そして、次の日。三日ぶりに授業に出たミカは、放課後に正義実現委員会を訪ねていた。
「やっほー。ツルギちゃん居るー?」
正義実現委員会はトリニティを代表する組織の一つであり、使っている部室は一室どころか建物一棟を拠点としているほどの規模を誇る。
風格溢れる厳粛な雰囲気の建築物だ。しかし鍵がかかってないからと、ミカは勝手にドアを開けて中に入っていく。
「ちょ、ちょっと困ります。ミカ様」
「いくらティーパーティーと言っても、あんまり勝手は……!」
中に居た風紀委員たちは敵意のない不法侵入者などそうないため、面食らって一体どこの誰だと銃を手にして顔を確認して……相手に気付くと青い顔になった。
強い弱い以前につかみかかるわけにはいかないお偉いさんだから、とにかくついて行って説得するしかないのだが……
「えー。別にいいじゃーん。別に部外者立ち入り禁止ってわけじゃないでしょ? 入部希望者とかは普通に通すじゃん。それに、入っちゃいけない場所には行かないよ。ほら、例えばさ、押収品保管庫とかには……うん。入らない……よ」
足を止めた。
「……ミカ様?」
「とにかく、ツルギ先輩は今は席を外しております。とにかく、今は帰って後でお呼び下されば――」
ここがチャンスとついてきた二人はまくしたてるが、ミカは聞いていない。立ち尽くして……
「ミカ様? どうかしたのですか?」
颯爽と現れたのは正義実現委員会のNo2、羽川ハスミである。暴力的とさえ言えるプロポーション、そして大きな黒羽を揺らしながらやってくる。
「あは☆。実は用があったのはあなたなんだよね、ハスミちゃん。でも、そうすると心配性な人たちが居るからさ。もちろんゲヘナ襲撃のお誘いじゃないよ、残念だけど」
「そうですか、何事にも優先順位がありますし、
「だよね。正義の実現より前に、広いトリニティで犯罪者を取り締まることを考えなきゃだよねえ?」
「ええ、まったく。治安の乱れ具合が酷くて私どもも忙しくしておりますので」
息を吐くように嫌味の応酬を交わす。まあ、これこそトリニティ名物だろう。考えなきゃ、と為政者が警察機構に言うならそれは”もう少しちゃんとしてくれないかな”と言うも同然だ。しかもそれに政府批判で返すし。
「まあ、そういうのはいいんだよ。というか、聞いてない? 私が何してるか興味なかったりするのかな。ねえ、ハスミちゃん」
「……何のことです? 警護の依頼はナギサ様から来ていますが、あなたからのは拝見したことはないはずですが。正義実現委員会がミカ様のご予定を把握することなど……」
「ああ、違う違う。正義実現委員会のことじゃないんだよ……ううん、ここで言ってもいいのかなあ?」
「どうぞ。あなた以外に部外者が居ないことは確認してありますから、ご自由にお話しください。うちは『ティーパーティー』のような秘密主義ではありませんから」
「え? ここでどうぞとか言っちゃう? お茶もお菓子もないのに?」
「…………はぁ。すみませんが、あなたたちには紅茶とお菓子の用意をお願いします。ミカ様はこちらにどうぞ」
「ありがと☆」
そして、正義実現委員会の応接室に通される。
「……『ティーパーティー』で出されるものと違って、ペットボトルから注いだだけの冷たい紅茶と市販品の洋菓子ですが。よろしければどうぞ」
「ありがと。でもペットボトルは私もよく飲むけど、お菓子に合わせるには甘すぎない?」
「文句があるなら飲まなくても構いませんよ」
「やだなあ、ちょっとした冗談じゃない。うん、おいしいよ」
洋菓子を一口で口に放り込む。少しはしたない動作で、ナギサあたりが見れば目くじらを立てるだろうが……その辺が自然体であるのもミカの不思議な魅力だ。
「……そうそう、私がここに来たのは『シャーレ』のことだよ」
「ああ、報告書をご覧になったのですか? 先生の指揮は素晴らしかった。それに、信頼できる大人とは彼のような人を言うのでしょう。彼ならば、連邦生徒会をも変えてくれるかもしれないと思うくらいには。少なくとも、サンクトゥムタワーが復活し、行政機能が回復したのは先生のおかげでした」
「あは。うん、そうだよ。先生はすごいよね。先生なら任せられる。愚かで利権のことしか頭にない連邦生徒会の連中も、先生がいるから呑気に生徒会ごっこなんてできてる。先生が居れば、解決できない問題なんてないから……!」
「――ミカ様?」
ハスミは訝しる。さすがに反応がおかしい。確かに先生には妙な魅力があって、ミレニアムの会計もくらりと来ていたほどだった。
けれど……さすがに、これは異常では?
