魔導騎士物語~覇王と称された狼~   作:伊達 翼

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16.生徒会選挙のデュランダル
第百十一話『新たな決意と共に~鬼vs白龍皇~』


年末年始も明け、駒王学園は三学期の始業式を迎えていた。

 

始業式とホームルームを終え、イッセー達は新生したオカルト研究部へと向かう。

 

一方の忍はと言えば…

 

『ふぅ…』

 

帰宅部らしく、早々に居候先である明幸の屋敷に戻ったかと思えば、狼の姿となって縁側に寝ていた。

 

『(こうして一年が過ぎて…俺の周りの環境は変わった。いや、"変わり過ぎた"、か…)』

 

そう考え、その切っ掛けとなった事件を思い返す。

 

『(堕天使レイナーレ…彼女がイッセー君を殺したのが切っ掛けとなり、イッセー君は悪魔へと転生し、俺も内に眠っていた狼の血に目覚めた)』

 

僅か一年前…正確にはまだ数ヵ月前だが…その事件を契機にして忍とイッセーを取り巻く状況は一変していった。

 

『(そう言えば、当時はまだノイズ被害もあったんだっけ…)』

 

最近はもう収束したが、数ヵ月前まではノイズ被害もあり、忍やイッセーも遭遇したこともあった。

 

『(そういや、カーネリアやクリス、フェイト、朝陽とかとはこの頃からの付き合いだったな…)』

 

カーネリアは当時、レイナーレに協力する振りをして暇潰しを探していた。

クリスも当時は敵として響や翼の前に何度か立ちはだかっていた。

朝陽も最初は任務でこちらに来て少し接触しただけだった。

フェイトには助けてもらい、その後は魔法を教わる関係だった。

 

『(その後にも色々あったな…)』

 

思い返せば、去年は本当に色々なことが起きた。

 

『(聖剣騒動と並行したルナ・アタック、禍の団の活発化、眷属の駒、若手同士のレーティングゲーム、フロンティア事変、フィライトでの紛争介入、修学旅行、英雄派との戦い、海斗との再会、異世界留学、俺達とイッセー君達のレーティングゲーム、並行世界での自分との邂逅、家族との再会、クリフォトや絶魔の暗躍、クリスマスの復讐劇、鬼神界での生活…)』

 

去年起きたことを思い出しながら、そこでの出会いに感謝を覚えていた。

 

『(こうして俺を支えてくれる大切な人達とも出会えた…)』

 

それと同時に多くの別れもあった。

 

『(伯父さん…伯母さん…牙狼…桐葉さん…皇鬼さん…武天十鬼の皆…)』

 

狼夜と翠蓮、牙狼とは敵同士だったが、最終的には忍に力や娘達を託して逝った。

 

『(領明とオルタ……そして、真なる狼…)』

 

娘達のことはともかくとして、忍には"真なる狼"という謎がまだ残っていた。

 

『(結局、"真なる狼"ってのも詳細は分からずじまい。今度、親父にも聞いてみるか…)』

 

狼夜の知る以上のことを狼牙が知っているとは限らないが、何も聞かないよりはマシ程度に忍も考えていた。

 

『(そして、この一年でエクセンシェダーデバイスが一気に現れ出した…)』

 

最初は智鶴の持つ蠍座だった。

それを皮切りに忍の水瓶座、グレイスの双子座、ノヴァの山羊座、紅牙の射手座、ユウマの乙女座、シンシアの魚座、領明の蟹座、クライヴの牡牛座、雅紀の牡羊座と10機が出揃っていた。

残る所在不明のエクセンシェダーデバイスは獅子座と天秤座の2機のみ。

 

『(なんだかんだで去年の内に10機も見つかるとはな……しかし、気掛かりなのは牡牛座と牡羊座、か…)』

 

この数日で萌莉の過去に起きた悲劇を聞き、そっと慰めていた。

萌莉にとって因縁の相手が時を経て牡牛座の選定者として現れたのだ。

 

それと同時期に現れた牡羊座の選定者…忍にとっても幼馴染みと言える男はとても危険な目をしていた。

 

『(雅紀さん…)』

 

卒業を控え、自由登校となっている三年生の中に智鶴や雅紀もいる。

 

『(不安がっていても仕方ないか。今、俺に出来ることをしないとな)』

 

