そして、日を改めてお茶会が始まった。
ミカの人徳のおかげか、声をかけた全員が集まった。まあ、トリニティの性質を考えれば出席を蹴るのは相当怖いのも事実だけど。
しかし、簡単に断れたはずの空崎ヒナは火宮チナツを連れてここに姿を表した。
互いのことを知っていれば。ちゃんと話していれば。――争いが起こるはずがなかった、だなんておためごかしの綺麗ごとと知っている。
けれど、理解し合うのは無駄じゃないと、ミカを見てそう思った。
トリニティだって、そうそうたるメンバーである。
シスターフッドからは歌住サクラコと伊落マリーが、正義実現委員会は剣先ツルギと羽川ハスミ、救護騎士団からは鷲見セリナと朝顔ハナエが来た。
さらには補習授業部の面々も来ている。
無礼講で立場は忘れて楽しんでほしいということにしても補習授業部は少し悪目立ちしているけれど、拒絶しようと言う者はここには居ない。
こんな会話があって、ここに来る羽目になったのだ。
「――こんにちは、補習授業部の皆様。丁度良かったです」
「ナギサさん? ……探していたの間違いでは?」
ナギサはハナコの毒をスルーして用件を話す。
「声だけはかけておかないといけないと思ったのです。あの場ではヒフミさんを中心に新しいエデン条約が成りましたから。……いえ、私も理屈を理解できた訳じゃないですけど。ですが、一番の功労者を無視することはできません」
「……え、ええ。いえ、私はアズサちゃんを追いかけただけで。そんな大したことはしてないですよう」
「いえいえ。あなたの勇気のおかげであの場の想いが一つになったと言っても過言ではないのです。まあ、多分に政治的な場になるのは確定していますのでこれは断ってもらってよいのですが」
「ええと。用件は何でしょうか? ナギサちゃん」
ヒフミは、私的な場ではちゃん付けで呼ぶようになっていた。まあ、ミカに関してはいつでもどこでもミカちゃん呼びだが。
「ゲヘナのヒナさんも招いて、あの場のメンバーでお茶会を開きます。せっかく力を合わせられたのですから、その場限りでおしまいにしてしまうのはあまりにも寂しいでしょう? そういうわけで、ヒフミさんにもお声をおかけしています」
「そうなんですか。えっと、どれだけの方が参加するのですか?」
「基本的に責任者に類する方に出席いただくので、各勢力から二人ほど。ティーパーティーからは3人で出ますが」
「それじゃ……」
「いえいえ、補習授業部が出席するのであれば皆さんでおいでください。まあ、普段お見かけすることのないメンバーなので心もとないようであれば、出席を断っていただいても全く問題ありません」
「――ええと」
ヒフミは他のメンバーを振り返る。どうしようか、と。まあ、ハナコは疑わし気な目を向けてはいるのだが。
「……おや、コハル。ナギサさんも。ああ、あのお茶会に出席するのですか?」
「え? ハスミ先輩。あの……えっと」
「これからも正義実現委員会を続けるのであれば出会うことになる方達です。決してその経験は無駄にはならないでしょう。がんばってくださいね」
「あ……え、えと」
肩に手を置かれてもう逃げられないなと、仲間に助けを求めるけど。
「あ、ハナコさん!」
一番頼りになりそうなハナコが他の人に捕まっていた。
「あなたもお茶会に出てくれるんですね! 良かった、心強いです。どういうわけか、サクラコ様に指名を受けてしまって。ハナコさんも一緒なら安心しました」
「え……ええと。いや、マリーちゃん。私はその……まだ引き受けたわけでは」
「ええ!? でも、特異現象の収束には補習授業部の皆様がとても活躍してくれたと聞きました。十分資格はお持ちなのでは」
「それはそうなのですが……いや。えっと……」
ハナコも旗色が悪そうだった。仕組んだか、とナギサを睨みつけるがどこ吹く風で何のことでしょうかと見返している。
「ううん……コハルちゃんとハナコちゃん、出席するみたいですね」
「ヒフミ、私はどうすればいい? 会場を爆破するか?」
「アズサちゃん!? 絶対にしちゃ駄目ですからね。まあ、コハルちゃんだけで行かせるのも可哀そうですし。一緒に行きましょうか」
「了解した。コハルの護衛任務を実行する」
「それでは補習授業部の皆様も出席と。承知しました。当日はよろしくお願いしますね」
ニッコリと笑って、ナギサは帰って行った。
というわけで、補習授業部もここに居る。実際、とんでもないメンバーだ。トリニティを代表する表の顔が全て揃っている。
ここに居る者がそうすると決めて、トリニティでそうならないことなどない。
「今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
「ねーねー、ナギちゃん。せっかくの無礼講なのにお堅くない? 今日はお日柄の挨拶とかいいじゃんね」
「……ミカさん。儀礼を抜きにすると言っても、最低限の礼を失するのはトリニティ生として相応しいとは――」
「今日は集まってくれてありがとね。とっても嬉しいよ。まあ、それぞれ頭が痛くなる事情なんて山ほど抱えてるだろうけど――今日はそれを抜きにして話そ?」
かしましいナギサとミカ。けれど、それは勢力を隔てた諍いよりも、もっと気楽な友達の掛け合いみたいな雰囲気だ。
「そういうことだ。事情があれば人を疑うことはあるだろう。だが、我々は決して”悪い人”ではないのだと、交流を通して分かり合っていければ良いと思っている。そのような先入観で人を疑っては悪循環の袋小路に嵌ってしまうから。ねえ、先生」
