バルバラと無数の聖徒会をミカを追い詰めるために使ったベアトリーチェは、先生とスクワッドとの戦いに臨んでいた。
時期を早めたものの儀式は完遂、『崇高』の力を手に入れて見事に変貌を遂げたはずだった。周囲に湧く聖徒会を使えば負けるはずがないと、そう思っている。
楽に10mを超えるほどの巨大な体躯に、植物の根のように広がる羽のような突起が更に全体を巨大に見せている。頭部が花のように開き、赤い光輪を背負う。
細長い植物のような体型は人間とは似ても似つかない、”巨躯を持つ怪人”そのものである。巨大さこそが原始的な”恐怖”、それを恐れぬ者など居ないだろう。
この力をもってすれば身の程知らずの生徒に死をくれてやるなど、赤子の首をひねるよりも容易いはずだったのに。
「バシリカの兵よ!」
だが、変貌したその身であっても戦力が足りなかった。
強化された自分の力なら役立たずのスクワッドなど蹴散らせると思ったが、蓋を開けてみれば傷つき痛みに震えて配下を呼び集める始末だった。
「何故、来ないのですか……?」
だが、呼んでも誰も来ない。人望とかそういうものではない、あれらは命令を実行する機械のようなもの。命令に逆らうことなど考えられない。
「バルバラは? なぜ、まだ誰も……」
不条理が起きている。無限の戦力があれば勝てないはずがなかった。たかが3人の敵に手間取って、では配下を集めようとすればそれも叶わない。
だが、それは既に看破されている弱点だった。無限の聖徒会も、その瞬間に限れば有限でしかない。いくら復活しても、コンスタントに数を減らすことで対処できた――エデン条約の時点で露呈していたその弱点を、ベアトリーチェは目にしても理解していなかったのだ。
「――ふざけるな! 私は確かに手にしたはず。私のものとしたあの力、そして兵。なぜ!? なぜ、何も役に立たないのです……!」
だから、ベアトリーチェはこの不可思議な事態に苛立たし気に叫ぶ。目の前の人物たちにとっては当然の事態でも、理解できていないベアトリーチェからするとどんな反則を使ったのだという感想になるのだから。
「当然だ。あなたは偽りの教えで子供たちを奈落へ落とした。そうしなければあなたには何もできないからだ。偽りで身を固めた不遜な魔女――あなたを絶対に許せない」
「……この私を魔女と? なんという不遜な戯言を吐くものですね、先生。私を冠するのならば、王こそが相応しい……!」
怒りを吐き捨てると同時に、手に赤い光を収束させて打ち出した。それはこのキヴォトスで生徒が扱う奇跡とは異なる力。
――だが、破壊現象として見れば同じ。それも、別に奇跡ほど千差万別の現象を引き起こす訳でもない。
「下らん、無駄だマダム。あなたは私達に戦闘訓練を施したが――ああ、あなたから直接教わった覚えはないのでこちらが一つ教えてやろう。体勢を崩してもない相手に大技を撃ってもな、かわされるだけなんだよ」
ゆえに、百戦錬磨のスクワッドは当たり前のように回避できる。大量の聖徒会で身動きできないほど押し込んで諸共に撃破すれば素人でも当てられるが、あいにくとここに湧く聖徒会の量では前衛の壁役にしかならない。
「あはっ。やりやすいですね、先生の指揮は」
「まさか、マダムがこんなに弱いとは思わなかった」
それなら脅威と言うほどでもない。スクワッド三人と先生で、危なげなくベアトリーチェにダメージを叩き込んでいた。
更に。
「ごたいめーん☆ あは、あなたがマダム? 初めて会ったね。……こう見ると、不細工な化け物って感じ」
「失礼ですよ、ミカちゃん。虫だか枯れ枝か分かりませんが、きっとご大層なモチーフをお持ちなのでしょうから」
「それこそ失礼な言い方ではないかね。薄汚れた枯れ枝、いいやマダムよ。よくも我々の運命を操ってくれたものだ。……その報いを受けるがいい」
ティーパーティーの三人が合流した。
「ミカ⁉ それに……向こうは大丈夫なの?」
「問題ないよ。ホシノちゃんとヒフミちゃんが来てくれた。それに、正義実現委員会だって居る」
「……何を勝手に納得しているのです!? たかがゴミが三匹増えたところで、この私に勝てると思いあがっているのですか!」
ベアトリーチェは表情こそないものの赤いオーラを立ち上らせている。どうやら激怒しているらしかった。
強力な力を手に入れても、前線に立ったことのない彼女では力を活かすことなどできずに無限にフラストレーションが溜まっていくだけだった。
