聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第69話 ミカとアズサの初デート

 

 

 トリニティの大通り、きらびやかでゴミの一つも落ちていない……その”金のかかった”美しい街並みを一人の少女が歩いている。

 

「……ふふっ」

 

 綺麗な羽根を背中に生やした誰もが振り向くような美少女は、ミカだった。とはいえ一人きりで、それも自嘲の笑みを浮かべて皮肉気な様子……

 それでも、その影のある笑みが更に魅力を引き立てていた。

 

「――ミカ様よ」

「今日もお美しいわ」

 

 ほう、と目を細めて見送るトリニティの女学生たち。ただ、まあ……その視線は美しさへの賛美ではなく、もちろん権力者への媚びでもなく――

 

「今日はナギサ様とは一緒ではないのかしら」

「きっとヒフミ様のところへ向かう途中なのよ」

「そうかしらね。きっとナギサ様のところから逃げて、でも先生には会えないからあんな憂鬱気な瞳をしていらっしゃるに違いないわ」

 

 ……三者三様の妄想の種になっていた。さすがに昨日まではトリニティ全土を揺るがしたエデン条約の崩壊とそれを皮切りにした戦争が世間の噂を席巻していたものだが。

 しかし、ここはキヴォトス。

 1日も経てば日常茶飯事である荒事への興味など薄れ、元から方々で噂されていたミカの恋愛模様の噂が盛り返してきた。

 

 ミカの恋のお相手は果たして誰か。先生と恋仲になってしまったり? それともナギサが横恋慕して牢獄に閉じ込められてしまう? いや、ミカもナギサもヒフミのことが好きで取り合っているのだと。

 ――それはもう、好き勝手な恋愛噂話をばらまかれていた。

 

「まさか、この時期に私が表を歩くことがあるだなんてね……」

 

 だが、ミカにとっては馬耳東風。どうでもよいモブがどんな噂をしていたところで知ったことではない。

 さすがに、魔女と蔑まれるのは精神に来るのだけど――だからこそ、自分が表を歩いているのはおかしかった。過去に見た未来の記憶では、今は牢獄に囚われているはずで。そして、さすがに魔女と詰られるのに散歩するほどの精神力もない。

 

「ん?」

 

 ミカがここを歩いているのは実際暇だったからだ。エデン条約を主導したのはナギサだから、彼女にはたくさんの仕事がある。その面倒な書類仕事を手伝う気がなかったから、手伝わされる前に逃げてきたのだ。

 そして、良い暇つぶしの相手を見つけた。

 

「おやおや、アズサちゃん。こんなところで珍しいね☆ なんて、私が言うのも変な話かな」

「……聖園、ミカ」

 

 パチクリと目を見開いた彼女は白洲アズサ。関係はあるが、殆ど面識もない相手だ。しかし、積もる話はある。

 

「うんうん、その羽根の飾りも可愛いね。アドバイスした甲斐があるってものだよ。ただ、まあその腕章ってどうなの? いや、たとえシスターフッドでも知ってるのは相当深く足を突っ込んでる子だけだけどさ」

「――ダメだっただろうか?」

 

 アズサは想像もしていなかったと肩をビクリと揺らして、上目遣いに聞く。まあ可愛らしい仕草だが、さすがに通用するはずもなく。

 

「潜入するのに外さないのは、ないなーって思うよ。でも、今はもうアズサちゃんはトリニティの仲間って認められてるし、そのままでいいんじゃないかな」

「そうか」

 

 ほっとしたように息を吐いた。外すべきと、まあ考えてもいなかったのだが――それは姉達との絆の証だった。常に身に着けていたいものだった。

 いや、潜入しているのに元の所属を示すものをでかでかと腕に括りつけておくのは馬鹿なことだと、今気付いたけども。

 

「アズサちゃんとは、あまり話をしていなかったよね」

「ああ。あなたの対応はサオリ姉さんがやっていた」

 

 バレたらまずい関係だった。ただ、エデン条約の関係でアズサの事情は一変している。何かあればシスターフッドと正義実現委員会が庇うのは間違いない。

 だが、アズサは偽造書類を使った不正転入者で、そしてミカはそれを手引きした主犯――間違っても表で口に出せる関係性ではない。

 

「うんうん、だから話してみたいと思ってたんだ。時間があるならデートしない?」

「デート? すまないが私は女性には興味がない」

 

「ノリが悪いなあ。私とアズサちゃんの仲でしょ? ちょっとおしゃれなカフェに行くくらい付き合ってくれない?」

「カフェくらいなら同行しよう」

 

 ミカはニヤニヤとした表情から憮然としたものに変わり、更にはクスクス笑うと百面相をしているが、アズサはずっと真面目くさって仏頂面をしていた。

 そんな微妙に噛み合わない二人が手を繋ぐこともなく連れだって歩き出す。

 

