魔導騎士物語~覇王と称された狼~   作:伊達 翼

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第九十八話『クリスマスの復讐劇』

クリスマス当日。

プレゼントを配り終えた企画に参加者達は兵藤家の地下でちょっと遅めのパーティーを楽しんでいた。

 

その中でオカ研の新部長と新副部長が発表される。

新副部長には木場、新部長には…アーシアが指名されたのだ。

最初は戸惑っていたアーシアだったが、皆の賛成の意見を聞いて意を決して新部長を引き受けるのであった。

 

皆が賑わう中、1人静かに会場から姿を消す者もいた。

 

「…………………」

 

忍である。

 

「(龍の力を御せるのは、その龍自身だけ、か…)」

 

先の天界での一件で、クロウ・クルワッハに言われたことを思い返していた。

自分のそれぞれの力を封印したビー玉を取り出し、そのうちの一つを曇り空に向けて眺める。

 

「(俺は、本来なら龍騎士じゃないし、始龍でもない。だが、力を奪い、託された。それを…本当に御することが出来るのか?)」

 

今の揺らいだ心ではそれは不可能だろう。

 

「(復讐、か…)」

 

かつて死闘を繰り広げ、その存在を受け入れたもう一人の自分…牙狼こと『紅 忍』の記憶を辿り、とても虚しい気持ちになる。

 

「(仮に復讐を完遂したとしても…そこに残るのは虚無感だけだ。満たされる訳じゃない…)」

 

並行世界で"神"と呼ばれる存在を抹殺した時の感覚は…牙狼の記憶と体験を受け継いだ忍の中にも記憶として残っている。

それを知っているだけに忍はあの親子のことを気に掛けていた。

 

「(狼に対する圧倒的な憎悪と怨嗟…あの人の過去に何が起きたのか…今ではもう伯父さんの言葉を聞けないから何とも言えない…だけど、あの人を止めることが出来るとしたら…俺、しかいない…)」

 

眺めていたビー玉をギュッと握り締める。

 

「(俺が、何としても止めてみせる…)」

 

そんな決意を固めていると…

 

ビュッ!

 

夜の曇った暗闇に紛れて忍の額へと向かう音がする。

 

「ッ!?」

 

微かな魔力の匂いを頼りに感知した忍はそれを仰け反るようにして回避する。

 

「この攻撃は…!」

 

その攻撃には覚えがあった。

 

「見えない攻撃……魚座の暗殺者…!」

 

先日、忍の命を狙った魚座に選ばれし暗殺者の少女…。

だが、その姿は見えない。

矢を射ってきたことから考えて忍からそれなりに離れた位置にいるのに違いない。

 

「(とは言え、こんな街中で仕掛けてくるとはな…)」

 

そう考えると手早くその場から跳び上がり、住宅街の屋根を伝って移動を開始する。

 

「(奴の狙いが俺だけなら、他の皆を巻き込む訳にはいかない……ついて来いよ…!)」

 

ヒュッ!!

ズドドドドッ!!

 

正確に忍を狙う魔力矢だが、忍は僅かな魔力の変化を嗅ぎ分けてそれを回避し続ける。

 

「(しかし、相変わらず凄い腕だな…あれから日もあまり経ってないからあんまり調べられなかったのもあるが…)」

 

暗殺者の素性を調べるには時間が足りなかったという他なかった。

それに外見的な容姿だけでは探すにも一苦労するというものだ。

さらに言えば、相手が凄腕の暗殺者ならばその情報は限りなくゼロに近い、とも言える。

何故なら標的はその暗殺者に気付かずに必ず死ぬ可能性が高い。

そんな状態で情報を残すのは無理がある。

暗殺者を雇うようなクライアントは皆総じて足がつかないように気をつけるものだし、暗殺者側から自分が不利になるような情報を与えるような真似もしないだろう。

 

つまるところ、調べるにしても"お手上げ状態"なのだ。

手掛かりである容姿やエクセンシェダーデバイスについても前者はそれだけで割り出すのは実質的に不可能に近く、後者はそもそもが散らばっていてどのデバイスがどんな選定者を選んだのかわからないのもあった。

 

「(ついてきてるみたいだが……さて、どうするか…)」

 

このまま逃げの一手、という訳にもいかない。

 

「(どこかに誘導するか……そこでなら思う存分相手になってやる…)」

 

そう考え、忍はネクサスで周囲の地形データを表示し、どこに誘導するかを考えていると…

 

ブォン…!!

