聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

59 / 108
第59話 調印式の強襲

 

 

 そして、暗雲の中にある調印式はつつがなく進んでいく。

 

 だが、進むにつれて空気が張り詰めていく。まるで空気が水にでも変わったかのようにねばついている。

 それほどまでの緊迫感の中、先生が中心となって議事をまとめている。

 

 先生が中心なのはあれだ。ゲヘナとトリニティの和平条約なのにどちらかがしゃしゃり出る訳には行かず、そしてここに居る連邦生徒会所属で権限を持っているのが先生だけだからと言う話。

 何にしても、危険だからと安易に休めない立場に先生はあったわけだが。

 

「……ッ!」

 

 ことあるごとにまるで敵でも睨みつけるような視線を万魔殿に注いでいたヒナだが、息を飲んだ。

 いつの間にかその目を盗んでそのメンバーが消えていたのだ。

 

 注意していたのに、と歯噛みするがそういうことだけは抜け目がないことは知っている。今は反省よりも敵のことを考えるべきと、全神経を会場の外に向ける。

 

 ――何も聞こえない。そもそも会場の外は群衆でごった返して五月蠅い。そもそもを言えば、音が先に届くようなのろまなミサイルであれば防空兵器が自動で迎撃する。

 何もわからない、だが勘は警鐘を鳴らしている。たとえそれが、襲撃の予知を聞いたための先入観であったとしても。

 

「――全員伏せなさい! ミサイルが来るわ!」

 

 その勘を信じて、行動を起こす。

 

「えっ?」

 

 先生は自分に掴みかかってくるヒナに驚いて手に持った資料を取り下ろす。

 

「ツルギ、ナギサさんは私が!」

「キヒャ、承知した! 全員、耐ショック体勢!」

 

 ハスミとツルギは即座に行動を起こす。ハスミはナギサをかばって押し倒す。そして、ツルギは先生の下へ駆け出す。

 位置関係上、ヒナよりも遅れるが。

 

「へっ? え?」

 

 とはいえ、大半の兵はボスの言うことについて来れていない。疑問符を浮かべて、上を見る。

 そこは天井で、何かを見通すことはできない。そもそも、それの速度を考えれば肉眼で捉えることは出来ない。

 

「……ッ!」

 

 ナギサはというと、荒事には慣れていない。だが、ミサイルが来ても気絶するものかと気合を入れた。

 

 ――直後。

 

〈ドオオオオオン!〉

 

「うわっ!」

「が――」

「あああ……!」

 

 連続する悲鳴。それすらもかき消すような轟音、直後に左右どころか上下すらも分からなくなるような衝撃が襲ってくる――

 

 そして姿を表す下手人。

 

「トリニティ、そしてゲヘナよ……これまでの長きにわたる我らの憎悪、その負債を払ってもらおうか」

 

 崩れ落ちた古聖堂に侵入し、目的の達成を狙う。

 

「我々アリウスが楽園の名の下に……」

 

 サオリが、先生の命を狙って古聖堂の瓦礫に足をかけたのだ。

 

 それを見上げるハスミ。

 

「……『アリウススクワッド』、到着が早すぎます」

「ぐ。……うぐぐ。おそらく、こちらの戦力を上方修正したのでしょう。初動を叩かなければ、逆に叩かれるのは自分達なのだから――」

 

 そして、かばわれたナギサは頭痛のする頭を抑えながら体を起こす。頭だけではなく、全身が痛かった。

 だが、耐えた。気絶する無様なことにはなっていない。ここで気絶すれば、大切な友人に累が及ぶのだから。

 

「ギヒッ! ギャハハハハ――! テメエさえ倒せば終わりだァ!」

 

 ツルギが自分の上の瓦礫を跳ね飛ばし、服の中から取り出したショットガンを敵に向ける。

 この状況、見間違えるはずがない。奴が敵だと、攻撃を仕掛ける。

 

「剣先ツルギ、生きていたか。お前だけならともかく、羽川ハスミに……桐藤ナギサまでとはな。……いや、ハスミは動けんようだがな」

「死ィねェェ!」

 

 御託を並べる敵には速攻に限ると、ツルギは高速で駆け抜ける。

 

「――ゆえに、計画を修正しよう。ここで倒せば同じこと……!」

「いひひひひひひひ……あぁぉ!!」

 

 至近距離でショットガンを撃ち放つツルギ。そして、サオリはそれを回避しつつアサルトライフルで対抗する。

 

