聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第61話 慮外の一手

 

 

 予知、というのは脆いものだ。

 

 ”それ”の強みは情報というよりも強制力にあるのは一目瞭然だろう。例えば敵が走っている姿を見れば、そこに穴でも掘っておけば蓋をしなくても落ちてくれる。殴り合いでストレートを打たれるのが見えたなら、見え見えのカウンターで迎え撃てばいい。

 

 ただ、それが出来ないのであれば。

 

 ――生き埋めになる危険を冒してでもアツコを先行させて『聖徒会』の顕現を早める。ミカには温泉開発部と便利屋を当てる。そういった”対策”を許してしまう程度にランクが低いのなら。

 このように、”予知をもとにした行動”へ更に対処をするならば……予知は覆せてしまう。これは能力の強度の問題だ。

 

 結論、ミカの見た未来……『予知』が弱かったゆえに隙があった。そして、錠前サオリは出来る限りを尽くして対抗したということだ。

 ティーパーティーが行った予知の対処を上回って、逆に窮地に追い込んだと言える。

 

「思い知れ、我々アリウスの恨みを」

 

 動けないハスミとナギサに向かって、無数の聖徒会が銃を向ける。サオリは無表情の裏に歓喜を隠しきれていない。

 それだけの綱渡りをして得られた結果こそが、この勝利だった。

 

「貴様らを始末した次は、先生を処理する。その男は計画の一番の支障になりそうだと、彼女は言っていたからな。――いや、もう終わっているかな」

 

 サオリは口に嘲笑を貼り付けている。私が勝ったのだと、誇るように。

 

「いかに空崎ヒナと言えど、無数の聖徒会から先生を守ることなど出来はしない。会場から逃げる時間もなかったことだしな。……絶望の時はすぐそこだ」

 

 嗜虐の笑みとともに、腕を振り下ろそうと手を掲げる。それが降ろされたとき、聖徒会が動く。全てが終わる。

 

「ナギサさん……!」

「ぐ……! ミカさんはまだ来ないのですか。誰か、戦える者は……!」

 

 ハスミも、ナギサも、歯を食いしばって悔しさに震えること以外できない。そう、これはただ……戦略の面でアリウスがトリニティを打ち破ったと、それだけの話。

 古聖堂の戦力はミサイルを受けて戦闘不能の現在、絶対的な戦力差はどうすることだってできやしない。

 

「撃……なにッ!?」

 

 いざ振り下ろさんとしたその時、サオリの場所に砲弾が着弾した。

 

「がはっ! ば、馬鹿な! どこの馬鹿が、この古聖堂を砲撃した!?」

 

 聖徒会が盾になったことでサオリは無傷だ。だが、無限に増殖すると言えど――今この”一瞬”ではサオリに付き従う大半が消えた。

 そう……ハスミも、ナギサも、倒されなかった。

 

 そして、その一瞬があれば。

 

「――補習授業部、参上です! 助けに来ました、ナギサちゃん!」

 

 瓦礫を踏み越え、この二人の盾になれる。鉄の装甲、無骨な機械――それはまごうことなき戦車だった。

 聖徒会と言えど、それを壊すとなればそう簡単には行かないのだ。

 

「……ヒフミさん? なぜ」

「当然です、友達ですから! さあ、手を!」

 

 ヒフミがハッチから顔を出して手を差し伸べる。戸惑うナギサは、僅かに後悔を浮かべるけれど。

 

「――ええ! ありがとう。あんなことをしたのに、私を友達と呼んでくれて」

 

 ナギサが、その自嘲の笑みを消して手を取った。

 

「良くわからないですけど、あの変なのをぶっとばせばいいんですね!」

 

 ヒフミは、過去などは大したことではないとでも言うように――血気盛んに目の前の化け物どもを指差した。

 ここはキヴォトス。聖徒会しかりミメシスしかり、そこらへんを歩けば化け物の一つくらいには遭遇しているさ。

 

「はい! ですが、操る者を倒さなければ消えません。私が指示します。照準――アリウススクワッドの錠前サオリ!」

 

 ナギサはまなじりに浮かんだ涙を拭い、毅然と指示を下す。

 

「りょ、了解です!」

「――」

 