 

何かを通過するような感覚を肌で感じる。

 

「っ!?(なんだ!?)」

 

住宅街の屋根を走っていたはずなのに、周囲の風景は一変して…まるで地面の無い異空間に大小様々な岩場だけが浮遊しているような空間となっていた。

ネクサスの表示データも『ERROR』となってしまっていた。

 

「ここは…?」

 

近くの岩場に上手く着地しながら周囲の気配を探る。

 

すると…

 

「ここは亜空間の中に作った特別な決戦場ですよ」

 

そんな男の声が響く。

 

「お前は…!?」

 

驚いて声のした方を向くと、そこには…

 

「ふふふ…お久し振りですね。狼さん」

 

「ノヴァ…!!」

 

白衣を纏ったノヴァが忍からかなり離れた位置の岩場に立っていた。

 

「いつ以来でしたか。あぁ、そうそう。ゼノライヤさんを葬った時以来でしたかな?」

 

まるで些細なことでも思い出すかのような言動だった。

 

「テメェにとってあいつは利用するだけの存在ってか?」

 

その言動に怒りを覚えた忍はそう問うていた。

 

「利用するも何も…お互いにわかり切っていたのですから、別に構わないでしょう?」

 

事実、ゼノライヤはノヴァの存在を利用して軍事強化を計っていた。

それを実験と称して色々と組していたノヴァもノヴァだが…。

 

「テメェ…!」

 

ゼノライヤにはそれなりの信念があったように見えた忍は、それを踏みにじったノヴァに対してあまりいい感情を抱いていなかった。

無論、絶魔が一族の仇というのもあるが…。

 

「それよりも…ここはなんだ!? 決戦場とかほざいてたが…」

 

この空間のことを問い詰める。

 

「ここに招待したのは他でもありません。同族同士の殺し合いを見せてもらうためですよ」

 

「同族同士の殺し合いだと!?」

 

「えぇ。もちろん、わかっているのでしょう?」

 

邪悪な笑みを見せるノヴァは…

 

「さぁ、お膳立てはここまでです。後はお好きにしてください。『紫牙(しきば) 翠蓮(すいれん)』さん」

 

そう言って視線を下へと落とす。

 

「同族などと括るな!」

 

ノヴァの物言いに激怒する魔女『紫牙 翠蓮』と…

 

「…………………」

 

キャンサーを纏う少女『領明』がいた。

 

「出来れば、私は娘さんと狼さんの戦いを見たいのですがね…」

 

やれやれと言った具合にノヴァは…

 

「まぁ、いいでしょう。どうせ、お互いに殺し合うのですから…」

 

そう言い残してこの場から姿を消そうとする。

 

「待ちやがれ!!」

 

忍が飛び出そうとした時…

 

ピシャアァァァ!!!

 

ノヴァの頭上に雷雲が発生し、特大の雷が落ち…

 

ヒュッ!!

 

魔力矢が忍を襲う。

 

「ふむ…?」

 

「なっ!?」

 

ノヴァは頭上に魔法陣を展開して雷を防御し、忍は別の岩場に跳び移っていた。

それぞれが驚いていると…

 

「やれやれ…パーティーを抜け出したかと思えば、なんかヤバいことに巻き込まれてるし…狼君も狼君で厄介な体質持ちだね~」

 

忍の頭上からそんな声がしていた。

 

「その声…ジョーカー!?」

 

見れば、天使化しているデュリオの姿があった。

 

「ほぉ、あなたが噂の天界の切り札ですか」

 

ノヴァもノヴァで面白いものを見れたような声を漏らしていた。

 

「アンタが絶魔の首領? 同族の殺し合いを高みの見物とか、悪趣味だね~」

 

