単身スクワッドに再度戦いを挑んだアズサは敗れた。けれど、ヒフミが補習授業部と覆面水着団を引き連れて助けに来た。
そして、先生が条約を結びなおすことで聖徒会は機能不全に陥った。望みが断たれたと知ったサオリは、しかしアンブロシウスを繰り出す。
「全て壊せ! アンブロシウス! この場を亡骸で埋めつくせ! ヘイローの一つも残すな!」
立ち上がる巨大な異形。強力な個体であるのは確かだが……
「そおりゃ☆」
「ちょっと早すぎるよーミカさん、おじさんが合わせるのも大変だってえ」
キヴォトス有数の強者二人が力を合わせれば、もう攻撃することだって許されない。勝てるわけがなかった。
「先輩がサボってるだけでしょ。こんな奴、私たちだけで倒せるわよ!」
「ん。動きが鈍い、でかいだけのカモ」
さらに、他のアビドスも攻撃している。
『みなさん、弱点を見つけました。情報を転送します』
ミカとアビドスに文字通り削られて、もはや敵を倒すどころではないアンブロシウス。更に、居場所がバレたために正義実現委員会と風紀委員が近づいてくる。
仲違いに一縷の望みを託そうにも、前回の戦闘時点ですでに共闘していた。馬鹿な万魔殿の勢力ならばやりようがあったかもしれないが、そもそも万魔殿に派遣できるほどの戦力はない。
「くっ……!」
アンブロシウスが絶望的な戦いを続けている横で、サオリは踵を返して走り出す。
「リーダー……」
「サオリさん……」
「もうユスティナ聖徒会はまともに動作してない。ETOが二つになった時点で、戒律は意味をなくしつつある……」
「残った聖徒会も、アンブロシウスも、もう……」
「手札が無いね……私たちの負けだ」
ついて行ってる三人だが、しかしもう状況を覆せないのは分かっている。暗い顔で、訥々と呟くように話している。
「サオリ姉さん……もう諦めて」
そこに、アズサが追いかけてきた。そもそも聖徒会をまともに使えない時点で逃げられるはずがない。
100メートルかそこら走ったとして、そこで正義実現委員か風紀委員に制圧されるだけだ。
だから、これは悪あがきなのはサオリも分かっていた。
「ふざけるなっ!!」
だが、納得できない思いがある。マグマのように沸き立つ激情、先生の言った意味が分かった。
ああ、こんなものを抱えていては潜入任務などできるはずがない。
後に続かないと知ってなお、その顔に銃弾を叩き込んでやりたくて我慢が出来ない。
「どうして、どうしてお前だけ……!! 私たちは一緒に苦しんだ、絶望した! この灰色の世界に! 全てが虚しいこの世界で、お前だけが意味を持つのか!」
「……それは違う。私は、サオリ姉さんが居てくれたから」
「お前だけがそんな、青空の下に残るのか! 全て否定してやる! お前がトリニティで学んだこと、経験したこと、気付いたこと! 全て、その全てを!!」
激高し、アズサに憎悪の目を向けるサオリ。
「いえ、そんなことはできません」
「私たちが合格したのも、そこまで頑張ったのも、無かったことにはならない!」
ハナコとコハル、アズサが築いた新たな絆。二人がそっとアズサの肩に手を置く。それが勇気になればいいと願って。
「……たとえ虚しくても、私はそこからまたあがいてみせる。サオリ姉さん……私は、もう負けない」
「――」
毅然と言い放ったアズサは、サオリに手を伸ばす。
「一緒に罪を償おう。もう遅い、なんてことはないはずだから」
ハナコとコハル、ヒフミはうんうんと頷いている。
「そんなことが出来れば……!」
だが、サオリはその手を振り払って走り去って行くのだった。
そして、事後になって姿を表したセイアが偉そうに言う。
「私たちは皆、進まねばならない。その宿題をずっと背負いながら、それでもこの闇の中を……ただ、その先を目指して」
「……ですね」
ナギサも一緒に来た。アンブロシウスを片づけたミカも合流する。
「うん、それはすごく同感……だけど、相変わらず難しい事ばっかり。セイアちゃん、だから友達が居ないんでしょ? ちょっとは自覚してる?」
「……まずミカちゃんにはそのよく鳴りそうな頭に、教養と品格を入れてもらった方がよさそうだね?」
「あの、お二人とも……」
ナギサが頭を抱えた。その横に先生が姿を見せる。
「あ、先生。ええ、分かっております。伝達は済ませました。ヒナさんも納得してくれました」
「ありがとう。あの子達にも、新しい道はあるはずだから」
