聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第63話 脱出

 

 

 

「……私が、殺した?」

 

 呆然と、自分の手を見るサオリ。

 感情が整理しきれていない。人を殺すための教えを受けたと言っても、学習と実行はまるで別物なのだ。

 ただ、それ以前に……

 

「なぜ、私は……ッ!」

 

 撃ったのは、”ミカから渡された銃弾”だった。血のり弾、それで殺せるはずもないのは分かり切っている。

 ……なのに、収まらない手の震え。これは、任務を失敗した故か、それともと心の迷宮に陥りかけて。

 

 そこに、拡声器でナギサの声が響いてくる。

 

「みなさん、先生は生きています! 命に別状はありません! これより撤退します! 各員は負傷者の保護を最優先にお願いします! 後方の負傷者は救護騎士団とゲヘナの救急医療部が搬出済です!」

 

 その声に、サオリは”安心”した。

 そして、復活する強がり。動揺はまだ残っているが、心の奥底に押し込める。仮面を被るのは得意だから。

 憎悪をもって追撃をする役割(ロール)を果たさなければ。攻撃しなければ、やられるのは自分たちスクワッドの方なのだ。

 

「それがどうした⁉ 立ち上がれ、アンブロシウス。死にぞこないの先生ともども桐藤ナギサを葬ってしまえ!」

 

 頭では高速で計算が回る。理解不能な心の動き、もうそれは横に置いておこう。先生が生きていたとしても、すぐにマダムに伝わる訳ではない。

 というか、任務の成功よりも――この場をどうするかと考えなければならない状況だったはずだ。状況はマシになったが、まだ窮地に転落する可能性は残っている。

 

 起き上がるトリニティと風紀委員ども、ナギサの演説によって共同戦線を組まれたのだからもう最悪の事態まで考慮に入っていた。

 スクワッドメンバーを捕らえられ、拷問でもされて制御権に乱れでも作られてしまえば……それはもう任務成功どころの事態ではなかったのだ。聖徒会を動かせず、今度はこちらが人海戦術で磨り潰される詰みまで持っていかれる。

 

 それを考えれば、今は上々。スクワッドは誰も堕ちていない。

 ここで先生がのこのこと出てきて撃たれてくれたものだから、敵は泡を食って撤退しようとしている状況。

 ナギサは撤退撤退と連呼している。

 ならば好都合。後は追いすぎないのと、どれだけ追い打ちがかけられるかだけ考えていればいい。そう、最悪からは脱することができた。

 

「あは☆ させないって言ってるでしょ⁉」

 

 縦横無尽に動くミカが、アンブロシウスを滅多打ちにする。どうやら温泉開発部と便利屋は残弾を減らすことは出来なかったらしい。

 ……が、相手の手を一つ潰した。今この場で脅威なのは、聖徒会を無視してスクワッドメンバーに強襲をかけられる”強者”だ。

 

「聖徒会よ、逃げる敵を追いかけよ!」

 

 先生の乗る戦車を撃破するのは無理だ。そもそも簡単に破壊できないし、全速力で逃げるそれを追いかけても追いつけない。

 ならば、敵の戦力を少しでも削るのが効率が良い。犠牲が最も多いのは撤退戦で、敵は自らそれを選んでくれた。

 

「……キヒャ!」

 

 そして、死角からサオリを狙うツルギも。

 

「そう来るのは読めていた! がっ!」

 

 聖徒会を盾にする。盾を抜かれて一撃喰らわされたのは流石だが、いくらなんでも減衰した一撃で倒れるわけがない。

 

「そして、それは罠だ!」

「なに!? 私を中心に円陣を?」

 

 先生を撃たれた焦りもあったのか、ツルギは酷く不用心だった。そこは、すでに獣を刈るための罠が仕掛けられていた。

 無数の銃口、否。砲口に囲まれている。

 

「委員長であれば教える必要もないかな? それらの兵種は何かを」

「――グレネード、榴弾兵? まさか!」

 

 威力は高いが、爆弾を打ち出す性質上直線に仲間が並んでいてはとても使えないはずの武装。というか、こんな密集地帯で使う武器ですらない。

 だが、仲間の損害を度外視できる聖徒会ならば。

 

「ぬるい貴様らには思い付きもしまい! 仲間さえ犠牲にするのがアリウスの戦法だと知るがいい! 諸共に消えろ!」

「……ヒヒャ」

 

 ならば、その前にいくらか倒してダメージを軽減しようとショットガンを抜き放つ。だが、それより前に銃火が撃った。

 サオリの銃が、聖徒会を。

 

 ショットガンが火を噴く前に、爆弾が起爆する。

 

「ハハハハハハ! どうだ、生きた爆弾の味は!? 同士討ち覚悟の十字砲火でさえお前を倒し切れまい。だが、私は諸共に消えろと言ったぞ」

「――」

 

 ドサリと倒れるツルギ。砲撃体勢に入る前に、まさか仲間を撃って爆弾代わりにするとは思わなかった。

 あれは特異現象だと頭で分かっていても、それを前提にした戦術にまで対応できない。

 

