魔導騎士物語~覇王と称された狼~   作:伊達 翼

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第百二話『破壊される募らせてきた復讐心』

忍達が皇鬼に正式に保護下へと入り、早一週間が経とうとしていた。

 

その一週間の間、翠蓮は皇城の一室を借りて外の景色を眺めながらの寝た生活を送っており、仕事の合間に来る領明を話し相手にしている。

 

シンシアと領明は侍女見習いとして氷鬼の下で、まずは簡単な仕事を手伝っていた。

簡単な仕事と言えど、暗殺者生活と研究(実験台)生活が長かったシンシアと領明にとっては未知の経験であり、失敗が多かった。

一週間が経った今も失敗することが多いが、日常最低限以外のことをほぼ何も出来なかったことを考えれば短期間で成長したと褒めるべきか?

それでもやはり慣れないのか、動きがぎこちなくまだまだ『日常』というものに戸惑いを覚えているような雰囲気が見て取れる。

 

そして、シンシアと領明がそんな風に『日常生活』に苦戦している一方で、忍はというと…

 

………

……

 

・訓練場

 

「『真・瞬煌(しん・しゅんこう)』」

 

ドンッ!

 

誰もいない訓練場の真ん中に立つ忍は瞬煌に龍気をミックスさせて作り出した五気の濃密なオーラを全身に纏っていた。

特に背部と肩から立ち昇るオーラの質量は夜琉が発動させる通常の瞬煌よりも格段に濃かった。

 

『真・瞬煌』

瞬煌に龍気を加えた忍独自の身体能力強化技。

元々完成度の高かった瞬煌に龍気が加わることで、攻撃力と防御力をさらに上げることに成功させた五気使いとなった忍ならではの技。

瞬煌がベースになっているため、瞬煌で可能であった動作は同じように扱える。

五気を常に出力している関係上、燃費は瞬煌よりも悪くなっているが、それを補って余りある完成度を誇る。

ただ、龍気を加えたせいで一つ一つの挙動の威力が増してしまい、オーラの制御をするにも一苦労するという難点を抱えてしまった。

 

このようにして忍はこの一週間、通常の人間状態で使えるだろう技や魔法などといった様々な技術を進化させようと試みていた。

しかし、五気の中でも龍気は元々術に変換させるのは難しい力なので、他の力と混ぜ合わせたり絡めたりして行使する必要性があった。

しかも龍気の扱いは教わるものではなく、己自身で感じなければならないこともあって少し難航していた。

これは以前、天界でクロウ・クルワッハが忍に向けて呟いた一言(『龍を御せるのは…何者でもない。その龍自身だけだ』という言葉)からも推察でき、忍は忍なりにその言葉を実践しようとしていた。

 

「(とにかく、今は維持を最優先。体に馴染ませないとならんか…)」

 

五気の扱いには慣れていた忍だったが、皇鬼の指摘と修行の一環として習得している技術を五気の全てを用いて研磨するように言いつけられていた。

 

「(改めて…自分の中の力と向き合う、か…)」

 

忍はまず己の中に存在する五気と向き合うことにしていた。

そうすることで自ずとこれからやるべきことが見えてきて、尚且つ分散した能力を取り戻した時にそれを即座に自らの力として還元せねばならないのだ。

 

ちなみにその分散した力については今も捜索中である。

城下町でも聞き込みをしたが、流星の方に気を取られてそれから散らばった六つの星についてはあまり見ていない、というのが大多数だった。

山に落ちるのを見たとか、川の方に流れてったとかいう情報も少なからずあるにはあったが、それから先の情報が全く無かったのだ。

仮に山に落ちたり、川に流されたりしていたとしたら…正直、どう探せばいいのか忍も皆目見当がつかなかった。

手当たり次第に山を捜索するにも人手や時間が必要だ。

それは川も同じ。

そんな不確定な情報で動ける人員など今はない…というか、今の忍にそんな余裕はないし、皇鬼に頼っても人手を貸してもらえる訳でもない。

しかも忍は皇鬼に修行をつけてもらっている最中であり、ある意味で居候も同然である。

居候生活には慣れている忍だが、流石に修行を受けると言っておいてそれを投げ捨ててまで力の行方を探すほど不義理ではない。

よって忍は一旦力の捜索をやめ、修行の方に注力していた。

決して諦めた訳ではないが、今は最善の手を打たねばならない。

それに何より…今後起きるだろう戦いの中で、忍も更なる力を求めなければならなくなるだろう。

それは牙狼戦での無茶なことを今後行わないため、それと力を自在に使えるようになるために必要なことだと思っての選択だった。

 

