魔導騎士物語~覇王と称された狼~   作:伊達 翼

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第八十二話『PANZER DRIVE』

次元世界『ストロラーベ』で忍は捜していた家族と再会する。

思わぬ再会ではあったが、この出会いは忍にとって変えがたいものであるのに違いなかった。

そして、一夜を雪白探偵事務所で過ごした忍は…

 

「ん…んんぅ…」

 

朝日が昇り始めた頃にその意識を覚醒させていく。

 

「(そうか……俺は昨日、泊まったんだっけか…)」

 

朝ボケの頭でも昨日のことが夢ではないのだと実感させられる。

 

「(母さんの言葉にも一理あったか…)」

 

昨日の母親の言葉も今朝になってわからなくもないことがわかったような気がしていた。

 

「(さて、朝の稽古でもするか…)」

 

そう思ってベッドから上体を起こす忍だったが…

 

むにゅん…

 

「ぁ、ん…」

 

何故か左手を着いたところから柔らかい感触が返ってくるかと思えば、隣から女の子の声も聞こえてきた。

 

「………………は?」

 

朝ボケということもあり、正常な思考回路が追いついてない忍は隣を見ることにした。

そこには…

 

「んぅ…お兄ちゃん…」

 

薄手の白いパジャマに身を包んだ雪絵が忍のベッドで忍の方に体の正面を向けたような横向きに眠っていた。

ご丁寧に自分の枕を持参している。

そして、忍の左手はそんな無防備な姿を晒す雪絵の横乳の上にある。

 

「………………」

 

とりあえず、無言のまま左手を退かすと…

 

「家族に会って気が緩んでいたかな?」

 

雪絵の接近に気付かなかった自分の気の緩みを少しばかり気にしていた。

 

「って、冷静になってる場合じゃないよな…」

 

が、すぐさま頭を振って我に返る。

 

「(この時間に起こすのも可哀想だが…というか、雪絵はいつの間にここに潜り込んだんだ?)」

 

とりあえず、忍は静かにベッドから抜け出すと勉強机に置いてあった複数のデバイス群…その中から待機状態のファルゼンだけを手にする。

 

「(ま、もう少し寝かしてやってもいいか…)」

 

出会い自体は偶然かもしれないが、それでも大切な妹であることに変わりないと思い、そのままベッドで寝かせて忍は部屋を出ていた。

階段を下り、玄関から外に出て庭へと移動するとファルゼンを起動させる。

 

「………………」

 

ファルゼンを構え、意識を集中させる。

周囲の空気を嗅ぎ分け、魔力素の流れを肌で感じる。

 

「(ストロラーベは魔力素の濃度が薄いのか? だからあまり魔法も繁栄しなかったのかもしれないな…)」

 

そんなことを感じながらファルゼンを振るう。

軽く振るってからファルゼンを待機状態に戻すと、筋トレを開始した。

 

「(解放形態の問題もそうだが、今の素の状態でも基礎体力や筋力はつけておかないと…)」

 

今の忍の中に各解放形態は存在しない。

牙狼との戦いで無理をしたせいで、深層世界に解放形態が入れるだけのスペースを失ってしまったのが原因である。

今の深層世界は牙狼の"人間"としての深層世界が反映されたものであり、人間故に解放形態を擁するスペースが元々存在しないのだ。

その代わりとして、忍は昔集めていたビー玉を新たな媒介として解放形態の各種能力を封印しているが、今はビー玉内に解放能力を定着させるために不安定な状態が続いているのだ。

現在は真狼のものだけを手元に置いて状態を観察しており、残りの"五つ"は明幸邸の自室に置いてきている。

 

 

 

筋トレを開始してからしばらくすると…

 

『朝っぱらから精が出るな……ふわぁ~あ…』

 

大きな欠伸をしながら縁側に歩いてくる影が一つある。

声からして狼牙だ。

しかし、足音が妙に不自然である。

 

「親父も朝早いんだな……って!?」

 

縁側に来たのは狼姿の狼牙であった。

 

『あん? なに驚いてんだ?』

 

忍の驚き様に狼牙は頭に?を浮かべながら縁側に寝そべる。

 

「そりゃ驚くわ! なんで狼の姿になってんだよ!?」

 

朝ということもあり、少しボリュームを下げながら忍はそう言っていた。

 

『これが俺のリラックスモードなんだよ。仕事ない時とか、基本こうだぞ? つか、そもそもこっちが俺達の本来の姿なんだがな…』

 

そう言いながら、もうひと眠りしそうな勢いで瞼を閉じる。

 

「そういや、雪絵には戦う術とか教えてないだろ?」

 

思い出したように忍は狼牙に尋ねる。

 

『んぁ? まぁ、この世界は平和だからな。必要ないと思っただけだ……昨日までは、な』

 