 そして、コハルとアズサが慣れた仕草で砲弾をセットする。さすがはトリニティ、その程度であれば学生なら必修項目だ。

 

「照準、よし。です♡」

 

 そしてハナコが微調整――その知性は相手の嫌がる箇所を見通す。少し宙に浮かせるように撃てば、聖徒会が盾になるためには組体操でもするしかない。

 無限の戦力を持っていても、一瞬に限れば有限であるとの弱点を見抜いていた。

 

「撃ちなさい!」

 

 そしてナギサの号令の下に撃ち放たれる砲弾。それは着実にサオリを追い詰める。

 

「おのれ……! おのれおのれおのれ! どこで計算を間違えた? 桐藤ナギサ、奴の手は封じていた。ならば――浦和ハナコか? 貴様さえ居なければ、計画は!」

「おやおや、買いかぶられているみたいですね。ねえ、ナギサさん。私はずっとあなたに謝りたかった。……あの時、酷いことを言ってごめんなさい」

 

「……ハナコさん。いえ、それは疑心暗鬼に陥った私の過ちでした」

「謝らないでください。そのことは謝っていただきましたから、もう終わったことなんです。だから、私のこともこれで終わりにしてほしいんです」

 

「――」

「私と、お友達になっていただけませんか? ナギサさん」

 

「はい、もちろんです」

 

 新たに紡がれる絆。戦車は次々と砲火を放つ。

 

「下らん……! この世の全て、所詮は虚しいもの! 心も、絆も! 全ては塵と消えゆく定めにあるのだ! そんな虚しきもので――この私を倒せるものか! 虚無……誰もそこからは逃れられない!」

 

 だが、聖徒会を盾にするサオリは倒せない。忌々し気に呪いを口にしているが、戦車では頭を抑えることはできても一向にダメージを与えられていない。

 

「違いますよ、サオリさん♡ この状況は私の力じゃない。確信はあれど確証はないから、私は一歩を踏み出せなかった。謝るのが怖かった。きっと、あなたは状況が動くまで私は身動きできないと思っていたことでしょう。その通りです……あなたを追い詰めたのは、とある少女の勇気。私に手を差し伸べてくれた――普通の女の子が出してくれた”勇気”」

 

 訥々と語りかける。それは伝わらないと分かっているけれど。それでも、自慢したいものだった。

 この胸の内に絆がある。だから立ち向かえるのだと、宣言したい。

 

「勇気? 勇気と言ったか? そんなものが何になる……! そして、貴様らは自分が有利と思ったか? 勝てると勘違いしたか? その戦車があれば戦力は逆転できたなどと夢想を夢見たのか⁉ 虚しい! その勘違いはただただ虚しいのだ!」

 

 サオリは激高する。射殺す勢いでその戦車を睨みつけた。殴りかかりかねないほどの憤怒、しかし状況は見誤らない。

 聖徒会は無限。その無尽蔵の戦力をもって敵を叩き潰すための方策を練る。

 

「すでに楽園の名を冠する条約はスクワッドのものとなった。定義しなおした鎮圧対象の戦力が増えたならば、機構は更なる戦力をもって対抗するのみ。貴様らがどれだけ湧いて出ようがただただ虚しい! もとから貴様らに、勝ち目などありはしない!」

 

 その言葉を証明するかのように、聖徒会は限りなく姿を表す。砲火によって消された数の、さらに倍が出現していた。

 

「……けれど、押し切れてはいない」

 

 ナギサが鋭く切り込んだ。速攻を決めたサオリだが、この期に及んでもナギサを詰め切れていない。

 その結果として、気絶していた正義実現委員会が起きだして聖徒会と交戦を開始していた。

 

「それがどうした? 確かに予定より遅れているが、貴様らを一人として逃がしはしない……!」

「出来ますか? 長い間、とは言わなくてもそれなりに戦いました。そろそろミサイルによって気絶していた方たちが起きてきますよ。……なによりも、ミカちゃんの足止めがそんなに長い間持つとお思いですか?」

 

