魔導騎士物語~覇王と称された狼~   作:伊達 翼

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第七十七話『"忍"の死闘』

イッセー達がルーマニアに発ってから二日が過ぎようとしていた今日この頃。

日本の駒王町では…

 

「ふぅ…教師というのも大変ですね」

 

アザゼルとロスヴァイセがルーマニアに向かっている間の穴を埋めるように雲雀が奮闘していた。

 

「(というよりも…最近、本来の目的を果たせてないように思えてならないのですが…)」

 

本来の目的。

それは忍の監視である。

しかし、肝心の忍は留学と称して別次元の学園に行ってしまっている。

何のために大学部ではなく、教師になったのか…それを考えると雲雀は珍しくため息を吐いてしまう思いだった。

 

「(……いけませんね。この程度で疲労を表に出すだなんて…気を引き締めないと…)」

 

ちょっとした事でも自分を律し、常に気を張り詰めている。

それが紅崎 雲雀という女性なのだろう。

 

………

……

 

その日の深夜。

 

皆が寝静まった頃…。

部屋からこっそりと抜け出す人陰があった。

 

「…………」

 

夜琉である。

 

「(アレが本当に義兄さんなのか…あたしには確かめる義務があるもんね)」

 

忍から見せてもらった牙狼の映像。

それが信じられず、人知れずここから離れて牙狼を捜し出す…という目的のために今日を選んだ。

 

「(皆さん、勝手に出ていってごめんなさい。でも、こればかりは譲れないの)」

 

幸いにして夜琉には隠密の心得もあり、明幸邸を抜け出すのは比較的容易であった。

 

「(あとは、義兄さんをどうやって捜すかだけど…)」

 

忍程の嗅覚もなく、探知系魔法もあまり得意ではない夜琉にとってはこれからが問題であった。

 

「(う~ん…一先ず、この町を覆ってる結界から出てみますか)」

 

そう思い、まずは駒王町内から出ることにした夜琉は夜の町中を家の屋根を走って跳んでという具合に駆け抜けていた。

 

「(結界から出れば、向こうもあたしを見つけやすくなると思うし…)」

 

そう考えている内に駒王町に張られた結界に迫る。

 

「…すぅ…ふぅ…(結界通過の術)」

 

そして、独特の呼吸法を用いて結界と自らの覆う生体オーラを同調させ、そこから抜け出す。

 

「(あとは…)」

 

わざと魔力を垂れ流す。

これで牙狼は夜琉のことを見つけやすいだろうという魂胆である。

 

「(でも、もしものことがあるし…あんまり人はいない方が良いよね)」

 

そう考えた後、人気の無い場所まで急いで駆け出す。

 

 

 

そして…

 

「ここなら大丈夫かな?」

 

周囲に人の気配が無く、仮に被害が出ても大丈夫そうな緑が生い茂る山奥へと到着していた。

 

「本当に…この世界は平和なんだな…」

 

ここまで駆けてくる間に垣間見たこの世界の日本という国の状況。

裏の事情など何も知らず、表の人間は自由に生きている。

そこには少しの(いさか)いはあっても、大きな戦いを知らない人達が多かったと、夜琉はそんな印象を受けていた。

 

「この世界の"神"は……この場合、"神達"か。表の人間にはその存在を神話や信仰程度でしか認識されてないんだな…」

 

月夜の空を見上げながら夜琉はそう呟く。

 

「……………………」

 

そして、こちらに近付いてくる気配を察し、気を引き締める。

 

ザッ…ザッ…ザッ…

 

一歩一歩近づいてくる足音を鳴らす存在からは圧倒的な殺意が夜琉に向けられていた。

 

「(なんて、憎しみに満ちた殺意なんだろう…これが本当に…あの優しかった義兄さんなの…?)」

 

そう思い、夜琉は足音のする方に顔を向けた。

 

そこには…

 

「夜琉…」

 

既にオルタをその身に纏い、背中に漆黒の翼を生やした漆黒の鎧に、右腕が異形の腕へと再生した姿を取る牙狼が立っていた。

その眼はもはや優しかった義兄の眼ではなく、憎悪と殺意に彩られていた。

 

「義兄、さん…」

 

その姿を改めて間近で見て夜琉は悲しそうな表情をする。

 

「……………」

 

そんな夜琉の表情を見ても、表情を一切変えずに冷たい殺意を向けていた。

 

「なんでなの…? どうして、そんな風になっちゃったの…?」

 

今にも泣きそうな感情を押し殺して夜琉は牙狼に問う。

 

「今から死ぬ貴様が知る必要のないことだ」

 

牙狼から漏れた言葉も冷たかった。

 

「どうしてよ!? なんであたしが義兄さんに殺されなきゃならないの!? それに義姉さんや他の皆は!?」

 

それを聞いた瞬間…

 

ズゥン…!!

 

「っ!?」

 

周囲の空気が殺気によってさらに重苦しくなるような感覚に陥る。

 

「他の皆? それは"俺と桐葉を裏切った人間共"のことか…?」

 

「う、裏切った…? なに…どういうこと!?」

 

一体、あれから何が起きたのかわからず、夜琉は牙狼に再度問う。

 

「奴等は"神の御言葉"とやらに踊らされ、俺と桐葉を裏切ったのだ。俺の右腕を奪ったのも奴等だ…!!!」

 

それを聞き…

 

「そ、そんな…う、嘘だよ! だって皆、あれだけ一緒に頑張ってきたのに…」

 

夜琉は信じられないという表情をする。

 

「所詮、貴様も奴等の本性を見抜けなかったに過ぎない」

 

そう言いながら、牙狼は夜琉に近付いていく。

 

「じゃ、じゃあ、義姉さんは!? 義姉さんはどうしたのさ!!?」

 

お互いに信頼し、愛し合ってた桐葉はどうなったのか、夜琉は気になった。

 

「桐葉は死んだ。俺を庇ったばかりに…そして、俺の手の中で…」

 

桐葉の話題になった途端、牙狼の殺意が増していき、憎悪が膨れ上がる。

 

「っ…!!?」

 

最初は嫌っていたが、今では本当の姉妹以上の仲を築いていた女性の死に夜琉も動揺する。

 

「そして、その亡骸は…この"人造魔導兵器"…オルタを生み出すための贄に使った」

 

「なっ…!?」

 