特異現象を失って無害になったスクワッドは逃がす。前もって伝えておいたことだ。それはお願いであって、裏取引の類ではないけれど。
まあ、借りは借りなのだからと先生は思っている。一方で、ナギサの方は少しでも恩返しが出来たでしょうかと考えている。
なお、ミカあたりは先生が間違っているはずないと、特に何も考えていないのだが。
「先生が、サオリ達を救ってくれたのか?」
「どうかな、アズサ。これが救いになるかどうかは私には分からない。けれど、ここで捕らえられても良い事にはならないからね」
「ありがとう。今は難しくても、きっと――いつか手を取り合える日が来ると思うから」
「そうだね。そんな日が来るように、私も努力するよ」
また家族になれる日が来ればいいと願うアズサ。過去の絆は嘘ではない、けれどまた紡げるならその方が良い。
諦めてしまえば楽だろうけど、諦めるなんて知らないから。
「……行ってしまったわね」
ヒナはスクワッドが去って行った方向を感慨深く見やる。主犯は逃がしたと言っても、今回の件で万魔殿へのカードは多数手に入れた。
文句を言ってきても、冷たくつっかえして問題ない。総じて、ゲヘナの風紀委員会としては得るものは大きかった。
「おや、ヒナちゃん。おひさ」
「ええ、お久しぶりね。ミカさん」
「風紀委員会としては思うところがあったり?」
「ないと言えば嘘になるわ。でも、先生の判断を信じたいと思ったの。あなたも、同じでしょう? ナギサさんあたりは借りを作れたと喜んでそうだけど」
「あはは。まあ、ナギちゃんはねえ……」
「ちょっと待ってください。人をそんな妖怪みたいに言わないでください。先生にはたくさんお世話になっているんですから……」
「ははは。まあ、鬼の目にも涙と言うではないか。ナギちゃんにも純粋に人を想うときはあるのだろうさ」
「……セイアちゃん?」
「あはは、ナギちゃん怖いお顔ー。くすくすくす……」
「ティーパーティーは、いつの間にそんなに仲が良くなったのかしら? まあ、良い事ではあるのでしょうけど」
「まあ、これもミカちゃんのおかげでしょうか。……それと、ヒフミさんの」
「阿慈谷ヒフミ? そうね、まさか噂が真実だと思わなかった」
「え? ちょっと待ってください。あれ? 噂って……え? あれ?」
ナギサが頭を抱え始める。ナギサが補習授業部の面々を疑ったのは全て誤解だったはずだ。
いや、アズサはアリウスのスパイで、ハナコはわざと落第を取っていたけれど。
ヒフミに関しては、事実無根の噂のはずだ。そう、悪名高きブラックマーケットを徘徊する水着姿の強盗犯などであるはずがない。
「あはは。ナギちゃん、何言ってるの? ヒフミちゃんがそんなまさか、ブラックマーケットとか行くわけないじゃん。ね、何考えてるの?」
「あ……そうですよね。ええ、ヒフミさんがそんな危険な場所に出入りしているはずがないですね」
「――あの、桐藤さん?」
「まあまあ、ヒナちゃん。そっとしておいてあげなよ。……うん、これで一旦終わりかな」
胡乱な目をするヒナをよそに、ミカが思いっきり伸びをする。
「そうね、終わり。……一旦?」
「サオリのことじゃないよ。あんな特異現象をただの一生徒が扱えると思う? いやまあ、そういう例もあるかもしれないけど、ゲヘナでもプロファイルは済んでるんじゃないかな」
「錠前サオリは優秀な兵士。ゲリラ戦の妙手であっても、研究者ではない……」
「ま、次があっても今回みたいな大ごとにはならないよ。ねえ、ヒナちゃん――改めて、お茶会でもどうかな?」
「……お茶会? 私はあまり暇ではないのだけど」
「でも、会話を重ねることで見えてくるものだってあるじゃん? トリニティとゲヘナが一つになる日なんて永久に来ない。けれど、理解できることだってあると思うよ」
「そうね。――ええ、その時はご一緒させてもらうわ」
「ってことだから、ナギちゃん。美味しい紅茶をお願いね。セイアちゃんにはお菓子を持ってきてもらおうかな」
「では、君はどうするのかな?」
「え? 私はほら。もう誘ったから。残りの仕事はツルギちゃんとハスミちゃんに声をかけに行くくらいかな」
「君は……はあ。では、ミネ団長と歌住サクラコにも声をかけてきたまえ」
「ええ。ちょっぴり苦手かなあ、なんて」
「話せば見えてくることがあると、君がさっき言ったばかりだろう?」
「ああ、もう! 分かったよ、来なくても私に文句言わないでね」
「――騒がしいお茶会になりそうね」
つかの間の平穏の中で、ヒナは空を見上げた。