謝肉祭当日、先生は朝早く起き出していた。のろのろと、やかましい音をかき鳴らすアラームをゾンビのような動きで止める。
「ふああ。昨日はちょっと遅くまで書類仕事をやっていたんだよね。今日は早いから。……さて、朝食代わりのゼリーでも……あれ? いい香り」
鼻腔をくすぐるトーストのかぐわしい香り。それと挽きたてのコーヒーもだ。ご機嫌な菱食の香りに腹がぐうと鳴った。
その香りに導かれるようにふらふらと歩いて行く。
「おはよ♡ 先生」
「ああ、おはよう――ミカ」
その先には制服の上にエプロンをかけたミカがくるくると手際よく朝食の準備をしていた。
「あは。先生、寝ぐせ付いてるよ。顔洗ってきたら?」
「ああ、そうだね。そうさせてもらうよ」
顔を洗って来た先生は、朝食が用意された食卓に着く。
とろりと溶けたチーズにハムが挟まったトーストにサラダ。そしてコーヒー。もちろん先生の分は無糖だ。聞くまでもない。
「ううん……あまり家政婦のようなことを生徒にやらせたくはないのだけどね」
「えへへ。こうしてるとまるで夫婦みたい」
「……ミカ」
「ふふん。怒っても合鍵は返してあげないよ」
「初期にシャーレに参加してくれた子、それもよく書類を手伝ってくれる子には合鍵を渡したけど――うん。失敗したと思ってるよ」
「まあまあ、毎日来てる訳でもないし」
「だから怒りにくいんだよね。分かってやってるでしょ?」
「んー、ミカちゃんおばかだから分からなーい。トースト冷めちゃうよ?」
「おっと。では、いただきます」
「召し上がれ」
しばし無言で食事を進めていく。
「それで、ミカは準備は終わってるのかな?」
「当日の朝に責任者がてんやわんやしてたら失敗が目に見えてるよ。学生らしく、突貫でなんとかってのは参加者の方。ホストがそれやったらダメじゃんね」
「……確かに」
やりそうだな、と思い浮かべた何人かの生徒を頭の中から追い出しつつ答える。ミカについては平気だろう。というかガバがあっても取り繕って、慌てている様子を見せることはなさそうだ。
準備の重要さを分かった上で、しかし本番で何かがあれば勢いで乗り切る方向に切り替えられる賢い子だ。
「それに、忙しさで言ったら先生の方が上じゃんね? 何人の子に声をかけられてるの?」
「あはは。まあ、たくさんの子から声をかけてもらってるよ」
「ふうん。ま、うちらは例年に比べて楽だけど」
「ん? それは、そういう?」
「あ、そっか。先生には想像つかないかな。ほら、うちって生徒会長の三人がいがみあってたでしょ? 今は仲良いけどね――仲が悪いと大変だよ。手分けどころか逆、あいつが来て何か言ってなかったか……とか探ったり。他のやつの参加だろうけど何かしたら分かってるな……とか脅したり。本当にすべてに目を光らせる、大忙しも大忙しだよ」
「――ああ、なるほどね。互いを牽制して監視しあってるから。それは、確かにいくら時間があっても足りなそうだ……」
「ま、だから私たちには遊ぶ余裕までできたんだよ。ナギちゃんの展覧会、先生も見に来てくれるんでしょ? ま、それまでは別行動だけど」
「はは、誘ってくれる子が居たもので。けれど、アイドルライブまでと、展覧会では一緒に居られるよ」
「ふふ、嬉しいな。ま、ナギちゃんの展覧会も一応は楽しみにしてあげようかな。概要と設備は知ってるけど、肝心の中身は初めてだからね」
「おや、ミカも見たことがないのかい?」
「いや、ロールケーキの絵画とか興味ないし。食べられるならともかく、絵じゃんね」
「はは。いやあ、そこらへんは……私にも価値が分かるか不安ではあるけども」
「ま、話を聞いてあげるだけでもナギちゃんは喜ぶよ。あれでうんちくを語るのが好きな子だしね」
「なら、心して聞かせてもらおうかな。君たちの歌もね」