それを聞き、夜琉は牙狼に対して怒りを覚えた。

 

「そんなこと、義姉さんが望むはずないよ!! それに人造魔導兵器ってなによ?! そのために義姉さんの亡骸を使うとか……そんなのただの外道じゃない!!!」

 

そんな夜琉の怒声に牙狼は…

 

「外道か…。言い得て妙だな。だからこそ、俺は"この力を以ってして全ての生命を葬り去った"のだからな」

 

「なによ、それ…?」

 

牙狼の言ってる意味がわからず、夜琉は牙狼を睨みつける。

 

「言葉通りの意味だ。あの世界に未練などない。"神"を殺した後は俺と桐葉を裏切った人間共への…"あの世界"への復讐を開始したからな。生きとし生けるモノは全て、この黒焔にて葬ってきた。人間も、動物も、植物も…」

 

そう言って牙狼は右腕に黒焔を宿らせていた。

 

「女子供も関係ない。一般人など知ったことか。俺は全ての存在に対して復讐を遂げた。そして…あの世界の唯一の生き残りであるのは夜琉…貴様と俺のみだ。あとは貴様を葬るだけで俺のあの世界に対する復讐は終わる」

 

「…!!!!」

 

その言葉に、夜琉は我慢の限界を迎えた。

 

「ふざけんなあああああっ!!!!!」

 

牙狼が近付いていたこともあり、ほぼノーモーションからの拳が牙狼の顔面に向かい…

 

ズッガッ!!!

 

完全に捉えていた。

 

「アンタなんかもう義兄さんじゃない!! 怨念に憑りつかれた復讐の鬼だ!! そんな奴が…あたしや義姉さんが好きだった義兄さんであるもんか!!!!」

 

泣き叫ぶというのに近い絶叫で夜琉が言葉を紡ぎ、拳に力を込めて牙狼を吹き飛ばそうとするが…

 

「…………この程度か?」

 

まるで拍子抜けという具合で夜琉を見下ろしていた。

 

「なっ!?」

 

いくら怒りに任せていたとは言え、今の一撃をまるで蚊に刺された程度にしか感じていないような牙狼の反応に夜琉は戦慄する。

 

「俺は人間共の駆逐に数年を費やしてきた。だが、こっちではそれほど時間が経ってないようだな」

 

そう言って牙狼は夜琉の腹を思いっきり蹴る。

 

ゴスッ!!

 

「ぐふっ!?」

 

ただの蹴りでさえ夜琉の体を軽く吹き飛ばす威力を持つ。

 

バキバキッ!!

 

「がっ!?」

 

木に背中から衝突し、一瞬だけ呼吸が出来なくなるが、すぐに立ち上がろうとする。

 

「……お前の実力はこの程度のものだったか…」

 

どこかガッカリするような言い方だった。

そんな今の牙狼から感じる圧倒的なプレッシャーを前に夜琉は…

 

「それでも…!!!」

 

ゴオォッ!!

 

夜琉の持つ四つの力が一つに纏まり、凝縮されたオーラと化して夜琉の体中から噴き出し、特に背中と肩から噴き出すオーラによって上着が弾け飛ぶ。

 

「『瞬煌(しゅんこう)』ッ!!」

 

夜琉が最も得意とする烈神拳の奥義の一つである。

 

『瞬煌』

烈神拳の奥義の中でも四つの力(魔・気・霊・妖)を持つ者にしか扱えない技の一つとされている。

己の持つ四つの力を一つに纏めることで濃密なオーラを作り出し、それを体中から噴き出して身体能力を飛躍的に向上させる技である。

身体に影響を及ぼす気と妖をベースに攻撃を魔、防御を霊で補強したような感じであり、それぞれの特性を活かした構成の技となっている。

また、この状態のままでも他の烈神拳の技を放って威力を底上げすることも可能で、常に四つの力を纏っている状態なので燃費も見た目ほど悪くない。

さらに打撃のインパクト時に背中から噴き出すオーラを炸裂させて両手足に送り込むことで更なる破壊力を得たり、防御時には相手の術式攻撃の威力を軽減、もしくは使い手によっては相殺することにも使える。

 

それを見て牙狼は…

 

「瞬煌か。お前の得意な技だったな…」

 

夜琉と戦っていた頃の記憶を思い出すようにそう漏らしていた。

 

「うるさい!! お前が義兄さんの記憶を語るな!!」

 

激情のまま叫ぶ夜琉に更なる変化が訪れる。

 

ぴょこっ!

 

夜琉の頭から黒いネコ科系の耳、臀部から同じく黒いネコ科系の細くて長い尻尾が現れる。

 

「『黒豹解禁(くろひょうかいきん)』ッ!!」

 

忍の真狼解禁のような解放技を使い、自らの身体能力をさらに上げる。

 

「なるほど。速度で俺を上回るつもりか…」

 

夜琉の意図を理解し、牙狼は瞑目する。

 

「その余裕…! 崩してみせる!!」

 

ブンッ!!!

 

その場から一瞬にして消え去る夜琉。

 

バババババンッ!!!

 

それと同時に牙狼の周囲から空気が爆ぜるような音が響き渡る。

瞬煌の炸裂動作を利用し、黒豹解禁の速度をさらに上げると同時に炸裂音で自らのいる場所の特定を困難にしているのだ。

 

「速度は申し分ない。場所の特定も炸裂音で阻害されている。良い手ではあるが…」

 

牙狼の足元から黒いライン状の魔力…『闇の波動』が四方に伸びる。

 

「俺には無駄と知れ」

 

そう言うと同時に闇の波動が蜘蛛の巣状に広がる。

 

「『黒邪の巣(こくじゃのす)』」

 

闇の波動によって練られたそれは夜琉の体を吸引するかの如く引き寄せる。

 

「っ!?」

 

体が引っ張られる感覚に抗うため、夜琉は足を止めてしまう。

 

「そこか」

 

足が止まった夜琉に対して牙狼は歩いて近付くと…

 

「邪神拳奥義」

 

そう言い、夜琉の腹部に左拳をそっと押し付けると…

 

「っ!?」

 

「『獄死の蝶(ごくしのちょう)』」

 

ゴオォッ!!