「好奇心が旺盛なものでしてね」

 

「そりゃ、好奇心とは言わないぜ?」

 

「ふふふ…受け方は人それぞれでしょう?」

 

そんな言い合いをしていると…

 

「…………ダメだわ。なんだか…アンタ、生理的に受け付けそうもないわ」

 

少し言葉を交わしただけなのに、デュリオがそんなことを言う。

 

「それはそれは、大変結構なことですね。私も天使などという羽が生えて感情を抑制するだけの生物には微塵も興味がありません」

 

ノヴァもまたそんなことを言っていた。

 

「では、思わぬ客人も交えたところで、私は失礼しましょうかね」

 

「逃がすと思ってる?」

 

パチン、とデュリオが指を鳴らすと…

 

ピシャアァァァ!!!

ビュオオォォォ!!!

 

雷撃と吹雪が同時に巻き起こってノヴァへと襲い掛かる。

 

だが…

 

ボアアアッ!!!

 

「ふふふ、無駄なことを…」

 

ノヴァの周囲に蒼い焔が燃え上がり、雷撃と吹雪を完全に防いでいた。

 

「っ!?」

 

まさか、攻撃が防がれるとは思っていなかったデュリオもその光景には驚いていた。

 

「では、さようなら。次に会う時は…いつでしょうね?」

 

そう言い残し、今度こそこの空間から消え去るノヴァ。

 

「アレが絶魔の頭で、次元戦争を起こそうって首魁の片割れか…帰ったらミカエル様に俺の感じたことを報告しないとな…」

 

いつになくシリアスな雰囲気でデュリオはそう呟いていた。

 

「ジョーカー…なんでまたこんなところに…?」

 

魔力矢を避けながら忍はデュリオに尋ねる。

 

「さっきも言ったけど、気になって追いかけてみたんだよ。なんかを避けるのに夢中で気付いてなさそうだったから、ここまで追ってきたんよ」

 

デュリオの答えに…

 

「そうかよ。で、手を貸してくれるのか?」

 

忍は共闘が可能か聞いていた。

 

「まぁ、同じD×Dのメンバーだし、それもやぶさかじゃないよ」

 

「それは助かる。じゃあ、俺を狙ってる暗殺者の方を頼むわ。魚座のエクセンシェダーデバイス使いだから気をつけろよ」

 

「それだとあの蒼焔使いの言葉通りになるけど…いいのかい?」

 

「彼女達は…俺が止めないとならないからな…」

 

そんなことを言い出す忍に…

 

「…………ま、危なくなったら援護するからさ」

 

少しだけ間を置いてからそう言うデュリオだった。

 

「じゃあ、頼む」

 

「はいさい」

 

そう言い合い、魔力矢が飛んできたところで忍は翠蓮と領明の方へと跳び出し、デュリオは魔力矢が飛んできた方へと飛ぶ。

 

………

……

 

デュリオ側。

 

「見えない相手なら…こうしてみそ」

 

ザアアア…

 

周囲に雨雲を発生させて雨を降らせる。

その雨に打たれて暗殺者の輪郭が浮き出てくる。

 

「そこか」

 

光力を剣状に形成して輪郭が浮き出たところへと攻撃を仕掛ける。

 

ギィンッ!!

 

それを暗殺者の少女は片手剣を用いて防ぐ。

 

『ありゃりゃ、こんな風に姿を捉えるなんてね~』

 

ピスケスが驚いたように…あんま聞こえないが…間の抜けた声を漏らす。

 

「…………………」

 

それを受け、少女も己の透明化を解いていた。

雨に打たれた髪が濡れているが、表情一つ変えていない。

 

「なんか肌色成分、多くね?」

 

その姿にデュリオも以前忍が感じた疑問を口にする。

 

「…………………」

 

左肩に備わった肩当てと一体化している小型ガトリング砲の砲口がデュリオに向けられる。

 

「おっと」

 

それに気付き、デュリオは一旦距離を取ると…

 

「これならどうよ?」

 

ピシャアァァァ!!!

