アリウスの部隊を倒した。……だが、増援がすぐにやってくる。もう足音が聞こえてくる。
「さて、後は正義実現委員会の部隊がここに到着するまでの間、時間を稼ぐだけですが……」
「あ、ハスミ先輩には連絡しておいた! すぐに来てくれるはず」
「はい、ありがとうございます♡ 定時連絡もあるでしょうし、もうナギサさんと連絡が付かなくなったことは気付いているはず。動き出すまで、そう時間はかからないでしょう」
「だが、敵はもうすぐそこだぞ」
「あとは、早く来てくれることを願うばかりですが……」
また、爆破の音がする。罠が、強引に突破された。増員が、この体育館にまで踏み込んできた。
「来たな……」
アズサが音のした方を鋭く睨みつける。
「数が多い、大隊単位だ。多分、アリウスの半数近くが……」
「あうぅ…… こ、これだけたくさんの方が、平然とトリニティの敷地内に……!?」
アズサ、そしてヒフミも驚愕する。それだけの数だった。これまでに倒した多数のアリウス。合計すれば、トリニティとの全面戦争もかくやという有様だ。
――なのに、実際にはトリニティの他組織との衝突もなくここまで入ってこれたのだから。
「まだ、正義実現委員会が動く気配はない……?」
そして、ハナコも。これだけの騒ぎで彼女たちが介入しない理由はないというのに到着しないことを訝しむ。
もしや、自分が思っている以上の事態が存在するかもしれないと。
出し抜けに、壁が破壊される轟音が響いた。横入りする声がする。
「――それは仕方ないよ」
コツコツと、崩れる壁の中から靴音も高らかに姿を表す。
「まあ簡単に言うと、黒幕登場☆ってところかな?」
小馬鹿にしたように指を振り、嘲るようにニヤリと笑う。ふわりと桃色の髪が夢のように舞った。
壊した体育館の退廃的な情景と合わせて、絵画にでもなりそうなゴシックな雰囲気だ。
「……ミカ?」
「久しぶり……でもないかな、先生。ちょっと前に通話したもんね? でも、直接会ったのは結構前だよね。うん、やっぱり久しぶりな気がするよ」
先生が、ミカのことを鋭く見つめる。
「これは、どういうことかな?」
「正義実現委員会は動かないよ。私があらためて待機命令を出したから。今日は静かだったよね? 邪魔になりそうなものはあらかじめ片づけておいたもの」
月光が照らす中を、舞台のワンシーンのように歩いて行く。……アリウスの先頭に。
「ナギちゃんを襲うのに邪魔をされたら――かなわないもんね?」
ふふふ、と唇を吊り上げる。
「ミカ……本当に君が……!」
「そう――私が本当の、『トリニティの裏切り者』……『魔女』」
演技なら決まった、そう思う様な場面で……しかし。やはりシリアスな場面は壊される。神の手……否、それは人の手で。
「聖園ミカ……!」
なんということか、アリウスがミカに銃を向ける。
「……は?」
ミカも、ぽかんと口を開ける。補習授業部の面々も呆気にとられる。まあ、レッドウィンターじゃあるまいし。
黒幕気取りで姿を表したら実行部隊にす巻にされるとか、普通にギャグでしかないだろう。
「聖園ミカ……なぜ我々の分隊を攻撃した?」
「そんなの、邪魔だったからに決まってるじゃない。迎えを寄こせなんて言ってないよ? なのに、重武装で来るからさあ――」
とはいえ、アリウスだ。ギャグでやっている訳がない。それには正当な理由がある。もちろん、それはアリウスにとって正当ということで他人から見たら筋違いであろうとも。間違っていても、筋は通っている。
「……百合園セイアのヘイローの破壊は、お前にとっても都合が良いはずだった」
つまり、「迎えを寄こせ」なんてのはただの皮肉で――ミカと一緒に館に住んでいる百合園セイアを暗殺するための部隊を片づけたというだけの話だった。
もちろん、ミカもナギサに劣るとはいえ口は回る。”正当な理由”なんて、いくらでも用意できる。セイアを殺されたくないなんて本当のことは言わずに。