 

深淵の魔力と邪なる気で練られた一撃が夜琉の腹部を突き抜ける。

 

「がっ!?」

 

瞬煌を纏っていながらもそれを貫くほどの威力に夜琉は数歩後退り…

 

「な、なに、これ…お腹が…熱い…?!」

 

自身の腹部に異常を感じていた。

 

「その技を受けた者は皆一様に死を遂げてきた。腹部を見るがいい」

 

「?」

 

牙狼の言葉に従い、服を破って腹部を見ると、そこには…

 

「蝶の…痣…?」

 

黒い蝶の痣が刻まれていた。

 

「そうだ。その蝶が貴様の額まで達した時、お前は確実に死ぬ」

 

そう言うと黒い蝶の痣が淡く輝き、ひらひらと腹部から少し上へと移動して停止する。

 

「っ!?」

 

「もはや俺は手を下すまでもなく、お前の死は時間の問題となった。じわじわと苦しみながら死ぬがいい…!」

 

牙狼の言葉に…

 

「い、嫌だ…! こ、こんな…こんなことくらいで…!!」

 

夜琉は気丈にもそう言うが、その言動は明らかに動揺していた。

 

「どう足掻こうとも無駄だ。貴様が死ぬ運命に変わりはない」

 

無慈悲にもそう言い放つ牙狼。

 

と、その時…。

 

「エクスプロージョン・バイト」

 

何らかの牙状に練られた紅蓮の魔力の塊が牙狼に向かった飛来する。

 

「?」

 

それを牙狼は異形の右腕で受け止める。

 

ゴガアァァァッ!!!

 

しかし、受け止めた瞬間、牙状の魔力は紅蓮の焔を撒き散らし、牙狼を巻き込みながら爆発する。

 

「これは…!?」

 

それを見て夜琉は魔力が飛来してきた方角を見る。

そこには…

 

「まったく…残業を片付けて帰る途中だったというのに…まさか、このような場面に遭遇するとは思いませんでした」

 

緋色のスーツ姿の雲雀が歩いてきていた。

 

「あ、あなたは…確か…」

 

明幸邸で見た…というか保護された翌日に顔合わせしたはずだが、夜琉はパッとは思い出せないようだった。

やたらと女性が多かった印象も大きかったし…。

 

「紅崎 雲雀。あの屋敷に厄介になっている、駒王学園の教員です。そして、紅神 忍の監視者でもあります」

 

雲雀はそんな夜琉の反応を読み、簡潔に言い放つ。

 

「そ、その雲雀さんが…なんで、こんなとこに…?」

 

確かに誰にも気づかれずに出てきたはずなのに、と夜琉は考えていた。

 

「はぁ…先も言いましたが、残業で帰ってくる時間が遅くなったのです。そんな折、屋敷から出る人影を見つけまして、後をつけてきたのです。山に入ってから見失ってしまいましたが、妙な魔力のざわめきを感じたので、こうしてやって来たわけですが…」

 

雲雀は夜琉にそう説明しながら爆発地点と夜琉を交互に見る。

 

「あまり状況は芳しくないようですね」

 

スーツのネクタイを緩めながら臨戦態勢に移行する。

 

「邪魔が入ったか…」

 

紅蓮の焔の中から黒焔が噴き出し、紅蓮の焔を打ち消してから牙狼が姿を現す。

 

「だが、夜琉に刻まれた死の刻印はもう止められない」

 

「っ!」

 

その事実に夜琉もどうしたらいいのかわからなかったが…

 

「それはどうでしょうか?」

 

牙狼の言葉に雲雀が異議を唱える。

 

「なに…?」

 

その異議に牙狼は眉を一瞬だけ顰める。

 

「どのような技や術でもそれを行った術者を倒す、もしくは殺害すればその技や術は効力を失う可能性が高い。少なくとも私はそう考えています」

 

「ほぉ…?」

 

雲雀の言葉に牙狼も面白そうに反応する。

 

「倒すか殺すって…そんなの…!」

 

技を掛けられたにも関わらず夜琉は雲雀の極論に耳を疑った。

 

「それ以外に方法がないのも事実だと知りなさい」

 

「くっ…!」

 

雲雀の厳しい言葉が夜琉を射抜く。

 

「ククク…ならば貴様は俺を殺せると本気で思ってるのか?」

 

牙狼は可笑しそうに雲雀に問う。

 

「えぇ。私は情になど流されませんので…第一、あなたがどこの誰だろうと私には関係ありませんし、あなたの身の上など大して興味もありません。憎悪に塗れた殺意を持ち、"強さ"の意味をはき違えているような輩を私は許容したくないだけです」

 

その冷徹にして淡々とした雲雀の言葉に…

 

「……ふんっ、下らんな…」

 

牙狼は雲雀に殺意を向ける。

 

「…………」

 

「だが、確かに殺す相手の事情など知る必要はないな」

 

その部分だけは同意したように言う牙狼。

 

「冥王の前にひれ伏しなさい」

 

その言葉を呟いた瞬間、雲雀は静かに紅蓮冥王としての姿(4対8枚の紅蓮の翼に炎髪灼眼)を顕現させる。

 

「冥王…?」

 

「あなたが知る必要はありません。私が紅蓮の焔を以って葬って差し上げます」

 

「なら俺は苦しむ夜琉を見ながら邪魔立てする貴様を憎悪の黒焔で葬るのみ」

 

両者の足元からそれぞれ紅蓮と漆黒の焔が立ち昇る。

結界もないのにそんな大それた焔を出すことに躊躇が全く無い雲雀と牙狼。

幸いなのが今が深夜でこんな山奥に人がいないことだろうか…?

いや、幸いも何も山火事になったら大事である。

 

「エクスプロージョン」

 

そんな事などお構いなしに雲雀が先制魔法(炎熱系)をぶっ放す。

 

ゴアアアッ!!

 

魔法の直撃後、それは爆発するが…

 

「この程度の火力…どうということはない」

 

その魔法を受けても牙狼には余裕があった。

 

「ならば…」

 

雲雀は霊力を収束していき…

 

「スピリチュアル・バスター」

 

砲撃として牙狼に撃ち込む。

 

「霊力の、砲撃…?」

 

その砲撃に使われた力に夜琉が驚く。

 

「何をしようが、無駄だ」

 

黒焔を纏った異形の右腕で雲雀の砲撃を受け止める。

 

が…

 

ゴアアアッ!!

