聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第60話 行き詰まりのミカ

 

 

 エデン条約がつつがなく進んでいた頃、ミカは自分の分派……パテル派の人間とともに派閥が所有する建物に居た。

 この大ごとの当日にあっては、ミカと言えど病室で閉じこもる訳にはいかない。何も事情がなくても休めるような日ではない。

 

 何の因果か、ミカは未だに首長の座にある。まあ、セイアとナギサとで調整した結果なのだが。

 

 しかし、首長の座にあるのだから自らの分派を見る責任があるのだった。

 

「ミカ様、エデン条約など間違っています!」

「角の生えた奴らと手を取るなどありえません!」

「――今すぐにでも会場に突入して奴らをぶちのめしましょう!」

 

 つまり、こいつらを抑えておく必要があるのだ。それはセイアやナギサとは関係ない、過激派であるパテル分派のボスとしてのお仕事だった。

 

「……はあ。んじゃ、一人で行く?」

 

 そして、ミカは喧嘩腰で応える。実のところ、首長の座に就けたのはこういうところを買われてのことでもある。

 誰であろうが物怖じせず、自分の意見を通す。一言で言えば自分勝手だが、実力も相まってそれは”強いボス”の姿そのものだ。

 まあ、外に向けている分にはいいけども、いざ自分……部下に向けられてはたまらないというのも人情だけど。

 

「えっ!? い、いや。だって、こいつが……」

「いや、言い出したのアンタじゃん」

「いやいや、お強いミカ様が居ないと! ミカ様とならゲヘナとついでにフィリウス分派の奴らもぶっ飛ばせます!」

 

 だからこそ、一人一人に水を向けてやれば躊躇う。こいつらに自分一人で敵に立ち向かう度胸などないのだ。

 それがあるから、ミカは首長に選ばれた。裏を返せば、”それ”を持つ者はティーパーティーにすら殆ど居ない。

 まあ、例外としてどこまでも敵を求める狂人はいるけども。

 

「行きたいなら一人で行けばいいよ。流石の私もフィリウス分派と正面きって戦争するつもりはないよ? いや、ナギちゃんと仲が良いってのもあるけどさ……今回は、私たちの負けだよ。エデン条約は調印される。ここで手のひらを返せばキヴォトスにおけるトリニティという学園自体の信頼が失われるって分からない?」

「「「「……」」」」

 

 空気が落ち込む。要するにここに居るパテル分派はロビー活動で負けたのだ。すでにエデン条約の締結は決まったこと。

 これを覆すのは、そう。

 

「それはトリニティがゲヘナなんかと同じ、約束を守れない学園だと言うことを証明する事実になる。それはいけないよねえ? 私たちは、契約を守るという不文律を遥か昔から受け継いでいるのだから」

「分かりました……こうなれば、いっそのことゲヘナが裏切ってくれればいいのに」

 

 だからこそ、大半の過激派はそこまで言われては矛を収めるしかなかった。戦争を起こす責任を受け持つ度胸などないのだ。

 

「そんなこと関係ありません! ゲヘナに良い人などいません。全て殲滅するべきです!」

 

 中々にイカれたことを言う人間も居るが、そんな奴はミカを含めて周囲の人間も無視している。

 

「……そう。それだよ」

「はい?」

 

 くすくすとミカが笑う。我が意を得たりと言うように。

 

「いや、ゲヘナだけじゃないね。トリニティを狙う敵はいくらでも居る。……過激派のうちでなくても、ナギちゃんだって心当たりを上げてもらえば両手両足の指を使っても足りないはずだからね」

「はい。ゲヘナが襲撃した折りには!」

 

「いや。だから、ゲヘナだけじゃないって……」

 

 ため息を吐くが、まああまり悪いことでもない。エデン条約の破壊は確定されている。ゆえに、その連絡を聞いたと同時に救援に向かうのだ。

 

「――ま、やる気があるのはいいことかな?」

 

 結局、戦うことには違いない。あの亡霊のようなあれを、味方と見間違えるはずもないのだから。

 

 そして……ミカはパテル分派とともに息を潜めてその時を待つ。

 