「おや、お忘れかなマダム。虫三匹すら始末できなかったあなたに――倍の数をどうにかできますかな」
「錠前サオリ。そうだ、貴様はいつもいつも五月蠅かった。大した力も持たないくせに口答えばかり。ならば、貴様から始末してくれる!」
「それで結構。だが、彼女は返してもらう……!」
激高したベアトリーチェは頭上に赤い光を収束させる。切れている、とんでもない力を扱うが――しかし、こと戦場において平常心を失うのは隙でしかない。
「――今だ!」
「くたばれ!」
それぞれその隙を見逃さず最大の奇跡を籠めてベアトリーチェを撃つ。巨大な怪人の姿はなるほど恐ろしいが、的として見れば聖徒会の盾を使えなくなっただけで弱体化に等しい。
「っぐ。虫けらどもの攻撃がこの私に通じるか!」
攻撃されるたびに体躯が震えるから、それが強がりなのは誰の目にも明らかである。だが、耐えて収束した光をサオリめがけて叩きつける。
「だが、直線的な狙いは変わらな……ぐおっ!」
着弾地点から逃れた、と思いきやその赤い光は爆発する。サオリは虫けらのように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「あれは爆発するのか。当てられないから範囲を広く……」
「まずは一匹。そして、貴様らも堕ちろ!」
今度は前面に複数の収束点を設置、そこから生み出した奔流が止まることなく周囲を薙ぎ払う。
「うわ。レーザー、避けるの面倒……!」
「まったく、爆発する光にレーザーか。私の技術が役に立たんな……!」
縦横無尽に駆けまわるが、レーザーに捉えられる。
「く……けれど、先の爆発ほどの威力はありません。それに私たちの攻撃は効いているのです! みなさん、反撃を!」
「ええ――先生の指示に従えば間違いはありませんから」
ナギサが反撃を返して、ヒヨリが湧き出る聖徒会を駆逐していく。
「あはっ。レーザーも無限じゃないみたいだね! 堕ちろって言うからには、落としてあげるよ! 隕石でよければね!」
レーザーが消えた瞬間にミカがベアトリーチェの頭上に隕石を落とす。
「その軽そうな頭を少しは重くしてみるといい!」
傾いた頭に、セイアが真正面から銃弾を叩き込んでいく。
「ぐ。あああ――させるものですか! あなたたちはここで終わるのです! 使い捨てられて惨めに転がるのが
最初の赤い光の弾丸をバラ撒く。狙いも何もないその攻撃は避けきれないが――耐えられないほどじゃない。
「それは違う。生徒の行きたい道を整えることが大人の役割だ。……その子達を犠牲にすることなど許さない」
「やはりあなたが元凶か! 先生、あなたが居ると全ての意味が書き換えられてしまう! 呪いに塗れた救済のストーリーが、青春などとという下らないお遊びに堕するのだ! あなたは生徒を使って何をしようと言うのですか!?」
「それは違うよ、ベアトリーチェ。そして、だからあなたは負けるんだ。本当に大切なことを知らないから」
「大切なものなどない。下らない感情論を脱し、己が理想に邁進できるのが大人と言うものでしょうに……! ――ああ、私は間違っていた。まずあなたから殺すべきだった!」
「……私は、あなたを恐れない」
「あなたを殺す! 先生ェェェェェェェ!」
数々の攻撃によってぼろぼろになったベアトリーチェがついに動く。枯れ枝のような身体を伸ばし、無数の弾丸を放って生徒達を牽制しながら先生に向かって突撃する。
「させない!」
「先生、逃げて!」
生徒が攻撃してベアトリーチェをとどめようとする。ぼろぼろと身体が崩れ落ちて行くがベアトリーチェは止まらない。
「させるものかァ!」
ミカが最大の攻撃を放つ。奇跡が宇宙を描いて、収束して爆発する。文字通りに後ろ髪を引かれて停止した。
だが、ベアトリーチェは諦めない。止まらない。
「お前は。お前だけはァ!」
見る影もないほどに崩れ落ちたその身体。もはや変身も限界と見えるが、恨みだけで身体を支えて先生にその凶手を届かせんと迫る。
先生は恐れもせず、自分に迫る凶手を冷たく見下ろしている。ただ一言、彼女の名前を呼ぶ。
「……サオリ」
ベアトリーチェの目の前を影が遮った。爆発に吹き飛ばされたうずくまっていたサオリが起きていた。
「マダムよ、なにを見苦しくあがくのか。全てが虚しいものだと教えてくれたのはあなたじゃないか。その言葉を忘れたか? Vanitas vanitatum et omnia vanitas.」