寝惚け眼から一変、真剣な顔つきになる。

 

「次元戦争のこともあるんだ。何かしら覚えさせといた方がいいと俺は思うぞ?」

 

『とは言え、あいつ運動はからっきしだしな…』

 

「そうなのか…なら術式系をだな」

 

『俺はどっちかと言えば近接型だから無理』

 

ほぼ即答である。

 

「はぁ…」

 

その答えに思わず溜息を吐く。

 

『そういうお前の方はどうなんだよ?』

 

「俺は…中距離攻撃くらいまでなら…でも、親父と似て近接寄りだな」

 

『人の事、言えねぇだろ』

 

それには忍もぐうの音も出なかったので…

 

「後衛なら…シア辺りが適任か? 同じ混血だし、シアなら丁寧に教えてくれそうだし…あ、でも同じ雪女としてなら吹雪の方が…」

 

とりあえず、眷属の中から雪絵に何かを教えることが出来るだろう人材をピックアップする。

 

『人材豊富だな。王様?』

 

「ほっとけ…」

 

狼牙の言葉にそう返しながら筋トレを終了させる。

 

『終わったんならシャワー浴びろよ』

 

そう言いながら狼牙は軽く体を伸ばす。

 

「なら遠慮なく借りる」

 

『"借りる"じゃねぇだろ? ここはお前の家でもあるんだから普通に使えよ』

 

「……なら、そうする」

 

忍は庭から玄関を通り、風呂場へと移動する。

 

「誰もいないな…」

 

匂いで誰もいないことを確認すると寝間着代わりにしてた汗で濡れたワイシャツを脱ぐ。

 

「あ、しまった…着替え…」

 

急に泊まることになったために着替えの事を完全に失念していたことに今気づいたようだった。

 

「どうするか…」

 

上半身裸のまま、困ったと悩んでいると…

 

コンコン…

 

「忍君、いる~?」

 

雪音が風呂場のドアをノックしてきた。

 

「母さん? いるけど、どうかしたのか? というか、俺は今ちょっとした問題に直面しててだな」

 

忍がそう答えると…

 

「その問題を解消しに来たんだよ~」

 

そう言ってドアを開けて入ってくると…

 

「はい、これ」

 

雪音は特に気にした様子を見せることなく、忍に着替えを渡していた。

 

「これは?」

 

「あの人のお古で悪いんだけど…そういえば、着替えを用意してなかったな~って思って持ってきたの」

 

狼牙のお古だという服を受け取ると…

 

「ありがとう。無いより全然マシだよ」

 

雪音にお礼を言っていた。

 

「うん。それじゃあ、朝ごはんの準備してくるね♪」

 

「わかった」

 

そのやり取りの後に雪音はキッチンへと向かい、忍はドアを閉めてシャワーを浴び始めた。

 

 

 

シャワーを浴びた後、着替えを済ませてリビングに移動すると…

 

「むぅ…」

 

いつの間に起きてきたのか、雪絵がパジャマ姿のままソファーに座っていた。

心なしか頬を膨らませて怒ってる様にも見えなくはないが…。

 

「(起こさなかったのが悪かったかな?)」

 

そんなことを考えながら雪絵の隣に腰を下ろす。

 

「おはよう、雪絵」

 

バスタオルで髪を乾かしながら軽く挨拶してみる。

 

「おはようございます。お兄ちゃん」

 

プイッとそっぽを向きながらどこか棘を感じる返しに…

 

「(やっぱり起こさなかったことを怒ってるか…)」

 

忍はそう考えていた。

 

「起こさなかったのは悪かったよ。でも、お前もなんで俺のベッドに潜り込んでたんだ?」

 

とりあえず、謝ることにした忍だが、ベッドに潜り込んでいたことに対しては嫌な予感がしないでもなかったが、聞かずにはいられなかった。

 

「だって…昨日のことが本当に夢じゃないって実感が欲しかったから…」

 

「雪絵…(母さんと似たようなことか…)」

 

だからと言って男のベッドに潜り込むのもどうかと思うが…。

 

「それに…朝一番にお兄ちゃんの顔を見たかったですし…私だけ寝顔を見られたのはなんだか、不公平です…」

 

「(………理由がちょっと病んでないか?)」

 

ブラコンも度が過ぎれば病み気味になるか…?