 

雨雲から雷雲へと変化した雲から雷が落ちる。

 

「…………………」

 

少女がその場で宙返りを行うと…

 

『は~い、パ~ジっと』

 

ピスケスがその意図を汲んで両足の側面に備わっていた鉄扇二つが空へと飛び上がり、それが開いて雷を防いでいた。

 

「…………………」

 

その間に少女は剣と弓をそれぞれの収納位置にマウントすると、落ちてきた鉄扇を両手に持って構える。

 

「多彩な芸をお持ちのようで」

 

かく言うデュリオも自然界の属性を支配できる上位滅神具を持っているので、人のことは言えない気がする。

 

「…………………」

 

『おっ? じゃあ、使っちゃう~?』

 

何やらピスケスが少女に確認を取っていた。

 

「なんだ?」

 

挙動に変化がなかったため、デュリオも首を傾げていると…

 

『"ファンタズマ"、起動~』

 

ギュイィィィ…!!

 

スカイブルーの魔力粒子が各部から放出されると…

 

ブォンッ!!

 

スカイブルーの魔力粒子が収束していくと、魚座の鎧を纏った暗殺者の少女と瓜二つの存在が…2人も現れる。

 

「なにっ?!」

 

その現象にはさしものデュリオも驚くしかなかった。

 

「ど、どういう手品だよ…?」

 

それが魚座のエクセンシェダーデバイスの持つ固有魔法だということを知らないデュリオはただただ困惑していた。

 

「「「…………………」」」

 

それぞれ得物を手に、1人はデュリオへと向かい、1人はその援護を行い、1人は忍へと向かうようなまるで個別の意思でもあるかのような動きを見せていた。

 

「ちょっ?! 狼君の所へは、って!」

 

ギンッ!

 

咄嗟に光の剣で向かってきた少女の攻撃を受け止めるが…

 

ビュッ!

 

その横から魔力矢が迫ってくる。

 

「うそん!?」

 

雷でその魔力矢を打ち落とすが…

 

ヒュッ!

 

そちらに意識を向けた瞬間に近接攻撃を仕掛けてきた方の少女が蹴りを放ってくる。

その足にはスケートシューズのようなブレードが備わっているので、当たればただでは済まないのは明白だ。

 

「うぉ?!」

 

それをかろうじて避けるデュリオだった。

 

「技量までそっくりとか、そんなんあり!?」

 

ただでさえ1人でも厄介なのが3人になり、その内の2人が連携して仕掛けてくるのだ。

厄介なことこの上ない。

 

「ごめん、狼君! そっちに1人行ったから!」

 

いくら天界の切り札でもそう言うので精一杯だったようだ。

 

………

……

 

一方の忍側。

 

「復讐なんて虚しいだけだ!」

 

岩場を跳び移りながら忍は懸命な説得を試みていた。

 

「黙りなさい!」

 

しかし、翠蓮は忍の言葉に耳を貸さず、ただただ攻撃魔法を繰り出していた。

 

「お前に私の何がわかるというの! この十数年を…あいつを殺すためだけに生きてきた私の悲願を!!」

 

「確かに伯父さんは狂気に染まっていた。だが、それは…!」

 

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

砲撃魔法を乱射する翠蓮の攻撃の一つが忍へと向かい…

 

「くっ…」

 

それを防御魔法で防いでいた。

 

「私が殺すはずだったあいつを横取りしたお前が、何を言おうが関係ない! 私はお前を殺し、あいつを聖杯で復活させて改めて殺す!! そのためなら手段は選ばない!!!」

 

「(やはり、聖杯か…!)」

 

翠蓮の言葉に忍もやっと確信を持てた。

 

「そんなことをしても誰も喜ばないし、あなたも心も救われない!!」

 

「(ギリッ!!)何も知らないくせに知ったような口を利くな!!」

 

翠蓮から放たれる殺意の密度が増す。

 

「私の母と祖母は…私の目の前であいつに喰い殺されたんだから!!!」

 

「っ!?」

 

その言葉に忍は衝撃を受ける。

 

「そして、私達家族と懇意だった村人達の命を糧にし、最後には私を犯し抜いたっ!!!」

 

