魔導騎士物語~覇王と称された狼~   作:伊達 翼

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第九十四話『魚座の暗殺者』

終業式が無事終わり、日付が変わって本格的な冬休みとなろうとした真夜中のこと。

忍の自室で何者かが就寝中の忍の命を狙い、その凶刃を突き刺そうとしていた。

 

ザシュッ!!

 

襲撃者の凶刃は…

 

「………………」

 

忍の"いた敷き布団"を貫いていた。

当の忍本人はというと…

 

「あ、あっぶねぇ…」

 

冷や汗を流しながら布団から転がって抜け出ていた。

一歩遅ければ喉を貫かれていただろう。

もしそうなっていたら長剣を引き抜くか、横に移動させて頸動脈を断ち斬るかで失血させて忍の命を奪っていたに違いない。

いくら人間離れしてきた忍でも寝てる間に失血なんぞしたら死ぬ。

 

なら何故、忍はその襲撃を感知出来たのか?

それは彼の異常発達した嗅覚にある。

微かに漂ってきた見知らぬ匂いに対して体が反応し、忍は意識を無理矢理覚醒させたのだ。

その結果、状況は不明のまま布団から転がってやり過ごしたということになる。

そして、意識が徐々に覚醒していくとそれがどういう状況だったのか、鮮明に思い知らされることになったのだ。

 

「何者だ?!」

 

忍はすぐさま立ち上がると、襲撃者を観察する。

 

「………………」

 

漆黒のローブを纏ったその人物は喋ることもせず、手にしていた長剣を逆手から普通に持ち替えていた。

 

「ちっ…だんまりかよ…」

 

忍は思考を別の方向へと巡らせる。

それは結界である。

駒王町や明幸の屋敷の周辺にはそれなりに強固な結界が張られており、侵入者はまずそれに引っ掛かることになる。

少なくとも侵入者の報せは三大勢力にも届くし、エージェント達も目を光らせているのだから侵入は容易ではないだろう。

それなのに、三大勢力のエージェント達は目の前の侵入者に気付いた様子が見られないし、結界自体にも異常が無いのを忍は感知していた。

よほど高度な気配遮断能力や結界を潜り抜けるだけの高い技量を持っていなければ、こんな所までやってこれないだろう。

 

つまり…

 

「(相当な手練れで、且つ凄腕の暗殺者ってとこか…?)」

 

そんな思考に辿り着いた瞬間…

 

ヒュッ!

 

「………………」

 

特に詠唱や魔法名も言わずに風の刃を忍に放っていた。

それも首筋を狙って…。

 

「ッ!?」

 

ギィンッ!

 

即座に霊鎧装を展開し、その一撃を何とか受け流したのだが…

 

「(魔法!? それにこの感じは…)」

 

フェイトやシルフィー達が使っているものとは何かが根本的に違う。

そんな感覚が忍を襲っていた。

 

「………………」

 

忍が硬直した瞬間を見逃さず、暗殺者は長剣を手に突きを放つ。

狙いは……目。

 

「ッ!?」

 

一切の迷いのない突きに忍は戦慄を覚える。

 

「(急所を躊躇いもなく狙ってくるとか…マズいな…)」

 

ここは忍の自室。

それほど広いわけでもないが、派手に動くとなると狭いのは確かである。

それにあまり大きな音を立てれば皆を起こして余計に混乱する可能性も高い。

 

「(仕方ねぇ、か…!)」

 

忍は暗殺者の突きをしゃがむことで回避すると…

 

「ふっ!」

 

素早くその手を掴んで窓に向けて放り投げる。

 

ガシャアアンッ!!!

 

窓のガラスが盛大な音を立てて割れ、暗殺者を外へと放り出す。

 

「(とは言え、ここで逃がすつもりもないが…)」

 

忍もまた窓から外に飛び出そうとすると…

 

バッ!

 

暗殺者が纏っていた漆黒のローブを投げつけ、その広がったローブで忍の視界を塞いでいた。

 

「ちっ!」

 

舌打ちしながらローブを左腕で薙ぎ払うと…

 

ヒュッ!