「それで救護騎士団を相手取るの? その次は正義実現委員会? ううん。ちょっとあなたたちのことを信じすぎちゃったかも」
「……どういう意味だ?」
「だって、あなたたちの頭ってアズサちゃんより悪いんでしょ? トリニティじゃ落第以下だ。補習授業部じゃなくても、あの成績じゃ普通に退学案件だよ。困るんだよねえ、足し算引き算くらいは知っておいてくれないとさあ」
「……我々を愚弄するか? それにアリウスとうまくやっていく気がないということであれば。貴様ごと始末するまで」
「へえ? なら……聞き分けの悪くて頭の悪いワンちゃんには、ちょっと躾が必要そうだなあ」
なぜか――アリウスとミカが激突する。
ミカ本人すらも、どうしてこうなった? と思いながら。ただ、まあ……ここで頭を下げたくもないし。自分が間違っていることをしているとも思わない。
誰がこの方向を誘導したのかも考えることなく、蜜月だったはずの黒幕とヴィランが潰し合うのだ。
そう、理由は簡単なことだった。ミカが救護騎士団の館を出る前にセイアからかけられた一言。「ああ。おそらく邪魔な者達が来ていると思うから、ついでに片づけておいてくれないかな?」との言葉が未来を操ったのだとは、ミカは知らない。
「アリウス全軍に告ぐ。聖園ミカを撃退し、桐藤ナギサのヘイローを破壊せよ!」
「あは☆ 私を撃退? できるの? スクワッドも居ない、装備も劣悪――アリウスにきちんとした後詰めが居ないのは知ってるんだよ。他ならぬ支援者だからさ、私は……!」
互いに銃が火を吹いた。だが、なぎ倒されていくのは一方的にアリウスの方だった。それを見たアズサがいぶかしむ。
「おかしい。……流石に弱すぎる」
「でも、あの人達が持ってる銃、あまり整備されてないですし古そうですよ」
補習授業部が端で先生の下に集まって会話をする。何だか、いきなり蚊帳の外に放り出されてしまった気分だ。
いや、次はお前たちだとは言われているし、逃げ道も塞がれているのだが。
「それでも、だ。手加減してる……?」
「それに、ミカちゃんはすっごく強いですからねえ」
「そんな呑気にしてていいの? あの人も狙いは桐藤ナギサなんでしょ? そうだ、あの人が開けた穴から逃げられないかな」
「やめておいた方がいいと思います。気付かれたら両方から狙い撃ちですよ♡」
「うん。それに……ミカは本当は優しい子のはずなのに」
「それでも、敵対するのなら倒すしかない」
そして――銃撃戦が5分を越えるころには、全てのアリウスは沈黙していた。ミカが、ただ一人で全てを倒してしまった。
倒れ伏した無数のアリウスの上に、ミカは立っている。
「なんて強さ……!」
「ティーパーティーの中でも、場違いなほどに強いとは聞いていましたが……」
ミカは、改めて補習授業部に向き直る。バツが悪そうに苦笑している。
「あはは。待たせてゴメンね。……ううん。支援者ごときが考えることじゃないとはいえ、もうちょっと教育に力を入れてもらうべきだったかな? ね、アズサちゃん」
「……アリウスでは、”彼女”の言葉が全てだ」
「あはは。ああ、うん。そうだよねえ……」
アズサの言葉に、ミカはカリカリと頭をかいた。
「ミカ……! なぜ、こんなことを? 君がナギサを襲う理由なんて無いはずだ!」
先生が、厳しい顔で問い詰める。
「んー? 聞きたい? 先生にそう言われたら仕方ないなあ」
気を取り直したように、悪い笑みで答える。
「それはね……ゲヘナが嫌いだからだよ。私は本当に、心から……心の底からゲヘナが嫌いなの」
す、と目を細める。それは本気の嫌悪だ。
「ゲヘナのあんな、角が生えた奴らなんかと平和条約だなんて、冗談にもほどがあると思わない? 考えるだけでゾッとしちゃうよ」
「……ミカ、そんなことはないよ。ゲヘナの子とも、和解はできるはずだ。君は、アリウスと和解したいと――そう言ったはずじゃないか」