「……あー、あれかあ。いや、恥ずかしくない程度には仕上げてきてるよ? でもさ、もうちょっと新しい感じのが。やっぱりアイドル衣装を着たかった……」
「やっぱり不満なんだね。展覧会の方で色々やったんじゃないのかい?」
「ううん、そっちもちょっと違うんだよねえ。……今度何かやるときには衣装作って三人で乱入ライブしようかな」
「はは。今度の機会があればね。……さあ、行こうか」
「うん。行こう!」
二人揃って謝肉祭へと歩いて行く。
そして先生はミカに無理やり来賓者専用の待機場所へ連れてこられる。
「おはようございます、先生。今日はご足労いただきありがとうございます」
「あはよう、先生。ミカちゃんもおつかいをこなせたようで良かった」
「ちょっとセイアちゃん、おつかいじゃないんだけど。合鍵を持ってないからって、ひがまないで欲しいな」
「ひがんでなどいないが? というか、合鍵は早く返すべきだと思うのだがね」
「いや、合鍵を返してもらえるなら嬉しいけど……」
「あれー。おとが、きこえ、ないよー」
「それは遅れて聞こえるやつですね。さて、あまり時間がありません。先生はいくらここを使っていただいても構いませんが、早くホールの席を案内してしまいましょう。私たちはそのまま舞台裏で待機です」
「りょーかい」
「ああ、そうしようか」
先生は案内された席で目いっぱいに楽しんだ。待機場所へ引っ込む暇もない。
厳かにティーパーティーの聖歌を聞き終わった後に盛大な拍手を送り。アビドスの面々には声援の少ない中声を張り上げ――ウタハの3D演歌には他の観客と一緒に目を丸くし。補習授業部のどこかコミカルな、モモフレと一緒に歌って踊る姿には観客と一緒に笑った。そして、ミネ、サクラコ、マリーのアイドルライブには声援を張り上げたのだった。
次は一人で屋台を巡り、展覧会では眠気に耐えるミカとセイアと一緒にナギサの説明を聞いた。
更に正義実現委員会のちょっとした問題を解決してからしっかりと演目まで楽しみ――更には他の屋内でやっている出し物も余すことなく楽しんだ。
そして夜にはマリーから写真をもらうイベントもあり……
「やー、ここがファミレスかあ」
謝肉祭が終わった夜、ティーパーティーの三人は先生とファミレスに打ち上げに来ていた。
ちなみにめざとく先生の隣の席を確保するのに成功したのはミカだ。
「新鮮だね? 先生がいないと来ようとも思わなかったし」
「はは。……まあ、生徒に奢ってもらうとちょっとね」
「先生が気になさる必要などありませんよ。――しかし、私は初めてですね。セイアちゃんはどうです?」
「私も初めてだね。まあこういうところは冷凍食品だそうだから、悪くなったものを出される心配は要らないかな」
「あはは、仮にもトリニティだよ。悪いもの出したら一発で営業停止だって。でもナギちゃんは市販の紅茶飲むと体調悪くなったりするくらい敏感だから危ないかな」
「ああ、あれはちょっとビックリした。――ごめんね」
「……いえ、そういうジュースだと覚悟して飲めば問題ないですよ」
「それと、さすがに徹夜でパーリナイトなんてはしたない真似は先生も許してくれないだろうしね。もう時間もそんなにないし注文しちゃおうか」
「ええ、こういう場所ではドリンクバーを頼むのがマナーということでしたね」
「そうそう。んー、まあここは定番のシーザーサラダとマルゲリータピザ……それと」
「――ぽてと」
「セイアちゃん、なにか言った?」
「貸したまえ」
「あ、ちょっと」
ひょい、とミカの手からメニュー表を奪ってしまう。
「おや、気になるメニューでもございますか?」
「……これか、ポテトフライ? うむ、前に見たことがある形状だ。これのはずだ」
セイアは何やら目をきらきらさせている。
「なに、フジヤマ盛り? ほお、すごいものがあるのだな……」