そうしてしばし忍が己の中の五気と向き合っていると…

 

「忍よ。研磨の方はどうじゃ?」

 

忍に声を掛けながら皇鬼が訓練場にやってきた。

その傍らには桃鬼がいた。

明らかに不満そうな表情で…。

 

「ねぇ、お祖父ちゃん。本当にやんなきゃダメなの?」

 

不満そうな表情のまま桃鬼が皇鬼に尋ねる。

 

「もちろんじゃ。いつまでも我が鬼神界の要たる武天十鬼共を貸すわけにもいくまいしのぉ。だったら歳の近いもん同士で高め合えばよい」

 

忍はもう一月ちょっと程すれば17歳になり、桃鬼も17歳になったばかりである。

それに皇鬼の言葉にも一理ある。

戦争状態にある以上、武天十鬼もまた前線に赴くことがあり、桃鬼の修行にいつまでも付き合ってはいられないだろう。

ならば、同い年で同じ師を仰ぐ者として互いに高め合う必要性があった。

 

「こんな貧弱そうな奴と高め合いなんて出来るのかしら?」

 

「人を見た目で判断するでないと何度も教えてきたはずじゃぞ? 足元掬われても知らんぞい」

 

「はっ、冗談」

 

皇鬼の言葉に桃鬼は鼻で笑っていた。

 

「………人の意思を無視して勝手に話を進めないでもらいたいんだが…」

 

真・瞬煌を解除した忍が肩を解すようにして会話に加わる。

 

「居候で弟子の分際で意見する気かの?」

 

「それを言われちゃおしまいだよ。まぁ、俺としても相手がいるってのは嬉しいんだけどな。流石に一人だけだと限界もあるし…」

 

「それがわかっておる分、お主の方が桃鬼よりも物分かりが良さそうじゃの」

 

「ちょっ、なによ、それ!?」

 

皇鬼の言葉に桃鬼が口を尖らす。

 

「まぁ、良い。ともかく、一度手合わせしてみるがいい。儂も見物してやるでの」

 

そう言って皇鬼は訓練場の端に移動する。

 

「力の制限は?」

 

そんな皇鬼に忍が尋ねると…

 

「特に設けておらん。存分に手合わせぃ!」

 

そう答えていた。

 

「だってさ」

 

「ま、じゃなきゃ意味ないしね!」

 

言うが早いか、互いに距離を開けて対峙する。

 

「(匂いから察するに…この͡娘の妖力は、武天十鬼クラスか…)」

 

桃鬼から感じる妖力の匂いから忍はそう判断する。

 

「(一発で仕留めて、お祖父ちゃんにあたしの相手は武天十鬼くらいしかいないってのを教えてあげなきゃ)」

 

対する桃鬼は人間ということもあってか、忍のことを過小評価しているようだった。

 

「「………………」」

 

互いにしばし睨み合っていると…

 

「では、始めぃ!!」

 

皇鬼の声で戦闘が開始される。

 

「真・瞬煌!」

 

「展開!」

 

忍は真・瞬煌を纏い、桃鬼もまた四肢に妖力を纏っていた。

 

「(ま、お祖父ちゃんの手前だし…軽くあしらって…)」

 

という具合に考えていた桃鬼だったが…

 

ドンッ!!

