セイアが病床の身であったのも今は昔、のんびりとナギサと茶会に興じていた。
色々と大事件があったのだが、先生と各学園が協力して乗り切った。今は暇をもてあます貴重な時間だった。
「平和ですね」
「平和だな。まあ、なんだ――昔の私たちはどれだけ非効率的なことをしていたのかと言う話だな」
実のところ、今は例年ならば忙しくしているはずの時期だった。大きなイベントがある……と言っても、政治を司るティーパーティーに表立っての仕事はそれほどない。
その、昔に忙しくしていた理由とは――互いの派閥への大小を含めた干渉に威圧行為、加えて他勢力への内偵であるのだから。無駄に敵を作って、しなくてもよい冷戦を演じていた。
「非効率……まあ、そう言えますか。3つの派閥内で暗闘し、さらにはトリニティの他の勢力の監視まで怠らないとなれば紅茶を嗜む時間もありません。忙しくなるわけですね。以前のティーパーティーというのは、制度と言うより成り立ちとしての問題を抱えていましたから」
「トリニティは内戦状態にはないと言っても、それは裏での戦いが主で――銃撃戦にまで発展すれば出過ぎた杭のごとく叩かれて終わるという話だった。ティーパーティーの3派閥での協力、さらにゲヘナとの停戦条約も成った今はこうして茶を啜って市井の様子を眺める余裕があるわけだな」
ティーパーティー内での互いへの牽制は、今はない。腹を割って話せる今、疑いの芽があれば普通に聞けば済む話になっていた。
そして、他の勢力。正義実現委員会とは前よりも親密に、そして救護騎士団の目はアリウス投降兵の社会復帰に向けられている。その他のシスターフッドや、小ぶりな勢力が何かを企もうとも上から叩き潰せるだけの土台がある。
――これは、枕を高くして眠れるというものだ。
「ただ……ああ、いえ」
「ふむ、なるほど。まあ、そうかもしれないね。こう平和なのは、あのお転婆娘が居ないからなのかもしれないね」
あのお騒がせな親友を頭に思い浮かべて、二人で顔を見合わせて苦笑する。その瞬間に、来た。
「――アイドル、やろう!」
ばん、と勢いよく扉を開け放ったミカがそこに居た。後ろにはあわあわしているティーパーティーの娘がいる。
まあ、襲撃と見間違うような勢いだった。これが許されるのも平和と言うことだろう。
「ミカちゃん。――どこか劇場でも行ってきましたか?」
「いや、せっかくのイベントだからということもあるかもしれないね」
きょとん、と闖入者を見つめ返した二人はいつものことだと苦笑を濃くした。噂したら来たのだから、これは苦笑を浮かべる以外にない。
「もう、ひっどいなあ。そんな、人を思いつきばかりの突撃娘みたいに言わないでよ」
「みたいに、ではなくそのものでしょう。で、なぜそのようなことを言い出したのですか?」
「そうそう。聞いてよ、ナギちゃん。ミネちゃんがアイドルやるんだって。だからほら、私たちも対抗してさ。イケると思うんだよね。一番華がある私が真ん中で、クールなナギちゃんとロリ担当のセイアちゃん」
「……はい? ミネさんがアイドルを? それは、どこの噂ですか?」
「待て、ミカちゃん。私がロリ担当とはどういうことだね? 訴訟も辞さない」
ミカが来た瞬間にかしましくなる。先ほどまでの平和で静かなひと時はどこかに吹き飛んでいた。
「いや、セイアちゃんはロリじゃん。スモックも似合うと思うよ? で、噂じゃないよ。本人から聞いたもん。皆ともっと親しくなりたいんだね。だって、ほら……妙な、というか好戦的な噂があるじゃない?」
「ああ、なるほど。救護騎士団の噂。……ミネが殴って団員が治すとか言う。アリウスの子には女神とまで認識されているようですが、一般の方にとっては暴れ馬のように恐れられているようですね」
「なるほど――喧嘩を売られているのだね? よかろう、そこになおるがいい。……叩きのめして、君にスモックを着せた犯罪的な写真を先生に送りつけてやろうではないか」
すうと音もなく椅子から立ち上がったセイアと、あちょーとファイティングポーズを取るミカが牽制しあった。
いつものことと、ナギサは優雅に紅茶を口にする。
「ま、ミネちゃんのことをもっと知れば皆も怖がらなくなると思うよ。皆が手を取り合って、少しでも優しくできれば世界はもっと良くなる。”悪者”が突く隙は、不理解だと思うからね」
「救護騎士団がもっと身近に、ですか。それがミネさんの望みなら、やってみることも悪い事ではないと思いますね。そもそも参加要件をクリアしているのであれば、許可を出さなければ私たちが悪者です。――それとセイアちゃん、スモックなんて持っているのですか?」