感心してメニューを熱心に眺めているセイアに、ミカは不安を感じる。
「ね、先生。夜の乙女に油は大敵なんだけど。……先生、食べれる? あれはちょっと、止められないかなあ」
「……うん、まかせておいて。最近、油ものは胃がもたれるんだけどね」
そんな会話もありつつ、無事? に注文を済ませる。
そして、超山盛りのポテトフライの大皿が目の前に来た。ごく普通の長細いそれだが、量が異常である。積み上がっている。
「あはは、これだよね。どう、満足した?」
ミカは愛想笑いを浮かべつつ一本を手に取り――
「やめろ、ミカ!」
「はいっ!? え、なに?」
「こういうのは、皆で一緒に食べるものと聞いたことがある。さあ、ナギサちゃん、先生も」
「……ええー、それどこの儀式?」
不満そうにしながらも、せーので口にする。
「うん、この味だよね」
「だね、先生。安っぽい油の味」
先生とミカはまあこんなものだよねみたいな顔をしている。
「……ッ! っっ! むっ!」
ナギサは噛み締めると溢れる油の味に悶絶している。繊細とかけ離れたジャンキーな味が舌を差すような刺激と化している。
「――おお、なんともチープな味だね。この味を噛み締めながら友と語り合うのだね……!」
セイアは、なにやら感激している。
「ね、ナギサちゃん。ドリンク貰いに行こうよ。これは飲み物なしだとキツいって」
「そうですね。正直、二本目はもういいかという気分なのですが」
「ドリンクは何にする? 私はカルピスとオレンジジュースかな」
「そうですね、私は紅茶に……レモンジュースを混ぜてみましょうか」
「ふふ、私はジンジャーエールとコーラだ……!」
「先生は3つ混ぜるのはおやめになられたので?」
「……人は学ぶんだよ」
「――私は、ウーロン茶をもらおうかな」
感動して震えていたセイアがちょこんと後ろについてきた。
「セイアちゃん、マナー違反じゃん」
「今さらながら油がキツくなってきた。どういう油を使っているんだ? 古くなってないだろうか」
「……ファミレスの油にそこまで期待するのもどうかと思うよ」
そんなこんなで話しながらまた席に戻る。セイアは頼んだ責任感があるのか、ポテトに手を伸ばす。
「ケチャップ、安っぽい味だな。マヨネーズ、安っぽい味だな」
育ちの良さか、突っ込むなどできずに少量ずつナイフで取り、フォークで折りたたんだポテトに乗せて一口で上品に食べる。
「同じこと言ってる。二つ乗せたら?」
一方でミカの方は、もぐもぐと端から齧る食べ方に躊躇いがない。
「ふむ。二つか。黄金調和を見つける遊びか? だが、ケチャップとマヨネーズではな」
さらに三本ほど試した。そこでうっとなる、手が止まる。心なしか、少し顔が青い。まあ、ナギサの方はすでに少し調子が悪そうだけど。
「ほら、調子に乗ってフジヤマ盛りとか怪し気なもの頼むから。……山は全然減ってないよ?」
「……」
セイアはまったく減っていないように見える山を見つめる。青い顔がさらに青くなった。
「……」
次に、ミカをすがるように見つめた。
「うん、こういうところのでもマルゲリータはそんな外れないよね。……なあに?」
いけしゃあしゃあと自分が頼んだピザを食べている。
「……」
先生を見つめた。
「――任せておいて!」
先生は腕まくりをして、山盛りのポテトに挑むのであった……
20万PVの同人誌は誰がいい?
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ナギサ様
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セイアちゃん
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ミカ(二冊目)