その日はトリニティでも普通の日だった。だが、品行方正なお嬢様学校と言えど――”ここ”はキヴォトスであるのだ。
ゆえに、立てこもり事件の一つや二つ起きてこその”日常”だ。
「立てこもり犯どもに告ぐっす! お前たちは包囲されている! さっさと人質を開放してお縄に着くっすよ!」
ゲヘナの犯罪者がトリニティの自治区に入り込んで生徒を攫おうとするのも、キヴォトスの日常であると言えた。
攫おうと手段で生徒を俵袋みたいに担いでいるところを見つかって、正義実現委員会に追いかけられるうちに使われていないビルの一室に立てこもったというのが今回の話だった。
「イチカ先輩、犯人の様子はどうですか?」
「ううん……駄目っすね。お相手さん、かなり逆上してこっちの話を聞いてくれる様子がないっす。金と逃走手段に戦車を用意しろって怒鳴るばかりっすねえ」
どこか緊張している様子の報告する子と違って、イチカは鷹揚にその報告を聞いている。その堂々とした様子は中核メンバーとして相応しいと言える。
とはいえ、口元は苦笑を浮かべていて簡単に解決とはできない様子だ。
「委員長と副委員長は別の事件を解決しに行っているようです」
「はあ、そうっすか。まあ、今回のばかりは来てもらっていつかの事件みたいに人質の子にトラウマを植え付けてもらっても困るっすからね」
「……まあ、委員長はそういうところがありますが。どうしますか?」
「持久戦しかないっすね。ま、のんびりとやるっすよ。報告では相手は5人、ゆるりと見張ってればやっこさんの体力はすぐに尽きるっす。交渉を引き伸ばしつつ相手に隙が出来るまで様子見っす」
「了解しました! 包囲している他の方たちに伝えてきます!」
「あっ。あんまり大声で言うもんじゃないっすよ。向こうにはすぐにでも突入するかもしれないと怯えててもらわなきゃならないんすから」
しかし、正義実現委員会も日常とさえ言える事件には慣れたもの。指示を出せる中核メンバーさえ居れば、委員長や副委員長が居なくても事件の解決は可能だ。
手慣れた仕草で罠を敷き、相手が恐怖に押しつぶされて部屋を出でもすれば即座に鎮圧できるように愛用のライフルを手元に置いている。
事件解決もまさに時間の問題と言える余裕の仕草だ。その時に。
「やっほー、イチカちゃん。事件かな?」
「へ? ミカ様……なぜここに?」
そこに、
「あはは。ちょっとデモンストレーションにね」
「ええと……危ないことするつもりっすかね?」
くすくすと上機嫌に笑っているミカの様子に、なんか面倒なことになってきたなとイチカの額に汗が伝った。
「危ないこと? まっさかあ! 豆鉄砲を握り潰すのに、危険なんてないでしょう?」
「……普通の人がやったら間違いなく危険なんすけど、それは」
「まあまあ。ちょっとくらい譲ってよ。抜かない刃はナマクラかも分からないものでしょ?」
「いえいえ、ミカ様がお強いのは知ってるんで。まあ、でも。そう言うなら……おともは本当に要らないっすか?」
「ああ、もう居るからあなた達はいいよ」
「……?」
ミカは困惑するイチカを置いて普通の散歩のように歩いて行く。
「さてと。行こうかな☆」
ビルまで後一歩。そこで跳ぶ。
「よっ。ほっ。とっ」
軽い調子で跳んでいくが、まるで重力が横向きになったかのようにビルを駆けあがっていく。別に奇跡でもなんでもない、筋力による力技だった。
いくらなんでも曲芸のようなそれに、立てこもり犯も気付く。
「っな、なんだテメエ! 壁登りとか、サルかよ!?」
驚いて、身体を乗り出して登ってくるミカを撃とうとするが。
「いや、こっちを忘れてもらっちゃ困るっすね」
身を乗り出した瞬間にイチカに撃たれ、部屋の中に叩き戻されてしまった。
「ま、余計なお世話かもしれないっすけどね」
「そんなことないよ。せっかくのお洋服が汚れちゃったかもしれないからね。ありがとー☆」
ゆうゆうと壁を登り切ったミカは手をひらひら振って、部屋の中に突入する。
「さて、と。トリニティでオイタをするおバカさんはあなた達かな? ひのふのみ――残りは4人。仲間は居るのかな? ま、こんな状況じゃ合流も無理だろうけどね」
隠れるように部屋の隅に縮こまっているのが3人。そして最後の一人は人質を監視している。
まあ、見るからに普通のヘルメット団と同程度の実力でしかない。ミカからすれば弱いと断言できてしまう。