 

真・瞬煌のオーラを足へと向けて炸裂させ、一瞬で桃鬼との間合いを詰める忍。

 

「……………は?」

 

その一瞬の出来事に桃鬼が目をパチクリさせていると…

 

「桃鬼ッ!!」

 

皇鬼の喝が木霊する。

 

「ッ!?」

 

すぐさまその場から飛び退き…

 

「(な、なに?! 今、一瞬で…!?)」

 

今の状況が呑み込めないでいた。

 

「あれほど戦闘中は油断するなと言ったろうに…戦場であったら死んでおったぞ?」

 

祖父の辛辣な言葉に…

 

「くっ…!」

 

桃鬼もバツが悪そうに表情を歪めていた。

 

「忍も何故、追撃せなんだ?」

 

そして、今度は忍に矛先を向けていた。

 

「………良かったのか?」

 

忍のその何気ない一言で…

 

「なっ…」

 

桃鬼はあの一瞬でさらに追撃されていたかもしれない可能性もあったと気付かされた。

 

「当たり前じゃ。実戦訓練とは実戦を想定した状況でないと意味がないと儂は思っとる。そして、どのような形であれ手を緩めてはならん。それは命のやり取りをする戦場では当たり前のこと。そこに敵も味方もない。大事な孫娘であろうと戦場に出れば、その当たり前のことには逆らえん。ならば、答えは一つ。訓練だろうと甘い考えの者に戦場に出る資格なぞない! 実戦訓練をやるからには徹底的にお互いの全てをぶつけあってこそ、じゃ…!!」

 

そんな皇鬼の言葉を聞き…

 

「(あたしの考えが…甘かったっての…?)」

 

桃鬼は愕然としていた。

 

桃鬼は修行をしていてもその立場上、戦場に立ったことは一度たりともない。

だからこそ絶魔への復讐も頭の隅のどこかでは甘い考えがあったのかもしれない。

力をつけて絶魔と戦えれば、いつか両親の仇が取れる、と…。

 

しかし、今は戦時中であり、戦いとは…命のやり取りをすることを意味する。

いくら訓練や修行していても、戦場の空気を知らない新兵はその空気に当てられた時、どのように反応するのか…?

答えは単純……使い物になるか、ならないか……極端な話だとその二択だろう。

前者なら戦士として生きていけよう。

しかし、後者なら…それは覚悟が足りなかったことになる。

桃鬼は…果たしてどちらになるのか…?

 

ブンブンと桃鬼は頭を振ると…

 

「(っ…そんなことない! あたしは必ず父さんと母さんの仇を取るんだ…!)」

 

今の原動力…復讐心が燃え滾っていた。

 

「(だから…こんなとこで躓いてなんていられない…!!)」

 

そして、その敵意は目の前の人物…忍へと向けられていた。

 

「(それが、アンタのやり方かよ…?)」

 

そんな桃鬼の視線を気にせず、忍は皇鬼の方を見ていた。

その視線からは強い殺意にも似たものが宿っていた。

 

「なんじゃ?」

 

その視線を真っ向から受け、皇鬼も忍に問いかける。

 

「アンタ程の人が…本当にそれでいいと思っているのか?」

 

忍の地の底から這い出てきそうな声音に…

 

「っ!?」

 

「ほぉ…?」

 

桃鬼はその声音と殺意に似たものに驚き、皇鬼もまた興味深そうに忍を見据える。

 

「なら、俺は俺のやり方をさせてもらう」

 

そう皇鬼に言い放つと…

 

「続きだ。さっさと構えろ…」

 

桃鬼に向き直っていた。

先程とは打って変わって忍の眼の色も変わる。

 

「っ! 調子に乗って…!!」

 

ちょっと頭に来たらしい桃鬼も構える。

さっきと違い、今度は油断のない構えを取る。

 

「(戦場を知らない姫様、か……そういう意味ではエルメスはちょっと度胸があったらしいな…そこは母親似か?)」

 

つい、そんなことを考えていた。

 

「一つ聞く」

 

そして…

 

「なによ…!」

 

「何故、力を求める? 何のために戦いたい?」

 

その心に踏み込もうとしていた。

 

「そんなの、部外者のアンタには関係ないでしょうが!!」

 

そう叫びながら地面を蹴って忍との距離を詰め、拳を振り抜く。

 

「確かに俺は部外者だ。が、少なくとも温室育ちのお嬢様よりは戦いを知っている」

 

その拳を最低限の動きで避けながら忍は桃鬼に挑発的な物言いを投げつける。

 

「な、に…?」

 

その言葉の意味はよくわからなかったが、桃鬼は直感的に馬鹿にされていると考え、その額には青筋が立っていた。

 

「聞こえなかったか? 温室育ち…部屋から一歩も外に出してもらえずにいる、大事な大事な"お飾り"のお嬢様よりも戦いの常識は持ち合わせてる、と言ったんだ」

 

"お飾り"という言葉を強調し、桃鬼の耳元に確実に聞こえるようにハッキリとした物言いで挑発していた。

 

その瞬間…

 

ブチッ!!