「……ぐぬぅ。命拾いしたな、ミカちゃん。席へ座るとよい」
セイアが席に着くと、ミカも自分の席に座る。ひょい、と机の上にあったマカロンを口の中に放り込む。
相変わらずチョイスに間違いがないね、とナギサに親指を立てた。
「手を取り合うことも理解してもらうことも尊いこと。良いと思うんだよね……で、それは私たちも同じだと思うんだ。ティーパーティーも、皆にとっては怖いものじゃんね」
「ああ、それでアイドルだなどと言い出したのですか」
「歌って踊れば親近感を持ってもらえる……か。短絡的だが、悪くはないね」
ミカは、およと不審な表情になる。この親友達のことは分かっている。
自分の言うことを呆気なく受け入れるときには、何かこう裏がある時だ。少し怖いものを感じて頬をかく。
「ええと……みんな乗り気? ……だね?」
「アニバーサリーでは、私たちも何かをする必要があると思っていました。今のティーパーティーは昔とは違うということを、内外に示す良い機会です」
「以前ではありえないことだった。互いへの不信と足の引っ張り合いの最中にある3つの派閥では、その長が集まることなどできないのだから。それこそ、平和というデモンストレーションとしては上等だろう」
「うんうん。やっぱり政治的闘争なんてものより、皆で仲良くできた方がいいよね。――ま、昔は何も決められなかったしね。ほら、ナギちゃんがホストとして辣腕を振るえたのもそういう理由があったじゃない? セイアちゃんが寝てて、私は私で譲歩する理由があった。嫌うために嫌い合った牽制だけがすべてになっちゃってたのが、”前”」
「それは……いえ、その通りですね。ホストであれば権力を振るえる訳ではありません。同じ生徒会長が居るのですから、何かをしたくても他の二人に反対されてしまう。――それこそ、意見を言えない状況まで持って行かないと決定する機能を使えない」
「あれだな。陸軍は海軍の意見に反対するものである、とそんなジョークが外の世界である。派閥の対立が組織の機能不全に至った例だね。今の我々は違うと見せないといけないだろう」
怪しい雰囲気を感じたものの、やりたいことが通りそうでミカは笑顔になる。
「そうそう! それでね、やっぱりやるなら今風のキラキラした舞台で歌って踊るのが良いよねえ。テレビに映えるような感じで、ちゃんと衣装まで拵えてさ」
「――ええ、舞台の上で歌いましょう。讃美歌ですがね」
「ああ、私たちなら昔の手習いだ。忘れたとしても少し練習すれば人に聞かせる程度にはなるだろう。手振りなどはしないがね」
一瞬にしてミカの笑顔が固まった。
「え……なんで? なんでつまらない讃美歌なんか歌わなきゃいけないの?」
「ティーパーティーは新しいやり方でやっていきますが、しかし懐古主義者というのはどこにでも居て、往々にして権力を持っているものです。その方々へ向けて、ですね。心配なさらずとも、今どきの娘でも私たち三人で歌えば目を引けるでしょう」
「あまりに目新しすぎてもいけないということだね。私たち三人が同時にステージに立つだけで我慢しておきたまえ」
実際に、歌うだけでも旧体制では決して実現しなかったことだ。主旋律は? 誰が真ん中に立つ? つまりは、まさか偉ぶってるんじゃなかろうなと無限に諍いが勃発して歌うどころではない。
歌いましょう、で舞台の上で演じられるだけでもまずもって型破り。政治を知るなら無視できない新しいパフォーマンスだ。
「……えええ? じゃあ、アイドル衣装は? 有名プロデューサーの新規曲は? 舞台のライトアップは?」
とはいっても、ミカがやりたかったのはアイドルなのだが。これでは厳かな拝礼で、まったくキラキラしていないと口を尖らせている。
「衣装は制服ですね。皆が聴きなれた曲を使いますし、ライトアップもありません」
「ボイストレーニングと歌声指導はあるぞ。三人で練習だな。……講師を見繕っておこう」
二人は無視して話を進めていくのだが。
「うそぉ……なんで大変な事ばかり……私のキラキラしたステージが……。アイドルとしての初ライブが……」
「政治というのは楽しいことばかりではありませんから。観念してしっかり練習に励んでください。そもそもミカちゃんは歌声は綺麗だと褒められていたじゃないですか。人気者になれますよ」
「ナギちゃん、私が音程合わせるの苦手って知ってるよね!?」