次元辺境伯として、明幸組の後継者として…忍にはやるべきことがあった。

 

『(何かしらの特産物…考えないとな)』

 

忍の冥界での領地は冥族が暮らしている土地となっている。

冥界側では冥族に領地を任せている状態で、地球での組の運営は未だ現組長である智鶴の祖父に任せている状態だ。

忍が成人するにはまだしばしの時間がいる。

しかし、忍もただ座してその時を待つだけという訳にはいかないと考えており、何かしら特産物となるようなものを考えていた。

だが、それも難航しているのが現状である。

 

『(う~ん…特産物、特産物……今度、冥界に視察に行かないとなのかな?)』

 

この町は基本リアスの領域なので、あまり目立つようなことは出来ない。

なら、冥界側で特産物を探すしかないのだと判断していた。

 

『(とは言え、特産物なんてどう探せばいいんだろ?)』

 

うむむ、と真面目に悩む忍だが、傍から見ると完全に大型犬が縁側で寝転んでいる姿に見えなくもない。

 

すると…

 

「何をしているんだ、貴様は…?」

 

「? 大型犬?」

 

忍の様子を見に来た紅牙と、同じく帰宅部で忍に相談したいことがある海斗が屋敷を訪ねてきたようで忍の部屋前まで通されていた。

 

『大型犬じゃなく狼だ!』

 

そして、海斗の不用意な一言に忍は寝転がってた姿勢から立ち上がって抗議する。

 

「うおっ?! 喋った!? てか、この声…忍!?」

 

海斗も驚いて飛び退いてしまうが、声が忍のものだったのでさらに驚く。

 

『そういや、海斗にはこの姿とか能力とか開示してなかったな…次元辺境伯って地位だけは開示してたけど…』

 

一応、海斗の保護は次元辺境伯としてのお役目みたいなものだったので、その地位は明かしていたが、忍が戦う姿などは見せていなかったりする。

 

「まったく、この程度で驚くな。というか、紅神…貴様も貴様で情報の開示くらいしておけ」

 

拳を交え、共闘もしてきた紅牙はこのくらいでは驚くことはなく、むしろこの程度で驚く海斗を叱咤し、忍にも情報くらい教えておけと説教じみたことを言う。

 

「うぐっ…」

 

『そりゃ…俺も悪かったが…』

 

海斗は怯んだものの、忍はそんなことを言う紅牙を見上げ…

 

「なんだ?」

 

『いや、紅牙も随分と変わったなって…』

 

「ふんっ…誰のせいだ、愚弟が…」

 

そう言ってそっぽを向く紅牙に忍も苦笑していた。

 

『で、珍しい組み合わせの2人だけど…俺に何か用なのか?』

 

改まって紅牙と海斗に尋ねると…

 

「俺は帰還したという貴様の様子を見に来ただけだ」

 

「俺は…忍に折り入って頼みたいことがあってね」

 

紅牙は忍の様子を見に来たと言い、海斗はそう言っていた。

 

『そうか、気を遣わせて悪かったな。俺なら平気だよ。って、俺に頼み…?』

 

紅牙にそう答えつつも海斗の言葉に首を傾げる。

 

「あぁ。忍に…戦闘術を教えてほしいんだ」

 

『えっ…』

 

「………………」

 

その意外な答えに忍はもちろん、紅牙も海斗の方を見る。

 

「俺はこれから国を取り戻さないとならない可能性もあるんだ。そのために力を身に付ける必要性がある。アルカからも手解きは受けているが、それでも限界はある。特に俺は忍や神宮寺さんみたいに四つの力をこの身に宿している。アルカからじゃ、魔力や気の操作を教われても、霊力や妖力は未開発でね。だから、その辺りを忍に教わろうかなって思ってさ。あと、神宮寺さんからも別の角度から何か助言を貰えると嬉しいんだけど…」

 

そんな海斗の独白に…

 

「俺はついでか…?」

 

『まぁまぁ』

 

少し怒りを覚えた紅牙を忍が宥めつつ…

 

『本当に俺達でいいのか?』

 

海斗にそう尋ね返していた。

 

「あぁ」

 

海斗も即答していた。

 

『なら、善は急げとも言う。俺もまだ新しい能力を完全に把握した訳じゃないからな』

 

