聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第62話 動乱と混乱

 

 

 非常事態に当たって手を組んだトリニティのナギサと風紀委員。だが、対するサオリはそれすらも壊さんと奥の手であるアンブロシウスを繰り出した。

 切り札に相応しい異形の怪物は、しかし突如降ってきた隕石により座礁した。

 

「あは。真打登場ってね☆ お待たせ、ナギちゃん」

 

 颯爽と、ミカが登場した。服の至る所が焼け焦げて、血すら流れる有様は満身創痍。ゲヘナの温泉開発部が設置した地雷原を駆け抜けてきたのだ、並大抵の道筋ではなかった。

 だが、その足は微塵の震えもなく、目はまっすぐにサオリを見ていた。

 

「……聖園、ミカ。貴様までもが到着したか。ああ、貴様はよほど強いのだろう。恐ろしいのだろう。ただの一人で我々『アリウス』の膝元まで侵入したその手腕、大胆さは驚愕に値するとも」

 

 サオリも、睨み返す。

 その強さは知っている。伊達に共犯者をやっていたわけではない。セイアが生きていた、その次点で決裂は避けられなかったのだと弁えてはいるけれど。

 

 予想出来ていたとしても、足元からガラガラと崩れ落ちたような心地だ。アンブロシウスは最大戦力、それに対抗できる戦力があるならば。

 もはやマダムから下された任務を達成できる芽などない。あの女に待つような根気などない。ここで果たさねばならないのに。現状、先生を殺しうる手はない。

 ……けれど、口から出るのは強がりばかりだ。弱音を吐けば食い物にされる、そういう人生を送ってきた。

 

「だが関係ない。それでアンブロシウスを倒したつもりか? 何度でも言おう、貴様らには最初から勝ち目など存在していない。命に代えて先のを100発ほど撃てば倒せるかもな? だが、倒したところで復活するのさ。そう、全ては虚しいのだから」

 

 負けられない理由がある。守りたい人が居る、守るためなら何人犠牲にしても構わないと誓ったからここに居る。

 そう、この任務を阻む敵は――彼女の命を狙う賊も同然。大切な人の命を守るためなら、誰かを殺すのもやむなしと銃を握り続けるのだ。

 

「……Vanitas vanitatum et omnia vanitas.これはあなた達の言葉だったね。全ては虚しいもの。でも、本当の意味はどうかな? たとえいつか壊れる砂上の楼閣だとしても、築いたものには価値がある。結末が死であるとしても、その絆はちゃんとあったんだよ。……サオリ、あなたにも」

 

 ミカが悲しそうな顔で訴えかける。今はどんな言葉をかけたところで無駄なのだと分かっている。

 この状況で主犯を取り逃がすことなど、出来るはずがない。ただ利用されているだけなのだとしても、状況を進める以外に手はない。ティーパーティーとして、サオリを”潰す”手を打つ義務がある。

 

「――虚しい! Vanitas vanitatum et omnia vanitas.! 恨みは消えない! 憎悪の炎は揺らがない! トリニティも、ゲヘナも! 全て叩き潰すのみ! この無限の聖徒会が貴様らには見えんのか!?」

 

 現に、ミカが到着した後も戦闘は続いている。この戦力を前に、トリニティと風紀委員会の連合軍はまったく攻め切れていなかった。

 奴らを前に殲滅戦は無理だと、ナギサが救助に舵を切っているのもあるけれど。

 

 実際問題、これは弾丸が尽きればそこで壊滅する儚い拮抗だった。

 

「君は、本当にそれらが憎いのかな?」

 

 凛とした声が響く。それは”大人”の声。先生がミサイルの衝撃から立ち直って、現場に足を踏み入れた。

 

「……先生!? 駄目だよ、今は危ない!」

「いいんだ、ミカ。大丈夫」

 

 心配するミカをよそに、先生はサオリに向かって歩いて行く。

 

「ああ、やっと君の顔が見れた。いや、書類作業のせいかな? 実は目がボヤけてそんなにはっきり見えていないんだけど。……年かな」

「シャーレの先生。撃たれれば終わりの脆い『外の人間』が、なぜ戦場を出歩ける? しかし、好都合だ――今ここで貴様を殺せば、任務を一つ達成できる」

 

 サオリが、ゆっくりと先生に銃を向ける。ミカが飛び出そうとするけど、先生本人が手で止める。

 ミカは助けを求めるようにヒナを見るけど、彼女は膝をついていた。一度安全地帯に送り届けられたと安心して、力が抜けていた。

 

「焦っているね。けれど、それはおかしいんだ。そんなことを思うはずがない」

「……貴様に心配されるいわれはない。だが、それは不思議なことか? 私が言うのもおかしいが、アンブロシウスが聖園ミカに足止めされるなら取りこぼしが出るのはもはや確定した未来だろう。本当ならば、お前を含めてな」