「貴様こそ、聖園ミカを待ったところで無駄と知れ。どれだけ戦力が増えようが、聖徒会はそれに呼応して増えるだけ。ああ、そうだ。そもそも、起きるのはトリニティの人間だけかな? 貴様らのエデン条約は奪われた。ならば――彼らは味方ではあるまい」

「――ならば、こうしましょう」

 

 ナギサが戦車のハッチから姿を晒す。スピーカーを手に、叫ぶ。

 

〈この会場に居る全ての人間よ! 風紀の綱紀を、正義の志を心に秘める者達よ! 私はティーパーティーの桐藤ナギサです! 今こそ、告発を行いましょう! そして私は戦う! キヴォトスの闇――特異現象によって人々を苦しめる悪と!〉

 

 演説をぶちかます。前線での鼓舞はどちらかと言うとミカの得意技だが、ナギサとて出来ないわけがない。

 ……敵に悪のレッテルを嵌めて皆で殴る。戦争の歴史こそを国家と呼ぶならば、それは使い古された手段に過ぎない。

 トリニティの王の一人として、堂々とその姿を衆目に晒すのはしかし効果的だった。

 

「……チ。させるか!」

 

 聖徒会ではそれに対抗できない。そんな高度な状況判断ができるものではない。サオリはただ攪乱のみを命じ、本人が暗殺を狙うが。

 

「けっへっへ……げへへへへ……」

 

 狙い澄ました射撃が近づくことを許さない。サオリは動けた、ならばツルギだって動けるようになるさ。

 息が詰まるような攻防、多数の勢力が会するだけあって状況が二転三転する。

 

「正義実現委員長、もう動けるようになったか……!」

 

 ツルギに思惑を阻まれて舌打ちをするサオリを後目に、ナギサは朗々と演説を続ける。銃弾が当たるかもなどと微塵も思っていないような、毅然とした姿だ。

 

〈敵は遥か昔の亡霊、歴史の中に消えたトリニティの遺物――『アリウス』! その目的は復讐、自らを捨てたトリニティ、そして敵であるゲヘナを打ち滅ぼすこと。迫る脅威の前に、過去の遺恨は関係ありません。今この場だけは隣に居る者と力を合わせるのです。……仲間を守るため!〉

 

 元々トリニティの人間は権威主義だ。未来(原作)にて指揮系統が滅茶苦茶になり各自の勝手な判断の下にゲヘナと散発的な戦闘を始めたのは、3つの頭の全てが機能停止するという異常事態から端を発した。

 逆に、今この場では3つの頭が健在だ。しかも、ナギサが前線に立って指示をしているのだからこれ以上ない。今のトリニティに、勝手を許す余地などない。

 

〈心ある者よ! 私とともに戦うのです! 敵は特異現象、『ユスティナ聖徒会』。過去の亡霊が、墓の下に眠る者共を引き連れてやってきた。……撃退するのです! 翼持つ者も、角持つ者も、生者として過去の闇を晴らすために共に立ち上がりなさい!〉

 

 その演説はとても”分かりやすい”。要するに、敵は目の前の顔色の悪いゾンビ軍団。今はゲヘナよりもそちらを相手にしろとそういうことだ。

 そして、ナギサはニヤリと笑って手に持ったスピーカーを思い切り投げる。

 

「……なにッ!?」

 

 その方向を目視したサオリは、ツルギとの戦闘中であるのも忘れて驚愕する。マズイ事態が起こっている。

 

〈そのとおりね。過去の遺恨を呑み込んで、共に戦いましょう……!〉

 

 傷だらけのヒナが、そのスピーカーを受け取って応えた。ゆえに、ここにトリニティと風紀委員との結束が成立した。

 ここに居たゲヘナの勢力は二つ、万魔殿と風紀委員。しかし万魔殿が逃げ出している今、説得するのは風紀委員だけで良い。残っている奴が居ても誤差で、少数であれば多勢に呑み込まれるのみだ。

 

「まさか……まだ先生の暗殺を成し遂げていなかったか!?」

 

 サオリが睨みつける先は、先生をかつぐヒナタ。戦場の中、八面六臂の活躍で傷を負いながらも守り切ったのはヒナだった。ヒナが、まだ戦い続けている以上は。

 

