そして、次の日。ミカはまあトリニティに呼ばなければセーフだからと自分を誤魔化して、また先生に会いに行っていた。
実のところベアトリーチェの支配領域であるカタコンベにさえ近づけばければ碌な情報収集手段もなさそうなので、問題なさそうではあるのだが……もちろんミカはそのような事情を何一つ知らない。ただの出たとこ勝負だった。
「それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます。本日は先生にもお越しいただいたので、いつもより真面目な議論が出来ると思うのですが……」
そんな紙一重の事情を知るはずもないアビドスメンバー。オペレーターのアヤネが真面目腐って宣言する。
今日は教室の一室を片づけて、会議をすることにしたのだった。
「うんうん。話を聞いてるフリは得意だよ」
「は~い」
「もちろん」
「何よ、いつもは不真面目みたいじゃない」
「うへ、よろしくねー、先生」
「よろしく」
「ちょっと待ってください。今、変なのが入りませんでしたか?」
「そんなことないよ、アヤネちゃん。みんな真面目に聞いてるから、先進めて?」
いけしゃあしゃあと言うミカ。もちろんフリとか言ったのは彼女だ。
「あなたです、聖園ミカさん。フリじゃなくてちゃんと聞いてくださいね! と、いうか『トリニティ』の生徒会の一員じゃないんですか? できるお嬢様、優雅に紅茶をたしなむイメージは……」
「あはー。そういうのはお腹の中が真っ黒なナギちゃんのお仕事かな~?」
「まったくもう、早速議題に入ります。本日は、私たちにとって非常に重要な問題……学校の負債をどう返済するかについて、具体的な方法を議論します。ご意見のある方は挙手をお願いします!」
無視してバンと机を叩きながら、議事を開始した。
「おやおや、アイスブレイクもなし? もうちょっと事前の情報確認とか、背景の共有とかさー」
「はい! はい!」
「おや、セリカちゃんご意見? はい、どうぞ」
「あのさ、まず名字で呼ぶの、やめない? ぎこちないんだけど。あと、なんでミカさんが進行奪ったの」
「セ、セリカちゃん……でも、せっかく会議だし……あとミカさんはおとなしくしておいてください」
「いいじゃーん、おカターい感じで。それに今日は珍しく、先生もいるんだし」
「珍しくというより、初めて」
「ですよね! なんだか委員会っぽくてイイと思いまーす」
「はんたい、はんたーい! あまりお固い感じだと意見が出にくいと思いまーす!」
「とにかく! 対策委員会の会計担当としては、現在我が校の財政状況は破産の寸前としか言いようがないわっ!」
またうるさくなってきたのを今度はセリカがバンと机を叩いて黙らせた。一瞬沈黙が支配した。
「このままじゃ廃校だよ! みんな、わかってるよね?」
じろりと、ねめつけるように眺めまわす。なお、ミカは何も動じずに頬杖をついていた。借りにもお嬢様学校のトリニティ生がすることではないし、トリニティに夢を持つ生徒が見たら膝から崩れ落ちそうだ。
なお、あいにくと一昨日ヘルメット団を圧倒したことからアビドスメンバーは彼女をお嬢様というカテゴリーから外していた。
「うん。まあねー」
「毎月の返済額は、利息だけで788万円! 私たちも頑張って稼いではいるけど、正直利息の返済も追いつかない」
「いやぁー。何度聞いてもすごい借金☆ まあ、砂嵐がやむなら借金でしのげば後でどうにでもなったんだろうけどさ」
「これまで通り、指名手配犯を捕まえたり、苦情を解決したり、ボランティアするだけじゃ限界があるわ。このままじゃ、らちが明かないってこと! 何かこう、でっかく一発狙わないと!」
「おやおや、セリカちゃんは大きく出るね。トリニティでも800万円はお安いお金じゃないよ? でっかくって言っても、何かあるかな?」
「そう、これこれ! 見てよ、ミカさん。街で配ってたチラシ!」
「ほほー? ええっと……ゲルマニウム麦飯石ブレスレットであなたも一攫千金……ねえ……?」
「そうっ! ほら、みんなも! これでガッポガッポ稼ごうよ!」
あまり良い反応ではないが、見ていないのか調子に乗ってしゃべりだす。
「この間、街で声をかけられて、説明会に連れて行ってもらったの。運気を上げるゲルマニウムブレスレットってのを売ってるんだって! これね、身に着けるだけで運気が上がるんだって! で、これを周りの3人に売れば……」