「……聖園ミカ、だと? なぜこんな大物がここに」
「は! 関係ねえ。大物が相手なら、こいつらよりもよっぽど身代金を分捕れるぜ!」
その三人は戸惑いながらもミカに銃を向ける。
「おっと、抵抗するなよ。お前が銃のトリガーに手をかければ人質を撃つ!」
そして、最後の一人が人質を盾にする。のだが――
「ううん、小賢しい戦術だねえ。そんな手が通じると思う?」
ミカは恐れの一片もなく、面白くない冗談を聞いたような曖昧な表情をしている。だが、銃を上げていない。
犯人達は人質の効果があったとほくそ笑んだ。
「ふん。現に手を出せていないだろう。それに、エデン条約だってある」
「ん? エデン条約? え、どーゆーことさ」
「トリニティとゲヘナの和平条約、今のトリニティで最も趨勢を誇る桐藤ナギサが打ち出した条約だ。貴様としても無視できまい」
「いや、まあそうだけどさ。エデン条約があると、あなた達に何の得があるのかな」
「知れたこと。エデン条約は平和条約と言っただろう! トリニティはゲヘナと争うことはできない! つまり、私たちに手を出せないと言うことだ!」
偉そうに言うそいつに、ミカはううんと宙を眺めた。
「ええと、一から十まで勘違いで何を言っていいか分からなくなっちゃうな。というか、平和条約をそんな解釈するんだ?」
「? 平和条約だろ。なら銃だって撃てないはずだろ」
「平和、皆仲良くねえ。けれど、何についても目的ってものがあるんだよ。和平というのは次の戦争のための準備とかって聞いたこと無いかな? 戦争とは強力な外交手段の一つでもあり、内政の問題を誤魔化すものでもある。とはいえ結局その問題が無くなってくれるものでもないんだよねえ……」
「なんだ? 何を言っている、聖園ミカ! いいから、銃を捨ててうつ伏せになれ!」
脅してくるそいつに、ミカは嘲笑を返す。
「分からないかなあ。時間稼ぎって言ってるんだよ。――このように、ね!」
ミカが、銃を撃つ。無造作に放たれた銃撃が肩口をかする。
「ぐっ。撃って来ただと!? ならば、人質を撃て! 人質はこいつ一人で十分だ。……どうした!?」
たまらず後方に下がったそいつは人質を取っている仲間に声をかけるが、返答が帰ってこない。
「えへへ、虚しいですねえ。しょせん、この世は虚しいもの。人生の一発逆転なんてないんですよ」
そして、知らない声が返ってきた。
「なんだと!? まさか!」
「人質は開放させてもらいました。それに……」
「敵の援軍だ! 奴と話している最中に忍び込んできた!」
「確かにその通りだが、もう遅い。貴様たちに反撃の手段はない」
そして、背後から忍び寄ってきた三人に叩きのめされて地に転がった。
「うんうん。問題ないね、私とスクワッドの連携☆」
「聖園ミカ、手加減しなかったか? お前ならばこんな奴らに手間取ることなどあるまい」
「そこはほら、人質が居たからできるだけ怖がらせないようにってね」
「……そして、私たちの力を証明するためには一人で犯罪者を征しても意味がない。狙いは幾つもあるということだな」
「ま、そんな感じ。ああ――それと」
ミカは倒れた首謀者の首根っこを掴んでぐいと引き寄せる。抵抗できない彼女を、嗜虐的な笑みで覗き込む。
「まあ実際エデン条約だって時間稼ぎ、面倒ごとを後回しにするための棚上げさ。いや、そっちはつい最近に終わったけどね。けれど、平和条約は平和条約でもあなたが思ったのとは――対象が違う」
「……どういうことだ」
奈落のような笑みの前にそいつは戦慄する。
「これはね、言ってしまえば正義実現委員会と風紀委員会の平和条約。もちろん、この二つの上にはティーパーティーと万魔殿が居るんだけどね。でも、端的にはそれで説明できちゃうんだなあ」
「な、なにを……!」
そいつは慄いて顔を逸らそうとするが、万力のような力で締めあげられてぴくりとも首を動かせない。
「つまり、犯罪者を一発余計に殴っても見逃すよと――そういう契約なんだ。前はね、お前らに手柄首は譲らない、それは不法な捜査じゃないか……そんな、無数の小競り合いをしていた。もうやめましょう。仲良くして、細かいことは言いっこなし。そういうものなんだ」
「――ッ!」