 

 理解できないものを見るサオリの目。まあ、撃たれれば本当に死んでしまう先生が鉄火場を出歩けるのは不思議だろう。

 キヴォトスの人間は死を忌避するもの。なのに、先生は自分のそれをどうでもよいと思っているようにしか見えない。

 

「いや、私は大人だからね。……それで、君の話だけど。伝え聞く話によれば君はトリニティに潜入しただろ? あと、万魔殿とも繋がりがあるのかな」

「――聖園ミカに聞いたか。そして百合園セイアの予知と合わせて考えれば導き出せる結論だな。否定しても意味はない。それがどうした?」

 

 明言しないものの認めた。トリニティへの潜入任務、そして万魔殿との繋がり。まあ、飛行船を贈って、更にはそちらを通して温泉開発部と便利屋に足止めを依頼していたのはもはや隠してもしょうがないけど。

 

「それはありえないんだ。君が本当に憎いと思っているなら、周囲に溶け込む潜入任務なんて出来ない。四方八方、誰彼構わず発砲していないとおかしいよ」

「……ッ! ふん、敵地でバカスカ撃つ馬鹿がどこに居る? 私はそのような間抜けではないと自負している」

 

「それは間抜けだからじゃないんだ。それだけ恨んでいるから、自分の心をコントロールできないというだけの話なんだ。だから、君のそれは自分の中で処理できる程度の恨みでしかないよ。それで、本当に人を殺せるとは思えない。だって、”殺す”のは大変なことだよ。それこそ、狂うほどに憎くないと出来やしない」

「さっきから何なんだ、お前は! 説教でもしているのか⁉ 人を殺そうとして御免なさいと泣き叫べば満足か!」

 

 サオリが激高する。撃たれれば死ぬ人間の癖に、撃ってみろと挑発しているのかと思えてきたほどだ。

 お前の目の前のこれがおもちゃだと思っているのかと、これみよがしに銃を振って見せる。

 

「いいや、その憎しみは君の感情ではない。誰かがそれを君に植え付けたんだ。利用するために、食い物にするために。……それは、きっと”大人”なのだろうね。ゆえに、私はそいつのことが許せない。そして、君の助けになれればいいと思っているよ――サオリ」

「……銃を向けている相手に何を馬鹿なことを! 貴様の頭はとんだお花畑だな! その様な思考で生きていけるほどに、『外』は甘っちょろい世界だと言うことか!」

 

 叫ぶ。それは、威嚇するように。

 

「なら、サオリ。なぜ撃たないんだい? 殺す殺すと言っておきながら、君は引き金に指をかけていない。君はまだ救える……引き返せるんだ。私の手を取って、一緒に――」

「――うるさい!」

 

 パン、と渇いた音が響いた。

 

「……先生!?」

 

 ミカの悲鳴が響いた。

 

「うぐ……サオリ。やはり、君は――」

 

 くぐもった声。先生は、真っ赤に染まった腹を抑える。

 

「撤退! 撤退します! ……ヒフミさん!」

「はい、ナギサ様! クルセイダーちゃん、全速前進!」

 

 倒れ行く先生を助けるため、戦車で瓦礫をなぎ倒しながら駆け付ける。聖徒会は動かない、散発的に連合軍の相手をするのみ。

 相手も、なぜか混乱している。今なら、先生を確保できる。

 

「ハナコちゃん、ちょっと後を頼みます! Uターンで!」

「はい。……コハルちゃん、次弾装填できます?」

「え? えっと。ハナコ、今アズサが……」

「無理そうですか? まあ、仕方ありませんね。後土産は諦めましょうか」

 

「ヒフミさん、先生を!」

「大丈夫です、確保しました。すぐに発進してください!」

 

 呆然とするサオリの鼻先をUターンした補習授業部は、戦車の中に先生を連れ込んで猛然と駆けていく。

 

 

 

「任務は成功したの……?」

 

 そして、それを大分後方で見守るミサキ。地下での役目があるアツコを除けば、スクワッドはこれで最後。

 もっとも、その最後の戦力ですらも。

 

「くっ…リーダー、しっかりしてよ。このままじゃ、押し込まれる……!」

「余所見ですか? 聖徒会がどれだけ増殖しようとも、司令塔の数には限りがあります。あなたさえ抑えておけば、ナギサさんがなんとかしてくれます……!」

 

 ハスミ率いる正義実現委員会を相手するのが精一杯だった。いや、正義実現委員会だけではない。

 

「サクラコ様は未だ起きませんが……ここで『シスターフッド』が退くわけには参りません。皆さん、かの怪異を退けてください!」

 

