聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第58話 エデン条約調印前

 

 

 そして、ついにやってきたエデン条約調印の日。調印の場となる歴史ある古聖堂『通功の古聖堂』にはものものしく正義実現委員会と風紀委員会が張り込み、更には記者や見物人が詰めかけていた。

 

 中でも、正義実現委員会副委員長のハスミはと言うと。

 

『はい? 倉庫の戦車が盗まれた? 鮮やかすぎる手腕? 慣れている? それで、追跡は振り切られたのですか?』

『その通りです。気付いた時には侵入されて、一目散に逃げていきました。一介のチンピラではない、かなりの手練れだと思われます』

 

『この忙しい日に……! 他の被害は?』

『ありません。追撃しますか?』

 

『いえ、追撃の必要はありません。それよりも、何があっても対応できるように正義実現委員会の本拠地を空けないように。私とツルギは古聖堂から動けませんが、留守を狙われることもあります』

『はい、分かっています。どこかの勢力が隙を狙っている可能性もあるんですよね、言われた通り、警戒してます』

 

『そういうことです。臨機応変な対応をお願いしますよ。……あなたのことは信頼していますから』

『ハスミ副委員長にそう言ってもらえるとは光栄です! 奮迅の勢いで警戒します!』

 

 電話を切る。

 

「……ふう。あの子ももう少し肩肘の力を抜いて仕事ができるようになると、後を任せられるのですけど」

「大変そうですね、ハスミさん。お忙しいところでしたか?」

 

 そこに、ティーパーティーを連れたナギサが話しかける。後に控える者達は心なしか穏やかな顔をしている。……穏健派だ。

 それは過激派がトリニティ内でパテル分派が所有する建物の一つに集まっているからだった。現在はナギサがホストであるのだから、対外的にもこれからの予定としてもそうならない理由がない。

 ……いや、ここに来てもらえばという意見もあるだろうが、やはり対外的なことを考えればその選択肢はナギサにもミカにもないのだ。ゆえに、古聖堂に居るティーパーティーはナギサ一人である。

 

「これはこれは、ナギサさん。お伝えいただければ伺いましたのに」

「少しくらい会場を歩いて見て回ろうかと思いまして。まあ、壊れるのですけど地理勘を養っておけば何かの役には立つかな、と」

 

 なんでもないことのように、その秘密をナギサが口にする。ハスミはすぐに察して顔を近づけ、さらに小声で話す。

 

「……ゲヘナが?」

「いえ、アリウスの方です。正しくはアリウスを操る者、マダムが古聖堂にミサイルを落とします」

 

 緊迫感を持って、未来の襲撃について話す。疑うことはない、その程度の関係性ではない。しっかりと、信頼を築いていったのだから。

 

「セイアさんの予知? ならば、事前に先生に避難を」

「ええ、情報源はそうです。けれど、先生は退きませんよ。ミカさんが冗談めかして言ってしまいました。それに代わりになる連邦生徒会の役員が来ていませんから、先生は動けません」

 

 ふう、とため息を吐く。

 実際の所では先生を個人的に信頼していて、そして彼とて権力を所持している。が……母体の連邦生徒会を信用しているかといえば話は別。

 さもありなんと、期待もしていなかった。ここを”他”に任せるなど先生はしない。

 

「そうでした。先生はそういう方でした。……私以外には誰に?」

「ティーパーティー内では共有済です。古聖堂が破壊された後、ミカさんがパテル分派を率いて突入する予定になっています。また救護騎士団にも”お願い”して、コトが起こった後にはすぐに野戦病院を設置できるように準備してもらっています」

 

「シスターフッドには? 今日の調印式には彼女たちも参加することになっています」

「不自然ではない程度に襲撃の可能性だけ伝えてあります。そして、風紀委員長の空崎ヒナさんには全てを伝えています」

 

「……風紀委員長に」

 

 ハスミが眉をひそめる。確かにゲヘナでも例外的に空崎ヒナは信用のおける相手なのは知っている……だが、それでもトリニティである自分よりも優先されたという事実は面白くなかった。

 

「怒らないでください。ティーパーティーとしても調印式は重要なんです、中止の可能性を残すわけには行かなかった」

「……まあ、風紀委員がその情報を手に入れてもどうしようもないでしょうしね。一応、それで納得しておきます」

 

「はい。私は事件終結時まで気絶していたそうですが、とにかく頑張って起きます。正義実現委員会はとにかく先生を守ってください。ヒナさんも警戒してくれるとは思いますが」

「――そうですね。先生は外の世界の人ですもの。予知ではどうなっていましたか?」

 

「奇跡的に瓦礫がつっかえ棒になって無事だったと」

「少し安心しました。……いえ、何が起こるかわからないので油断しては駄目ですね。会場にミサイルを打ち込まれると。――敵の第二の手は?」

 

「『スクワッド』の投入、そして『聖徒会』の顕現」

「スクワッドについてはデータを頂きました。……しかし、聖徒会? なんですか、それは」

 

「特異現象の一つ、としか言いようがありません。予知ではその詳細まで分かるわけではありませんから。戦力としてはヘルメット団として上澄み程度に留まりますが、ご注意を。奴らは亡霊のように無限に現れます」

「……無限の戦力ですか。権力者なら誰でも欲しいやつですね。一体一体がそれほど強くないにしても、数で対抗されれば厄介です」

 

「しかし、拮抗状態にまで持っていけば先生になんとかして頂けます。ゆえに、第1目標は『先生を無事に逃がすこと』、第2目標は『古聖堂からの撤退』――この二つを短期目標として立て直しを図ります」