「だからちゃんと練習に励んでくださいと言ったじゃないですか。私はそれなりにできますので」
「うぬぬぬぬ……」
「まあまあ、ミカちゃん。シュークリームがあるから食べるといい」
セイアは取り出した箱から自分の分の一つをつまんで食べ、ミカに回す。セイアの口でも食べきれるサイズのミニシューだ。
「へえ、シュークリーム? セイアちゃんにしては今風のを持って来たんじゃない。さて、お味はどうかな――あゔっ……!」
一つ摘まんだ瞬間、口をへの字にして机に突っ伏した。
「これ……にっがあ……! 何これ、セイアちゃん!? なんてものを食べてるの!?」
「いや、私の分は普通のシュークリームだったね」
素知らぬ顔のセイアはいけしゃあしゃあと渋面のミカを見下ろしている。反撃成功、とでもいいたげだ。
「まさか、ロシアンルーレット!? そんな、セイアちゃんが……いや、やりそうだけど!」
「というか、私も食べる可能性があったということでは? そもそもセイアちゃんが自分で食べたかもしれないですよね」
「いや、私は勘が良いのでね。それと、一つ良いことを教えてやろう。この中にはまだ2つの激辛シューと1つの激苦シューが紛れている。そして――はむっ。うん、問題ない。残りは6個だ」
一つを摘まんでニヤリと笑う。普通のシュークリームを引き当てたらしい。
「……むむむ。はい、ナギちゃん」
「私ですか? いえ、まあ――では一つ」
おそるおそる摘まみ上げて、一口で食べてしまう。ほっとした顔をする。普通のシュークリームだ。
「これ、もしかして5分の3でハズレ? セイアちゃんに有利すぎない?」
「さて、有利かどうかはともかく。勘はズルかもしれないね。だから最後に残った一つは私が食べようじゃないか」
「……いえ、もしかしたら食べなければ済む話では?」
「これだっ! うぐぅっ。辛ァっ! ねえ、セイアちゃんなんかやってない!? くううっ……!」
紅茶用のミルクポットを掴んで飲み干した。激辛の対応方法は知っている。まあ、それでも辛いのだけど。
「さすがにミカちゃんに狙ったものを食べさせるのは難しいね。さて、ナギちゃんの番だ」
「食べなければ終わらないようですね。……ふむ」
ナギサは箱の中をじっと見つめる。
「――」
見つめている。
「ナギちゃん、見た目で見破るのは難しいよ。だって赤も緑色も見えないもん。私で見えないんだから、ナギちゃんだと無理だよ」
「……そのようです。勘弁して運を天に任せましょう。……うぐっ」
口を抑えて、手をうろうろとさせている。
「こ、これ……っ! 辛いっ! どれだけ唐辛子を入れたのですか……っ!」
「さてね。購入したものだからね。だが、これは唐辛子ではなく、キャロ……なんとかが入っているらしい」
ナギサはガバリとカップの紅茶を飲み干すが、まったく辛味が収まらない。実は紅茶ではむしろ逆効果になるとも知らずにひいひい言っている。
「キャロライナ・リーパー? とんでもなく辛いやつじゃんね。……殺す気?」
「辛さや苦みで人は死なないだろう?」
「うぐっ。ううっ……なんてものを……」
ポットを掴んで、そのまま中身を飲み干したことでようやく人心地ついた。ぜえぜえと喘いでぐったりしている。
「ナギちゃん、あんまりこういうもの食べないからなあ。というか、それで言ったらセイアちゃんの方が耐性がないと思うんだけど」
「さて。残りは四つ、ハズレは三つだ。君たちが引いてくれれば私は食べなくて済むね」
「余裕だね? どっちかと言うとこの罰ゲームを甘く見てるんだと思うけど。でも、私はもう2個食べてるし。ナギちゃん、どうぞ☆」
「あの……食べなきゃダメですか? ほら、お茶会と言っても、いつも食べ切るわけじゃないですか。むしろ、手をつけていないものは持って帰ってもらったり……」
「こんなものを持って帰ってもらったらイジメでしょ」
「――はあ、そうですね。そうでしたね。では……! ……甘い!? いえ、これ甘いですか?」
辛いシュークリームがよほど辛かったのか、甘いシュークリームを食べて目を白黒させている。
「あ、当たりだね。というか、そんなに意外そうにしなくても。あ、味覚が辛さで死んでるのか」
「このまま、もう一度当たりを引かせてもらいます! ――よし!」
ガッツポーズを取った。
「ナギちゃん、キャラ壊れてない? カモフラージュのためにクリームに包まれてたし、量もそれほどじゃなかったと思うけど」
