聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第53話 第3次試験

 

 

 ナギサを殺害しようとするアリウスを止めに来た補習授業部は、何の因果かミカと戦闘になり、そして倒した。

 しばし、負傷者の救護をしていると。

 

「正義実現委員会、到着しました。……もう、全てが終わってしまっているようですね」

 

 そこに姿を現したのは。

 

「――ハスミ先輩! 来てくれたんですか」

「はい。……力になれなくて、申し訳ありません」

 

 大きな羽を小さく縮こませた羽川ハスミだった。ミカによって戒厳令を出されて外に出れなかった正義実現委員会が、今到着した。

 動かないアリウスの者達を次々と捕らえていく。

 

 そして、他にもやってきた者がいる。

 

「……それでは、これから『救護』を始めます」

「ミネ団長まで?」

 

 ハナコが僅かに眉をひそめた。とはいえ、ミカはセイアとともに救護騎士団の治療施設に軟禁されていた。

 ミカが脱獄したのだから、彼女たちが出てくるのも当然の話しではあった。

 

「……あ、あの!」

 

 ミネ団長と、羽川ハスミ。トリニティの中でも最上層、かつ過激派に属する者達だ。少なくとも、学園の中に居てその武力を聞かないことはない。

 その二人に、ヒフミは意を決して話しかける。

 

「なんですか? 阿慈谷ヒフミさん」

「え? 羽川さん、私のことを知っているのですか?」

 

「はい。……ナギサさんから少しばかり」

「そ、そうなのですか。って、あの! ちょっと待ってください!」

 

 しかし、ミネ団長はどこ吹く風とミカを担ぎあげていた。うぐっ、と呻き声が上がる。この分ならすぐに意識が戻ってきそうで、どれだけタフなのだと言う話だが。

 

「ミカちゃんは……その、悪いことはしたかもしれませんけど。でも、それは捕まえなきゃいけないほどの罪じゃないと思うんです! えと……あのアリウスの人を倒したのもミカちゃんですし、いえシスターフッドの方々を倒してしまったのもミカちゃんですけど。でも、その……あの……」

 

 頑張ってかばっている。まあ、理屈としては滅茶苦茶だ。想いは伝わってくるにしろ、それ以外は伝わらない。

 

「私からもお願いするよ。ミカは、悪い子じゃない。だから――」

 

 先生もヒフミの横で頭を下げる。これから正義実現委員会に連行され、牢獄に閉じ込められて諮問会にかけられる。

 ”前回”ではそうなった。今回も、結果を見ればそうならなければおかしいくらいだ。

 

 アリウスをトリニティに引き込み、あらゆる組織に戒厳令を出して自由に行動させた。その目的は桐藤ナギサを襲い、ホストの地位を手に入れること以外に考えられない。

 それだけのことはしていた。……それは分かっているけど、補習授業部はそんなことのために戦った訳ではなかった。

 

「ありがとうございます、ヒフミさん」

「……羽川さん? あの、ミカちゃんは捕まらないですよね?」

 

「ええ、そもそも私たちはミカさんを捕らえに来たわけではありませんから」

「――それは、どういうことですか? ミネさん?」

 

 ハナコが問いかける。それは、これまでのトリニティでは考えられないことだ。罪に罰を、なんて……権力構造の前では虚しくなる言葉だけど。

 だが、だからこそ――負け犬を叩くのは権力者の嗜みだ。

 ここでミカを叩かないのは考えられない。それは、トリニティの道理から外れる行いだ。

 

 ゆえにこそ、その常識外れには目の前の正義実現委員会も一枚噛んでいることは間違いない。

 そこまで一瞬で看破したからこそ、救護騎士団にも声をかけた。

 

「私はただ病室を脱け出して怪我を拵えた患者を連れ戻しに来ただけです」

「……なっ!? それは、どういうことでしょう。――いえ、それすらもセイアさんの仕組んだこと……?」

 

 そして、その答えは救護騎士団すらも納得済みの結論だと言うことで……そこまでとは思っていなかった。

 そもそもハナコは、セイアにだってこんな芸当が可能だとは思っていない。

 

 頭の良いハナコだからこそ分かる、トリニティを支配する文化から外れた出来事だった。

 

「他の救護騎士団にはここで気絶している方々の治療をしてもらいます。それで良いですね、先生?」

「うん。とても助かるよ、ありがとう」

 

「さて、私は早く帰ります。セイアさんもミカさんのことを心配していましたので」

「あのセイアさんが……?」

 

「はい。いつもの無表情な顔でしたが私には分かります。あれは友人が心配で、しかし動けないからと自分を律している顔でした」

「そ、そうですか……」

 

 本当にそうか? と思ったがハナコは口にしなかった。だって、ミネ団長はものすごく思い込みの強い性質だし。

 なにより何かを言おうにも。ミカに罰を、などと叫ぼうとは思わないのだから言えることがない。

 