 

「て…テメエェェェェッ!!!」

 

何かが切れたような音が聞こえたような気がすると、桃鬼の纏う妖力の濃度が底上げされる。

怒りで力が増したらしい。

 

「忍…お主…!!」

 

さしもの皇鬼も今の発言にはカチンと来たらしく、忍に殺気を向けていた。

 

そして、その殺気は皇鬼だけではなかった。

 

「ちょっと気になって様子を見に来てみれば……部外者が勝手なことを…ッ!!!」

 

「部外者風情が…姫様になんという口の利き方を…ッ!!!」

 

訓練場の入り口付近に水鬼と氷鬼の姉妹が立っていた。

しかも今の忍の桃鬼への挑発を聞いていたのか、水鬼はもちろん、普段はクールな氷鬼でさえ怒髪天を衝くような表情で尋常でない殺気を放っていた。

 

「外野は黙ってろッ!!!」

 

ブォンッ!!

 

忍の瞳孔が縦に鋭くなると同時に龍気が放たれ…

 

「むっ…」

 

「「っ!?」」

 

皇鬼は平気そうだが、氷鬼・水鬼姉妹は身動きが取れなくなっていた。

 

ドンッ!

 

「もう一度問う。お前は何のために戦いたい?」

 

忍はまるで読んでいたかのようにバク転で桃鬼の拳打を回避すると、もう一度だけ問う。

 

「うるさい!! あたしは父さんと母さんの仇を取るために今まで頑張ってきたんだ!! 絶魔を倒せるなら…あたしはなんだってやってやる!!」

 

忍に攻撃を繰り出しながら桃鬼は叫ぶ。

 

「やはり、復讐か…くだらん理由で戦いたがるとは…」

 

「お前に何がわかる!!」

 

バシンッ!!

 

桃鬼の力の籠った拳を片手で受け止めると…

 

「わかるさ。俺にだって"復讐に身を費やしてきた記憶と体験"がある」

 

そう言い放っていた。

 

「(その言葉…以前にも…)」

 

忍の言葉に皇鬼は前に言っていたことを思い出す。

 

「俺は…"神"と呼ばれる存在と対峙し、仲間だった者達がその"神"の言葉に惑わされ、その際に愛する者と、その中にいた命を奪われたんだ」

 

「ッ!」

 

「そして、俺は復讐を誓い、愛する者の亡骸を道具に変え、"神"を倒し…最終的には…同じ人間を虐殺していき、世界を滅ぼしたのだからな」

 

そう言う忍の眼は酷く冷たくなっていた。

 

それは牙狼の記憶と体験。

一体化したことで忍が背負うことになった牙狼の業。

その記憶と体験は今でも忍の中に息づいている。

だが、決して目を逸らさない。

たとえ復讐に染まっていたとしても、それは牙狼の生きてきた、人生の軌跡なのだから…。

牙狼の生きてきた証…それを忘れないため、忍は牙狼の記憶と体験と共に生きると誓っていた。

 

それを聞いた女性陣の反応は…

 

「「「-----」」」

 

目を見開いての絶句だった。

 

「だが…復讐を果たした先にあるものは…虚しさだけだった」

 

忍は絶句する桃鬼達を無視して言葉を続ける。

 

「そして、俺は気付けなかった。復讐に曇った眼では当然なのかもしれないが…彼女の魂は、ずっと俺の側にいたのに…気付けなかったんだ…!!」

 

その事実を思い出し、まるで牙狼の心情が反映されたかのような言葉を紡ぐと…

 

つーっ…

 

忍の眼から一筋の涙が流れる。

 

「(牙狼…桐葉さん…)」

 

並行世界の自分と、その最愛の人のことを想い、忍は目の前の桃鬼を見据える。

 

「復讐の先に未来などない。あるのは、虚しさだけだ……それでもなお、復讐をしたいと言うのなら…」

 

その視線に殺気が混じり始め…

 

「ここでお前を殺す…!」

 

そう宣言する。

 

「「っ!?」」

 