 

 そして、その内に回りの妄想はヒートアップしていた。

 

「誰、あの子? ミカ様とナギサ様の間に挟まるつもり?」

「いえ……あの子は。ええ、補習授業部の人間ね」

 

「知ってるの、雷電?」

「私は雷電じゃないわ。ナギサ様の特別な計らいで作られたという補習授業部、それはヒフミ様が部長ということだわ。つまり」

 

「……ッ! ナギサ様が作った、ヒフミ様の部活?」

「そう。おそらく、あれは――ヒフミ様の策!」

 

「ヒフミ様の策? そう、あなたはミカヒフ派の人間と言うことね」

「違うわ、私はヒフミカ派よ」

 

「――。そうね。そちらは宗派違いよね。では、彼女は」

「ヒフミ様がミカ様のことを調査するために送り込んだエージェント」

 

「そんな……! いいえ、でもナギサ様はミカ様の幼馴染。ちょっと調べたくらいではアドバンテージは覆らないはず」

「それはどうかしら? けれど、そう。あなたはミカナギ派ということ」

 

「ナギミカ派ですわ。間違わないでくださいまし」

「あら、申し訳ありません。では、私たちも――」

 

「ええ、そっと影から見守りましょ……っ!?」

「えっ? きゃああっ!」

 

 周りの覗き見していた女学生たちと一緒に銃撃で倒されてしまった。死屍累々と転がる。

 

「何が……?」

 

「監視を確認、排除完了」

 

 お嬢様の出歯亀根性からの視線など、アズサにとってはお見通しだ。そして、まあ事件にはことかかないアズサのこと。 

 先制攻撃で全員を沈めてしまった。

 

「おやま。まああれだけガン付けてたら撃たれても文句言えないよねえ。それにしてもアズサちゃんって、けっこう手が早いんだ。びっくりしちゃったよ」

「実力が低い相手でも任務の障害になりえる。暗がりで襲い掛かって来られた場合に、万一があった。事前に鎮圧すべきだ。……あなたの強さは知っているが、しかし万一がないことはないだろう」

 

「……いや。そういうのじゃないと思うよ? 妄想してるだけの害のない子たちだったと思うけどな」

「妄想? それは、脳内で倒し方のシミュレートを行っていたのだろうか」

 

「あはは。それも違うねえ」

「……そうか。悪いことをしてしまったようだ」

 

「ま、保健室に連絡しておけばいいでしょ」

「了解した。連絡を実施する」

 

 ミカは、アズサの連絡が終わったのを見て歩き出す。

 

「聖園ミカ、どこへ?」

「カフェ。言ったでしょ? あと、フルネームで呼ばれるのはちょっと嫌かな」

 

「ミカ……さん」

「うんうん。ついてきて、アズサちゃん。かわいい後輩のためだものね、奢ってあげるよ」

 

「私たちは、ずっとミカさんのお世話になった。……だが、私は」

「あまりこういうところで話すことでもないでしょ。さ、行こ」

 

「分かった」

 

 そして、ミカの行きつけの店に入っていく。どこかの豪邸と見間違いそうな店構え、しかも門を通ってから庭園をお付きの店員と一緒に歩いて行く。

 

「アズサちゃん、ためらわないね」

「何がだろうか?」

 

「いやあ、ここってけっこうものものしいからさ。普通の子って、入り辛いって思うものだよ。たぶんヒフミちゃんなら無理やり押し込まないと入ってくれないんじゃないかな」

「……? 爆破する際に特別障害になりそうなものは見当たらないが」

 

「あはは! ま、アズサちゃんにはまだ分からないか。ここのケーキは本当に美味しいから、楽しみにしててね」

「了解した」

 

 席に着く。そこは広い個室で、何を話しても問題ない場所だった。トリニティにはこういう高級な店がいくつもある。

 ここで話したことは誰にも漏れない。そういう店だ。

 

「一つ、聞かせてもらってもいいかな? アズサちゃんは、トリニティに来れて良かった?」

「ミカさんには感謝している。あなたのおかげで姉さんを止められた」

 

「……止められた、か」

「――ミカさん?」

 

 ミカの顔に影が落ちる。未来を知るミカには分かっている。まだ終わりではないのだと。黒幕を倒さなければ全ては無意味、けれど補習授業部にそんなことを聞かせるわけにはいかない。

 

「うん、あなたは知らなかったんだね?」

「手段が手に入れば行動に出てもおかしくはないと思っていた。だが、姉さんが使った”手段”、あんなものアリウスには存在しなかったはずだ」

 

「……ふうん」

「ミカさん? 私を、疑っているのか」

 