 

「ッ!?」

 

何やら風を切る音がしたので、体を捻ってみる。

 

ドッ!

 

捻った体を掠るように魔力矢が自室の壁へと突き刺さる。

 

「(魔力矢!? 弓も隠し持ってたのか!?)」

 

それに驚いて暗殺者の方を見ると、その正体が月明かりに照らされていた。

 

「………………」

 

白銀の弓を構えているのは…膝まで伸びた紅髪と金色の瞳を持ち、年相応に整っていながらも可愛らしい顔立ちに豊満な部類に入る体型の少女だった。

しかし、その表情は感情が読み取れない無表情であり、その身には白銀色の鎧を纏っていた。

あと…心なしか鎧以外の衣服が見えず肌色成分が強いような気もしないでもない…。

 

「なっ…」

 

その姿に忍は言葉を失っていた。

 

「(お、女…? しかもその鎧は、まさか…!?)」

 

「………………」

 

忍が混乱している合間にも少女は弓を腰裏にしまい、腰に帯刀していた長剣を再び手にして忍に向かって走り出した。

 

「(来るか…!)」

 

それを正面から迎え撃とうとした時…

 

ブンッ…

 

一瞬にして少女の姿が消え、その気配も探れなくなっていた。

 

「なにっ!?」

 

その光景に驚く忍だが、すぐさまその場から退避することにした。

 

何故なら…

 

ヒュンッ!

 

「っ!?」

 

さっきまで忍がいた場所で風を斬るような音がした。

 

「(透明化!? それに気配がまるで感じられねぇ!?)」

 

この状況に混乱する忍だが…

 

「(だが、匂いは…微かにある…!)」

 

さっき感じた微かな匂いを頼りに回避に専念することにした。

動き続けなければ、立ち止まった瞬間…確実に急所を突かれる。

そんな予感があったからだ。

 

と、そこへ…

 

「しぃ君!」

 

「さっきの音は何なのよ?!」

 

「てか、何してんのよ?!」

 

さっきの窓ガラスが割れた音とこの騒ぎで起きた紅神眷属が縁側に集結していた。

 

「来るな! "こいつ"は俺を狙ってるらしい!」

 

忍の叫びに…

 

「"こいつ"?」

 

眷属達は首を傾げていた。

暗殺者が透明化してからやってきたので無理もないが…。

 

ザシュッ!

 

「ちっ…!」

 

すると、余所見をしたせいか、浅い一撃を受けてパジャマに血が滲む。

 

「しぃ君!?」

 

「な、何が起きてんのよ…?」

 

見えない何かが忍に傷を与えている。

そういう認識でしかないが、その仕組みを理解した存在がいた。

 

『……この反応…間違いありません』

 

スコルピアである。

 

「スコルピアちゃん?」

 

『……この透明化の持続時間の長さ…あなたなのでしょう? "ピスケス"』

 

すると…

 

『あぁ~、スコルピアだぁ~。おひさぁ~』

 

スコルピアの声に反応するように、そんな声が聞こえてきた。

 

「ピスケス……確か、魚座?」

 

そんな声がする中…

 

「やっぱり、エクセンシェダーデバイスだったか…!」

 

唯一暗殺者の姿を見ていた忍がそう漏らす。

 

「(微かな匂いを追うのにも限界がある。ならば…!)」

 

忍はそ中庭の中心でピタリと立ち止まってしまう。

 

「(勝負は一瞬。それは俺の生死にも関わるだろうが…何とかするしかない…!)」

 

すぅ、ふぅ、っと息を吐くと全神経を嗅覚に集める。

 

「(これまでの行動から、あいつは俺の急所を確実に狙って即死させようとしてきた。なら、そこに捕らえるための光明があるはずだ…!)」

 

正に己の生死を賭けた行動である。

一歩でも見極めを誤れば、そこに待つのは死のみ。

 

「(こんなとこで死んでたまるかよ…!!)」

 

暗殺者の微かな匂いを辿り、その時を待つ。

 

…………………………………………

 

一時の静寂がその場を支配する。

 

「くしゅんっ!」

 

すると、誰かのくしゃみが沈黙を破る。

 

…………ッ!!!