 

「2人共、今日も学園でしょ? 朝ごはんの前に着替えてきてね」

 

「あ、はい」

 

「あぁ、わかった」

 

雪音に言われ、忍と雪絵はそれぞれの自室に戻って制服に着替える。

 

「これが…家族というものか…」

 

制服に着替えた後、忍はデバイス群のチェックをしながら身に着けられるモノを着けていく。

具体的に言えば、右手首にファルゼン、左手首にアクエリアス、両手の中指にダブルフューラーを身に着け、ネクサスやブラッドシリーズは今回は鞄の中へと放り込んでいる。

 

『嬉しそうですね、マスター』

 

アクエリアスが今の忍を見てそう呟く。

 

「そう見えるか?」

 

『はい。家族に会えたのが、本当に嬉しそうに感じます』

 

「……なら、少し気を引き締めないとな…」

 

『マスターらしいですね…』

 

そんな忍の言葉にアクエリアスは苦笑していた。

 

「とりあえず、学園で事件の噂でも聞きながら、ユウマにパンドラについて聞くか。ついでに親父にも事件の概要を聞かないとな」

 

『そうですね。それに少々気になることもありますし…』

 

「気になること?」

 

『はい。私の勘違いかもしれませんが…』

 

「?」

 

珍しくアクエリアスが言い淀む様に忍も首を傾げながら自室を出てキッチンへと向かう。

 

「おう、来たか」

 

そこには既に食卓に着いてる狼牙(人間体)の姿もあった。

 

「はい、これ。忍君用ね」

 

そう言って雪音は蒼い茶碗を忍に差し出す。

 

「昨日も思ったが…ずっと用意しててくれたのか?」

 

「ったりめぇだ。俺達はお前のことを片時も忘れたことはないからな」

 

雪音から黒い茶碗を受け取りながら狼牙が言う。

 

「そうだよ。正直、恨まれてるかもって思ってたけど…杞憂みたいだったし…」

 

そう言いながら雪絵にピンクの茶碗を渡し、自分は白い茶碗を持つと食卓に着く。

 

「それじゃあ、朝飯も一家団欒と洒落込もうぜ? いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

そう言って朝食も一家で食べることになった忍達。

但し、ご飯は冷たいが…。

 

 

 

朝食を終えてからしばらくして…

 

「「行ってきます」」

 

兄妹揃っての登校である。

 

「はい、いってらっしゃい」

 

玄関前には雪音と狼牙が揃って立っている。

 

「忍。帰ってきたら昨日の話の続きだ。いいな?」

 

「わかってるよ。というか本来はそっちが本題だったんだからな」

 

「はっ、そっちよりもこっちの方が重要だったんだから別にいいだろ。資料は纏めとく」

 

「頼む。こっちもこっちで学園に短期編入したんだから独自に調べてみるつもりだしな」

 

狼牙と忍はそれだけ言葉を交わす。

 

「お兄ちゃ…じゃなくて、忍先輩。早く行きましょ」

 

昨日確認したばかりだというのに、早速"お兄ちゃん"と言おうとした雪絵はすぐさま言い直す。

 

「学園で"お兄ちゃん"ってのは言うなよ。色々と説明が面倒だからな」

 

困ったように言ってから歩き出す忍に対して…

 

「はい。わかりました」

 

嬉しそうにそれを追い掛ける雪絵の足取りは軽かった。

 

 

 

そんな2人を送り出した両親は…

 

「雪絵ちゃん。本当に嬉しそう」

 

「それはお前もだろ?」

 

「まぁ、そりゃね。あなたもそうでしょ?」

 

「……違いねぇ」

 

忍との再会を心から喜んでいたようだった。

 

………

……

 

・フェイタル学園

 

時間的に言えば、朝練する部活動や登校する生徒がまばらな時間帯のはずだが、今日に限っては人が妙に多く感じていた。

そのため…

 

「お、おい…雪白さんと一緒に歩いてる奴、誰だ!?」

「ま、まさか…彼氏!?」

「嘘だろ!? あの雪白さんがだぞ!?」

「俺だって告ったけどフラれたんだぞ!?」

 

朝練もあるというのに男子の悲痛な叫びが所々から聞こえてきて…

 

「あれって…昨日編入した紅神君!?」

「一年の雪白さんと一緒って…」

「ま、まさか、昨日の恋人って雪白さんのことだったの!?」

「で、でも…雪白さんってここ出身でしょ? 紅神君はミッドから来たって言ってたし…接点がわからないよ!」

 

同じクラスの女生徒もいたのか、そんな囁きも聞こえてきた。

 

「お前、こんなに人気があったんだな」

 

「忍先輩も人のことは言えませんよね?」

 

忍の言葉に雪絵がぷくっと膨れながら言い返す。

 

「こりゃお互い、説明に時間を食いそうだな…」

 

「でも…本当の事は言ったらダメなんですよね?」

 

「当たり前だ。こんな騒ぎに油を注ぐような真似できるか…」

 

この騒ぎの中、忍と雪絵が兄妹だという事実を言えば、何が起こるかわかったものじゃない…。

しかも雪絵の性癖と忍の倫理観を疑われたら悪目立ちしてしまうことこの上ない。

 

