずの隠れ家で顔を合わせて、そんな危機的状況に冷静で居られるような人ではないのに。
「慌てないんですね」
「知っているのでしょう? 私の隠れ家と、そしてこの秘密の部屋も。ここで待っていれば、来てくれるとのことでしたので」
睨みつけるハナコと、どこ吹く風で取り合わないナギサ。支配者の仮面は崩れない。ただまあ、他人に弱みを見せないという悪癖であるのかもしれないけど。
「ことでした? ――やはりセイアさんですか。救護騎士団に匿われていた彼女、ミネ団長に背負われて市街を爆走したそうですね」
「え……ええ。やはり、有名になってしまっていますね」
初めて苦々し気な顔を見せる。自分のことではないが……まあやはり外聞は悪い。トリニティの支配者は神秘と機密のヴェールに覆われてなければならないはずだった。
それが、あんな大爆走などして噂の種になってしまえば面目が立たない。
「その人が無事だったのなら、それで良いのではないですか? ナギサちゃんは彼女が殺されたと思って疑心暗鬼になっていました。でも、もう良いでしょう? セイアさんを頼ってまで私達を陥れようとする理由がまだありますか?」
「……さて。ですが、セイアさんが生きて居ようとも――このトリニティに裏切り者が居ることには変わりがないのではないですか?」
「そうかもしれません。……ですが、本当にここまでする必要がありましたか? 特にヒフミさんのこと、あなたはずっと気にかけていたではないですか。彼女との友情を裏切ってまで、こんなことをする必要がありますか?」
「――それでも、こうする必要があったのです。ヒフミさんは……はい。私にとって大事な人であるのは変わりません。それでも……”未来”のために。私は、彼女であろうとも切り捨てることを厭わない」
ハナコの目が細くなる。
キレる人間と言うのは、こういうのが怖い。感情が爆発しても叫び声を上げるなどという愚かなことはせず、静かに相手の急所を見ている。
話をしている余裕はないと目で訴えるアズサのことをジェスチャーで止める。あと少しで”終わる”からと。
「そういうことですか。だから、ヒフミさんはこちらに来なかったんですね」
「……え? だって、そういう未来のはずじゃ」
あの苦々し気な顔でさえ仮面だ。支配者も、常に微笑んでいるわけにはいかない。苦渋を舐める、程度の顔を見せる場面というものはあるものだ。先のように。
けれど、その仮面にヒビが入る。ナギサの素顔が、わずかに覗いた。
「セイアさんの予知ですか。けれど、人の行動には理由があるものですよ。あの子はこう言ってましたよ。「あはは……そっちはハナコちゃんにお任せします。まあ……機会があれば、顔を合わせることもあるでしょうから」って」
「――ッ!」
ナギサはヒフミのことを知っている。常識人に見えても凄い行動力をもっている彼女は、”機会があれば”など言わない。
やろうと思ったら行動するのだ。だからこそ、あればなんて言うのは――そんなことをする気はないと言うことで。
それを一言で表すなら、「もう顔も見たくない」ということだった。
「あ。ああ――」
ナギサは呆然とした顔で、涙を流すことすら忘れて――
「……」
アズサが無言で頭に向かって銃を連射した。
「近距離で5.56㎜弾を丸々一弾倉分当てたから、1時間くらいはこのまま気を失っているはず。……行こう」
「はい、そうですね。先生に合流することにしましょうか」
彼女の身柄を隠した後は、爆薬の音がする方へ向かっていく。校舎にしかけた無数のトラップにアリウス分校の本隊が引っかかっている。
突破されそうな部分は先生の指揮の下、モグラ叩きを続けている状況だ。
そして、トラップに悪戦苦闘している他のアリウスを見つけた。部隊長クラスはトラップにひっかかっても簡単には気絶しないのだ。
部下を盾にしてでも強引に罠を突破しようとしている。
「――」
そこを、ハナコと二人で強襲する。
「誰だ!?」
「スパイです! スパイが裏切りました!」