叩き込んだ5連撃がベアトリーチェの意識を刈り取り、変身が解かれた。
「さて……と――」
皆が安堵した瞬間、セイアだけは追い打ちをかけようとしたけれど。
「このお話はこれで終わりです」
不意に、一人の男が出現した。誰も見覚えのない不審な男。6人の生徒が一斉に銃を向ける。
「ああ、落ち着いてください。驚かせたなら申し訳ありません。私は『ゲマトリア』のゴルコンダ……」
顔の代わりに黒い煙が立ち上る怪人。そいつが抱える絵画には男の首の後ろ姿が描かれている。首無し騎士のつもりだろうか。
表情は分からないが、声はしごく落ち着いている。撃ったところで意味はないとでも言いたげなほどに。
「――挨拶は省略するとしましょう。もしかしたら私たちは、以前お会いしたかもしれませんから。私は戦いに来たのではありません。マダムを取り返しに来たのです」
その言葉は飄々としたものだ。なんというか、雰囲気がある。この6人でかかってもむしろ返り討ちにしてしまえるような。
「それに、戦闘で勝てる自信もありません。ゲマトリアが皆マダムのように怪物に変われるわけではないですからね」
そう言うが、それは俗に言うお世辞でしかないのは目に見えた。戦えないのなら、一人で姿を現すはずがないのだから。
6人は最大限に警戒する。まさか、ラスボスの次にもっと強い敵が出てくるとは思わなかった。
「ええ、これで明らかになりました。先生はマダムの敵対者ではなく、そもそもこれはマダムの物語ですらなかった」
「先生、あなたが介入してしまうと、すべての概念が変わってしまいます。元々この物語の結末はこうではなかったはずなのです。友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語……? 私が望んでいたテクストはもっと文学的なものだったはずなのですが」
「ふむ……申し訳ありません。ご気分を害してしまったようですね。それでは、私はマダムを連れて帰ります。マダム、起きてください」
「……あなたは」
先生が胡乱な目を向ける。先生が警戒する相手、生徒達も手出しができない。何を切っ掛けにどんな恐ろしいことが起こるか分からない。
「ゲホッ……お前は……」
ベアトリーチェが起きて声を発したが気にかける者は誰も居ない。この場はゴルコンダが支配していた。
「もしかして私の邪魔をするつもりでしょうか? どうかそのような決断はなさらないでください、先生。たとえば……私は様々な道具を生産できます。あなたが持っているその『ヘイローを破壊する爆弾』も私の作品ですので」
これでは先生を人質に取られたようなものだ。よって、ミカは動けない。サオリはちらりとナギサの様子を伺う。軽く首を振った。この場では仕掛けられない、と。
「ああ……もちろん、それをここで爆発させたりするつもりもありません。あなたには効果もない上に、その実験は結局失敗だったようですから」
「……」
ナギサが計算の上で答えを出したのだ。ここは帰ってもらうのがベターであると。だから生徒たちは銃を下げないものの発砲はしない。サオリもその選択に従い、スクワッドはサオリに従う。
「マダム、今回の実験は失敗です。帰りましょう」
「ゴルコンダ……!」
恨みの籠る声を発するが、この男は意に介することもない。悠々と銃口を向けられる中を歩いて行く。
「失礼しました、先生。それでは、また」
一礼を残し、来た時と同じく一瞬のうちに姿を消してしまった。
「終わ……った?」
ミサキが怪訝な声を発した。この最後はまったくまるで尻切れトンボのようで欠片も実感が湧いてこない。
「違うよ。これから始めるの」
ミカが磔にされたアツコに銃を向けて、止める間もなく拘束具を撃ち壊してしまった。
「……ッ!? ミカ、乱暴すぎるぞ」
さすがのサオリも文句を言った。
「あはは。まあいいじゃん。さあ、帰ろうか――トリニティへ」
「ああ、スクワッドも同行しよう」
クスリと微笑んだミカが歩き出したが、それにサオリも付いて行こうとする。
「……サオリ!?」
戒めから解放されたアツコがサオリに向かって駆け出す。そんなことを自分から言い出すはずがないのは知っている。
「ミカと取引をした。私たちはもはやアリウスに戻ることは叶わない。ならば鞍替え先としては安牌だろう。元々アリウスはトリニティになった各学校と変わるところなどないのだから」