つまり、それは風紀委員が守ってくれないと言うことであり。トリニティの私刑が容認されると言う事実だった。
事件を起こした彼女は牢屋の中に何日か入るだけと高を括っていたが、ここに至って何をされるか分からないという恐怖に身を竦めていた。
「やっぱり手加減って肩凝るよね。殴らせろとは言わないから、あと一発くらい撃ち込んでも……」
「聖園ミカ、そいつはもう気絶しているぞ」
サオリに言われて、手に持った首を少し揺らしてやると力なく振れた。完全に気を失っている。
「あれ? ああ、もう。最近こういうのが多い気がする。別に暴力が好きって訳でもないけど、なんか不完全燃焼って感じ。やんなっちゃうなー」
「……」
ぶん、と放り投げるとサオリは無造作にキャッチする。
「サオリちゃん? なにか言いたげじゃない」
「なんでもない。それより、こいつらを下の正義実現委員会に引き渡してこよう」
「ああ、うん。お願いね。それと、別に私たちが正義実現委員会に加わる訳じゃないのはいいね? 彼女たちには表側でもっと活躍してもらう。こっちは裏を担当する。……ナギちゃんの敵を始末する」
「分かっている。それでティーパーティーからの庇護を受けられるのであれば、スクワッドは従おう。……試しは済んだと見ていいか」
「うん。ま、相手は特に強かった訳じゃないけどここまでスマートに解決できるのはSRTくらいだろうからね。ツルギちゃんはツルギちゃんだし」
「人質の生徒はお前が担当しておいてくれ。引き渡しの後はまた影に潜む」
「りょーかい。さて、人質ちゃん。大丈夫だったかな?」
ミカは軽い調子で人質に取られた生徒の拘束を解く。
「な……なぜミカ様がここに」
「なんかよく聞かれるね。私が事件解決に出向くのがそんなに不思議?」
変に有名人になったなあ、と困ったのが半分で嬉しいのが半分。やっぱり有名であるのは気分が良い。
ティーパーティーのホストと言っても、まあ一部で有名なだけで名前さえ知らない生徒も山ほどいるのだ。
「ヒフミ様はどうされたのですか?」
「……うん?」
ミカの顔が凍った。有名人になれるのは嬉しい。だが、それは変な名でなければだ。
そういうシンパが居るのを聞いて、顔を歪めるくらいはしたのだ。ナギサほどの百面相はせずとも。ちなみにセイアは面白そうに苦笑を浮かべるという器用なことをしていたけれど。
「はい。今日はペロロとか言う鳥のコンサートがあるのに、一緒には行かなかったのですか?」
「いやあ、あのキモイ鳥の魅力は分からないかなあ。なんて」
たじたじになって、視線は明後日の方を向く。妙な迫力があって、得意のペラ回しも調子が悪い。
「だとしても、好きな人と一緒にでかけるのならそれで十分では?」
「あの、確かにヒフミちゃんのことは好きだけどこれはそんな感情でもないかなって」
「では、なぜミカ様はここに居るのですか!?」
「えっと。ナギちゃんに言われてお仕事しに来たんだけ……ど……」
「そんな、ナギサ様が? では、ミカ様はここに来る前はナギサ様と二人っきりで?」
「いや、別に全然スクワッドの皆とかティーパーティーの子も居たけど」
「まさか……そんな……既にナギサ様はミカ様に言うことを聞かせられるようなところまで進んでいたなんて……!」
「おーい、私の声届いてる? なんか、すごい誤解を招きそうな言い方されてるんだけど」
「――いいですか、ミカ様。ヒフミ様はキモい鳥をとても大切になさっています。それを知ることが仲を深める第一歩なのです」
「いや、私あれに興味ないし。歩けるならさっさと降りるよー」
「あ、待ってください。ミカ様、ペロロとは……」
その子はべらべらとペロロについてまくしたてる。こき下ろした割りにはめちゃくちゃ詳しい。
「――なんか、トリニティも変わってきたなあ。これ、良い変化……なのかなあ」
まだまだしゃべり続けてるその子を見て、ミカはため息を吐くのだった。
20万PVの同人誌は誰がいい?
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ナギサ様
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セイアちゃん
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ミカ(二冊目)