忍の言葉に氷鬼と水鬼はすぐにでも動きたかったが、忍の放った龍気のせいで満足に動けなかった。

 

「………………」

 

皇鬼は何か思うところがあるのか、動こうとしない。

 

「………ざ、けんな…」

 

そして、当の桃鬼はと言えば…

 

「ふざけんな…! あたしのこの10年を、テメェみたいなぽっと出の奴なんかに否定させてたまるか…!!」

 

怒りに身を任せ、忍と真っ向からやり合う気でいた。

 

「そうか。残念だ」

 

そう言って忍も真・瞬煌の出力を上げる。

 

「ブリザード・ファング!」

 

古代ベルカ式の魔法陣を右手に展開すると、真・瞬煌のオーラを炸裂させて右手に流し込み、通常よりも威力を増した中距離対応の拡散型砲撃を放つ。

 

「このぐらい!」

 

迫るブリザード・ファングを拳打で打ち落としていく。

 

ギギギギンッ!!

 

打ち落とされ、弾かれたブリザード・ファングは桃鬼の周りで氷塊となっていた。

 

「っ! いけません、姫様!」

 

同じ氷使いとして何かを悟ったらしい氷鬼が声を上げるが…

 

「遅い…!」

 

ドンッ!

 

それより速く忍は動き、拡散砲撃の本流とは別地点に収束させていた着弾地点…桃鬼の背後に移動すると…

 

「ブリザード・ファング・エクシードッ!!」

 

その収束していたエネルギー体を真・瞬煌で炸裂させたオーラと共に殴ると、その力が一気に解放されて収束砲撃並みの砲撃となって桃鬼に襲い掛かる。

 

「そのくら…!?」

 

桃鬼も迎撃するために振り返ろうとしたところでやっと気付く。

足元の氷塊がまるで足枷のようになって自身の動きを阻害していることに…。

 

「ちぃっ!!」

 

バキンッ!!

 

足踏みするような動作と同時に妖力を解放させることで氷塊を砕くが、砲撃されてからの一動作が遅い。

 

ゴオオォォォッ!!!

 

「ぐっ!?」

 

背後から氷の砲撃をもろに受け、桃鬼の体が吹き飛ぶ。

 

「「姫様!?」」

 

氷鬼と水鬼が同時に悲鳴に似た声を上げる。

 

「こ、のぉ…!!」

 

吹き飛ばされた桃鬼は四肢以外がまるで凍結したように薄い氷の膜で覆われていたが…

 

「『(ほむら)』!」

 

妖術の一種なのか、四肢に纏った妖力が炎へと変化し、氷を溶かしていく。

 

「ふむ…?」

 

以前、地鬼との模擬戦をしていた時、桃鬼は氷の妖術を使っていたが、今は炎の妖術を使っている。

忍も人のことは言えないが、そこに少し違和感を覚えていた。

 

そう考えていると、吹き飛ばされた桃鬼は何とか着地し…

 

「次はこっちの番だ!」

 

攻撃の手が止んだと勘違いして桃鬼がそんなことを叫ぶ。

 

「『地槍撃(ちそうげき)』!」

 

忍の方へと一歩踏み出すと、そこから忍に向けて地面が盛り上がって土の槍を生み出していた。

しかもその合間を器用にすり抜けながら土の槍と共に桃鬼自身も忍に特攻していた。

 

「(今度は土……もしかして…?)」

 

ある可能性に行き着く忍だった。

 

「(ま、"これ"が終わった後にでも聞けばいいか…)」

 

が、今は目の前の目的のために動くことを優先した。

 

「『獣牙天衝・裂(じゅうがてんしょう・れつ)』」

 

ジャキンッ!

 

そう漏らすと忍の両手を覆うように獣を思わせる巨大な4本の爪が現れる。

 

「っ!?」

 

それを見て桃鬼は身近な土の槍を蹴って空に上がる。

 

それを無視して忍は両手を広げ、前から来る土の槍を引き裂くような感じで振り上げて両腕をクロスさせると…

 

「戦いに順番なんてものはない」

 

そう告げて両手を瞬時に反転させると…

 

「それと空中では良い的になる。走れ、『獣牙天衝』!」

 

今度はさっきの動作とは逆の動きで両腕を広げるように振り下げ、纏っていた片方4本の計8本の爪を桃鬼に向けて放っていた。

 

「! 『流天風(るてんふう)』!」

 

桃鬼の足元に風が巻き起こると、その場からさらに上昇して忍の攻撃を回避する。

 

「(あいつの頭上は取った! 空中からの攻撃なら…)」

 

制空権を取ったと思い、桃鬼はそこから忍への攻撃へと移ろうとする。

 

「制空権の奪取。それ自体は悪くない手だ。地上に対して空中の方が有利になるからな。しかし…」

 

ドンッ!