そこで、初めて誰も何も言わないでいるのに気付いた。ミカに至っては、紙飛行機にしてゴミ箱に向けて飛ばしている。
「みんな、どうしたの? そして、ミカさん。それゴミじゃないから!」
「却下ー。というか、そのチラシはゴミでしょ」
机の上に伸びていたホシノが言った。
「えー? なんで、どうして!?」
「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから……」
「儲かるわけない」
「うん、ゴミだね☆」
「へっ!? そっ、そうなの? 私、2個も買っちゃったんだけど!?」
「セリカちゃん、騙されちゃいましたね。可愛いです」
「……ッ!」
「まったく、セリカちゃんは世間知らずだねー。気を付けないと、悪い大人に騙されて、人生取り返しのつかないことになっちゃうかもよー」
「そうそう、一日100万円稼げる仕事があるって言われて夜のお仕事に連れてかれちゃいそう。セリカちゃん、自分の身体は大切にしてね?」
「そ、そんなあ……そんな風に見えなかったのに……せっかくお昼抜いて貯めたお金で買ったのに……」
「大丈夫ですよセリカちゃん。お昼、一緒に食べましょう? 私がご馳走しますから。あと、悪い虫は私が追い払ってあげちゃいますから」
「ぐすっ……ノノミ先輩……」
ノノミにすがりつく。美しい友情と見るかもしれないが、それを見るアヤネの目は冷めきっていた。
「こほん。他に意見のある方……?」
ホシノが机の上に伸びたまま手だけ上に挙げる。
「はいはーい、ホシノちゃんの意見だね? これこそ先輩って言う凄いのを聞かせて欲しいなあ」
「うむうむ。えっへん。我が校の一番の問題は、全校生徒がここにいる数人だけってことなんだよねー」
やっと起きて、腕を胸の前で組む。やたらと偉ぶったおじさんの声真似をしながら話し出す。
「生徒の数イコール学校の力。トリニティやゲヘナみたいに、生徒数を桁違いに増やせれば、毎月のお金だけでもかなりの金額になるはず―。だからまずは生徒の数を増やさないとねー。まずはそこからかなー。そうすれば議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられるしね」
「おや、良い着眼点。さすがは3年だね、先見の明がある。でも、どうするのかな? 砂しかないアビドスに、新入生が来てくれるような理由は用意できる?」
「簡単だよー、他行のスクールバスを拉致ればオッケー!」
「ほほう」
「登校中のスクールバスをジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないとバスから降りれないようにするのー。うへ~、これで生徒数がグンと増えること間違いなーし!」
「それ、興味深いね。ターゲットはトリニティ? それともゲヘナ? ミレニアム? 狙いをどこに定めるかによって、戦略を変える必要があるかも」
俄然やる気に満ち溢れた表情になったシロコが、待ちきれないと言った風に参加してきた。
ここまで乗り気で来られると、ホシノの方も困ってしまう。目をせわしなく左右に振りながらしどろもどろに先を続ける。
「お? えーっと、うーん……そうだなあ、トリ……じゃなくてゲヘナにしよーっと!」
「ゲヘナ? いいね! ゲヘナ生はテロ以外頭にない犯罪者集団だけど、卒業まで檻に閉じ込めておくなら関係ないもんね」
「そうだね。ミカさん、分かってる。自由にしたらすぐに転校しちゃうから……」
「――ゲヘナの風紀委員が黙ってませんよ」
ホシノ、ミカ、シロコの会話に飽きれかえった声でアヤネが突っ込んだ。
「うへ~やっぱそうだよねー?」
「ゲヘナが相手なら、別に何しても……」
てへ、と舌を出すホシノ。そしてしょんぼりと指を弄りながら残念がるミカ。
「いい考えがある」
ちなみにシロコはめげなかった。
「はい、2年の砂狼さん」
ここでやっとアヤネが自分で指名できたので、嬉しそうな顔をする。
「銀行を襲うの」
「はいっ!?」
が、すぐに驚愕に置き換わった。
「確実かつ簡単な方法。ターゲットも選定済み。市街地にある第一中央銀行。金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の走行ルートは事前に把握しておいたから」
「さっきから見てたのはそれですか!?」