 

砲撃は着弾と共に爆発し、周囲に霊力の粒子が舞い散る。

 

「これは…?」

 

夜琉がこの現象に目を丸くする。

心なしか、牙狼の黒焔の出力が弱くなっていく気がする。

 

「オルタ」

 

『原因はこの散布された霊力にあるかと…』

 

牙狼の質問に鎧状態のオルタはそう答える。

 

「ふんっ…小賢しい真似を…」

 

そう呟くと牙狼は左手で漆黒の刀を逆手で抜刀するが…

 

「いない?」

 

目の前に雲雀の姿はなく…

 

「ナチュラルオーラ・バスター」

 

代わりに背後から雲雀が気を収束した砲撃を放っていた。

 

「その程度で…」

 

振り向き様に砲撃を真っ向から斬り裂いていた。

 

チュドォォンッ!!

 

真っ二つにされた砲撃は牙狼の背後で爆発する。

 

「よほど爆発が好きだと見える」

 

そう言う牙狼の周りには気の粒子が舞う。

 

「む…?」

 

今度は自らの動きが重く感じていた。

 

「これもさっきの爆発のせいか…」

 

そう考えたところで…

 

「マテリアルオーラ・バスター」

 

三度目の砲撃が向かってくる。

 

「オルタ」

 

『はい、マスター』

 

着弾して爆発し、何らかの効力を発揮する…という雲雀の戦術に気付き、砲撃を受けるでもなく斬るでもなく"吸収"することを選択する牙狼はオルタに命じて闇の波動を砲撃面に対して網目状に張る。

 

「無駄です」

 

パチンッ!

 

雲雀が指を鳴らすと…

 

チュドォォンッ!!

 

網目状の闇の波動の目の前で砲撃が爆発する。

 

「……………」

 

今度はどのような効力か見定めていると…

 

「エクスプロード・ブラスター」

 

雲雀は間髪入れずに魔力砲撃を撃ち込む。

 

ゴオォォッ!!!

 

着弾すると共に爆発したその威力は先のエクスプロージョンの比ではなかった。

 

夜琉の側にひらりと着地した雲雀は…

 

「私の冥王スキル『エクスプロージョン・ブラスト』は龍気以外の力を砲撃へと昇華させ、様々な効力を与えます。それは着弾後の爆発とて例外ではありません」

 

何が起きたのかまるでわかってないだろう夜琉にそのような説明をしていた。

 

つまり、雲雀は気で動きを鈍らせ、霊で異能を鈍らせ、妖で魔の威力を上げる。

そういう具合の効力を持たせた砲撃を撃って爆発させることで効力の及ぶ範囲を広げていたのだ。

 

「まぁ、これだけで終われば楽なのですが…」

 

そう言って夜琉の様子を見ると…

 

「痣は…まだある…」

 

牙狼に刻まれた蝶の痣は胸の辺りまで昇っていた。

 

「でしょうね」

 

先程の爆発源から発せられる殺気に雲雀は気付いていた。

 

ブンッ!!

 

爆風が一刀両断され、その中より牙狼が姿を現す。

 

「小娘の分際で舐めた真似を…」

 

髪が多少焦げた程度で、ほとんどダメージが通っていないようだった。

 

「些か火力不足でしたか」

 

「(あれで火力不足とか言っちゃうの?!)」

 

雲雀の発言に夜琉は別の意味で心配になってきていた。

 

「人間界への影響も考えての火力調整でしたが、それでは話にならなかったようですね」

 

牙狼と本気でやり合うなら火力や地形などを二の次にしなくてはならないと雲雀は認識していた。

 

「訳の分からんことをごちゃごちゃと…」

 

「冥界ならいざ知らず、人間界はやはり不便ですね」

 

そう言って雲雀は…

 

「『四力刀(しりょくとう)』」

 

妖力をベースに気で柄、霊で刀身、魔で刃を形成した一振りの刀を生み出していた。

 

「元々、私は砲撃戦よりも近接戦の方が好みなので」

 

そう言うと、雲雀は一気に牙狼へと肉薄する。

 

ギィンッ!!

 

雲雀の一撃を牙狼は簡単に左手の刀で受け止める。

 

「近接戦で俺に勝てるとでも?」

 

「勝てる勝てないの話ではありません。勝つ、ただそれだけです」

 

「勝つだと? 随分な大口を叩く女だな」

 

鍔迫り合いをしながら2人は言葉を交わす。

 

「紅蓮冥王を名乗る者として、勝利を手に出来なくてはならないので」

 

「下らん…」

 

「なんですって…?」

 

雲雀の言葉を牙狼は嘲笑する。

 

「下らんと言った。紅蓮冥王だか何だか知らないが、所詮は雑魚の言い訳に過ぎない。そんなことでしか自分を正当化出来ない弱者の思考だ」

 

そんな牙狼の言葉に…

 

「(ギリッ)」

 

雲雀にしては珍しく歯を軋らせ、怒髪天を衝くような、そんな形相で牙狼を睨んでいた。

 

「冥王を…私を舐めるなッ!!!」

 

四力刀を左手にも作り出すと、それで牙狼の首を取りに行く。

 

ギンッ!!

 

しかし、牙狼の首を守るように闇の波動が鎧から生み出され、その四力刀を防ぐ。

 

「事実を言われて怒ったか? さっきまでの余裕はどうした?」

 

牙狼はむしろ煽るように雲雀を挑発する。

 

「黙りなさい! 戦いの最中にそのような軽い言葉で語るなど…戦士として恥ずべき行為だと知りなさい!!」

 

冥王としてのプライドを傷つけられたせいか、いつもの冷静さを見失っているかもしれない。

 

これは…仕方ないのかもしれない。

いくら父親似であろうと、どれだけ冷静さを持っていようと、紅蓮冥王の跡目として周りからどれだけの重圧に晒されていようと、どれだけ冷徹な自分であろうとしていても…。

彼女とて…まだ、19歳の女性なのだから…。

 

「その言葉、そのままそっくり貴様に返してやろう。貴様も少々お喋りが過ぎるだろう?」

 

その牙狼の言葉を聞き…

 

「ッ!!!」

 

紅蓮の焔が四力刀を中心に逆巻き始める。

 

「『紅蓮斬(ぐれんざん)煌翼の太刀(こうよくのたち)』ッ!!!」

 

逆巻く焔が収束していき、紅蓮の翼のような太刀に変貌すると、それを振るって牙狼を仕留めようとする。

 

が…

 