 

「(そこか…!!)」

 

忍は己の左後ろ側へと体の向きを変えると、そちらへ向かって突っ込む。

 

そして、次の瞬間…

 

ザシュッ!!

 

「ぐぅっ!!」

 

忍の心臓を狙っただろう一撃を忍は左手を前に出すことで、長剣を受け止めていた。

その結果、長剣は忍の手を深く貫き、その刀身の根元まで貫通していたが、僅かな差で心臓までは届かないでいた。

手を貫通したために剣の刀身が血で染まり、そこでやっと眷属達にも姿無き暗殺者の武器が見えることになる。

 

「捕まえ、た…!!」

 

剣で貫かれた左手でその剣を掴む。

 

が、しかし…

 

「………………」

 

暗殺者は剣を簡単に手放すと、即座にサマーソルトキックを放とうとしていた。

しかもその狙いは忍の顎であり、暗殺者の足にはスケートシューズのブレードのようなモノが備わっている。

 

「くッ!!?」

 

空気の流れから暗殺者がサマーソルトキックを放とうとするのを予見した忍は、その場から後退してしまう。

 

シュッ!

 

微かにそれが前髪に当たったのか、髪の毛がハラリと何本か斬れる。

 

「ッ!?」

 

さらに暗殺者の攻撃は止まらない。

 

ドドドドッ!!

 

「ぐぁっ!!?」

 

いつの間にか用意していたのか、4本の魔力矢が霊鎧装を展開している忍の肩口と太腿を正確に貫き、その動きを制限していたのだ。

 

「(ま、マズい…身動きが…!?)」

 

この至近距離で人体の急所を正確に射抜く技術もそうだが、武器を即座に捨て別の武器を用いる判断力の早さも並みではなかったようだ。

 

「しぃ君っ!!?」

 

智鶴の悲痛な悲鳴があがり、眷属達もそれぞれ忍を助けようとするのだが…如何せん暗殺者の姿が見えないので下手に動けないでいた。

 

「………………」

 

身動きの取れない忍に対し、姿無き暗殺者はその弓の狙いを忍の額に定めていた。

あとは弓の弦を引いて放すだけで決着が着く。

忍の死…という決着が…。

 

「くっ…」

 

流石に詰んだ…。

そう考えてしまうくらいの窮地に陥ってしまった忍は…。

 

「…………」

 

まるで観念したかのように目を閉じる忍だった。

だが、その瞬間…全神経を嗅覚から聴覚へと移行させていたのだ。

 

「(微かな音を聞き逃すなよ、俺…)」

 

この至近距離からなら、忍は音を聞き取れるはずだと暗殺者の一挙手一投足に耳を傾けていた。

 

キィィ…

 

静かに弦が引かれる微かな音を忍の聴覚が拾う。

 

そして…

 

バチュンッ!

 

その弓が矢を放った瞬間…

 

「(ここだ…!!)」

 

忍は目を見開き…

 

「破ァッ!!」

 

龍気による衝撃波をドーム状に放っていた。

 

「…………っ!?!?」

 

その衝撃波を受けて魔力矢は弾かれ、暗殺者はまるでドラゴンと対峙した時に感じる威圧感をその肌で感じていた。

 

「ブースト!」

 

その僅かな隙を見逃さず、今度は忍が背部に魔法陣を展開し、そこから魔力を放出して体を目の前の空間に体当たりの要領で突っ込む。

 

ドンッ!!

 

至近距離からの体当たりをもろに喰らった暗殺者は忍の体ごと一緒に中庭に倒れ込むことになる。

 

ドサッ!!

 

「っ、つぅ~…」

 

忍は何とか妖力で無理矢理回復させた四肢に力を入れて四つん這いの形になると、倒れた先の空間を見る。

 

すると…

 

ブォンッ…

 

「………………」

 

暗殺者の姿が見えるようになった。

その表情は…相変わらずの無表情だったが…。

 

「お前…一体、何者なんだよ…?」

 

「………………」

 

その問いに答えず、暗殺者の少女は不意に視線を別方向に向ける。

 

「?」

 

それを追って忍もそちらを向くと…

 

ゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!