そう言うと忍はその身から妖力を迸らせる。

 

「(紅神の新たな能力…!)」

 

その言葉に紅牙は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

 

『この能力はあの人の…いや、あの人達が生きた証だ。だからこそ、俺も全力で応えたいと思っている』

 

忍は2人にそう告げていた。

 

「この短期間で更なる成長を遂げたということか」

 

『これが成長かはわからんがな。けど、俺の中で確固たるものが出来たのは違いない事実だ』

 

「そうか」

 

その言葉を聞き、紅牙は忍の中に何かを見出した。

 

『さて…"今はまだ"ここじゃ力を出せないし、イッセー君のとこにお邪魔しようか?』

 

「近場で訓練出来る所が限られてるのがもどかしいな」

 

『まぁな』

 

そう言って忍は縁側から庭に降りる。

 

「………その格好で行く気か?」

 

『あ? あぁ、そうだな…』

 

そんなやり取りをしていると…

 

ピピピ…!

 

自室のネクサスから緊急コールを知らせるアラームが鳴る。

 

『……呼び出しか』

 

間が悪いなぁ、と思いながら忍は自室へと戻ってコール先を確認する。

 

「らしいな。水神、貴様は自室で待機していろ」

 

「…わかりました」

 

すると、自室から人型で駒王学園の制服を着た忍が戻ってきた。

 

「ったく、帰宅部なのにまた学園に呼び出しとか…嫌になるね」

 

「本当に間が悪かったみたいだね」

 

その姿を見て海斗も忍の心情を察した。

 

「あぁ…本当にな」

 

こうして忍は紅牙を連れて転移魔法を使って駒王学園の旧校舎へと向かったのだった。

 

………

……

 

紅神眷属代表の忍と、神宮寺眷属代表の紅牙が駒王学園旧校舎へと向かうと、そこには新体制のオカ研に加え、リアスと朱乃、シトリー眷属、生徒会選挙に向けて話してたゼノヴィアとイリナ、さらにアザゼルが勢揃いしていた。

 

「紅神 忍、並びに神宮寺 紅牙、来ました」

 

「来たな…」

 

『ッ!』

 

忍の登場で揃っていたメンバーが目を見張る。

 

それはそうだろう。

この短期間で更なる成長を遂げてきた忍の今の力の質はこの場の誰よりも高い位置にあるかもしれないのだから…。

イッセーやアザゼル達は始業式で会ってるからあまり驚かないが、会った時の驚きようは皆それぞれだった。

 

「始業式早々で悪いが、あまりよくないニュースだ」

 

その空気を察し、アザゼルが早速本題に移る。

 

それは去年の暮れにも話題に出た教会の戦士によるクーデターである。

首謀者の三名は未だ数多くの戦士と共に逃亡中。

その首謀者とは、司教枢機卿『テオドロ・レグレンツィ』猊下、司祭枢機卿『ヴァスコ・ストラーダ』猊下、助祭枢機卿『エヴァルド・クリスタルディ』猊下。

教会側の上から二、三、四番目に偉い人物が連なってクーデターを起こしたことになる。

その中でもストラーダ猊下とクリスタルディ猊下は元デュランダル使いと元エクスカリバー使いとして名を馳せた怪物とのこと。

 

ストラーダ猊下は御年87歳だが、その肉体は衰え知らずであるという。

さらに四大セラフのA候補にも挙がった程だが、曰く『人の身で死にたい…』と断ったそうだ。

 

クリスタルディ猊下は現役時代、教会が保有していた六本の内三本のエクスカリバーを使っていたという。

 

残るレグレンツィ猊下は最年少で司教枢機卿に抜擢されたこと以外は情報が全くなかった。

 

そして、彼らが目指すのは…『D×D』がいる駒王町。

捕らえた戦士からの情報では、彼らはD×Dとの邂逅を望んでいるらしい。

穏便な話し合いが叶うとは思えないが…。

 

また、不幸中の幸いと言っていいのか、ヴァチカンで起きたクーデターでは怪我人は出たものの、死者は出なかったようだ。

 

アザゼルは最後にクーデター組もそうだが、クリフォトにも警戒を怠らないよう言っていた。

 

そうして緊急報告会は幕を閉じた。

 

………

……

 

その日の深夜。

 