 自らも銃を撃ちつつ、聖徒会の戦力を削り続けるシスターフッドの伊落マリー。いくらでも増殖するから敵を倒しても無駄……などということなどない。

 時間を稼げば、他の人が誰かを助けられる。聖徒会が居る限り救助活動もおぼつかないのだから、これは重要な意味を持っている。

 

「すべての方に、救いを! この世が、少しでも平和でありますように……今は銃を手に取り怪異を撃退するのです!」

 

 相手が怪異であるのだから、シスターフッドが躊躇う理由もない。ここも、ナギサの演説が効いている。

 それに、前はミカ一人に負けて屈辱に枕を濡らし肩の狭い思いをした。

 

「怪異を倒せ!」

「シスターフッドの意地を見せろ!」

 

 ゆえにこそ、今回こそはと奮起するのだ。危険を冒してでもここで目立てば、それだけシスターフッドの復権は近くなる。

 

「ふふ、苦い顔ですね――ミサキさん。先生の安否を確認するためにも、あなたはここで確保します」

「……やってみろ。全部無意味、最初から分かっていたこと。無限の戦力を前に、人は立ち続けることはできない。あなた達に聖徒会は越えられない」

 

 とはいえ、無限の戦力はやはり厄介だ。ハスミでは、雑魚を蹴散らして指揮官を狙う様なことなどできない。

 じりじりと押しているが、しかし逆に言えば崩れる時は一気に瓦解するとハスミは自覚していた。

 

「ええ、確かに倒し切ることは出来ない。……ですが、勘違いしていませんか? 聖徒会は無敵でも、あなたが無敵になった訳じゃない。それらに指示を与えるために、現場にいる必要があるのでしょう。ミサキさん、あなたは逃げられない」

「逃げられないのはあんたたち。いや、この場では逃げることもできるか。けれど、今逃げたところで――後で虱潰しにするだけ。何も変わらない、全ては虚無に帰るだけ」

 

「だからこそ、ここで潰すのですよ。シスターフッド! 協力してください! これから正義実現委員会の総力を持って『アリウススクワッド』の戒野ミサキを倒します!」

「……人を撃つのは心苦しいですが、仕方ありません。祈りを……そして、安らぎがあらんことを」

 

 正義実現委員会副委員長、そしてシスターフッドがミサキに狙いを定めた。それこそシスターフッドの一部は必死に手柄を求め、肉を切らせてでも手柄首、指揮官を狙うほどに奮起した。

 

「スクワッド? ナギサ様が言っていた黒幕か!」

「今度こそ倒して復権を!」

「奴を倒せ! 撃て!」

 

 憎悪すら感じるシスターフッドの戦意が立ち上る。人は追い詰められれば本性を出すと言うが。まあ、前回の一件はよほど堪えたらしい。

 

「塵は塵に帰るもの。――人間が、エデン条約と言う機構そのものに逆らうことなど出来るものか!」

 

 だが、ミサキもまた無限の聖徒会戦力で応えるのだ。

 

 

 

 最前線から僅かに離れた場所で、ヒナは膝から崩れ落ちた。

 

「……そんな、先生が」

「ええと……先生、大丈夫でしょうか」

 

 ヒナタも居るのだが、ヒナの目には入っていない。

 

「おや、これはこれは。うまいことヒナさんが無効化できたようです。さすがはうちのリーダーですね。えへへ……ただ、私もサボっていると怒られるので。さあ、やっちゃってください」

 

 そしてヒヨリ率いる聖徒会が力の抜け落ちたヒナを狙う。風紀委員も居るが、聖徒会の猛攻に撃退されてしまった。

 

「さ……させません!」

 

 ヒナタが反撃するが……

 

「ん? あなた一人でどうしようって言うんですか。シスターフッドの若葉ヒナタさん。ただ力が強いだけの一生徒が、ヒナさんを守れるとでも?」

 

 けらけらと嘲笑うヒヨリ。風向きが変わったからと、調子に乗っている。

 

「いいえ、守ってくれました」

 

 横から弾丸の掃射が聖徒会を一掃する。すぐに復活するが、その一瞬で彼女たちはヒナ達の下まで駆け付けた。

 

「……あなたは」

「ありがとう、ヒナタさん。委員長を守ってくれて。……だから、今は一緒に目の前の敵に立ち向かいましょう。秩序のために」

 

 起きた風紀委員メンバーがヒナを守るためにやってきた。

 

「ゲヘナ、風紀委員――火宮チナツ……! それに、そんなに部員まで引き連れて。はあ、やっぱりいいことなんて一つもないですね」

 

「委員長に……そして先生にも、これ以上手出しはさせません!」

「信仰のため、秩序のため。私も、もうひと踏ん張りです! 共に手を取り合って戦いましょう!」

 

 ここに、もう一つトリニティとゲヘナの手の取り合いが。ただ一心に、誰かを守るために戦うのだ。

 

 

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