 

何故だか、お冠な眷属達の姿があった。

 

「え゛っ…」

 

忍は即座に固まった。

 

まぁ、当然と言えば当然かもしれない。

何しろ、今の忍の状態と言えば…真夜中、中庭でやけに肌色成分の多い鎧姿の少女を押し倒して襲ってる様に見えるのだから…。

いくら暗殺者の襲撃を受け、危ない目に遭ってしまったとは言え…今この瞬間だけを見た奴がいるのなら、"立場が逆ではなかろうか?"と思えてならないからだ。

しかも忍はそれが少女であるという情報を一切言ってなかったのもいけなかった。

その事実を知り、この状態を見た眷属達の大半は嫉妬の炎で燃えていたのだ。

冬だというのに、妙に暑くなったような錯覚に陥る程に…。

 

「いや、その…違うんだ! 俺は被害者であって加害者では…!?」

 

固まった状態からすぐさま回復すると、忍は弁明を開始する。

 

「………襲われる?」

 

が、忍の下にいる少女が首を傾げながらそう問うてきた。

 

「ち、ちがっ!? てか、お前が先に俺の命をだな!?」

 

「………………」

 

忍の声を無視して少女はだんまりを決め込む。

 

「しぃ君…?」

 

先陣を切るのは眷属の女王であり、正妻の智鶴だった。

その身には既にスコルピアを纏っていたりする。

 

「ち、智鶴!? これは、違うんだ!? 俺は決して…」

 

「しぃ君」

 

「は、はい!?!」

 

智鶴の冷たい一言に佇まいを改める忍。

 

「少し、お話しましょ?」

 

「えっと…そ、それは…」

 

「お・は・な・し、しましょ?」

 

「……………………はい…」

 

有無を言わせぬ物言いに忍は従うしかなかった。

 

こうして忍は命を狙われた挙句、お説教をされてしまったのだった。

当然ながら暗殺者の少女の身柄は拘束され、明幸の屋敷でその身を預かる事となった。

 

………

……

 

次の日。

午前中のこと。

 

「…はぁ…」

 

なんだかげっそりとした様子の忍が訓練世界(第47無人世界)にいた。

 

「忍の奴、一体どうしたんだ?」

 

「昨日は至って普通に見えたが…?」

 

「さぁ?」

 

イッセー、紅牙、木場が忍の様子を遠目から見ていると、忍に近付く影が一つ。

 

「紅神 忍、何かあったのか?」

 

ヴァーリであった。

 

「珍しいこともあるものだ」

 

珍しい光景にしばし様子を見ていると…

 

「あぁ…ヴァーリか。いや、ちょっと昨日の夜、暗殺されかかってね」

 

「ほぉ? 君を暗殺か」

 

その会話を聞き…

 

「「「暗殺!?」」」

 

イッセー達も驚いて忍の周りに集まる。

 

「大丈夫だったのかよ!?」

 

「何故、知らせなかった!」

 

「というか、よく結界に入り込めたね。それほどの実力者だったのかい?」

 

「強かったのか?」

 

皆一様に忍に尋ねていた。

約一名、心配してるかどうか怪しい発言もあったが…。

 

「あぁ、皆…おかげさまで何とか捕まえることは出来たよ。今は屋敷で拘束して暗七やカーネリアが見張ってる。午後になったら事情聴取するつもりだ」

 

忍はなんだか生気のない返答をしていた。

ちなみに昨夜受けた傷は既に塞がっているから問題はない。

問題があるとしたら…心、だろうか?