兵藤家地下にある室内プールに集うオカ研メンバー、ヴァーリチーム(ヴァーリ、美猴、アーサー、黒歌、ルフェイ)、デュリオ、シスター・グリゼルダ、『刃狗(スラッシュ・ドッグ)』幾瀬鳶雄、忍、海斗、紅牙といったD×Dの主力メンバー(と、その関係者)。

 

そこではイッセーとリアスの合体技のお披露目をしていた。

技のお披露目が終わると、プールということもあって一時のブレイクタイムとなる。

 

プールの中で水球で遊ぶ組、イッセーにオイルを塗ってもらう組、何気ない会話する組と分かれていた。

 

その何気ない会話をする組では…

 

「紅神 忍」

 

美猴達と軽い会話をして幾瀬鳶雄さんから何やら注意を受けたヴァーリが忍に話しかける。

 

「ん? なんだよ?」

 

紅牙と海斗と今後の訓練メニューを考えていた忍は振り返って尋ねる。

 

「また新たな能力を身に付けたようだな」

 

「あぁ…まぁな」

 

「その力…今度、味わわせてもらいたいものだ」

 

「模擬戦の申し出ならいつでも受ける。俺も早く力を体に馴染ませたいからな…」

 

「それは嬉しい返答だ。なら、これからやるか?」

 

闘争心に満ちた目を忍に向けながらヴァーリが提案する。

 

「クーデター組やらテロリストのことを考えれば早いに越したことはないか……いいぜ」

 

忍もこれからのことを考え、承諾する。

 

「なら、上で先に待っている」

 

そう言い残し、ヴァーリは地下1階のトレーニングルームへと上がっていく。

 

「という訳で少し白龍皇の相手をしてくる。海斗も戦闘を見に来るか?」

 

紅牙と海斗にそう伝えながら海斗に尋ねる。

 

「あぁ。参考になるかはともかく、見ておいて損はないと思うからね」

 

「いい判断だ。これからの戦い…おそらく想像も出来ないような相手とも戦うことになるだろうからな。模擬戦とは言え、確かに見て損はないカードだ」

 

そう言う紅牙も見に来る気満々のようだ。

 

すると…

 

「ヴァーリの我儘に付き合わせてすまないね」

 

イッセーと話していた幾瀬鳶雄さんが忍達の元にやってきてそんなことを言う。

 

「『刃狗』…」

 

「いえ、俺にとっても渡りに船だったんで気にしないでください」

 

「そう言ってもらえるといいんだけどね」

 

そんな他愛ない会話をしていると…

 

「時に神宮寺君。秀一郎は元気かい?」

 

不意に幾瀬鳶雄さんが紅牙に秀一郎のことを尋ねる。

 

「? 秀一郎を知っているのか?」

 

「あぁ。彼が冥王派に行く前は堕天使側の傭兵として働いていて、4年前の大騒動の時には共に戦場を駆けた仲でね」

 

「4年前…」

 

4年前というワードに眉を顰める紅牙。

 

「当時は神器関係の事件が頻発してね。堕天使側も傭兵として当時中学生くらいだった秀一郎を雇ってたんだ」

 

「あいつ、そんな時から傭兵だったのか…」

 

「まぁ、実力はそれなりだったからね。まだまだ未熟だった俺達の助けになってくれたよ」

 

「そうだったのか…」

 

そういえば、あいつの昔の話を聞くのは初めてかもしれないと思った紅牙は今度秀一郎に問い詰めることにしていた。

 

「そういえば、"彼女達"とはどうなったんだろ?」

 

「"彼女達"?」

 

「おっと、口が滑ったかな? 気になるなら本人に聞いてみればいいさ。俺から聞いたと言えば、もしかしたら聞けるかもしれないからね」

 

そう言うと幾瀬鳶雄さんは『模擬戦、俺も観戦させてもらうよ』と言い残してその場から去っていく。

 

「さてと…じゃあ、俺達も行くか」

 

そう言って忍達もヴァーリが待つトレーニングルームへと向かう。

 

………

……

 

トレーニングルームでは既にヴァーリが待っていた。

 

「では、始めようか」

 

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!』

 

言うが早いか、ヴァーリは即座に禁手へと至る。

 

「紅牙。一応、結界で空間の補強と防音を頼むわ」

 