「……ツルギ! くっ……! すみません、シスターフッド。我々はツルギの救援に参ります!」

「あっ、ハスミさん。けれど、シスターフッド単独では……ッ!」

 

 他の場所で戦っていた正義実現委員会が委員長の救護に向かう。これで、戒野ミサキの捕縛も難しくなった。

 

「少し騒がしいね。もう少し静かにしてくれると嬉しい」

 

 その彼女は淡々と聖徒会を操っている。一人でも多く、倒せるように。ただ機械のように撃ち続ける。

 

「だが、正義実現委員会が抜けたところで関係ない! シスターフッドで手柄を独り占めだ!」

「スクワッドを倒せ!」

「奴さえ倒せば、私たちは!」

 

 シスターフッドはまだやる気だが……

 

「駄目です、皆さん! ナギサ様の指示は撤退です。ここは退きます!」

「ですが!」

 

「これ以上犠牲を増やしてはなりません。仲間が帰ってこないことになっては遅いのです」

「ぐぐぐ……分かりました」

 

 指令役のマリーは元から温厚な性格で、突っ込めるような人じゃない。それに、シスターフッドと言えどナギサの発言は大きな意味を持つ。

 こう毅然と言われてしまえば、撤退する以外に選択肢はなかった。

 

 

 そして、ヒヨリと戦う風紀委員も。

 

「ヒナ委員長は確保済。……ここで無理をする必要はありませんか」

「へへっ。悲しいですねえ、苦しいですねえ。ゲヘナの誇る風紀員も、所詮はヒナさんが居ないと何も出来ないんですから」

 

 戦線は膠着状態、風紀委員もヒナタも防衛を選んでいるのだから当然の結末だ。ヒナに攻撃は届かないが、逆にヒヨリに向けて攻撃することもできない状況。

 そんなだから、撤退することに異論はない。

 

「聖徒会がなければ何も出来ないのはそちらも同じ。ならば解析して攻略するだけ、データは得ました。そして、委員長を亡き者にする千載一遇のチャンスを逃したのはあなた達です」

「それはどうでしょうか? 果たしてヒナさんは再び立ち上がることができるでしょうかね? あと、聖徒会を舐めすぎでは?」

 

「挑発には乗りません。ヒナタさん、撤退しますよ」

「は、はいっ! では、とっておきのグレネードランチャーを!」

 

 ヒナタがグレネードで敵を一掃、その隙に逃げ出した。

 

 

 そして、戦車の中では。

 

「……ふう」

 

 先生があっさりと身を起こす。どこも痛くなっているようには見えない。撃たれたのが嘘のように元気一杯だった。

 

「え? 先生、撃たれても大丈夫だったんですか?」

 

 ぽかん、と呆気に取られてヒフミが聞く。外の人が脆いというのは常識だから。

 

「ああ、いや。これは秘密にしてもらえる? ナギサも、私は入院しておいた方が良いよね?」

 

 あっけらかんと、ナギサにそんなことを聞いてしまう。

 

「そうですね。そうしてもらえるとありがたいです。血気盛んな方が突撃されても困りますので……まあ、意識不明当たりが妥当でしょう。夜ごろに起きてください」

「うん、分かった。私はこのままトリニティに運び込まれるのかな?」

 

「はい、今さらゲヘナを頼るのも意味が通りませんし。トリニティでも最上級の病室を手配しましょう」

「スイートルームだったら嬉しいけど、病室ではね……あと、請求書が怖いかも」

 

「まさか、先生に請求するようなことは致しませんよ。ティーパーティが勝手に予算を使えないようになったならともかく……」

「ああ、それは助かる」

 

「しかし、やはり意外でした。……いえ。ミカちゃんの言葉通りの方ならば、このような選択も納得でした。キヴォトスでは類を見ない『大人』の方、先生。……あなたが撃たれたのを切っ掛けにスムーズに撤退へ移行できましたが、あなたが助けたかったものはもう一つあるのでしょう?」

「あはは。それは言わない約束と言うものだよ、ナギサ」

 

 先生は苦笑する。それは、端的に先生はこの戦争を収めるために撃たれたということを意味する。

 あのまま行っていれば、スクワッドの誰かに致命傷を与えるまで連合軍は止まらない。戦争は、始めることよりも止めることの方が困難であるから。

 そして、スクワッドメンバー拿捕のためにはやはりトリニティや風紀委員会からも多くの犠牲者が出ただろう。

 根本的な解決ではなく、一時的しのぎに過ぎなくても。少なくとも、この場では死者を出さずに止めてしまった事実。

 

 撃たれたら死ぬのに、自分が撃たれるのを何も怖がらずに。……そう、ミカが血のり弾を渡していることまでは知っていても、サオリとは初対面なのに。

 信頼する要素など何一つないのに、こんなことまでしてしまった。

 

「……大変よ、アズサが居ないの!」

 

 先生とナギサが政治を織り交ぜた話をしている横で、コハルはずっとアズサを探していた。戦闘の中途、先生が撃たれた混乱のあたりから見かけていない。

 