「はぁっ!」

「きききッ!」

 

 どちらも一角の実力者、短時間では決着が着かない。……が。

 

「全てはただ虚しいのみ。お前も虚しく死んでいくのだ……何も成せずにな!」

 

 サオリは倒れたナギサを狙う。ハスミも、ダメージで動けない。

 

「な……あッ! クソが!」

 

 ツルギはそれを無視できない。そして、先の戦闘で一瞬で倒すことはできない実力者だと悟った。

 ならば、もう盾になるしかない。

 

「下らん驕りのせいで死にゆくのだ、貴様らは……!」

 

 渾身の奇跡を込めて、庇ったツルギに弾丸を叩き込んだ。

 

「ぎゃぉう! ぬう!」

 

 だが、ツルギとて正義実現委員長。ただでやられるはずもなく、お返しにショットガンを叩き込んだ。

 

「ぅぁぁぁぁぁぁ……」

 

 倒れこむツルギ。

 

「……チ。予想外に手間取った。あのミサイルも、触れ込みほどの威力があったわけではなかったか。だが、ここで桐藤ナギサも始末してしまえば計画通り」

「……この、立ち去りなさい賊め!」

 

 ナギサがハスミを押しのけて、自分のハンドガンで発砲する。無礼者を手打ちにして来た銃だ、狙いを間違えるはずがない。

 

「よくもツルギを。ですが、そちらの傷も相応に深いはず。ならば……」

 

 さらに、ハスミも銃を構えている。回復したわけではないが、銃を撃つくらいはできるようになった。

 そして、ツルギもなすすべもなく敗れたわけではない。ダメージは深いはずだと、敵の表情から読み取った。

 

「ぐぐぐ……! だが、アリウスの憎悪を舐めるなよ。多少の痛みなど知ったことか。我々を地の底へと押しやったトリニティへの復讐の時が来たのだ! 必ずや貴様らを始末せんがため、全てを準備したのだ。こんなところで止まるものか! ……そう」

 

 ツルギとの一騎打ちは相打ちに近いものだった。そもそもツルギは時間稼ぎさえできれば良かった、不利な状況を破るための賭けだった。

 一撃で倒せるなら、一撃で倒されることだってある。

 

「ここで、終わることなどあるものか!」

 

 深い憎悪。決意。意思の力が肉体を超越する。気合で倒れるのを耐えているから銃を構えるのもおぼつかない。だが、ここで終わりなど許されないから。

 

 その叫びに呼応するように。

 

「え? なんなんですか、それは……」

「嘘。なぜ聖徒会が? まだ、時間はあったはず」

 

 錠前サオリの背後に無数の亡霊……『ユスティナ聖徒会』が現れた。この戦力差は圧倒的だった。

 ミサイルを打ち込まれた直後、この場で意識を失わなかったのはツルギ、ハスミ、ナギサの三者だけだったのに。

 

「くくく……くははははは!」

 

 サオリが、嗤う。

 

「……我々はトリニティに代わり、この『通功の古聖堂』で条約に調印した。私たち『アリウススクワッド』が、楽園の名の下に条約を守護する新たな武力集団……! 『エデン条約機構』になったのだ」

「ッ!?」

 

 理解不能な論理を前に、ハスミは瞠目する。そして、ナギサは静かにほぞをかんだ。

 

「これは元々、私たちの義務だった。本来ならば第一回公会議の時点で、私たちが行使すべき当然の権利。だがそれを、トリニティが踏みにじった。私たちの紛争の原因、すなわち〈鎮圧対象〉として定義し、徹底的に弾圧をおこなった」

 

「……これからは『アリウススクワッド』がエデン条約機構としての権限を行使し、〈鎮圧対象〉を定義しなおす」

 

「――ゲヘナ、そしてトリニティ。この両校こそエデン条約に反する紛争要素であり、排除すべき鎮圧対象だ」

「それは、つまり……」

 

「トリニティとゲヘナを、キヴォトスから消し去る。文字通りにな。貴様らは第一回公会議以降、数百年にわたって積み上げられてきた恨み……私たちの憎悪を確認することになるだろう」

 

 サオリは無数の戦力を従え、トリニティを傲岸に見下ろして宣言した。

 

 

 

 その少し前。

 

 ヒナは、先生をかばって衝撃をまともに受けたが気を失ってはいなかった。

 

「まだ、体は動く。先生は、気絶しているようね。けれど外傷は……ない。私も、思ったより痛くない、これなら戦える」

 