「それで良いんですよね。……アズサちゃん、コハルちゃん」

「何のことだ? 聖園ミカもかなりのダメージが溜まっているだろう、治療が必要だ。アリウス、シスターフッド、私たちと三連戦をしたのだから」

「そ、そうね。早くちゃんとした治療をしてあげないとマズイわよね」

 

 あくまでミカの心配をする二人の言葉に、ハナコは思わず笑みを漏らす。

 

「……これは、本当にトリニティが変わる時が来たのかもしれませんね♡」

 

 そうしてこの場を正義実現委員会と救護騎士団に任せて外に出る。

 

 

 

 外はすでに日が昇っていた。朝の風が心地よくて伸びをする。……考えてみれば、昨夜からずっと籠って戦っていたのだ。

 

「やっと終わった。って感じがしますねえ」

「何を言ってるのヒフミ、ここからがスタートだ」

 

 はぁぁ、と気の抜けたため息を漏らしたヒフミに、アズサが鋭い声をかける。見れば、銃を背負いなおしている。

 ……気合を入れている。

 

「……はい?」

「あ……」

 

 気の抜けた声のヒフミと、唖然としたコハルの声。

 

「そうでした。試験が……」

「……忘れてた」

 

 二人とも、疲れ切った声だった。

 

「現在時刻は午前7時50分。試験会場まで1時間で着かないと、走ろう」

 

 そして、アズサだけは元気だ。この日のためにずっと寝る間も惜しんで罠を仕掛けて、誰よりも厳しい戦いを最前線で戦い抜いたのに。

 誰よりも疲れているはずなのに、希望の未来に向かって一直線と言った輝いている瞳をしている。

 

「えぇっ……!? 走るんですか!? 待ってくださいアズサちゃん早っ! ここから走って着く距離ですか!?」

 

 ヒフミが戦々恐々と悲鳴を漏らす。疲れ切っているのに、あと1時間の全力疾走? そんなものには耐えられる気がしない。

 

「うーん、全力で走ればギリギリでしょうか? さあヒフミちゃん、コハルちゃん! ファイトです!」

 

 ハナコも走り出す。ずっと難しい顔をしていたのに、今はいつも通りの笑顔だ。

 

「うぅっ……歩くだけでも足痛いのに。あと1時間も……」

「ど、どうして最後の最後までこんなことに……!」

 

 観念したコハルとヒフミも走り出す。それはどこか緩んだ締めくくりだった。けれど、試験に間に合わなかったら、それは喜劇どころか悲劇にすらならない片手落ちだろう。

 心臓が口から出そうなどと思いつつ、走り切ったのだった。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……もう無理……」

「や、やっと到着しましたね」

 

 すでに死にそうなコハル、そして息を切らせているヒフミ。ハナコもさすがにいつもの余裕はなくて、アズサはコハルの背中をさすってやっていた。

 

「お待ちしておりました、補習授業部の皆さん。……こちらへどうぞ」

 

 そして、待っていた正義実現委員会の人が校舎の扉を開ける。試験会場に案内する。どうにか開始時刻に間に合ったのだ。

 

「これが、最後の試験だね」

 

 四人が席に座り、先生が教壇に立つ。用意された試験用紙を配る。もはや妙な仕込みなどない。

 後は、純粋な実力勝負になる。泣いても笑っても、これが最後。

 

 ――このテストを乗り切れるかは、己の学力で決まる。

 

「うん、どんな結果であれ、これで全てが決まる」

「そうですね」

「あうぅ……」

 

「ここまで色々ありましたね」

「気持ちは分かる。けど、感傷に浸るのは最後にしよう」

 

 四人は、試験用紙の裏面を目をそらさずに見つめている。諦めの声は出ない。絶対に合格してやるんだと、気炎を燃やしていた。

 

「はい、そうですね。……とにかく、私たちの努力の成果をしっかり発揮しましょう」

「うん、最後まで諦めない」

 

 そして、時刻が来る。

 

「では、第3次試験――始め!」

 

 先生の声と同時に、四人は試験用紙をめくった。

 

 ――――

 

 そして、試験の時間が終わる。

 

「うん、今回は私に採点の許可が与えられているんだ。だから、ここで採点してしまうね」

「……はい。お願いします、先生」

 

 カリカリと、赤ペンの音が走る。……補習授業部なんて言っても、それは期末テストではなくて小テストだ。

 すぐに採点も終わる。四人が祈るように見つめる先で、先生が口を開く。

 

「では――発表するね」

 

「阿慈谷ヒフミ……よく頑張ったね、94点だ。君なら出来ると思っていたよ」

「……先生! ありがとうございます! でも、私だけ合格しても意味がないですから」

 

 花が咲いたような笑みを浮かべて、一瞬でまた不安げに戻る。自分が足を引っ張らなかったのは良かったが、まだ結果は分からない。

 