あまりの興奮状態に翠蓮の眼から赤い涙が流れだす。

 

「その結果、私は…この『領明』を産むしかなかったのよ!!!」

 

それはあまりにも酷く悲しい過去だった。

 

「あなたに、そんな過去が…」

 

言葉は短かったが、それだけでも十分に伝わってくる。

それだけの憎悪と怨嗟が翠蓮にはあった。

 

「伯父さんがあなたにしたことは確かに許されないかもしれない…」

 

「ふんっ…だったら潔くその命を私に差し出しなさい!!」

 

「だが、だからと言って既に終わった命を再び蘇らせて復讐を果たすなんて、間違ってる!!」

 

「それの何が悪い! 私の復讐はまだ終わっていない! あいつを殺すという目的を果たすまでは…!!」

 

「そんなの…悲し過ぎるだろうが!!!」

 

そのような言い合いをしていると…

 

「ごめん、狼君! そっちに1人行ったから!」

 

デュリオの言葉が響く。

 

「なに?」

 

その意味がよくわからなかった忍だが…

 

ビュッ!

 

「ッ!!」

 

何かの匂いを察知して左側へと回避行動に移る。

 

ズシャッ!!!

 

が、それも間に合わずに忍の胸部から剣の刃が生えてくる。

 

「がっ!?」

 

ズガッ!!

 

反射的に右肘を後ろへと放つと、手応えがあって刃もすぐに引っこ抜かれる。

 

「魚座の暗殺者…!?」

 

見れば、攻撃を受けて近くの岩場に着地する暗殺者の少女の姿があった。

 

「じゃあ、ジョーカーの相手してるのは…!?」

 

見ると、デュリオは"2人"の暗殺者の少女と戦っていた。

 

「どうなってやがる?!」

 

ズガンッ!!!

 

「ぐわっ!?」

 

忍が意味が分からないと頭を捻っていると、背中に魔力斬撃が直撃していた。

 

「……………」

 

キャンサーを纏い、黒い刀身の二刀を持った領明である。

 

「エクセンシェダーデバイス使いが2人も相手とか…!」

 

そんな愚痴を零していると…

 

「狼殺結界・弐式!!」

 

ブォンッ!!

 

「っ!?」

 

忍の周りを狼殺結界が円状に覆う。

 

「妖華げ…!」

 

即座に妖力で打ち砕こうとするが…

 

ズキッ!!!

 

「ぐぅぅっ!?」

 

妖力を出力した段階で激痛が走る。

 

「弐式は以前の改良型。妖力と龍気にも対応させたもの。いくらお前が特異な存在だろうと、全ての力が毒に変われば終わりよ!!」

 

「がああああっ?!」

 

翠蓮の言葉が正しいのなら、忍が持つ五気が毒性に変化するということになる。

その五気を毒性に変性している原理がわからない限り、忍はその場から抜け出せない。

 

すると…

 

「これ以上は流石に見てられないか…」

 

デュリオがそんな言葉を発していた。

 

「この場にいる者全てに、祝福を…『虹色の希望(スペランツァ・ボッラ・ディ・サポネ)』」

 

そう呟いた瞬間、デュリオが自分の前に手で輪を作り、そこに息を吹きかけると七色に輝くシャボン玉が大量に発生して亜空間を満たしていく。

それは狼殺結界に閉じ込められた忍の元にも届いていた。

 

「なに…?」

 

「…?」

 

「…………………」

 

「こ、これ、は…?」

 

翠蓮、領明、暗殺者の少女、忍の順に戸惑い、それぞれがシャボン玉へと触れていく。

 

「っ!?」

 

「……っ」

 

「…………………?」

 

「ッ!?」

 

それぞれの頭の中にあるヴィジョンが映し出される。

 

………

……

 

~???~

 

『翠蓮』

 

『翠蓮ちゃん』

 

「っ?! ま、ママ…? お祖母ちゃん?」

 

その声に翠蓮は声のした方を向く。

 

そこには…

 

『ママ、おばあちゃん。わたしもいつかママたちみたいなりっぱなまじょになる!』

 