 

「ありゃ凄腕の暗殺者だった。身のこなし、急所を狙う迷いの無さ、咄嗟の判断力…どれを取っても並みの相手じゃなかった。それに…魚座の選定者だったし」

 

「ほぉ、それは興味深い」

 

「なにっ!?」

 

忍の話にヴァーリが珍しく興味を持ち、魚座の件の辺りで紅牙は驚いていた。

 

「いやぁ…寝てるとこに襲い掛かって来られてな。危うく死ぬとこだった…」

 

「ホントに無事で良かったぜ」

 

「そうだね」

 

忍の言葉にイッセーと木場が安堵する。

 

「魚座…一体、どんな能力を持っていた?」

 

紅牙は魚座のエクセンシェダーデバイスの性能を聞いていた。

 

「う~ん…あの感じだと多分、固有魔法は使ってなかったと思う。透明化はしてきたが…その上に気配も全然感じられなくてな…」

 

「透明化…確か、幻術魔法の一種だったか。それほど燃費は良くないと聞いたが…」

 

「多分、コアドライブでそれを補ってるんだろ。ただ、アレが魔法だったかと言われると、ちょっとわかりづらくてな」

 

「わかりづらい?」

 

「ん~、なんていうかな? 一回だけ魔法名も詠唱も無しに魔法を使ってきてな。それがわかりづらい要因になってるんだよ」

 

「魔法の無詠唱に魔法名も明かさないか……確かにわかりづらいな…」

 

「だろ? ま、詳細がわかればまた教えるさ」

 

「そうか」

 

忍と紅牙の会話を横で聞いていたイッセー達は…

 

「それにしても…忍君が暗殺されるなんて…」

 

「まぁ、当然だろう。次元辺境伯なんてものを疎ましく思う者達も増えてきた、ということだろうからな」

 

木場とヴァーリがそれぞれ口にする。

 

「それに暗殺されかかったのなら元気ないのもわかるけど…なんか、それだけじゃなくね?」

 

そんなイッセーの言葉に…

 

「わかるかい?」

 

忍は瞳の光がやや失い掛けながらもそう言っていた。

 

「「(一体、何があった?)」」

 

イッセーと紅牙が同じことを考えていると…

 

「いや…その暗殺者ってのが"女"でな…それを最後、捕まえる時に不可抗力で押し倒しちまって…智鶴達に在らぬ誤解を与えてしまい……最終的にお説教されてしまいました…」

 

忍はそんなことを独白していた。

暗殺未遂の直後だったため、むしろこちらの方が効いたのではなかろうか?

 

「「………………」」

 

「あ~」

 

「なるほど、それで…」

 

ヴァーリと紅牙は無言となり、イッセーと木場も視線でご愁傷さまと語っていた。

 

「違うんだ…ありゃ事故であって故意じゃないんだ…」

 

そして、忍はブツブツと何やら呟き出す。

 

「こりゃ傷が深そうだ…」

 

「やれやれ…」

 

そうして午前中のトレーニングは、忍はあまり身が入らなかったという…。

 

………

……

 

そして、その日の午後。

 

イッセー達はイリナの父親である紫藤局長と一緒に遠出していた。

クリスマスで配るプレゼントの下見などをするためだ。

 

そんな中、雨が降る。

その雨の中を一人の男性がイッセー達の前に現れる。

名は『八重垣 正臣』。

元教会の戦士にして、紫藤局長の元部下であり、既に"死んだ"はずの存在。

その手には『霊妙を喰らう狂龍(ヴェノム・ブラッド・ドラゴン)八岐大蛇』の魂を宿した修復中だった神霊剣『天叢雲剣』が握られていた。

 

今の彼は憎悪によって動いていると言っても過言ではなかった。

彼は復讐のために紫藤局長の命を狙い、既に教会の関係者も襲撃していた。

その中には、なんとバアル家の関係者もいたのだ(その事実をイッセー達が知るのはもう少し後になるが…)。

 

そして、八岐大蛇の力を解放した天叢雲剣を振り下ろす八重垣。

その八つの首はそれぞれが独立して動いており、攻防一体の役割も担っていた。

その中の一つが、紫藤局長とアーシアを襲おうとするが、寸でのところでロスヴァイセの魔法陣がその襲撃を阻止する。

しかし、破裂した頭部から牙が飛来し、紫藤局長の肩を掠めてしまう。

傷はアーシアが塞いだものの、その毒は確かに紫藤局長の体内に入り込んでしまったのだ。

 

その直後、リアスを除く残りのオカ研メンバーが揃うのを見ると、八重垣は撤退していた。

その転移魔法陣は…クリフォトが使うものだった。

 