「わかった」

 

忍に言われて紅牙も天狐モードになるとトレーニングルーム全体を結界で強化し、遮音結界も張り巡らせていた。

 

「『武鬼(ぶき)』解放」

 

そして、ヴァーリの前に歩きながら純白のビー玉を指で弾いてその力を解放する。

すると、忍が純白の光に包まれていき、その中から髪が光沢のある純白、両の瞳は真紅へと変わり、額の左右(こめかみ辺り)に2本の角が生え、両腕に有機的でシャープなフォルムの篭手を装着し、十色の宝珠が連なった数珠を首に下げた姿となって現れる。

 

「ほぉ…」

 

「これが、紅神の新たな能力か…」

 

「………………」

 

ヴァーリと紅牙は興味深そうに忍の変化した姿を観察する中、海斗だけは息を呑んで驚いていた。

 

「(皇と呼ばれし鬼の長と、その臣下達が遺した力…必ず使いこなしてみせる…!)」

 

忍は忍でこの形態となり、改めて決意を胸に誓っていた。

 

「では、行こうか」

 

篭手調べとしてヴァーリが魔力砲撃を忍に放っていた。

 

「ッ!!」

 

忍は皇鬼双腕を纏った右手を前に突き出し…

 

ゴォッ!!

 

ヴァーリの魔力砲撃を受け止める。

しかし、小手調べだとしてもその威力は非常に高く、忍はその魔力砲撃を握り潰すようにして周りに拡散させることでその威力を流していた。

 

「今のを防ぐ…いや、流すか。なかなかやるようだな」

 

「そいつはどうも…(とは言え、今ので皮膚が焼けた。流石は魔王の血統か…)」

 

互いにまだ様子見のようなものだが、ヴァーリの方がまだ余裕がありそうだった。

忍は即座に気を右手に流して自然治癒能力を上げて皮膚を再生させる。

 

「まだまだ行くぞ!」

 

言うが早いか、ヴァーリは魔力砲撃を連続して放つ。

 

「ッ! 『金剛鉄槍(こんごうてっそう)』!」

 

その砲撃を回避しながら数珠の内の一つ…灰色の宝珠を外し、素早く左手の甲に装填すると、左手に先端の刃が十文字となった灰色の槍が出現する。

 

「『鉄騎鎧装(てっきがいそう)』!」

 

槍を手にした瞬間、頭の中にイメージが湧き、妖力を身体全体へと流して妖術を発動させる。

 

「ふんっ!!」

 

そして、向かってくる魔力砲撃を右拳で弾いていく。

 

『鉄騎鎧装』

生前の鉄鬼が使っていた妖術の一つ。

鉄鬼の使う妖術は基本的に肉体強化型であったため、近距離戦でしか効力を発揮しないが、その防御力は武天十鬼の中でも屈指のものだった。

これは妖力を身体全体へと流すことで肉体の強度を鋼の如く硬質化させる効果がある。

"鋼の如く"というのは一種の目安であり、身体に流した妖力の質量によってその硬度は変動する。

今回の模擬戦ではヴァーリの魔力に対応すべくそれなりの質量の妖力を流している。

だが、真祖と皇鬼達の妖力を得た今の忍にとっては妖力プールにまだ何とか余裕があるくらいである。

 

「ッ! 俺の砲撃を弾くとは…!」

 

「かつて武天十鬼と呼ばれた鬼の集団。その内の1人の妖術だからな」

 

ヴァーリの驚くように忍はそう告げていた。

 

「『迅雷蹴兎(じんらいしゅうと)』!」

 

さらに忍は右側の手の甲に黄色の宝珠を装填させ、両足に稲妻の意匠を施した足の爪先から膝までを覆う黄色い脚甲を出現させる。

 

「槍の次は脚甲とは…その数珠…いや、宝珠の一つ一つに武具が宿っている感じかな?」

 

「初見でそこまで見抜くのかよ。まぁ、当たりだが…」

 

左手に十文字槍、両足に脚甲を装備した忍はヴァーリの推測に素直に肯定する。

 

「だが、その様子…いや、"仕様"だと一度に使えるのは二つまでと見た」

 

「痛いとこを突く…」

 

そう言うということは図星だということを明かしてるようなものだが、ヴァーリ相手となると下手な小細工は無用と判断したのだろう。

 