 

 

 爆発音と衝撃が伝わってきた。待ちに待った、とは言わないけどその時のために準備してきた。

 ゆえに、行動する時が来た。

 

「皆、聞いて!」

 

 壇上で、己の銃を掲げる。

 

「中継器が破壊された。そして、ここまで衝撃が伝わってきた。……これはエデン条約が何者かに妨害されていることを示す」

 

 全員の視線が集中する中、ミカは雄々しく語りかける。

 

「私たちはゲヘナとは違う! トリニティは同胞を見捨てない! 今、古聖堂に居るフィリウス分派、そして正義実現委員会とシスターフッドは危機に陥っている。あれだけの爆発、正義実現委員長ですら予断は許されない!」

 

 だん、と銃床を机に叩きつける。

 

「パテル分派! 今こそ我らが誇りを行動に移すとき! 古聖堂で苦しんでいる同胞を救いに行くのよ! さあ――私に続け!」

 

 ミカが跳び、全員を飛び越えて着地して扉を開ける。その先で、目にした光景は。

 

「ふっふっふ……ここで会ったが百年目!」

「ようやくおでましだな! 待っていたぞ、ティーパーティー!」

 

 目にした二人。ミカに続いたパテル分派の仲間も目にして戦慄する。

 

「なんだと……!? 鬼怒川カスミ、悪名高き温泉開発部がなぜ……ッ! そして、お前は……誰だ?」

「ちょっとおお! 私は『便利屋68』、社長の陸八魔アルよ! 悪いけど、依頼によってあなた達の邪魔をさせてもらうわ!」

 

 おーほっほと高笑いするのは、いつぞやにミカが撃退した便利屋だった。あわや大切な仲間を殺されてしまうところまで行ったのだが……反省は、していなかったらしい。

 

「あら? アルちゃんじゃない。お久しぶりね」

 

 ミカが笑みを見せる。歪んだ――殺意と後悔とをないまぜにした凶悪な顔で。

 

「ひっ! え? なに……」

「お久しぶりだから、殺すね? 安心して、皆一緒なら寂しくないよ」

 

 一歩を、踏み出す。

 

「ハーッハッハッ! なにやら便利屋とはただならぬ因縁があるようだな、聖園ミカ! だが、私たちとしてもせっかくの温泉開発の機会だからな!」

 

 温泉開発部部長は高らかに笑う。まあ、予想外の事情もあるがそれも一興。何よりも、依頼されたのは足止めだった。

 ゆえに、囮が居るのなら都合が良い。

 

「は? えと万魔殿から依頼って話じゃ……あッ!」

 

 そして、ミカの殺気にビビっているアルは口から秘密をこぼした。

 

「ゲヘナだ! 会場を襲った奴らの別動隊だ! 潰せ!」

「そうだ! 温泉開発部なんてテロリストの筆頭じゃんか! 横のよくわからん奴も一緒に潰してしまえ!」

 

 そして、混迷はますます加速する。追いついたパテル分派が温泉開発部と戦端を開く。過激派がこの状況にあって攻撃をためらうはずがない。

 

「トリニティの奴らが来たぞ、撃ち返せ!」

「倒せ倒せー!」

 

 周囲に散らばった温泉開発部も、手慣れた様子で銃を撃ち返していく。さすがに名の通ったテロリスト。

 簡単に倒せるわけがない。どころか、必然的に武闘派が集まるパテル派でも油断すれば倒されてしまう。

 

「さあ、今回の現場はここだ! やってみようじゃないか」

 

 高らかに笑い、部員を操る鬼怒川カスミ。その手腕は流々――勢いに乗るパテル派を分断し、罠に引き込み打倒する。

 

「うわあん! どうしてこうなるのー!」

 

 そして泣きわめくアル。ミカの怒涛の攻撃の前に、意識を保つのに精一杯だ。

 

「どうして覚悟もなく再び戦場に足を踏み入れたの? お友達ごっこをしたいのなら、ゲヘナで大人しくしていれば良かったのに……ね!」

 