「つまらん」

 

刀を地面に突き刺し、闇の波動を左手に手鏡くらいのサイズで収束する。

 

「自分の技で朽ち果てろ。『暗闇鏡(くらやみきょう)』」

 

パッとそれを大きく広げると、暗闇の鏡のように雲雀の姿を映し出して同じような技を繰り出す影を作り出す。

 

その時の自分の表情を見て…

 

「(ッ!? なんて、感情的で…醜い姿なの……)」

 

技を放ってる最中だと言うのに、不覚にもそのような思考が頭を過ぎる。

そのせいか、紅蓮の焔の出力が少し落ちる。

しかし、影の焔の出力は落ちていない…このままいけば確実に雲雀本人の方が大きなダメージを負うことになる。

 

「雲雀さん!?」

 

蝶の痣が肩甲骨くらいにまで上がった夜琉の叫びも虚しく響き渡り、雲雀の件が交差する…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その時…。

 

『モード・斬艦刀』

 

ゴオォッ!!

ザッ!!

ガキィィンッ!!!

 

巨大な刀身を持つ刀が雲雀と影の間に割り込み、その攻撃を防いでいた。

そして、次の瞬間には周囲一帯を強固な結界が張り巡らされる。

 

「匂いを辿って来てみれば…何をしてるんですか」

 

その声の主は、その場に近付きながら雲雀に対して怒っているように思えた。

 

「邪魔立ては無用! あいつは私が確実に燃やし尽くして…!!」

 

今の雲雀には何を言っても無駄かもしれない。

ならば…

 

パァンッ!!!

 

「っ!?!」

 

()たれた頬を押さえ、目を見開く雲雀。

 

「この場合、俺だって謝りたいです。女性に手を挙げるなんて本当はしたくない。でも、今のあなたにはこうでもしないと話すら聞いてもらえなさそうだったので」

 

雲雀の前までやってきた声の主…忍はそう言って雲雀を見据える。

 

「雲雀さん。何があって、どんなことを言われたのか知りませんが…あなたらしくないです。あんな感情に任せる戦い方…とてもいつもクールな人の戦い方だとは思えません。別に感情を殺せとまでは言いません。ですが、あんな冷静さを失ったあなたは…見るに堪えませんでした」

 

そう言って雲雀に背を向ける忍は…

 

「でも…雲雀さんもまだまだ"女の子"なんですね。意外というか、新たな一面を知れてよかったです」

 

最後にそう漏らしていた。

 

そして…

 

ギッ…ズズ…ガシャン

 

魔力鋼糸で牙狼との間にファルゼンを回収すると…

 

「邪神 牙狼……いや、紅 忍」

 

「紅神 忍…」

 

牙狼の前に忍が立ち塞がり、互いの名前を呟く。

 

「雑魚との話は終わったのか?」

 

「雲雀さんは雑魚なんかじゃない」

 

「同じだよ。俺からしたら貴様も、そこの小娘も…」

 

世界への復讐に身を捧げてきた牙狼からしたらどちらも格下なのだろう。

 

「だからと言って夜琉を狙う理由にはならない」

 

しかし、忍は毅然とした態度で牙狼の前に立つ。

その迷いなき眼差しを見て牙狼は…

 

「やはり、貴様も見たか…」

 

「それはお互い様だろ」

 

それが何を指すのか、忍と牙狼はわかっていた。

 

「並行世界の自分というのも厄介なものだ」

 

「同じ並行世界に同じ人間は2人も存在してはならない、ということだろう」

 

互いの記憶が夢という形で表れた…。

それが意味することは…

 

「それが世界の定めなら…俺は世界を壊すのみ」

 

憎悪の黒焔が牙狼の右腕から噴き出す。

 

「俺の答えは違う。お前やオルタ、夜琉に居場所が無いと言うのなら…俺が新たな居場所を作ってやる」

 

対して忍の体中からは大量の霊力が噴き出す。

 

「甘い…甘い甘い甘い甘い甘い甘い!! 所詮この世は偽りだらけ!! その偽りを破壊してこそ、"俺"という存在は維持されると知れ!!!」

 

「偽りだけじゃない! 確かに人は弱く脆い。だが、その中に真実がある事を人は知っている! お前にだってあったはずだ! 桐葉さんと、その"お腹にいた新たな生命"が…!!!」

 

牙狼と忍の舌戦が続く中…

 

「ぇ…?」

 

忍の発した言葉に夜琉は何故か涙を流していた。

 

「黙れ!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇッ!!!」

 

牙狼の狂気が一気に膨れ上がる。

 

「貴様に何がわかる!!? 愛する者を目の前で亡くし、生まれるはずであった命が俺の手の中で…大切なものが二つとも消えたあの苦しみ!!! 愛する者とのうのうと生きてきた貴様にはわかるまいッ!!!」

 

「あぁ、確かにわからない。もしそうなったら俺もアンタみたいになるかもしれない。だが、だからと言って全てを怨んでも、最後には何が残る? 虚しさだけじゃないのか?」

 

牙狼の記憶を夢として見てきた忍はそう言い放つ。

 

「知ったような口を利くなッ!!」

 

同じく忍の記憶を夢として見てきた牙狼は一蹴する。

 

「なら、仮に夜琉を殺した後…お前には何が残るんだ!? 世界への怨みだけでは何も生み出せやしない!!」

 

「貴様とのこれ以上の問答に意味などない!! あるのは貴様と俺。どちらかが死に、どちらかが生き残る。ただ、それだけだと知れ!!!」

 

そう言うと、牙狼は地面に刺した刀を抜いて忍に斬り掛かる。

 

ガキィィンッ!!!

 

「それしか本当に道はないのか!!?」

 

それを斬艦刀状態のファルゼンで防ぎながら忍は牙狼との対話を続けようとする。

 

(くど)い!! 貴様の戯言になど聞く耳持たんッ!!!」

 

そう言うと牙狼は刀の刀身に闇の波動を収束させていき、ファルゼンの斬艦刀に似せた巨大な漆黒の刀身を形成する。

 

「斬艦刀と同規模の刀!?」

 

「貴様と同じ土俵で戦ってやるんだ、感謝するがいい!!」

 

ギィィィンッ!!!

ズザアァァッ!!!