 

忍はオーラを炸裂させて足に送り込むと、まるで空気を蹴るように上昇していき…

 

「っ!?」

 

桃鬼と同じところまであっという間に辿り着いてしまう。

 

「相手に制空権の奪取の心得があったり、同じ土俵に立たれた場合の対処が出来ていないな」

 

そう言って忍はくるりと一回転すると…

 

ドガッ!!

 

「がっ!?」

 

その左肩に踵落としを決めて桃鬼を撃墜する。

撃墜された桃鬼は地面に激突し、派手な土煙をもうもうと上げていた。

 

「これで左腕は使用出来ないだろう」

 

確かな手応えを感じながら忍は着地する。

 

と、そこに…

 

「お前! よくも姫様を!!」

 

「些か無礼が過ぎます…!!」

 

動けるようになったらしい水鬼と氷鬼が忍を左右から囲むように立つ。

 

「外野は黙っていろと警告はしたはずだが…?」

 

一応、そんな脅し文句を言ってみるものの…

 

「我等、武天十鬼を舐めてもらっては困ります…!」

 

「そういうこと! 姫様がやられるのを黙って見てるだけなんて出来ないもんね!」

 

彼女達には彼女達の誇りがあるようだった。

 

「……そのわりにさっきは動けなかったみたいだが?」

 

忍の放った龍気を浴び、行動不能に陥ったのは事実。

が、忍の想定していた拘束時間よりも早い段階で復活したことに忍も少なからず驚いていた。

 

「(武天十鬼が凄いのか、俺が龍気をまだまだ扱いきれていないのか……両方の可能性もあるか…)」

 

忍がそんな風に考えを纏めていると…

 

「水鬼!」

 

「うん、姉さん!」

 

水鬼が自身を中心に水場を形成し、氷鬼は自身の周囲に冷気を漂わせる。

 

「『氷雨(ひさめ)』!」

 

「『水茨(みいばら)』!」

 

そして、ほぼ同時に氷鬼は冷気から氷の飛礫(つぶて)を放ち、水鬼は水場から水で出来た茨のような触手を放っていた。

 

「………………」

 

それを忍は、横眼だけでそれぞれ確認しただけで最小限の動きで回避する。

 

「なっ…!?」

 

「嘘っ!?」

 

その結果に氷鬼も水鬼も驚く。

 

「悪いが、退場してもらう…!」

 

ピンッ!

 

すると妖力で練られた細い糸が忍の手から左右の氷鬼と水鬼に伸びていき…

 

ガシッ!

 

その身をがっしりと拘束していた。

 

「この程度…!」

 

それを氷鬼は凍らせようとするが…

 

「無駄だ」

 

魔力と霊力で糸をコーティングしているのか、なかなか凍らない。

 

「ふっ!」

 

そして、忍は拘束した2人を皇鬼の近くまで投げ飛ばしていた。

 

「くっ!?」

「きゃあっ!?」

 

しかもご丁寧に糸で拘束したまま動けないようにしている。

 

「これで邪魔は入らないだろう」

 

そう言って忍が桃鬼の沈んだ方へと歩こうとすると…

 

「このぉ! よくも2人を!!」

 

土煙から桃鬼が飛び出してきて忍を殴ろうとする。

 

「奇襲ならもっと上手くやるんだな。あの2人が攻撃を仕掛けてきた時なんかが本来なら最適だったかもしれんが…」

 

そんなダメ出しと共に桃鬼の拳を軽く避けると…

 

ヒョイッ…

 

「あっ!?」

 

ズザアァァ!!