 誰よりも速く、誰よりも力強く最前線で銃を撃ち放つミカ。狙いは便利屋、誰か一人の足を止めて――そのあとは常軌を逸した火力を叩き込み続ける目算だ。

 だが、温泉開発部でも実力が下の方であれば銃撃戦に巻き込まれるだけでも倒れていく。

 

 前線がミカ一人にかき回された恰好になった。さらに、戦意十分で好戦的なパテル分派がミカへの誤射すら厭わずに突撃してくるとあれば。

 

「な……なんで、私にばっかりこう殺意高いのよおお!」

「大切な人を危険に晒して、へらへらして……! そういうところが嫌い!」

 

 ミカは凶暴な獣のごとく暴れまわる。

 

「なんか並々ならぬ逆恨みを感じるけど、キヴォトスじゃこんなものだと思うけどね」

「あははっ! ああ、うん。ちょっとこれは笑ってられる状況でもないかなあ?」

 

 その余波だけで温泉開発部の部員が蹴散らされているのだから笑えない。便利屋も、4人揃って初めてミカへのデコイになれるという始末。

 

「行けッ! 行けー!」

「ゲヘナの奴らに天罰を!」

 

 恨み骨髄とばかりに襲い掛かるパテル分派。分派としての構成上、攻撃に偏重しすぎている。

 だが、敵が足止めを狙っている現状――戦略で分析すれば敵側の方が不利だ。

 

 けれど、ここで稼いだ一分一秒が敵側の目的でもある。即座に撃退しないといけないのに、敵はそれを許してくれるほど弱くない。

 

 そして、5分ほどが経過した。

 

「……はあ。――逃げられた」

 

 ミカがため息を吐く。死屍累々と言った光景だが、パテル派の戦力はまだ残っている。まだ戦闘は可能だと、古聖堂の方角を睨みつける。

 

「ミカ様、追撃は?」

「追撃はなし。温泉開発部は甘い相手じゃない。むしろ、こっちが罠にかけられることになるかも……」

 

「ですが、ゲヘナは根まで殲滅しなければ!」

「今はトリニティの同胞を助けに行くのが先よ。敵の狙いは足止めだった、古聖堂では今まさに同胞が危機に陥っていることの証明! 一刻も早く駆け付けるの!」

 

 過激派などやる人間の好きな言葉は”同胞”だ。民族の誇りとか、敵対の歴史とか、そういうものに執着する傾向がある。それは歴史を紐解けば一目瞭然だ。

 ゆえにミカの言葉は効果覿面、我こそが助けるのだと温泉開発部のことも忘れて意気揚々と駆け出していく。

 この程度の人心掌握術はミカだって持っている。

 

 扇動を一通り終えた後で、仕留められなかった苛立ちをため息とともに吐き出す。そして、先を行く部下よりも速く走り出す。

 通常なら20分はかかる道のりでも、ミカならば半分以下で踏破できる。

 

「……なッ!?」

 

 それが、普通の道だったのなら。そう、ミカが踏んだ場所には地雷が埋まっていた。

 

「きゃあっ!」

「うわっ!」

 

 そして、それはパテル分派の面々も同じことだった。行く手を阻む無数の地雷、簡単には突破できない。

 

「温泉開発部ね。味な真似をしてくれるじゃんね……!」

「ミ、ミカ様?」

 

 いや、突破することも不可能ではない。だが、時間を取られるのは確実でもあり。……この場では、その一分一秒が致命傷になりかねなかった。

 

「遠回りも、安全な道を確かめる時間もない! このまま突破する! 強行突破だ! 負傷者は後方へ! ついて来れる者はついて来なさい!」

 

 ミカは地雷原の道も恐れずに踏破する。

 

 そして、過激派なんてものは度胸がなければできやしない。ボスの後に続けと奮起する。

 

「そうだ、同胞を助けろ! ミカ様に続け!」

「おお! 角付きなんかが仕掛けた罠を恐れるものか! 進め進めェ!」

 

 地雷原を踏んで通り抜けるという暴挙を臆面もなく敢行する。だがしかし、近いはずの古聖堂が遠い。

 ……温泉開発部は、撃退されながらも仕事を果たしたのだ。

 

 

 

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