バタバタと倒れていく部下たち。アリウス……というより”軍”の強みは連携にある。ミカやヒナ、そういったトップ層の例外を除けば囲んで叩くのが正義で、それをするためのあらゆることが戦術だ。
つまり、部下が居なければ戦力は半減どころではない。罠によって部隊の多くが気絶してしまった状況では、軍はその実力を殆ど発揮できない。
「……そう。裏切り、それ以上でも以下でもない」
アズサは右往左往するアリウスの者達を次々と片づけていく。いくら数で勝ろうと、トラップにあって混乱した上にそこから強襲を受けたのでは対抗手段もない。
体制を立て直すまでは、やられるがままだ。アズサとハナコは草刈りのごとくアリウスを片づけていく。
「ッ!? どういうことだ」
「目標は私が先に貰った」
そして、アズサは真実を告げる。それが事実であれば、アリウスにとってはかなりマズイことになっている。
任務達成が困難になった状況は、今はまず不利な状況を脱するところから始めなくては行けない現状すらも忘れさせる。
また、体勢を整えることが遠くなった。一秒ごとに、味方が減る中で数秒の遅れは致命的でさえある。
「な、何故だ! どうしてそんなことを……!」
「早く終わらせて、試験を受けなきゃいけないから」
「……は?」
「ちなみにもう正義実現委員会に報告は届いてる、逃げるなら今のうち。――気にすることはない。作戦が失敗する未来はもう決まっているのだから」
「ほざけ。ブラフに決まっている。情報が正しければ、正義実現委員会が動くはずが――」
撃った。これで、この隊の撃滅は完了。先生と合流するために走って向かう。
無数のトラップで遅滞戦法を取り、そして突出した部隊へは先生の指揮の下に撃滅する補習授業部の戦法。そもそも部自体に強力な戦力が揃っている。
アズサもアリウスの中では頭一つ抜けている。そしてコハルも、トップ層ではなくとも戦闘を主とする勢力の傘下だ。ハナコも荒事に慣れて居なくても、その持ち前の頭があれば戦闘など朝飯前。
最後のヒフミはと言うと、言うまでもない。人畜無害に見えて、ブラックマーケットという魔境を闊歩しているアウトローだ。むしろ、最も活躍したのが彼女かもしれない。
少なくない犠牲どころか、アリウスはほとんど壊滅寸前までに追い詰められた。だが、それでも戦力を残した部隊が前進する。
仲間を犠牲にしつつ、補習授業部を袋小路……とある校舎にまで追い詰めた。
「こちらです! ターゲットを連れたまま、こちらの建物に入っていくのを見ました!」
「なるほど……ここに陣地を築いたということか、白洲アズサめ」
だが、袋小路と分かっていてここに隠れたということは当然……この建物の中はトラップが満載されているということを示す。それは火を見るより明らかだったが、ここで退却する選択肢などない。
アリウスは獣の顎の中だろうが、前に進まなくてはならない。そうしなければ未来はないと、そのような教育を受けている。任務を遂行するための犠牲を悼むようなことは教わっていない。
「中に通じる入口は二つのみ! 片方はバリケードで塞がれています!」
「開いている入口は一つか……いや、そっちは罠だ。塞がれたバリケードを爆破して、そちらから侵入せよ!」
一糸乱れぬとまでは行かないけれど、統率の取れた動きで攻め込むアリウスの残兵。この練度と数であれば、まさか隙をついて別のところから逃げることも許されない。
敵を確実に追い詰めているはずと、ほくそ笑む。
「……騒ぎになりそうですが?」
「いい。ちょうど、増援部隊も到着するはずだ。こうなってはもはやトリニティとの全面抗争も想定した方が良い。……しかし」
「弾薬、足りますか? 聖園ミカは食料はくれても、弾薬の方は満足には……」
「間に合わせるしかない。できる限り早急にターゲットを回収し、消耗を防ぐ!」
だが、アリウスもまた切羽詰まっている。罠によって予想以上に人員を削られ、しかも弾薬だって満足には準備できていない状況だ。
とはいえ、やはり任務を放り出すことも考えられない。……進む以外にないのだ。
「――行くぞ!」
爆音とともにバリケードが吹き飛び、彼女らはそこへと踏み込んだ。