「5分で1億は稼げる。はい、覆面も準備しておいた」
どや顔をする。そして、その顔は自分で用意した覆面によって隠れた。こころなしか覆面から飛び出た狼耳はピコピコと機嫌良さげに揺れていた。
「却下、却下ー!」
「銀行強盗はいけません!」
「あはー。シロコちゃんってば大胆なんだから。でも、そんなことすると本当に連邦矯正局送りだよ?」
「……」
ふい、と横を向いた。狼耳が抗議するようにピンと立った。
「そんなふくれっ面をしてもダメです、シロコ先輩!」
「あのー。はい、次は私が!」
「いいよ、ノノミちゃん。連邦矯正局送りにならない程度のグレーゾーンでお願いね☆」
「犯罪と詐欺は抜きでご意見をお願いしますね……!」
疲れ切ってしまったアヤネだった。そして、もちろん議事は乗っ取られた。
「はい! 犯罪でもマルチ商法でもない、とってもクリーンかつ確実な方法があります! アイドルです! スクールアイドル!」
「却下」
勘弁してよ、という声でホシノが反対する。
「なんで? ホシノ先輩なら、特定のマニアに大ウケしそうなのに」
「うへーこんな貧相な体が好きとか言っちゃう輩なんて、人間としてダメっしょー。ないわー、ないない」
「小さくてかわいい子が好きって生徒もトリニティに居るよ? 愛でるだけならいいんじゃない?」
「トリニティ……そんな爛れた!? タイが曲がっていてよ、お姉さま――とか!?」
「いやあ、まあ歪んでたら友達なら直してあげるかなあ。人に見られると陰口言われるし。付き合ってる子とかの噂は……私は、あまり聞かないかな……」
「うそでしょ!? だって、トリニティってキヴォトスいちのお嬢様学校で、花園で、犯罪とかも縁遠くて、ふわふわの女の子たちが毎日……」
「……ねえ、セリカちゃん。私、トリニティの生徒会長の一人なんだけどな」
「ミカさんがトリニティの代表者……そんなぁ」
「セリカちゃん、その言葉の意味を教えてもらってもいいかな?」
「夢が……現実に潰された……」
「セリカちゃん!?」
本題から外れて漫才をやっているセリカとミカから外れて、賛成意見も貰えなかったノノミはうなだれていた。
「決めポーズも考えておいたのに……ね、ほら。水着美少女団のクリスティーナで~す♧ とか」
「「……」」
帰ってきたのはアヤネとホシノの冷たい視線だった。先生はぐっと親指を立てていた。
「先生……!」
感極まって先生に抱きつこうとするノノミをアヤネが抑える。
「まったく。まともな意見が出てこないじゃないですか。どうしましょう?」
「最後の決定は先生に任せちゃおうー。大丈夫だよー。先生が選んだものなら、間違いないって」
「うんうん。先生なら間違いないない。さあ、どどーんと発表しちゃって」
ミカとホシノの三年コンビが先生を指差す。仕方ないかと、アヤネも先生の方を見る。
「……」
無音が満ちる。いつのまにか横で落ち込んでいたセリカも固唾をのんで先生の方を見ている。
「よし、アイドルグループ結成だ! 私がプロデューサーになる!」
男らしく宣言した。
「わーい。私の意見が採用されました!」
「あはははー! よし、決まりー! それじゃあ出発だー」
「これでいいでしょ、アヤネ?」
「フリフリの衣装着て踊るのかー。ちょっと恥ずかしいけど、やっちゃうぞー」
「……」
わちゃわちゃと、またうるさくなってくる。なお、シロコはまだ手作りの覆面を名残惜しそうに見つめていたが。
「いいわけないじゃないですかー!」
ぶるぶる震えていたアヤネがとうとう噴火した。
「出たー! アヤネちゃんのちゃぶ台返しー!」
と、いうわけでこの議論は意味がなくなった。まあ、アビドスの現状を救う手だけなど簡単に見つかるはずもなし。
きゃあきゃあ言う横で、ホシノが先生にだけ聞こえるひそひそ声で話す。
「……ミカさん。よく話に付き合ってくれたけど、実は自分から意見を出してなかったね。これはどういうことかな?」
「うん、ミカにも事情があるだろうから。そっとしておいてあげて」
「そっか。ま、アビドスとしてもトリニティの生徒会長さんが出した意見で救われて―、みたいな話は望んでないからいいけど」
「ごめんね」
「別に先生の謝ることじゃないでしょ。チンピラの件だけでも早く解決しないとね。先生が、ちゃんと他の生徒の面倒を見れるように」
「そうだね、それは本当に早めに何とかしなくちゃいけないね……」