「さあ――どうやら、形勢逆転のようですね」

「ほざけ、桐藤ナギサ! いくら形勢が逆転しようと関係がない! 聖徒会は、貴様らが結束するほどに数を増やす! 敵を叩き潰せるだけの軍勢となってな!」

 

 忌々し気に睨みつけるサオリだが……聖徒会はその数をみるみるうちに増やしていく。そう、どこまでも――

 

「敵が7、地面が3……よくもそれだけ増えたものですね」

 

 ナギサがため息を吐く。風紀委員とトリニティの共同戦線はよほど脅威と映ったらしい。

 発砲音が遠くから聞こえてくるが、怒号は聞こえてこない。とりあえずの共同戦線はうまく行っているようだ。ゆえに、ナギサは次の手を打つ。

 

「ヒナタさん、こちらへ! 先生を戦車の中へお連れください。その後に後退し、救護騎士団と合流――この戦車を最終防衛ラインと築きます!」

「……はい!」

 

 走っていくヒナタ。

 

「へへ。さすがに任務失敗はマズイので……死んでください。はあ、もう失敗扱いなんでしょうね。世の中は辛い事ばかりですね」

 

 ごった返すほどの軍勢を引きつれたヒヨリが追いかけつつ号令を下すが――

 

「油断はしない。最後まで先生を守り切る」

 

 傷だらけのヒナが、しかし強大な火力をもって聖徒会を制圧する。まさになぎ倒すといった風情が良く似合う機関銃の掃射、これこそゲヘナの無秩序にあって風紀の軛を嵌める者。最強と名高き者の一人。

 

「それだけの力を使って、防御力も落ちて……こちらの攻撃も当たっているはずなのに!」

「残念ね。私は、最後まで仕事を果たすだけよ」

 

 キヴォトスの人間はその力に大小はあれど、無限ということはありえない。使えば使うだけ、削られれば削られるだけ負荷が増えていく。

 ――そして、いつかは折れる。それが道理だ。

 

 ヒナは、倒れなければおかしいほどの力を使って。その上で馬鹿みたいに攻撃も喰らっていたのに。

 しかし、まだ立っている。どこまで、とヒヨリは不条理を嘆く。

 

「風紀委員がヒナ委員長だけなどと言わせるなよ! 私たちも居るのだと教えてやれ!」

「「「応!」」」

 

 さらに起きだした風紀委員も合流してきた。

 ヒヨリとしてはここで緊張の糸が切れて欲しいところだが、まあ空崎ヒナにそんな期待をするほど楽観的ではない。

 

「……ああ、これ失敗ですかね」

 

 自分の暗澹たる未来を想像しながらも、手は止めずに攻撃を行う。

 

「目標が逃げる……? スクワッドに任務失敗など許されない! ここまで準備してきたのだ! これほどの戦力を揃えたのだ! なのに、取り逃がすことなどあるものか!」

 

 忌々し気に顔を歪めたサオリが地団太を踏む。そこに、ハナコが追い打ちをかける。

 

「いいえ、これで終わりです♡ 確かにあなたはゲヘナとトリニティに手を組ませるほどの脅威だった。けれど、始めからこのような事態にさせないためにナギサさんを狙ったのでしょう?」

「虚しい! その思い上がり、はなはだしい! スクワッドの、エデン条約の戦力がこれだけと思ったか? 出てこい、アンブロシウスゥゥゥゥゥゥ!」

 

 サオリが叫ぶ。と、同時に立ち上がるのっぺりとした影。……それはもうどこからどう見ても人とは呼べない巨大な異形だった。

 殉教者をかたどったような化け物が、その巨大な手を振り上げた。

 

 でかいと言うのは単純に怖い。それに見合うだけの強さがあるのだから、一般兵などでは時間稼ぎにすらなりはしない。

 ただその強大な力に蹴散らされるのみであるはずだった。

 

「――あは。誰か忘れてない? ねえ、それは酷くないかな? 誰があなたたちのことを手伝ってあげたと思ってるのかな?」

 

 そこに、声が乱入した。

 

「ここから先は通行止めだよ。その化け物は通さない」

 

 堕ちる隕石、巨大な異形が倒れこんだ。――地雷原を抜けて、ミカが来た。

 

 

 

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