「あ、ごめんごめん。先生のことだったよね。ハスミちゃんは連邦生徒会で先生に会ったんだよね。うらやましいなあ」
「……いえ、その口ぶりからすると後にミカ様もお会いになったのでは? なんというか、その……伝聞で聞いたような口調では」
「うん、一昨日からトリニティを抜け出して会いに行っちゃった☆ てへ」
「――ッ! ミカ様、そんな危ない真似はおやめください! 誰か止めなかったのですか!? 連邦生徒会のお膝元、D.U.にも何があるか……!」
「ん? D.U.じゃないよ。えへへ、ハスミちゃんは先生のことを把握してないんだね。先生は今、アビドスに居るよ。あと、誰も……って言うか、そこらへんに居る教師を捕まえて車を出させたかな」
「アビドス? なぜそんな辺鄙な場所へ。……いえ、先生なら困った生徒を助けに行くこともあるでしょう。と、いうか! アビドスならばD.U.より危険ではありませんか! 滅びに瀕し、生徒会の治世も崩壊寸前! どこで不良生徒に襲われるか分かったものではありませんよ!」
めくじらを立てる。それはそうだろう。日本の総理大臣がアフガンにでも単身旅行に行くようなものだ。
助かったのは奇跡に近い……というより、ミカがチンピラを叩きのめすという政治家らしからぬ強さを持っていただけなのだが。
「あは、ダイジョブダイジョブ。私、これでもけっこう強いんだよ」
「……いえ、ナギサ様より強いのは存じておりますが。……はぁ。まったく、ご自身の立場をお考え下さい」
「あは。危険なところに出向くなって言われても、私の習性みたいなものだから変えられないかなあ」
「もういいです。まあ、あなたにはあなたなりの伝手とかがあるのでしょうね。で、今日お越しになったのは私に先生について聞くためですか? 報告書には上げましたが、何か確認事項でも?」
ハスミは、この人は縛り付けて『ティーパーティー』の部室にでも置いておいた方がよいのではないかと考えながら話を聞く。
ナギサも大いに頷くことだろう。とはいえ、正義実現委員会がそれをする義理もないのだが。
「あー。いや、そういうわけでも……あるのかな? ちょっと心配で来てみただけだし。心配は外れたけど、でもむしろ当たってくれた方が良かったかなあ」
「……? 何を言っているのですか、あなた」
「あはは。ハスミちゃんは先生を信頼してるけど、それ以上ではなさそうだなって」
「ええ、まあ。……まさか」
「……ううん。それは違うよ。違うの。……だって、私には先生を好きになる資格なんて……」
「ミカ様?」
「あ、違う違う。うん……ハスミちゃんは……違うか……でも……トリニティには」
「……ミカ様」
話の流れが分からない。支離滅裂だ。ハイテンションだと思ったら次の瞬間にはよどんだ雰囲気になる。
「キヒ。ヒャッハ――――!」
バタン、と扉が開け放たれた。
「ツルギですか。扉を開けて入ってきたのは偉いですが、今は接客中で……」
ハスミは呆れた目を向ける。まあ、壁を壊して入ってきて破片がミカに当たったらと思うと少し胃が痛くなってくるが、今日は扉を開けて入ってきたからノーカンだ。
「あれ、ツルギちゃんも来たんだ。お仕事、終わった?」
「いひっ! きひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「うん? 人間の言葉をしゃべれない子かな? コンコン、クゥーン。クンクン」
「きひゃっ! は、破壊、破壊してやるぅぅ――ッ!」
ハスミの背中に隠れた。
「うーん。嫌われちゃったかな? じゃあ、先生の活躍の話を聞きたかったけどまた今度にしようか。またね、ハスミちゃん」
「ええ、ペットボトルと市販のお菓子で良ければまた振舞いますよ」
「ヒヒ。キヒヒヒヒ――!」
「ツルギも、またね、と」
「……ッ! うん。またね、今度はちゃんと話そうね、ツルギちゃん! コンコンコン!」
ミカは元気いっぱいに手を振って、ツルギはハスミの後で小さく手を振り返した。ハスミはやれやれと嘆息するのだった。
ミカのあれは狐の鳴き真似でした。猫にしようかと思いましたが、ティーパーティーに猫耳がいなかったので。ちなみに決して怪盗の方ではありません。