『ふふ。じゃあ、頑張ってお勉強しないとね』

 

『うん! わたし、がんばるよ!』

 

小さな女の子が自分の母と祖母に自分の夢を笑顔で言っていた。

そんな女の子の頭を祖母は優しく撫でていた。

 

「これは…昔の、私…?」

 

そこは記憶の海。

翠蓮が復讐にのめり込む前の…大切な記憶。

 

『ママ、お祖母ちゃん! 大変なの! 怪我した狼が…!』

 

場面は変わり、かつての邪狼を担ぎ込んだ時の記憶になる。

 

「この時、私があいつを助けなければ…!!」

 

しかし、本当にそうなのだろうか?

この時、翠蓮の中にあった感情は…

 

『大丈夫。絶対に良くなるからね。だから諦めないで…』

 

「やめろ! そいつを看病したところで、あの悲劇は…!!」

 

かつての自分に叫ぶが、それは届かない。

何故ならこれは記憶なのだから…。

 

『命は尊いもの…ママやお祖母ちゃんもよく言ってるもんね。だから、あなたも精一杯生きないとね』

 

「っ!?」

 

『だから早く良くなってね、狼さん』

 

笑顔で看病を続けるかつての自分に翠蓮は数歩後退ってしまう。

 

場面はさらに変わり…

 

『ぐっ…はぁ…はぁ…ぁああ?!』

 

裏の世界に踏み込み、祖母の伝手を頼って医療の知識を持つ魔女に立ち会ってもらった出産。

 

『頑張りなさい。小さくても、この子供はあなたの大切な宝となるのだから…!』

 

「宝…」

 

立ち会った魔女の言葉を思い返す。

 

そして…

 

『まぁ、ま』

 

『領明…私の可愛い娘…』

 

最後に映し出されたのは…慈愛に満ちた表情で赤ん坊の領明を抱く自分自身。

 

「ママ、お祖母ちゃん、領明…」

 

それらの記憶を垣間見て…

 

「あ、ああああ…」

 

大切なことを思い出していた。

 

………

……

 

~現実世界・亜空間内~

 

「私……わ、たし、は…これまで…なにを、していたの…?」

 

透明の涙を流しながら翠蓮は岩場の上で崩れ落ちるように顔を手で覆ってしまう。

 

「……お母さん?」

 

そんな翠蓮に領明が近付くと…

 

「ごめんね…ごめんね…領明…」

 

領明を優しく抱き締めながら翠蓮は領明に謝っていた。

 

「……ぇ」

 

その母の行動に領明自身も困惑していた。

 

「私に…復讐なんて、本当は必要なかった……領明がいれば…領明と一緒に暮らせれば……たとえ、憎い狼の血を受け継いでいようと…あなたは、私の…たった一人の、娘で…宝なのだから……それなのに…私は…」

 

「…………っ…」

 

その言葉を聞き、領明の眼からも大粒の涙が溢れ出る。

 

「………お母さん、お母さん…っ!」

 

領明もまた翠蓮を抱きついて母を呼ぶ。

 

復讐心よりも大切なものがあり、それが勝っていた…その結果がこれのだろう。

 

 

 

一方で…

 

バリンッ!!

 

デュリオが光の剣で狼殺結界を破壊して忍を救出していた。

 

「ジョーカー…これは?」

 

「煌天雷獄の応用技でね。このシャボン玉に触れた者は大切なことや大切な者を思い出させる。たったそれだけの能力さ」

 

「そう、か…」

 

それを聞き、忍は暗殺者の少女へと視線を向ける。

 

「…………………」

 

少女は涙こそ流していなかったが、攻撃の手を止めて少し考え事をしていた。

 

「(彼女にも…大切なことがあったみたいだな…)」

 

虹色の希望に触れ、それぞれが大切なことや大切な者を思い出す。

これでこの復讐劇も終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もがそう思った。

しかし、それを許さない者がいた。

 

「ふふふ…このような結末を私が容認するとでも思いましたか?」

 

ノヴァがシャボン玉を掻き消しながら再び現れた。

 