「白洲アズサ。君は皆よりもずっと遅れたスタートだった。でも、よく頑張って学んだね。97点だ」

「先生。それに、ハナコ、ヒフミ、コハルも……教えてくれてありがとう。きっと、皆と一緒じゃなかったら諦めてたと思う」

 

 無表情ながら、ここに居る全員が分かる。とても喜んでいる。

 

「下江コハル、君はそそっかしいところがあったり早とちりするところがあったけど。でも、やればできる子だと信じていたよ、91点だ」

「はい! ありがとうございます! ……本当に、良かったぁ。私が皆の足を引っ張っちゃったらどうしようかと思って……ぐすっ」

 

 安心して泣き出してしまった。凄まじい不安があったのだろう。

 

「浦和ハナコ、100点だ。最初からそうあってくれればと思うけどね」

「うふふ♡ まあ、終わり良ければすべて良しと言うじゃありませんか」

 

 対して、ハナコはずっといつもの笑みを浮かべていた。セイアではあるまいし、皆の学力は知っていてもケアレスミスで落ちることもありえたのに。

 

「……とにかく、皆合格だ。おめでとう」

「「「「わあい!」」」」

 

 この時ばかりは、皆で跳び上がって喜んだ。

 

「その喜びよう、合格できたようですね。良かったです。私も嬉しいですよ」

「……ハスミ先輩!? どうして」

 

 ハスミが、荷物とともに入ってきた。

 

「とある方が皆さんに差し入れをくださったので。私もご相伴して構いませんか?」

 

 ラッピングされた箱を置く。

 

「はい。もちろんです。……ええと、机をくっつけましょうか」

「そうですね、私も手伝います」

 

 そして、皆でがちゃがちゃと机を合わせる。

 

「ハスミ先輩。差し入れって何ですか?」

「フルーツタルトと、良い茶葉を頂いています。分けましょうか」

 

 ハスミが自分で用意した道具を使って手早く紅茶を淹れる。そして、切り分けたタルトを配る。

 皆で、祝いにと贈られたそれに舌を打つ。

 

「おいしい!」

「フルーツもたっぷりで、凄い高級品じゃない?」

 

「……いえ、これは手作りですね。良いものを使っていますが、クリームは少し混ぜすぎで、タルト生地の水分抜きの方は不十分ですね。少し舌触りが悪くなってしまっています」

「とっても語りますね♡ ハスミさん。そういえば茶葉を集めるのが趣味ともお聞きしましたが」

 

「え、ええ。あくまで紅茶に合わせるものとしてですが、スイーツも嗜みますので。……ですが、これは作った方の想いが籠っていておいしいですね」

「ええ、とてもおいしいです」

 

 人と言うのは現金なもので。

 合格した嬉しさと、このおいしいフルーツタルトがあれば――振り返ってみれば良いものだったとさえ思えてくるから不思議なものだ。

 

「……でも、これで終わりなのもちょっと寂しいかも」

「コハルちゃん。……補習がそんなに恋しいのですね」

 

「補習じゃないわよ! でも、正義実現委員会に戻ったら皆に会えないのかなって思ったら急に……」

「会えないなんてことありませんよ、コハルちゃん。いつだって集まれます。同じ学校に通っているんですから」

 

「そうだ。いくらでも手段はある」

「はい。なんなら私たちが正義実現委員会の押収室を訪ねても良いですし」

 

「ええ、皆さんならいつでも歓迎しますよ」

 

「ほら、ハスミさんもそう言ってくれています」

「もう……訪ねるのはいいけど、でも、捕まるような真似はしないでよ。特にハナコ! あとアズサも心配ね」

 

「あらあら、心外ですね。私はいつも自分の心に正直であろうとしているだけですのに」

「捕まらなければ問題ない」

 

「ハナコ!? アズサ!?」

「……あはは。また波乱が起きそうですね」

 

 そんなこんなで、騒がしい補習授業部は未来を歩んでいく。希望に満ち溢れた道を――

 

 

 

「先生、気を付けてください。まだ終わっていません」

「……ハナコ」

 

 先生だけに聞こえるよう、小声で話す。

 

「ティーパーティー、正義実現委員会、救護騎士団。三つの組織が手を組むなど前代未聞です。そうしなければ対抗できないだけの、何かが裏に潜んでいるんです」

「分かっている。……そうじゃないと、ミカはあんなことしないよ」

 

「私は、先生にはとても感謝しているんです。皆だって。……だから、何かあったら声をかけてください。助けに行きますので」

「ありがとう。きっと……力を借りるのはそう遠い未来じゃないと思う」

 

「……くれぐれも身体に気を付けて。先生は、銃弾の一発で死んでしまうのですから」

 

 未来の絶望は、まだ始まってもいない。

 

 

 

 

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