「むしろ、あれを食べてなぜ平気そうにしていられるのですか?」
女の子には秘密が多いものだよ、とミカはニヒルに笑う。そして、挑戦するかのようにセイアに向かって指を突き付ける。
「さて、セイアちゃん。残りは二つ。激苦シューは、さすがの私ももう一度食べたくはないからね。当たりを引かせてもらうよ」
「ふふ、それはどうだろうか。君は肝心なところで運が悪いからね。吠え面を見るのが楽しみだ」
バチバチと飛び散る火花。ミカは不敵な笑いで手を伸ばす。
「……ふ。世の中そうそう上手く行くことばかりじゃないって――教えてあげるよ!」
勢いよく掴んだシュークリームを口の中に放り込んで噛み締める。数瞬の後、ニヤリと笑った。
「そうか、私の負けのようだね。これは後で処分しておこう」
「待って」
箱を隠そうとするセイアの肩に、ミカが手を置いた。
「そうですよ。あなただけ逃れようだなんて、そんなことはさせませんよ。……セイアちゃん」
「――ナギちゃん? その、顔が怖いのだが」
そして、ナギサががっちりとセイアをホールドする。ミカにやるように、ロールケーキの代わりに残ったシュークリームを天高く掲げた。
「食べられないというのなら、私がそのかわいらしい口に突っ込んであげます!」
「むぐっ。ま、待て。それはミカちゃんにするものじゃ……!」
「やっちゃえ、ナギちゃん」
「さあ――美味しいですよ。よく味わってお食べなさい」
「いや、ハズレだからおいしいはずが……むぐっ。うぐぐっ。わ、分かった。食べるから……もごっ」
むがむが言い訳を並べていたセイアに、問答無用とばかりにわしづかみにしたシュークリームを突っ込むナギサ。
「こんなもの、噛まずに飲み込んでしまえば」
しばらく口の中をもごもごさせる。丸のまま飲み込んでしまえば苦くないだろうと、そんな甘い目論見はすぐに崩れ去る。
「……カサカサして。しかも、思ったよりも大きいなコレ……にゅっ!? みゅっ!?」
罰ゲームに使われるシュークリームだ。飲み物のような、という誉め言葉とはほど遠く。そして小さなセイアの口はやはり小さい。
飲み込もうと四苦八苦するうちに、皮が濡れて破れる。飛び出したクリームには顔をしかめるほど苦い粉末が混入していて。
「みっ!? うにゅっ!? コンっ!?」
セイアの繊細な舌を強烈な苦みが突き刺した。意味不明な呻き声が漏れて、だが吐き出すなんてこともできずに顔をゆがめて――涙がこぼれそうになる。
顔色が青くなった数瞬後には真っ赤になる。
「あははっ。今のセイアちゃんのお顔、とってもかわいいよ! 頬が真っ赤でリンゴみたい。あと、いつも生意気言うちっちゃな舌も丸見えだね?」
「あぐっ。あううっ! ううう……!」
唾液すらも苦いから、必死に舌を突き出して口内を凌辱する苦みから逃れようとする。そして涙目の瞳でミカを睨みつける。
「ふふふっ。いい気味です……」
ナギサもこらえきれないとばかりに含み笑いを漏らしている。
「ふはー。まったく、友達甲斐のない奴らだね。笑いものにしてくれて」
「もともとセイアちゃんが持ってきたものでしょ? 自爆じゃん」
「ええ。しかも飲み込めば味を感じないとか姑息なことをおっしゃっているのも聞きましたよ」
セイアはそっと目を逸らした。
「……さて。ミネ団長がアイドルをするのだったか。少し様子を見に行っても良いかもしれないね」
「ものすっごく話を巻き戻したね」
「むしろ最初からになりましたね。まあ、お二人はあの方に世話になったましたものね」
「彼女の善性は疑いようがないが、しかし思い込みの強い人でもあるからね。残念な結果になってしまっては私としても心苦しい」
「聞いてないフリしてる」
「してますね。ただ、もっともな話でもあります。ちょうど暇してましたし、会いに行くのも良いのではないでしょうか」
「しかし、彼女がアイドルか。……あまり想像できないね」
色々感想を頂けましたし、トリニティイベントも来たのでサイドストーリーを投稿します。
ちなみにマリー狙いでまだお迎えできてない……
20万PVの同人誌は誰がいい?
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ナギサ様
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セイアちゃん
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ミカ(二冊目)