「ノヴァ!」

 

「いやはや、こういう空気を読んでくれないのが敵なのか…それに結構早めに会ったしね~」

 

デュリオがさっきのノヴァの言葉(次に会うのはいつでしょうね?)を軽くディスっている。

 

「……このような結末になるのなら最初にあなたをこの場から排除すべきでしたね、ジョーカー」

 

デュリオの言葉が気に食わなかったのか、ノヴァは平静そうな声で若干の怒りを露わにしていた。

 

「おっと、ご立腹かい? なら、俺だって全力で相手になるよ?」

 

臨戦態勢となる忍とデュリオだったが…

 

「抜かしてなさい、天使風情が……多少、予定は狂いましたが、『アレ』の起動には十分な数値でしょう」

 

ノヴァは何やら魔法陣をいくつか展開すると…

 

「まずはジョーカー。あなたには退場していただきます」

 

「そう簡単に俺が引き下がると…」

 

デュリオが最後まで言い切る前に…

 

ブォンッ!!

 

デュリオの足元に絶魔の使う転移魔法陣が展開され、亜空間から弾き出される。

 

「ジョーカー?!」

 

忍が驚いていると…

 

「次はあなたです。翠蓮さん」

 

「っ!」

 

何かに気付き、領明を突き飛ばす。

 

「っ、お母さん!?」

 

領明が驚いた次の瞬間…

 

「あああああああああああああ!?!!??!」

 

翠蓮が頭を抱えて叫びながら苦しみ出し、その肉体が徐々に変化していく。

 

ゴキュ…ボキュ…グボッ…

 

体の節々が膨れ上がり、人としての原形を留めないような変化が起き続ける。

 

「ノヴァ! テメェ、一体何をしやがった!?」

 

「これも実験の一つですよ。復讐の鬼と化した人間に絶魔の因子を投与した場合、どのような変化を起こすかという、ね」

 

忍の言葉にノヴァは平然と答える。

 

「なっ…!? じゃあ、テメェはあの人を…!!」

 

「復讐を完遂するためなら、と…自ら被験体となることを厭わなかったのですから、別に構わないでしょう?」

 

「テメェ!!」

 

そう叫ぶ忍よりも先にノヴァに仕掛ける影があった。

 

「お母さんを…返せっ!!」

 

今まで無感情を貫いてきたはずの領明が感情を剥き出しにしてノヴァに斬り掛かったのだ。

 

「おやおや、復讐する相手を間違ってませんか?」

 

「お母さんを…あんな姿にしたのは、お前だ…!」

 

実際、目の前でノヴァが魔法陣を展開してから翠蓮がおかしくなったので、間違いではない。

 

「なら仕方ありませんね。霊狼の末裔は抹殺あるのみ、です」

 

そう言って魔法陣の中心を手で押すような動作をしてから…

 

「まぁ、私自身の手を汚すような真似はしませんがね」

 

再度その姿を消していた。

 

「待てっ!」

 

領明がノヴァを追いかけようとするが…

 

ブンッ!!

 

それを阻むように肥大化して変質した翠蓮の腕が振るわれる。

 

「危ない!」

 

忍が神速を用いて無防備な領明を抱えて近くの岩場に着地する。

 

『ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

巨大な怪物と化した翠蓮が咆哮を上げる。

 

「お母さん…」

 

「くそっ…せっかく復讐から解放された人をこんな姿にするなんて…」

 

領明が心配そうに翠蓮の成れの果てを見上げる中、忍はノヴァに対する怒りを再確認していた。

 

「(一思いに命を…いや、ダメだ。せっかく復讐から解放されたんだ。だったら生きてもらわないと…この娘のためにも…)って、あれ? あの娘は?」

 

今一緒に連れてきたはずの領明がいなくて周囲を探すと…

 

「……お母さん……待ってて…」

 

キャンサーの背部にある歩脚ユニットを使って翠蓮の元へと向かっていた。

 

「なっ、何をやってやがる?!」

 

それを追いかけようとするが…

 

「…………………」

 

その前に暗殺者の少女が立ち塞がる。

 

「お前もさっきのジョーカーの技で何か考えてなかったか!?」

 

時間が惜しいので、そう尋ねてみるが…

 

「…………………」

 

答えの代わりに片手剣の切っ先を突き付ける。

 

「あぁ、もう! どいつもこいつも…!!」

 

"好き勝手に動きやがって"と叫ぼうとした時だった。

 

ギュオオオォォォォォ!!