「少し思いましたが、コトが起こる前からここまでの作戦を立てられてしまうなんてすごいものですね。セイアさんの命が狙われた理由が分かってしまったかもしれません」

 

「それはまあ、セイアさんもまず狙われるとしたら自分の命だと言っていましたからね。まあ、今回は古聖堂に来られませんが」

「そうですね、救護騎士団に守られているなら安心です。スクワッドも油断できない相手ですが……」

 

 ひそひそ話をしているところに、声がかかる。

 

「何の話をしているのかしら? 私も話に入れて頂戴」

 

 一人で歩いていた風紀委員長だった。彼女もエデン条約の立役者の一人、対外的には生徒会である万魔殿の護衛だ。

 ここを歩いているのも当然と言える。

 

「ヒナさん。大したことではありませんよ。調印式の後もよろしくお願いしますと、少し話をしていただけです」

「そう、”後”ね。ええ、私からもお願いするわ」

 

 含みを持たせた会話。どちらも秘密組織と言う点では同じようなものだ。――上位者が情報を掌握していればいい、コントロールすればいいと身内にすら沈黙を保つのだ。

 ゆえに、このような上滑りするかのような会話が生まれる。秘密を徒に広げることはしない。

 

「――はい。言うまでもありませんが、くれぐれもご注意も」

 

 ナギサが厳かに頷く。

 本来なら、こんなことをしなくても皆に話して皆で解決すればいいと思われるかもしれない。

 ナギサならティーパーティーが、ハスミなら正義実現委員会が、ヒナなら風紀委員会が、それぞれ信じてくれるかもしれないが……

 

 ここで口を開くようなものなら、キヴォトスは”こう”なってはいなかっただろう。

 

「……あ、ヒナ。さっきぶりだね。ナギサとハスミもこんにちは。ツルギにはヒナと一緒に助けてもらってしまったよ」

 

 そして、散歩していた先生が口を挟んでくる。見届け人と言う、ある意味ではナギサと同クラスに重要な人物である。

 むしろ、重鎮クラスが居る場所に居てもらうべき人だった。

 

「こんにちは、先生。うちのミカが何かご迷惑をかけていないといいのですけど」

「あはは。よく着信が来るけどかわいいものだよ。ああ、それとなんか……ここが爆破されるとか聞いたけど」

 

 そのキヴォトスの”現在”を打ち破れるのは先生しかいない。

 

 ――重鎮のみに留めておくべき襲撃を、あっさりと口にしてしまった。

 

「せ、先生!? そんな……あの、襲撃の証拠なんて掴めてないですし」

 

 ナギサが驚いてつい口をすべらせてた。まあ、条件反射で誤魔化すのも彼女にとって都合が悪い状況ではあるのだけど。

 

「ふぅん。ミカが少しほのめかす……ほのめかすのでいいのかな? 言っていたけど、ヒナも知っていたのかな」

「……ええ、そうね。その可能性のことは聞いてる」

 

 ざわめきだす周囲のお付きたち。まさか、ここまで入ってこれる人材にスマホでうっかり漏らしてしまう様な間抜けは居ないけども。

 それぞれ自分のボスの反応を見て、嘘ではないのだと驚愕して隣の人と囁き合う。

 

「うん、やっぱりか。まあ、正直私としてはキヴォトスに来てからはこんなんばっかかと思うのだけど。今回はちょっと規模が大きそうかな?」

「不明である……ということを念頭に置いてもらいたいのですが。強力な兵器を使用される可能性が高いと聞き及んでいます。さらに、それだけではないとも」

 

 ナギサが代表して答える。まあ、ここは議場にほど近い。目の前のメンバーなら、明かしてもそれほど困ったことにはならないだろうと思って。

 

「……はぁ。それはそれは。皆も気を付けてね、あまり怪我をしないように」

「いえ、それは先生こそ。先生は外の人なのですから」

 

「ま、私なら大丈夫さ。……しかしまあ、歴史的な転換点だからこそ仕掛けてきそうな心当たりがあって困ったな。まったく、忌々しい」

「……先生?」

 

 吐き捨てるような嫌悪の言葉。しかし、その名残をすぐに消して先生は笑顔を浮かべる。

 

「まあ、なんにせよ。自分のできることをしっかりやるしかないからね。……皆が頑張ってくれてるのは知ってる。だから、取り返しのつかない傷が残らないようにだけ気を付けて欲しい」

 

「分かりました。……先生こそ、たった一発の銃弾でも治らない傷痕が残るのですからご自愛くださいませ」

「ははは。ま、問題ないさ」

 

 自分の負傷についてはどこまでものらりくらりとかわす先生。自らの身の脆さを理解していないのかとナギサが目を吊り上げる。

 

「……先生!」

「大丈夫よ、ナギサさん」

 

「ヒナさん?」

「先生のことは私とツルギさんで守るわ。だから、あなたは敵への対処を考えて」

 

「分かりました。ともに戦いましょう、ヒナさん。ミカちゃんもすぐに駆け付けてくれます」

「ええ、キヴォトスを守るために」

 

 これこそトリニティとゲヘナが手を取り合った歴史的事実というものかもしれない。

 

 けれど、皮肉なことに――それは『強大な敵』に対抗するためのものでしかない。敵が消えればいがみ合うような、そんな関係でしかなくてもおかしくない。

 

 だが、そうやって共に手を取り戦ったと言う事実があれば……いつか真の友情が築けるようになるかもしれない。

 そんな夢想を現実にするために戦うのだと、信じられるから戦える。

 

「……そろそろ時間だ。皆、行こう」

 

 それこそ、その議場ですらまた別の戦場でしかないのかもしれなくても。

 

 各々の信念を胸に、しっかりと床を踏みしめて歩いて行くのだ。

 

 

 

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