 

力任せに弾かれ、忍は地面を滑りながら後退してしまう。

 

「くっ!」

 

「大振りであまり気に入らんが…まぁいい。これはこれで大量虐殺に使えそうだしな」

 

「ッ!!!」

 

それを聞き、忍からの殺気が増す。

 

「殺気が増したな。そうだ、それでこそ殺し甲斐がある!!」

 

忍の殺気を受けて牙狼は狂気の色を濃くする。

 

「っ…(落ち着け、あいつのペースに乗せられてどうする…俺は、俺の出来うることをするまでだ)」

 

そう考えなおし、チラリと夜琉の方を見る。

 

「…義兄さんと義姉さんの子供……そんな、そんなのって…」

 

忍が言い、牙狼が肯定した事実に夜琉は涙を流すばかりであった。

黒き蝶の痣は首筋にまで達しているのに…。

 

「(時間はもうそれほど残っていないか…)」

 

それを悟り、忍は覚悟を決めることにした。

 

「(まだ…"一度も試したことはない"。しかし、短期間で決着を着けないとならない上に、相手は俺よりも遥かに格上の強敵だ。しかもいつか辿るかもしれない未来の俺自身と言っても過言じゃない存在…そんな相手と既に記憶も交差し始めている。きっと"普通の方法"じゃ届かない。なら、答えは一つしかないよな)」

 

忍は斬艦刀を自らの横に突き立てる。

 

「むっ?」

 

その様子の牙狼は訝しむ。

 

「(たとえ、どのような反動、もしくは後遺症が出ても…今この時、この瞬間に全力を出さなくてどうする? 俺は後悔しないと決めたじゃないか。全てを守ることはしない。だが、俺の手の届く範囲で救える命は救ってみせると…それが、目の前にいる怨みに憑りつかれた"自分"であっても…)」

 

忍の価値観でよほどの腐った敵でない限りは、その者も助けたいという考え…。

それは決して賢い選択とは言えない。

むしろ危険な思想と言ってもいいぐらいである。

だが、忍はその考えを改めないだろう。

たとえ、今が敵であったとしても相容れない存在以外となら分かり合える日が必ず来ると信じて…。

 

「戦意喪失か? 俺との力量に怖気づいたか?」

 

忍の行動をそう受け取ったのか、牙狼はつまらなさそうに言い放つ。

 

「そうじゃない。俺は、俺の"限界を超える"つもりだ」

 

先程までの殺気が嘘のように消え、落ち着いた雰囲気を見せる忍。

 

「…………(何をするつもりだ?)」

 

その落ち着き様に牙狼は警戒を強める。

 

「まだ、全てを把握した訳じゃない。未だわからないことも多いこの身に巣食う我が力達よ」

 

忍は己の中に存在する深層世界をイメージしていき…

 

「古の神を喰ろうた狼の始祖よ、紅蓮の覇者たる冥王よ、氷獄を統べる蒼き冥王よ、未だ静観を続ける吸血鬼よ、異世界の龍達よ。今この時、この瞬間だけでもいい。"一つ"となりて…俺に力を貸してくれ」

 

その境界線を自らの手で破壊し、一つの世界へと形成していく。

だが…

 

ズキッ!!!

 

「ぐぅぅ…!!?」

 

異なる力同士を統合する、というのはかなりの負荷を宿主に与える。

互いが互いの力を押し付け合い、反発し合い、拒絶し合い、溶け合うことなどない…。

 

「力が乱れているな。所詮は突拍子もない賭けだったか。それも負け博打…」

 

それを見て牙狼はそう判断していた。

 

「(やはり、無理なのか…? 全ての力を一つに束ねることは…!?)」

 

忍の姿が真狼、紅蓮冥王、蒼雪冥王、吸血鬼、龍騎士の五つの姿に次々と不規則に変わり続けながらブレ始めていき、見るからに安定してない様子であった。

 

「無理です…異なる力を統合するなんて…ましてやあなたの中にはいくつのモノが宿っているのか、忘れたのですか?」

 

忍に打たれてから少し放心状態だった雲雀は忍の様子を見て冷静に言葉を発する。

 

ヒラヒラ…

 

そうこうしてる間にも蝶の痣は夜琉の顎に達する。

 

「(時間が無いんだ! 頼む! 五気だって一つに出来たんだ! 解放形態だって…きっと一つになれる! 俺達"混血"だからこそ出来ることもあるはずなんだ! だから、俺は限界を超えてみせる!!!)」

 

忍は五気を最大限まで高めて一つに束ねる。

 

「限界を、超えろぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

そして、想いの限り叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡は起きた。

 

ゴオオオオオオッ!!!!

 

高まった五気が虹色に彩られた白銀へと光り輝き、光の柱となって天高くまで伸びる。

 

「なに…?」

 

「これは…!?」

 

「綺麗…」

 

牙狼は何が起きたのかわからず、雲雀は目を見開いて驚き、夜琉は見たままの感想をそれぞれ口にしていた。

 

………

……

 

光の柱の中では…

 

「(俺は…限界を、超えたのか…?)」

 

どこかおぼろげな感覚に意識を支配されながらも忍は自分の体の感覚を取り戻そうとする。

 

すると…

 

『ククク…(まこと)、面白い小童じゃ』

 

忍の目の前に真紅のドレスを身に纏った銀髪紅眼の妖艶な女性が姿を現す。

 

「アンタは、確か…」

 

『会うのは二回目だったかの? (わらわ)はお主の中にいる"吸血鬼"じゃよ』

 

「吸血鬼!?」

 

『うむ。苦しゅうないぞ』

 

どこか古めかしく高圧的というか高貴な態度で吸血鬼は忍の前に、いつの間にやら用意された椅子に座る。

 

『では、時間も限られとるし、手短に話すとしようかの』

 

「なにを…?」

 

『単刀直入に言うとじゃ。お主は限界を突破した。五つの力を一つに束ねることに成功した』

 

「っ!? だ、だったら何故こんな状態に…?」

 

『そう急くでない。成功はしたが、お主の深層世界は無茶したせいかボロボロになってしまっての。こうして妾達はお主の体に憑依してるような感じなんじゃよ』

 

「え…?」

 

『何も不思議なことではない。お主は無意識の内にそうやって力を解放し、使ってきたのだからの。だから安心せぃ』

 

吸血鬼が語る新事実に忍は少し頭が追いつけていなかった。

 