 

領明からパールホワイトの魔力粒子が大量に発生していた。

 

「これは…コアドライブの!?」

 

「…………………」

 

忍と少女は領明のいる方を向く。

 

「何をする気だ!?」

 

忍は思わず叫ぶと…

 

「私は…お母さんを置いてはいけない。だから、一緒に…」

 

そう領明は呟いていた。

 

「ッ!!」

 

聴覚に意識を集中させてその声を拾うと、忍は血相を変えて領明の後を追う。

 

「…………………」

 

それを無慈悲にも魔力矢で追撃する少女。

 

「ぐっ!!」

 

急所を射抜かれても忍は立ち止まらず、領明の元まで駆けて跳ぶ。

 

その領明はというと…

 

「キャンサー、付き合ってくれてありがとう…」

 

怪物と化した翠蓮の頭部にやってきてキャンサーにお礼を言っていた。

 

『いいえ、いいんです。このような姿になる前に、あなたのお母様が復讐を諦めてくれたのがせめてもの救いでした。だから、共に逝きましょう。マイマスター』

 

キャンサーもまた選定者の意図を汲んで魔法の補助を行っていた。

 

「ありがとう、キャンサー…」

 

そう言って胸部プロテクターに備わったコアドライブユニットを一撫ですると…

 

「お母さん…私と一緒に、安らかに眠ろう…」

 

己の持つ最大の魔法を口にする。

 

「ローレライ・レクイエム」

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

その瞬間、パールホワイトの魔力粒子が巨大な渦となりて怪物と化した翠蓮を巻き込んでいく。

 

「やめろおおぉぉぉぉぉッ!!!」

 

忍が叫んだ瞬間、その想いに応えるかのようにビー玉に封印していた力が一時的に解放され、忍を以前の牙狼戦で見せた真狼の耳と尻尾、紅蓮と蒼雪の翼が半々にそれぞれ生え、八重歯が鋭くなって白銀の龍の鎧を着込んだ状態へと進化させる。

 

「うおおおおおおおッ!!!」

 

その状態でパールホワイトの魔力粒子が渦巻く竜巻に突入すると…

 

『娘を…救ってあげて…』

 

「ッ!!?」

 

忍の耳に確かに怪物と化したはずの翠蓮の声が聞こえてきた、ような気がした。

 

『ギャアアアアアア!!!』

 

しかし、一瞬で翠蓮は渦の中心で苦しそうにもがいている。

その頭上には今も魔力放出を止めない領明の姿もある。

 

「俺の中の神格よ! 彼女の願いを…ッ!!!」

 

ファルゼンを起動させ、斬艦刀にする。

その刀身にありったけの力を付与して翠蓮の頭部へと突撃する。

 

「俺が断つのはただ一つ! 絶魔の因子だけだあああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

斬ッ!!!!

 

その一撃が放たれた瞬間…

 

ゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!

 

領明の放出し続けた魔力粒子が満たされた亜空間内に、忍の力が加わることで大崩壊を起こし…

 

バリンッ!!

 

時空の裂け目を生み出し、その中へと亜空間内にいた4人の人物を取り込んでしまっていた。

 

………

……

 

~変異フロンティア・観測室~

 

「ふむ…観測不能ですか。まぁ、いいでしょう」

 

亜空間内の状況をモニターしていたノヴァは興味が失せたようにその場から立ち去る。

 

「我等が神の復活も近いことでしょうし……そろそろ私専用のデバイスの最終調整といきましょうか」

 

そう言ってやってきた部屋の中には…

 

『『………………』』

 

2機のキメラ型ドライバーデバイスと…

 

「ふふふ…」

 

その間に"未完成状態の白銀の鎧"が鎮座していた。

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