 

足を引っ掛けて桃鬼を転倒させる。

 

「………この程度で復讐を果たそうなどとは…笑わせてくれる」

 

倒れ込んだ桃鬼に忍は見下すような視線を向ける。

 

成す術もなく転倒した桃鬼は…

 

「(くっ…こんな、はずじゃ…)」

 

バシッ!!

 

悔し涙を流し、地面に右拳を叩き付ける。

 

「悔しむ暇があるとでも?」

 

ドガッ!!

 

「がっ!?」

 

忍の容赦ない蹴りが桃鬼の腹に決まり、その体が軽く引き飛んでからゴロゴロと転がる。

 

「姫様!?」

 

「こんのぉ! なんで解けないのよ!?」

 

氷鬼と水鬼が糸の中でもがくが、一向に糸は緩まない。

 

「復讐のために力をつけてもこの程度。やはり、お前には"覚悟"が足りないようだな」

 

一歩ずつ桃鬼に近付きながら忍は率直な感想を述べた。

 

「覚、悟…だと…?(そんなの…昔からとっくに出来て…!)」

 

忍の言葉に怒りを覚えた桃鬼だが…

 

「いないんだよ。そんな薄っぺらい覚悟…」

 

「っ!?」

 

まるで心を読まれたかのような忍の言葉に桃鬼の表情が凍り付く。

 

「て、テメェに…何が、わかる…!!」

 

苦虫を噛み潰したかのような言葉を吐く。

 

「わかるさ。昔の俺がそうだったからな」

 

「ぇ…」

 

忍の言葉に桃鬼は目を丸くする。

 

「昔の俺は…とにかくビクビクしてて何事にも臆病で、ある女性に守られてばかりだった。それが心の底では嫌で情けなくて本当に自分の弱さを呪った時期もあった」

 

「………………」

 

「だが、ある理由から友人が目の前で殺されたのを機に、俺は自分の中の力を自覚するようになった。しかし、戦うことへの覚悟は未だ定まってはいなかった」

 

それはまだ忍達が進級して間もない頃の出来事だった。

 

「それから幾度となく戦いに巻き込まれた。流されるまま戦い、人の命も奪ってきた。これでいいのか?と何度も思った。だが、俺にも戦う理由があった。守りたい人がいたからだ。だからこそ、頑張ってきた側面もある。しかし、それと同時に何度も危ない目に遭い、何度も心配をかけてきた。きっと今も心配をかけているだろう。だから、俺は一つの信念と共に覚悟を決めた」

 

忍は今までの戦いを振り返りながらその中で命を奪ってきた者のことも考えていた。

 

「『全てを守るつもりはない。俺は俺の出来うる範囲で…少なくとも目の前で救える命は救ってみせる』、と…これは俺の偽善とも言えない独善だと認識している。が、こればかりは譲る気も変える気もない。何故なら、それが俺の覚悟の表れでもあるからだ」

 

事実、忍はその信念と覚悟を貫いてきた。

 

「俺はこの先も強くあらねばならない。強くなるためならば、どんなことでもしてやる。だが、これだけは…この信念と覚悟だけは忘れはしない。これを忘れた時…きっと俺は俺ではなくなってしまうかもしれないからな…」

 

そして、桃鬼の前に立つと…

 

「お前は復讐以前に…未来に目を向けたことがあるのか?」

 

そう聞いていた。

 

「未、来…?」

 

「そうだ。未来への可能性を信じる俺と、未来を見ずに過去に囚われたまま復讐だけに生きてきたお前…それがこの差になったんだ」

 

それを聞き…

 

「じゃあ…過去を忘れろって言うのか!? 父さんと母さんの無念を、忘れて…復讐せずにいろってのかよ!!」

 

激昂したように桃鬼は忍に言い返す。

 

「……何か勘違いをしているようだから、ハッキリ言ってやる」

 

呆れたような口調で忍は桃鬼を見下ろし…

 

「その復讐を、本当にお前の両親は望んでいるのか?」

 

そんな質問を投げかけていた。

 

「え…」

 

それは今の桃鬼にとって頭を金槌で殴られたような言葉だった。

 

「本当にお前の両親はお前に復讐なんてのを望んでいたのか?」

 

「そ、それは…」

 

「最期を看取った訳でもあるまいし、お前の身勝手な想いで死者の想いを捻じ曲げるな」

 

「っ…」

 