少し離れたところに先生が座っている。一人、先に菓子に舌鼓を打っていた。
「これ、滅茶苦茶おいしいね。いやあ、糖分補給用のコンビニスイーツとは一味も二味も違って役得だなあ。……え? 私? あ、そうだね。オホンオホン。これから先がどうなるかは分からない。争いがあるかもしれない、失敗してしまうことだってあるだろう。それでも、君たちが他人を信じてくれたら嬉しいと、そう願っているよ」
「……先生」
ナギサは感動すればよいのか苦笑すれば良いのか分からない微妙な顔をした。とはいえ、いいことは言っているし場の緊張感もほぐれた。
「そうね。誰かを悪と決めつけるのは悪いことなのでしょう。ゲヘナとトリニティの戦乱の歴史は無かったことにはならない。それでも、目の前の人をただの悪鬼だと決めつけないように――人柄を知るのは良い事でしょう」
ヒナも柔らかく微笑んでいる。紅茶を一口含む。
「……とても美味しいわ。これは、ナギサさんが?」
「ええ。私が選んで、ハスミさんに淹れてもらいました」
「正義実現委員、副委員長……あなたが?」
「はい。実は私、スイーツが好きなのですが紅茶にも一家言ありまして」
「……そう、とても美味しい紅茶を淹れられるのね。知らなかったわ」
「そして、スイーツの方は私から歌住サクラコにお願いしたものだ。どうやら彼女はスイーツには詳しいようでね。まあ、誰かの言によれば私のセンスは古臭いらしいから」
「サクラコ様が!?」
これに一番驚いていたのはマリーだった。
「ふふ。親しい仲でも、知らないことは意外とあるのね。……ええ、スイーツもとても美味しいわ。来てよかった。ね、チナツもそう思うでしょう?」
「そうですね。言ってはなんですが、まさかトリニティでこんなに穏やかに過ごす日が来るなど夢にも思っていませんでした」
互いの勢力は違っても秩序を維持しようと志を同じくする者達だ。穏やかな時間が流れる。
「そして、今日は目玉を用意してきました。特別にシェフに用意させたものです」
ナギサが合図をすると、二人がたりでそれを持ってくる。テーブルの中央へ置く。目玉に相応しい巨大なそれの蓋が開かれる。
「これこそ――」
「ペロロ様!?」
はしゃいだヒフミの声。微動だにせず身を縮こませているコハルの横で、借りてきた猫のようにおとなしくしていた彼女が身を乗り出して目を輝かせる。
そう、それはペロロの姿を象った1mほどの巨大なケーキだった。
「そう、ペロロ様……え?」
「すごい! こんなものまで用意してくださったなんて! わああ!」
戸惑うナギサは、まあ下手人の予想は着くがヒフミがこんなに喜んでくれるならまあいいかと矛を収める。
ヒフミは先ほどまでの様子が嘘のように大興奮でペロロケーキの周りを回っている。
「こんなものまで。……トリニティってすごいのね」
「ふっふーん。見直しちゃった?」
「そうね、ミカさん。ああ、いえ。あなたを見ていると納得できる気がするわ。……いけないわね。色眼鏡で見るのは良くないと、学んだはずなのに」
「ちょっと気を付けて変われるなら、争いなんて起こらないよ。それでも、小さな一歩でも踏み出せば世界が変わることがある。そこで誰かと出会うことがあればね」
「――そうね。悪い人もたくさん居る。けれど、それは良い人が居ない訳ではないのだもの」
「うん。誰とも手を繋げない、それほど悲しいことはないからね」
「でも、あれ……いいの?」
「え? ああ、なんかヒフミちゃんが大変なことになってる。……うん、ここはナギちゃんに任せておこうかな」
ヒナとミカがシリアスに話をする中、ヒフミは。
「あ。あああ……!」
「あの、やっぱりやめておきますか? 別にこのまま冷凍保存することもできますし」
解体されるペロロケーキの前で滂沱の涙を流していた。
「いえ! これはケーキなのです。ならば、食べなくてはペロロ様に失礼なのです! そして、私がペロロ様を食べなくてどうするのですか!?」
「そ……そうですか。あの、やりにくいとは思いますができるだけ綺麗にカットしていただけると」
カットする職人も戸惑っている。トリニティも、悪い噂があればすぐに伝わると言う意味で、職人生命が呆気なく終わったりする。
ナギサを前に、心臓が破裂しそうなほどに不安を鳴らしていた。
「――ううう。これがペロロ様。変わり果てた姿になってしまって……!」
そして、切り分けられた一つがヒフミに差し出される。
「ヒフミ、どうしたんだ? うまいぞ」
アズサは普通に食べている。
「はい。そうですね。ペロロ様を心して味わわねば……!」
曰く言い難い光景が広がっている。まあ、ペロロがからんだ瞬間に中心に来たのはヒフミらしいと言えるかもしれない。
「ああ、良かった。きっと、これは君が頑張ったおかげだよ、ミカ」
先生は、その様子を一歩引いた位置から静かに見ている。あくまで中心は生徒たちだから、自分と話しているのは良くないとその存在感を消している。
「それだけじゃない。みんなで頑張ったから、この結果がある。トリニティの各組織の垣根、そしてトリニティとゲヘナの確執。それらを乗り越えて――」
眩しそうな瞳でそれらを見つめる。
「だからこそ、お前たちの好きにはさせない……ゲマトリア」
真の敵へ向けて、先生は静かに決戦の誓いを新たにした。