「アズサさんはアリウスの関係者です。もしかして、そのアリウススクワッドとも……?」

「はい、ハナコさんのご賢察の通りです。そうですね、アズサさんは正式にアリウスから離脱したわけではない。そう、準スクワッドとも言うべき籍がまだ残っているはずです」

 

「ナギサさん、それはどういうことですか? アズサさんから聞き出したことですか?」

「いいえ、尋問の類は行っていませんよ。ハナコさんはミカちゃんのことを舐めすぎてはいませんか? あれでも、目端の利く子です。それに、あそこは戦争しかない兵士の国。アズサさんはトリニティの学習についてこれませんでしたが、付いて行こうとする努力が出来るだけでもアリウスでは相当の上澄みですよ。なぜなら、アリウスは”学ぶ”場所ではありませんから」

 

「なるほど。ナギサさんの説明には筋が通っています。しかし、それが事実ならば……」

「アズサさんは錠前サオリに会いに行ったのでしょう。何をする気かは私には分かりませんが……ただ、帰るためではないのでしょう。それはあなた達の方がよく分かっているのでは?」

 

「……ッ! すぐに追いかけなくては」

「駄目です」

 

「ナギサさん⁉」

「錠前サオリはトラップのプロです。不用意に追えば罠に嵌ることになる。あなた達が危険です。そしてアズサさんはそれを望まないでしょう」

 

「それでも、何か出来ることが……」

「ハナコ、落ち着いて」

 

「……先生?」

「アズサも子供じゃない。何か必要なことがあれば連絡をくれるよ。それを待てばいい」

 

「でも、先生。アズサちゃんはとても意地っ張りで、どこまでもひたむきなんです。ハナコちゃんだけじゃなくて、私も心配してるんです」

「わ、私も! 私も心配してるわよ!」

 

「大丈夫。アズサを信じよう」

 

 そういうことで、真っ先に撤退する。先生が負傷したと情報を流している以上はちんたらしていられないのだ。

 次の瞬間、ナギサの携帯に連絡が来る。

 

「ねえ、ナギちゃん⁉ さっきから連絡かけまくってるのに出てくれないの何で⁉ 先生は無事? あれ、大本営発表じゃないよね?」

 

 受けたとたんにがなり立ててきた。後ろの方からまだ戦えるだの、ゲヘナの顔面を横から殴りつけろだのと声が聞こえてくる。

 それにミカはうっさいと怒鳴り返していた。パテル分派はなるほど過激派らしい言動だった。

 

「ああ、ミカちゃんですか。ええ、大丈夫ですよ。あれは血のり弾だったみたいですから」

「そっか。良かった」

 

 ほっとした声。未来を予知しているとは思えないうろたえっぷりだが、まあ未来の形なんてころころ変わっている。

 色々と仕込んだりはしていても、それで安心できるほど肝も座っていなかった。

 

「ミカちゃんも撤退していますか?」

「うん。アンブロシウスも引っ込んだからね。あと、スクワッドも全員消えてる。残りは雑魚だよ、私の出番はないかな」

 

「そうですか。ただまあ、ここで古聖堂を攻め落としても良いことはありませんし……このまま撤退で良いでしょう。おっと、セイアさんからも電話ですね。スピーカーにして皆で話しましょうか」

 

「ああ、状況は既定通りに推移しているようだね? 実に喜ばしいことだ。一緒に居るのは補習授業部かな。この結果を得られたのも君たちのおかげだ、礼を言おう。まさかゲヘナを頼るとは思わなかったものでね、端的に言えば窮地だった。しかし、まあ本当にそんなことをするとはね……クク」

「セイアさん、何か面白そうですね。確かに先生のおかげもあって上々の結果とは言えますが。……いえ、それはアリウスの今後のことですか?」

 

「そう。ありがとう、セイアが彼女たちのことを考えてくれて嬉しいよ」

「先生、それはどうだろうね? 私は予言者、錠前サオリの矛盾を皮肉っているだけかもしれないよ」

 

「へ? どゆこと?」

 

 ハナコ以外の補習授業部が疑問符を浮かべる中、ミカが聞いた。

 

「ああ、先生の演説の通りだ。錠前サオリの憎悪も大したことはなかったという証明さ。だから君の足止めのためにゲヘナを『頼った』。その行いが、実は自らの憎悪――信仰に反するとも気付かずにね」

「アリウスの生徒は間違ったことを教えられている。君たちが隣人を愛せと教えられたのと同様に、彼女たちは隣人を憎めと教えられた。助かろうとしていない人は救えないからね、錠前サオリのその行動はアリウス生が間違った教えに気付くための大きな切っ掛けになりえるんだ」

 

「まあ、そういうことだね。錠前サオリは別にゲヘナを倒すために戦っているわけでもないということだ」

「……君たちは、その正体を知っているのかな?」

 

「いいや、分からない。だが、その存在は認知している。先生も気を付けたまえ、とは言うまでもないかな」

「忠告はありがたく受け取っておくよ」

 

「でも、行動を慎んだりしないでしょ」

「ははは、ミカには敵わないな」

 

 撤退する戦車の中で、笑い声が咲いた。

 

 

 

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