「何を言われたの? そんな簡単なことじゃないのはあなたが一番知っているはず。ねえ、何をしようとしているの?」
アツコの言葉を無視して、サオリは先生に向き直る。
「さあ、先生。この身を好きにしてくれ。アツコを助けられた、契約は完遂された。ならば、対価を払わねばならないだろう。それが責任と言うものだ。……が、命までは勘弁してほしい。それにはまだ、別の使い道が残っている」
「……そうだね。サオリは責任を負わないといけない」
「――先生⁉」
アツコが庇おうと、サオリの前に飛び出した。
「サオリは……長い間、周囲の子たちを守るために戦ってきたね」
先生は穏やかな顔でサオリの頭を撫でる。
「他人の面倒を見て、守り、誤った選択をしてきたのだと思う。サオリたちは、罪を犯した悪い生徒……それは変わらない。だからといって、苦しんで当然なわけじゃない。子供たちが苦しむのは、その子のせいじゃない。子供たちが苦しむような世界を作った責任は、大人の私が負うものだからね」
暗い顔を見せる。いつだって先生は、生徒を恨んだり断罪したりはしなかった。ただ、自らの不甲斐なさにだけは時折憎しみのようなものを見せる。
そして、敵意を見せたのもベアトリーチェだけだった。
「責任を負うのは、自分の人生そのものだよ」
「私は……どうすればいい?」
迷うサオリに、へにゃりと微笑んで踵を返す。
「その答えは、自分で見つけようね。サオリ」
先生は、生徒の選択に関与しない。その選択を手助けするだけだった。いつでもそうしているのが、この先生だった。
その横で、ミカはナギサに正座させられていた。
「……ミカちゃん?」
「いやあ、だってさ。ほら、スクワッドをティーパーティー直属の秘密部隊にしたら最強じゃん?」
実は、その話は通していなかったのだった。
「あなたはまた断りもなく勝手に……!」
「だが、予想できたことではないかね? どこぞをほっつき歩いて勝手に絆を生やしてくるミカちゃんのことだからね」
「いやあ、サオリちゃんに関してはちょっと違うんだけど」
「――ああ、まったくですね。良いです、分かりました。議会の連中が五月蠅くなりますが黙らせる方法はいくらでもありますからね」
「スクワッドを使えるともなれば無数にね。それに、ミカちゃんは他も諦めてないのだろう?」
「うん。……いいかな?」
「この広大なアリウスを支配することはできません。ですが、慈悲を求めてトリニティに来るのであれば温かく迎えましょう。遥か昔の間違いは無かったことにはできずとも、新しく手を取ることならできるのですから」
「救護騎士団、それに正義実現委員会も乗るだろう。シスターフッドについては怪しいから掣肘する必要もあるかもしれんがね」
「それでも、希望は残る。アズサちゃんが出来たんだ。他の子だってできないことはないと――思いたいの」
ミカの前で二人は苦笑する。
「さて、一仕事が終わった気分ですが――」
「我々の本分は後始末だからねえ。まあ、マダムを殴れてスカっとはしたよ」
「もう現場に出向くのはあまりしたくないですね」
「私もだ。どこぞの散歩好きに任せるとしよう」
「それはそれで変なものを拾ってきそうで怖くはありませんか?」
「なに、キヴォトスではそんなものさ。楽しんだ方がよい……どうせ言っても止まらぬのだ」
「ああ、もう! ナギちゃんもセイアちゃんも何の話をしてるのさ!」
きゃらきゃらと笑いつつ、アリウスを後にする。
全てが終わったとは言えずとも、区切りは着いた。なにより、ハッピーだろうがバッドだろうが物語はどこまでも続いていくものなのだから。
ここまで付き合っていただきありがとうございました。本編はこれで終了、アフターストーリーをいくつか投稿して終了とさせていただきます。
最終章は原作と同じ流れになって、細部が少々変わるだけですね。
20万PVの同人誌は誰がいい?
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ナギサ様
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セイアちゃん
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ミカ(二冊目)