 ちょうど支柱になるように瓦礫が挟まって奇跡的に無事であった。すぐに這い出そうと、上に被さって蓋をしている瓦礫に手をかける。

 とはいえ、思ったほどではなくてもダメージはある。それに、瓦礫も重い。

 

「ぐぐぐ……」

「大丈夫ですか? すぐに、持ち上げますね。神よ、私に力強い腕を与えてくださったことに感謝します……!」

 

 そうしていると、すぐに助けが来て瓦礫がどかされた。

 

「あなたは?」

「私はトリニティ、シスターフッドの若葉ヒナタです……あっ!? 先生!」

 

「大丈夫、怪我はしていない。あなたは戦える? 戦えるなら、他の人を助けて。戦えないなら、逃げなさい」

「へっ!? えっと、それはどういう……」

 

 おろおろと慌てて無意味に手を上下させるヒナタ。そこに、背後の方から声がかかる。

 

「すみませんね……えへへっ」

 

 へらへら笑いながら、真剣さを感じられない口調で嘯く彼女。槌永ヒヨリ、スクワッドのメンバーの一人だった。

 

「あ、あなたを始末するように言われてるので……すみませんが、これも命令でして……」

「どきなさい」

 

 そんな彼女に、ヒナは己の銃を向けて威嚇する。

 

「やっぱり、辛い事ばっかりですねえ……」

 

 目を伏せて、しかし率いたアリウスの兵とともに戦闘を開始するのだった。

 

 が――

 

「それでどうにかできるとも? 所詮は敗残兵、ミカ一人に破れる程度でしかない。あなた達の戦闘力は、トリニティの資料で見た……!」

 

 ヒナがマシンガンを掃射する。それだけで消し飛んでいくアリウスの尖兵。なぎ倒してできた空白地帯を、ヒナは先生を背負って通っていく。

 

「なっ!? これほどだなんて聞いてませんよ。それに、特に怪我もしてない? ……はあ。こんなのを足止めしろとか無理に決まってるじゃないですか。辛いですねえ」

 

 ネガティブなことを口にしつつ、しかし彼女だけは最低限銃弾をかわしつつ避けられないものは耐えて反撃を返している。

 

「なるほど。これが噂の『スクワッド』……けれど、私を止めたいのなら錠前サオリでも連れて来ることね」

「あはは……耐えても痛いばかりで。やっぱり人生って、苦し――」

 

 そしてヒナはヒヨリに狙いを定める。有象無象を虱潰しにする必要はないが、司令塔は潰しておきたい。

 

「終わりよ。……ッ!?」

 

 意識を刈り取るはずだった弾丸は、ヒヨリの前に現れた何かによって受け止められた。”それ”は倒せない訳ではない。

 その弾丸は確かにそいつらを倒していたのだから。

 

「あはは。向こうは成功したようですね。お仕事は、苦しいですが……人生は元々全てが苦しいので、大丈夫です」

 

 けれど、いきなり現れた増援の『聖徒会』は無限に増殖する。何体かを倒そうとも、夢幻のごとくいくらでも復活してくるのだ。

 ヒナはぎり、と歯を食いしばった。

 

「尽きることのないこの戦力を前にしては、いかに最強と名高いヒナさんでも打つ手がないでしょう。へへ、先生を置いて行ってくださいな」

「……ふざけないで。私は、最後まで戦うわ」

 

 眼前に広がる無数の聖徒会の亡霊たち。敵の言った通りに無限なのだとしたら、打つ手はない。

 いや……自分ひとりなら、どうにかなったかもしれない。

 

 だが、今ここでヒナが果たすべき仕事は――先生を無事に逃がすこと。文字通りに無数の相手を前に、脆い先生を抱えて前線を突破しなくてはならない。

 それは、どこにも希望を見出せない難事だった。

 

「……ひええ。そんな、どうしましょう」

 

 後ろに居るヒナタも、手を貸すことすら出来ずに見ているだけ。盾になると言っても、この数が相手なら邪魔になるだけ。

 では敵を倒すなどと言っても、多すぎてどこからやっていいものやら。

 

「ヒナタさん、手伝ってくれるかしら?」

「え? えと……私にできることなら」

 

「奴らを突破するわ」

「ええ!? で、でも――」

 

「先生を逃がすために、突破しなくてはならないの」

 

 それが絶望的と知っていても、ヒナは前を向く。無理、不可能だなんて道理など知ったことではない。

 ……ただ”やる”のだと。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。