忍の言葉に反論出来ない桃鬼だった。

 

「違…あたしは、両親の仇を、討つために…」

 

「それはお前の意思だ。お前の両親のじゃない」

 

語気が弱くなる桃鬼の言葉を忍は即座に否定する。

 

「(いかん、このままでは…桃鬼の心が壊れてしまう…!)」

 

その様子をずっと見ていた皇鬼が動こうとする。

 

「よく思い出せ。生前、お前の両親がお前に何を望んでいたのかを…」

 

そう言って忍は霊力を指先に集中させて桃鬼の額に押し当てていた。

 

「父さんと母さんが、望んだ…あたし…?」

 

桃鬼は両親との思い出を頭の中に浮かべる。

 

………

……

 

それはまだ両親が生きていた頃、絶魔への使者を買って出て出発する前のことだ。

 

『桃鬼は、大人になったら何になりたい?』

 

母親の膝に座り、母の言葉を聞き…

 

『う~ん…お祖父ちゃんみたいな立派な皇!』

 

幼かった桃鬼はそう答える。

 

『ははは、それはまた難しい夢だね』

 

近くにいた父親が笑っていた。

 

『難しいの?』

 

父親の言葉に首を傾げる桃鬼。

 

『父さんは立派過ぎるきらいがあるからね。それでいて周りのことを考え、時には突拍子もないことを平然とやってのけてしまう。そんな父さん…お祖父ちゃんに桃鬼はなれるかな?』

 

『なる!』

 

そんな父親の言葉に元気よく答える桃鬼に…

 

『ふふ。じゃあ、頑張らないとね。お義父様の修行以外で…』

 

母親が苦笑しながらそう漏らしていた。

 

『え~』

 

不満そうな声を出す桃鬼に両親は苦笑していた。

 

それから少しして両親は絶魔への使者として出発し、帰らぬ人となった。

その報を受け、皇鬼は珍しく憤慨して徹底抗戦の意思を鬼神界に示したのだ。

そして、両親を亡くした桃鬼は絶魔を激しく憎むようになり、両親から止められていた皇鬼の修行を自ら志願していた。

いつしか両親に言った"祖父のような立派な皇"になりたいという夢を投げ捨て、復讐のためだけに生きてきたことに気付く。

 

………

……

 

「あ……ぁあ……ああああ…!」

 

それを思い出し、桃鬼の眼からとめどなく涙が溢れる。

 

「復讐ではなく、自分自身の未来を勝ち取るために戦え。それが絶望を糧とする絶魔に一矢報いることにも繋がるはずだと、俺は思う」

 

そう言い残すと忍は桃鬼から離れる。

 

「…………お主、不器用じゃのぉ…」

 

忍が皇鬼の横を通り過ぎようとした時、皇鬼が言葉を漏らす。

 

「知ってるさ。礼は不要だからな」

 

それを聞いてか、足を止めるとそう返す忍だった。

 

「誰が礼なぞするか。生意気な小童め」

 

「そうか…なら、二つだけ言わせてもらう」

 

「なんじゃい?」

 

「アンタにもアンタの考えがあるんだろうが…やり方が回りくどいんだよ…」

 

そう言うと忍は再び歩き出す。

 

「………もう一つは?」

 

「復讐を続けるか、未来を掴み取るか…決めるのはあいつ自身なんだ。その選択肢くらい用意しとけよ」

 

背を向け合ったまま忍と皇鬼の会話は終わった。

 

パチンッ!

 

そして、忍が指を鳴らすと氷鬼と水鬼を縛っていた糸が解ける。

糸が解けると2人は一目散に桃鬼の元へと駆け出していた。

 

「儂も…復讐で目が曇っておったのかのぉ…? なぁ、覇鬼よ…」

 

今は亡き息子に問いかけるように空を見上げる皇鬼だった。

 

 

 

復讐の虚しさを知るからこそ忍は桃鬼の中の復讐心を何とかしようとした。

その場の勢いもあるだろうが、忍はそんな桃鬼を煽り、その心情を掻き乱して本来の自分のなりたいものを思い出してほしかった。

かつて牙狼が辿った道を歩ませたくないという気持ちも多分にあったのだろう。

しかし、結果はまだわからない。

果たして、桃鬼が選ぶ道とは…?

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