「しかし、問題はここからじゃ。今までいた深層世界はお主の無茶でボロボロ…解放形態を居座らせるには少々…いや、結構な無理がある。そこでじゃ、この戦いに勝利した暁には妾達に新たな居場所を作ってほしいのじゃ」

 

「新たな、居場所?」

 

「うむ。あの深層世界ではもう力を持たない状態でのお主しか許容できないじゃろう。だから深層世界とは別に解放形態の力や能力を封じて保管する"何か"をお主に用意してほしいんじゃよ」

 

「そんな急に言われても…」

 

『難しく考えるでない。所詮は妾達がお主の元にいるための道具が必要となっただけじゃわい。今後、どのようなことが起こるかわからぬでの。出来るだけ小さく携帯出来るモノがいいじゃろうて…』

 

「(そんな都合のいいものなんてあったかな?)」

 

吸血鬼の言葉に忍は考え込んでしまう。

 

『ほれ、話は終わりじゃ。とっとともう1人の自分とやらと決着を着けてこい』

 

それを最後に吸血鬼の姿は消え、光の柱も罅が入り始める。

 

………

……

 

そんな刹那の刻を過ごしてから数瞬の後…

 

ビキビキ…!!!

ズゴゴゴゴゴゴ…!!!

 

光の柱が崩れ去っていく。

 

そして、そこから現れたのは…

 

バサァ!!

 

背中から生える4対8枚の翼は、右側は紅蓮、左側は瑠璃色という色合いを見せ…

 

ぴょこんっ!

 

髪は黒の混ざった白銀色で、その頭と臀部からは髪と同色の毛並みを持つ狼の耳と尻尾が生え…

 

ガシャンッ!!

 

体は白銀の龍鱗を模した薄く洗練された兜の無い龍を連想させるような鎧(胸部アーマー、肩当て、籠手、腰部アーマー、足具)で覆われ…

 

キラッ!

 

瞳は右側は琥珀のままだが、左側は真紅となり、両方の瞳孔は獣のように縦に鋭くなり、口元から少し見えるほどに八重歯も肥大化していた。

 

真狼、紅蓮冥王、蒼雪冥王、吸血鬼、龍騎士。

それら全ての要素を兼ね備えた忍は今、大地に降り立つ。

 

ゴオォォッ!!

 

降り立っただけで軽い衝撃波が全方位に放たれる。

 

「ッ!!!」

 

その衝撃波を受け、牙狼の眼が驚きと警戒に染まる。

明らかに先程の忍とは違う…威圧感というか、プレッシャーを放っているからだ。

 

「牙狼。もう一度だけ問う」

 

その忍が口を開く。

 

「何のことだ?」

 

「お前は…仮に夜琉を殺した後、どうするつもりなんだ?」

 

「……………」

 

その問いに牙狼は答えることはなかった。

その代わり…

 

ブンッ!!

 

黒き斬艦刀を忍に向かって振るっていた。

 

ガキィィンッ!!!

 

「それが答えなのか?」

 

その一撃を突き立てていた斬艦刀を素早く引き抜いて受け止め、忍は対話を続ける。

 

「牙狼。それで本当にお前の心が晴れるのか? 復讐なんて非生産的なことはやめて夜琉と共に静かに暮らすという選択肢はないのか?」

 

「そのような甘い選択肢…とうの昔に捨て去ったわ!!」

 

キュピィンッ!!

 

そう言い合う2人の間に互いの意識が流れ込む。

 

「「ッ!!」」

 

忍が見たのは…桐葉が生きてた頃、牙狼と桐葉、夜琉の3人で夜の散歩に赴いていた時の映像。

牙狼が見たのは…泣き虫だった頃の忍が、泣いていた迷子の女の子を連れて歩いている時の映像。

 

それぞれの映像が何を意味するのか…。

 

「くそが!!」

 

すぐさま牙狼はその場を後退し、黒い翼を羽ばたかせて空へと飛翔する。

 

「我が憎悪の象徴、黒焔よ!! 邪魔な奴等を葬り去れ!!!」

 

牙狼は異形の右手を天に掲げ、巨大な黒焔の玉を作り出す。

 

「消え失せろ!!」

 

その巨大な黒焔を手を振り下ろして忍達の方へと落とす。

 

「ッ!!」

 

ダンッ!!

 

斬艦刀を構えながら地面を蹴り、忍が黒焔の前に躍り出る。

 

「それがお前が象徴なら…俺の象徴は、これだ!!」

 

斬艦刀に霊力を込めるとそれを下から斬り上げるように振るう。

 

ギィィィンッ!!

 

霊力での斬撃が巨大な黒焔を真っ二つにしてしまう。

その瞬間、忍は斬艦刀から手を離して空へと投げる。

 

ゴオオオオオオッ!!!!

 

真っ二つにされた黒焔は空中で爆散する。

 

「冥王スキル、同時発動!」

 

そんな中で忍は爆散する黒焔に両手を向け、自身の持つ冥王スキルを同時に発動させる。

右側は爆散の熱エネルギーを吸収していき、左側は爆散の熱を急速に奪っていき、黒い氷の粒子と化していた。

 

「っ!? 冥王スキルの、同時発動!?」

 

その光景にはさしもの雲雀も驚かざるを得なかったらしい。

 

「ぐっ!!(これが…牙狼の怨み…!!)」

 

黒焔の熱エネルギーを吸収した際に牙狼の負の感情も取り込んだらしく、忍は軽い頭痛に見舞われる。

 

「(だが、それでも…俺はあいつを…!!)」

 

すぐに頭を振って意識を正常に戻すと、空に投げた斬艦刀をキャッチして牙狼に肉薄する。

 

「くたばり損ないがぁぁ!!」

 

そう言い、牙狼は黒き斬艦刀を振るって忍を迎え撃つ。

 

「『焔天牙(えんてんが)』!!」

 

ギィンッ!!!

 

先程吸収した熱エネルギーを加味した焔の斬撃で黒き斬艦刀を吹き飛ばす。

 

「なにっ!?!」

 

まさか自分が力負けするとは思わず、牙狼は驚きの声を漏らす。

 

「これで決める!!」

 

忍が一気に勝負を決めようとするが…

 

「させるかぁぁぁッ!!!」

 

牙狼は異形の右手を突き出し…

 

ピガガガガガ!!!!