「あはは。ゲヘナと和解なんか、絶対裏切られるに決まってるじゃんね? 背中を見せたらすぐに刺されるよ? そんなこと、させるわけにはいかない」
「そんなにゲヘナを信用できないかい? アリウスのことは?」
「アリウスだって元々はトリニティの一員。先生には前も言った通り、この子たちもゲヘナに対する憎しみはすごいよ、私たちに勝るとも劣らない。むしろこの子たちこそ、純度の高い憎しみを持ってるとすら言えるかもしれない。――だから手を差し出したの。志を共にして、ゲヘナと平和条約を結ぼうとする悪党達をやっつけない? って」
「――」
「ティーパーティーのホスト桐藤ナギサには正義実現委員会がいるから、次期ティーパーティーのホスト聖園ミカにはアリウスがつく。これはそういう取引、和解へのステップアップ的な?」
「全ては、ティーパーティーのホストになるため?」
「そう。ナギちゃんはセイアちゃんの代わりにホストに立っていた。ずるいじゃんね? あの子を”殺した”のは私と……アズサちゃんなのに。ね、その辺りどう思う? あなたさえ居なければ、こんなねじくれた結末にはならなかった……かもね☆」
「咎は受ける。だが……私はエデン条約を守ると決めた。桐藤ナギサは渡さない」
「おやおや。じゃあ先生は聞くまでもないけれど、他の子はどうだろう。……コハルちゃんはどうかな? ナギちゃんを渡してくれれば、補習授業部のことは無かったことにしてあげるよ。トリニティじゃ黒い経歴を一つ二つ消すのなんてよくあること。それにあんな無茶苦茶、いくらでも穴はあるもんね」
けらけらと笑って、コハルへと矛先を向ける。……裏切らないか、と。こちらの側に、悪党に付かないかと。
「ふざけないで! 私は正義実現委員会の下江コハルだ! 落ちこぼれでも、頭が悪くても! 絶対に仲間は裏切らない!」
「あは。良い気概だね? でも――それを通すだけの実力はあるのかな?」
はねのけるコハル。ミカは、次の娘に目を向ける。
「ハナコちゃんは? 私についてくれれば、トリニティのNo2にしてあげるよ。嫌いな子なんて、みんな追放できちゃう権力をあげる。……どう?」
「うふふ、ふざけないでください。そういうのが嫌だから、私はあなたたちから離れました。あなたは――私の大嫌いなトリニティそのものです」
そして、ハナコもまたにべもなくその手をはねのける。次は、ヒフミに。少しだけ、縋るような視線が混ざる。
「なら、ヒフミちゃんはどう? 私との仲じゃんね? 一緒について来てくれない?」
「――ミカちゃん。あなたが特別なところのない私に手を伸ばしてくれるなら、その手を取ってあげたいと思います。でも、本当のミカちゃんはそれを望んでる訳じゃないと思うから。……今は、その手を取れません」
ヒフミは、優しく拒否する。
「ミカ。みんな、君を嫌ってる訳じゃない。こんなことをする訳があるんだろう? 話してくれないかな? そうすれば、皆で君を助けてあげられる」
先生が、逆にミカに対して手を伸ばそうとする。
「……あは。まったくもう、先生には敵わないなあ。本当に、優しいんだから」
ふふ、と笑って――けれど、銃を握りしめる。
「でも、駄目なんだ。勇者が魔女に手を差し伸べて、一緒に笑って終わりなんて安易なストーリーじゃないの。そんなおままごとじゃ、この残酷で胸の悪くなるような
「――ミカ?」
瞳に炎を燃やす。明らかに、暴走の前兆だ。辿りつくところもわからずに爆走する暴走特急の箍が外れる。
アリウスの軍を簡単に倒してしまった力が、補習授業部に向けられる。
「あは! 私の大嫌いなゲヘナを潰すため――ナギちゃんにはお寝んねしててもらわなきゃいけないんだよ!」
次はお前たちだと狙いを定めた、その瞬間に爆発音が響く。また別の方向から、この体育館に侵入する勢力があった。
セイアが生きていた時点でアリウスとの決裂は確定してました。