………

……

 

そんな出来事が起こる少し前。

イッセー達が遠出した頃、明幸の屋敷ではというと…

 

「さて…それじゃあ、事情聴取といきますか」

 

屋敷の居間、午前中で何とか調子を取り戻した様子の忍がそう切り出す。

ちなみに居間の中と外には紅神眷属と紅崎姉妹が集合しており、ちょっと手狭に感じる。

 

「………………」

 

暗殺者の少女は居間の中心に座らされ、昨日の漆黒のローブを纏っていた。

フードの部分は脱いでおり、今回は最初から顔を見せていた。

それと逃げられないように少女の周りには結界が張られている。

 

「まずは…そうだな。名前を聞かせてくれないか?」

 

手始めに少女の名前を聞いてみるが…

 

「………………」

 

当然ながら答えは返ってこない。

 

「(まぁ、そう簡単に口を割るくらいなら暗殺者なんてしてないか…)」

 

ある意味で想定通りの反応に忍は困ったような表情になる。

 

「(さて、どうするかな…)」

 

少女を観察し、忍はどう切り崩すか考える。

 

「(ん? というか、ちょっと待てよ?)」

 

ふと、ある違和感を覚える忍だった。

 

「誰か、この娘にローブを返したか?」

 

そんな問いを眷属達にする。

 

「え?」

 

「ローブ?」

 

「何のことよ?」

 

忍の問いに眷属達は首を傾げる。

 

「(どういうことだ? そういえば、捕まえた時は確かに鎧姿のままだったはず…それがいつの間にローブ姿に…いや、ローブの存在は智鶴達が来る前に俺が、薙ぎ払ってたから中庭にまだ落ちてる可能性も…………!!)」

 

そこで忍は何かに思い至ったのか、結界を解いて少女に近寄ると…

 

「おい! お前は本当に"実体"なのか!?」

 

そんなことを聞きながら少女の肩をグラグラと揺する。

 

「ちょっと、忍!?」

 

「危ないよ、しぃ君!」

 

そんな忍の様子に暗七と智鶴が駆け寄る。

 

すると…

 

「……………」

 

ザ、ザザ…!

 

揺さぶられていた少女の体がまるでノイズが走ったかのようにブレ始める。

 

「これは…!?」

 

『……ファンタズマ…!』

 

『やられましたね。これは…虚像です』

 

その少女の姿に驚いた忍にスコルピアとアクエリアスが口を揃えて言う。

 

「虚像!? 私とカーネリアの目を盗んでそんなことしたの!?」

 

暗七は油断したつもりはなかった。

カーネリアは知らないが、少なくともそんな隙を見せた気はなかった。

 

「なら、本体は…!?」

 

「既に逃げてるでしょうね…」

 

「い、いつの間に…」

 

少女の虚像が消え去るのを見て眷属達が驚愕していた。

 

「気配遮断に虚像、透明…それらを駆使した暗殺者、か…」

 

「坊やも厄介なのに目を付けられたわね」

 

忍の呟きにカーネリアは微笑みを見せていた。

 

「勘弁してくれ…」

 

その言葉に忍は頭を抱えてしまった。

 

せっかく捕まえたはずの暗殺者は既に逃亡していた。

その事実に紅神眷属は慌てて捜索しようとするが、相手はプロ。

そう簡単に足取りを追えるはずもなく、結局は捜索自体無駄だと忍に言われて断念せざるを得なかった。

つまり、忍はまた暗殺者に狙われることになるだろう。

今度はいつ来るのか…。

 

そんな対策を考える間もなく、忍の元に連絡が入る。

遠出していたイッセー達がクリフォトに襲撃されたというものだ。

その中で、紫藤局長は邪龍の毒を受けたことも伝わっていた。

 

大事なクリスマスの前にこのようなことが起きるとは…。

だが、これだけでは終わらない。

復讐の使徒は…何も八重垣だけではない。

 

もう一組の復讐者もまた…動き出そうとしていた。

それは今の忍にとっては決して避けては通れない、ある種『負の遺産』とも言えるものだからだ。

そのもう一組の復讐者とは…。

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