 

紫色に輝く雷撃を放って忍を拘束していた。

 

「ッ!?」

 

思わぬ攻撃に忍は拘束から逃れようと力を収束する。

 

「このまま貴様を灰燼に帰してやる!!!」

 

だが、その僅かな間を見逃す牙狼ではなく、黒焔を纏った異形の右手で忍の頭を掴もうとする。

 

「ちっ…!」

 

ブチッ!

 

忍は自らの唇の一部をわざと歯で噛み千切って血を出すと…

 

「ブラッド・ブレス!!」

 

血に龍気と妖力を混ぜて固めたものを砲撃として放っていた。

 

「口から砲撃!? 貴様は魔物か何かか!!」

 

黒焔と砲撃が衝突し、牙狼が後退するような形となる。

 

「テメェにだけは言われたかねぇよ!!」

 

そう言いながら力を収束させて雷撃の枷を外す。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

見れば夜琉に刻まれた痣は目元の下まで移動しており、夜琉自身も苦しそうにしていた。

 

「(時間はもう僅か…なら、この一撃に賭ける!!)」

 

忍は己の中の霊力を全て放出するかの如く霊力を全身から迸らせる。

 

「怨みの連鎖から今、"俺自身"を救い出す!!!」

 

その霊力を斬艦刀に注ぎ込み、白銀の閃光となって空を駆ける。

 

「ッ!!?」

 

その閃光を受け止めようと右手を盾に黒焔を全開で放出する牙狼。

 

「牙狼ぉぉぉぉッ!!!」

 

ザシュッ!!!!

 

「がっ!!?!?」

 

白銀の閃光と漆黒の壁が衝突したかと思えば、白銀の閃光の刃が漆黒の壁を突き破り、右手ごと牙狼の体を貫いていた。

 

その瞬間…

 

カアアアアアアアッ!!!!!

 

(まばゆ)い閃光が結界内を満たしていく。

 

………

……

 

~???~

 

「ここは…?」

 

牙狼は真っ白な空間の中に漂っていた。

 

「俺は…奴に…もう1人の俺に敗れた、はずだ…」

 

そう呟く牙狼の前に水色の光が収束していく。

 

「なんだ…?」

 

水色の光は人の形へと姿を変えていき…

 

『あなた…』

 

桐葉の姿を取り、喋っていた。

 

「桐葉…!?」

 

その光景に牙狼は驚く。

 

『また、あなたと出会うことが出来ました。この奇跡に感謝を…』

 

「桐葉…!!」

 

すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが、牙狼にはそれが出来なかった。

 

「すまない…桐葉。俺はもう…お前の知る男じゃないんだ。お前の遺体を利用し、外道にまで成り下がった…復讐の鬼なんだ…そんな男に、愛想を尽かされても仕方ない男に…いったい、何の用なんだ?」

 

桐葉から顔を背けるようにして牙狼は今まで犯してきた大罪を独白する。

 

『確かに、今のあなたは昔のあなたではないかもしれません…』

 

「…………」

 

『ですが…』

 

悲しそうな表情をした桐葉だったが、スッと牙狼の体を抱き締める。

 

「!?」

 

『それでも私は、あなたのことを想っています。あなたがどのような姿になろうと、私を失ってからどのように生きていようと…私はあなたを決して嫌いにはなりません。だって…あなたは、私の唯一絶対の想い人なのですから…』

 

「あ…あああ、あああああ…」

 

桐葉の言葉に牙狼は涙を溢れさせる。

その言葉だけで牙狼の心がどれだけ救われることか…。

 

『ですから…もう苦しまなくてもいいのです。これからは私が一緒です。いついかなる時も…私とあなたはもう二度と離れることはないのです』

 

「だが、夜琉やオルタは…」

 

死の刻印を刻んでしまった夜琉と、牙狼がいなくなった後のオルタを心配する牙狼。

 

『大丈夫です。"もう1人のあなた"を信じましょう。私達の大切な大切な義妹(いもうと)と、"娘"のことを…』

 

「娘……あぁ。そうか。そう、だったのか…」

 

桐葉の言葉に、涙の色を濃くする牙狼は…

 

「桐葉。お前の魂は常に俺と共にあったんだな…それなのに、気付けなくてすまなかった…」

 

そう言って桐葉をようやく抱き締め返す。

 

『はい…』

 

「桐葉。もう、お前を絶対に離さない…」

 

『はい……はい…』

 

「さらばだ。我が最愛の義妹、夜琉。我が最愛の娘、オルタ…」

 

周囲の白い空間から光の粒子が舞い上がり始める。

 

「そして、もう1人の俺、紅神 忍よ。俺は桐葉と共にお前達を見守り続けよう…」

 

その言葉を最後に光の粒子は一層の輝きを放っていた。

 

………

……

 

~現実世界~

 

忍の斬艦刀が牙狼へと深々と突き刺さり、空中で静止し続けていると…

 

「紅神 忍…」

 

「ッ?! 牙狼!?」

 

今の一撃でも息があるのかと、忍が警戒していると…

 

「夜琉と、オルタを…頼む」

 

今までの狂気が嘘かのような、とても穏やかな表情で牙狼は忍にそう伝えていた。

 

「オルタ…すまなかったな…お前をモノ扱いしてきて…」

 

『マスター?』

 

「俺は…桐葉と、共に…お前達を、見、ま……も………る……………」

 

その言葉を最後に牙狼は事切れ…

 

パアアアッ!!

 

白い光の粒子と化して忍の中へと、その存在を同化させていった。

中身を失った鎧は幼女の姿となり、呆然としていた。

そして、夜琉に刻まれた死の刻印もまた白い光の粒子となって霧散していく。

 

「牙狼…お前は、最後の最後で"人"に戻れたんだな…」

 

その事実を同化後に悟り、忍は天に顔を向けながら涙を零していた。

 

 

 

こうして並行世界から来た復讐者との死闘は終わった。

戦闘後、2人の"忍"はその存在を一つへと同化したが、ベースとなった紅神 忍の体内に紅 忍の魂や肉体が宿ったような感じなので、今まで通り"紅神 忍"として認識していいだろう。

しかし、その魂には牙狼が背負ってきた業もまた一緒に引き継いでしまったとも言える状態である。

 

だが、問題もまだ残っている。

主を失った人造魔導兵器『オルタ』や時空漂流者である夜琉の処遇と今後。

2人を託された忍の判断とは…?

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