「そんな状態で、一体どこまで出来るのか試すという意味合いもあるのか…」

 

「それだけまだ実戦じゃ使用してないってことだ。察してくれ」

 

「ふっ…俺はその試運転の相手という訳か…」

 

「悪いな、付き合わせて」

 

「いや、気にすることはない。俺も君が行ったという太古の世界にいたという鬼の王の力…その一端に少し興味があったからな」

 

ヴァーリもまた見知らぬ強者への興味が湧いたようだった。

 

「あの人は…相当に強かったぜ」

 

「君…いや、俺よりもか?」

 

「少なくとも…白銀になっても勝てるかどうか、かな…?」

 

「ふふ…それは惜しい人…いや、鬼を亡くしたようだ…」

 

「正に『鬼神』と呼ぶべき存在だったのは認めるがな…」

 

忍は皇鬼の最期の姿を思い出しながらそう語っていた。

 

「さて、つい話し込んでしまったが…続きといくか」

 

「ふっ…あぁ…」

 

ブンッ!!×2

 

そう言った瞬間、2人の姿が消える。

 

「き、消えた…!?」

 

「いや…」

 

「これは、かなりの高速戦闘だね」

 

見学していた海斗、紅牙、鳶雄さんがそのように呟いていた。

その中でも紅牙と鳶雄さんは見えていそうな感じだが…。

 

「紅神君は、得物がまだ手に馴染んでないのかな?」

 

鳶雄さんが忍の動きを見てか、そんな感想を漏らす。

 

「そういえば、あいつが長物を扱うのはあまり見たことがないな…」

 

その言葉に紅牙もそのようなことを呟いていた。

 

「つまり…それも含めた慣らし…ということですか?」

 

2人の言葉を聞き、海斗が尋ねる。

 

「だとしても…普通、慣らしの相手に白龍皇を選ぶか?」

 

「はは、確かに…ちょっとお勧めはしない、かな?」

 

「(どれだけ強いんだ、白龍皇…)」

 

紅牙と鳶雄の言葉に海斗は少しだけ親友のことが心配になったそうな…。

 

すると…

 

ギィンッ!!

 

一際大きな激突音がすると、両者の姿が見える。

 

「ちっ…やっぱ、慣れない武器は使うもんじゃないな…」

 

「よく言う。後半になるにつれて槍の使い方を独自に模索していたくせに…」

 

「ま、一回だけ槍使いとは戦ってたのを思い出したからな」

 

「それでこの練度とは…ある意味で恐れ入る」

 

忍は若干武器の選択を後悔したようなことを言うものの、ヴァーリはこの短期間で槍の扱い方を模索している忍に驚いたような口調で言う。

 

「とは言え、これ以上は俺も歯止めが利かなくなる可能性も高い。今回はここまでにしておかないか?」

 

「それは…確かに色々とキツイな」

 

そう言うと、互いに鎧と能力を解除する。

 

「十色全ての武器が見れなくて残念だが、それはまたの機会に取っておこうかな」

 

「あぁ。その時が来るまでには俺もこの鬼の力を完全に把握しておくさ」

 

「ふふ、それは俺の楽しみが増えて結構なことだ」

 

「別にアンタのためじゃないんだがな…」

 

そんなことを言い合いつつ戻ってくる忍とヴァーリ。

 

「鬼の力、か。まだまだ十全ではなさそうだな」

 

そう言う紅牙もまた天狐モードから戻の姿に戻ると、結界を解除していた。

 

「あぁ…それにあの状態を形作っている皇鬼双腕…まだ底を見せていないような気がしてな。流石は皇鬼さんの創った武具というか…」

 

紅牙の言葉に答えつつ忍も少しだけ誇らしそうにしながらも苦笑していた。

 

「今日はなかなか興味深い日だったな」

 

その様子を見ながら鳶雄さんはそのようなことを呟く。

 

「(俺も…国のために頑張らないとな)」

 

海斗は海斗で少しでも国を取り戻すために力を付けようと意思を固めていた。

 

 

 

そうこうしているその日は終わり、翌日となる。

だが、翌日の放課後にはある出来事が起きようとしていた。

それにより、また新たな、しかして予見されていた戦いの幕が上がろうとしていたのだ。


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