「いやいや、そんなことはないよ。ううん、なんて言えばいいのかな? 私はアズサちゃんよりもうちょっとだけ知ってることがあるの。ま、ヒフミちゃんにも聞かせられないことをアズサちゃんに言える訳もないけど。うん、セイアちゃんは知ってるよ」

「それは、あの不可解な言葉、そして技術の――」

 

「だから、アズサちゃんには聞かせられない。聞かせられるのはまあ……サオリちゃん達がまだトリニティに近いブラックマーケットに潜伏してることくらいかな?」

「姉さんが! なぜ……」

 

 聞きたかったことは聞けた。やはり彼女は、サオリも含めて――利用されただけで何も知らない。

 ”悪い”のはマダムと呼ばれたあの女だけ。それを知れれば他に用はないとばかりにミカは話をそらす。

 

「さあ? でも、トリニティに近いから監視しなきゃいけないんだよね。いっそのこと遠く離れてくれたら手が回らなくなるのに。言っておくけど、会いに行っちゃダメだよ。ブラックマーケットに行くなんて、とんでもない不良生徒なんだから」

「――そうだな」

 

「あ、ケーキが来たね。召し上がれ」

「いただきます」

 

 アズサは運ばれてきたケーキにフォークをブスリと突き刺して、一個丸々持ち上げて端からかじる。

 まるでハリネズミのように警戒していたその顔が、ぱっと笑顔になる。

 

「うまい!」

「あは。良かった」

 

 アズサはそのままぱくぱくと食べきってしまって、横の紅茶を飲む。カップを持ち上げて、一息に飲み干してしまった。

 

「おお! こっちもうまいな。こんなおいしい紅茶は飲んだことが無い」

「ええと……すごい豪快な食べ方だね? ま、別にいいや。私もやってみよーっと☆」

 

 ミカはケラケラ笑って、自分も豪快にケーキにフォークを突き刺して端からかじっていく。

 

「うん……」

 

 アズサは悲しそうな顔で空になった皿を見る。まあ、こんなところを使う人間がケーキをバクリと喰らうはずがない。

 それは、1皿と一杯で終わりだ。

 

「あはは。とっても気に入ってくれたようで嬉しいよ☆ じゃ、他のも持ってきてもらおうか」

「……ありがとう」

 

 そして、二人はケーキと紅茶をたっぷり愉しんで帰路に着く。

 

 

 

「今日はアズサちゃんと色々お話できて良かったよ。うん、少し――安心した。私たちは、あなたにとても大きなものを背負わせてしまったから」

 

 ミカは自嘲する。私たち? それは、私とナギちゃんとセイアちゃんのことだっただろうか? それとも、私とサオリか。……その答えは出そうにはないけど。

 それでも、彼女はトリニティとアリウスの架け橋として順調に歩んでいっている。思惑は当たり、利用価値は増している。そんな、後ろ暗いことを自嘲しながら考える。

 

「……ありがとう」

 

 アズサが頭を下げる。腰を直角にまげて、最大限に気持ちを伝えるために。

 

「あはは。別にいいよ。ま、お高いお店でバクバク食べるとお会計も怖い事になっちゃうけどねー。別に経費とかで落とせるし」

「それもあるけど、違うんだ」

 

「……?」

「ミカさんのおかげでみんなが飢えることがなくなった。色々と思惑があったのは分かっている。だけど、あなたが来てくれてから道端でヘイローの消えた人を見ることがなくなった……から」

 

「でも、私は」

「私は知らないことばかりだ。けれど、何があってもこの気持ちが変わることはないと思うから」

 

「……そっか。うん。そうだね――こんな私でも、出来たことはあったんだ」

「だから、あなたに謝罪したかった。あなたの、好意を利用して……」

 

「そこから先は言っちゃダメだよ。悪い奴が居るんだ。だから、アズサちゃんは悪くない」

「……ミカさん。それは」

 

「お口にチャックだよ? 大丈夫、トリニティは強いから」

「ならば、私も」

 

「アズサちゃんは他にやることがあるでしょ? 補習授業部の皆と、さ」

「ミカさん……!」

 

「ちゃんと見ておかなきゃダメだよ。大切な人だと思っていても、少し目を離しただけでああなってしまうから」

 

 ミカがすっと指を差す。

 

「何が!?」

 

 アズサが臨戦態勢でミカが指差した方向に銃口を向ける。……だが、その先には何もない。

 

「ミカさん? 一体、何が……」

 

 その方向から目を離さず、警戒を緩めずに問うのだが。

 

「――」

 

 答えは返ってこない。

 

「ミカさん?」

 

 銃口を下げずにチラリとミカの様子を伺うと。

 

「居ない?」

 

 影も形もなく消え去っていた。

 

 

 

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