「とりあえず、お前は俺が…雪白探偵の客ってことで言い貫け。俺の方も何とかする」

 

「それはわかりましたけど…一緒に登校した理由は…?」

 

「無難に偶然出会ったでいいだろ」

 

ちなみにこれらの会話は忍が周りに遮音結界を張っているので漏れる心配はない。

 

「じゃあ、またな」

 

「はい」

 

玄関で別れると、それぞれ自分の教室へと向かう。

 

が…

 

「おい、編入生。ちっとツラ貸せや」

 

いかにもスポーツマン的な奴を筆頭に多様な人物の集団が忍の前に立ちはだかる。

 

「(別れた途端、これかよ)」

 

うんざりしたような表情を表に出さないようにしながら…

 

「何か?」

 

至って平然な風に問い掛けていた。

 

「いいから、ツラを貸せ」

 

問答無用と言いたげである。

 

「(雪絵のファンクラブかなんかか?)」

 

ひたすら面倒だなと思いつつ…

 

「まぁ、少しだけなら…」

 

と言って集団に連れてかれて空き教室まで来てしまった。

 

「(さてはて、何を言われるかな…)」

 

素人相手に体術を使う訳にはいかないが、出口までの道のりだけはしっかりと確認しておく忍だった。

 

「お前、雪絵さんのなんなんだ?」

 

リーダー格らしきスポーツマン的な奴が開口一番、そう聞いてきた。

 

「何と言われても…俺は彼女の父親の方に用事があっただけで、これといって何も関係ないけど…」

 

そう言い張る忍に対して…

 

「じゃあ、これはなんだ?」

 

スポーツマン的な奴はそう言ってこの世界の携帯端末の画面を忍に向ける。

そこには今朝、雪絵と共に雪白探偵事務所から出る忍の姿が映し出されていた。

 

「これ、盗撮じゃねぇか?」

 

当然の反応に周囲の男子生徒達は"うっ"となるが…

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

スポーツマン的な奴はそう断じる。

 

「(どうでもよくねぇだろ…)」

 

その物言いに忍は内心ツッコミを入れる。

 

「それは…昨日、色々と話を聞いてたらかなり遅くなってな。俺は帰ると言ったんだが、彼女のお母さんが危ないからと泊めてくれたんだ」

 

「「「「泊めてくれただと!!?」」」」

 

忍の言葉に周囲の男子生徒達が絶叫する。

 

「ただ、それだけだよ。やましいことなんて何もない」

 

忍のその堂々とした立ち振る舞いに男子生徒達はこれ以上、強気に出れないでいた。

実際は添い寝までしたのだが、それをこの場で言う必要性は皆無である。

 

「くっ…ならば、パンドラで勝負だ!」

 

「は?」

 

"なんでそこでパンドラが出てくる?"という不思議な表情をする忍を前に…

 

「俺が勝ったら今後一切雪絵さんに近付くな! いいな!?」

 

スポーツマン的な奴はそう言っていた。

 

「パンドラがどういうものかも未だわかってない相手にそんなこと言われてもな…」

 

「それなら俺の不戦勝で、お前は二度と雪絵さんに近付くことは出来ない。それでいいんだな?」

 

そこまで言われては忍も黙ってはいられなかった。

 

「はぁ…売られた勝負は買う主義だけどよ。俺はパンドラ自体への登録がまだなんだよ。そんな相手に不戦勝って、お前にプライドはないのか?」

 

「なんだと…?」

 

忍の言葉にスポーツマン的な奴の眉がピクリと動く。

 

「ま、俺としては、こんな些細なことに時間もかけられねぇし、別に登録直後に勝負してもいいんだけどよ」

 

ざわざわ…

 

そんな挑発的な忍の発言に周囲の男子生徒達も(ざわ)めき出す。

 

「俺も舐められたものだ…」

 

言われた当の本人は拳をわなわなと震わせていた。

 

「俺のランクは3だ。登録したての奴が勝てるほど、パンドラは甘くないんだよ!!」

 

「ま、やってみなきゃわからんこともあるさ…」

 

そう言うと話が終わったとばかりに忍は出口に向かう。

 

「あ、そうそう…俺が勝った時な」

 

思い出したように忍は立ち止まると…

 

「なに?」

 

「テメェだけが勝った場合の条件付きなんてのは不公平だろ? 俺が勝ったら、そうだな。お前らが持ってる彼女の盗撮写真…全部処分しろよ?」

 

そう言い残していた。

 

「ハッキリ言って、男らしくないんだよ。影からこそこそ人の写真を勝手に撮るとか…人として恥ずかしくないのか?」

 

そう言って鋭く冷たい視線だけを集団に向けると、空き教室から出て行った。

 

………

……

 

昼休み。

 

「という訳で放課後、パンドラの登録に付き合ってほしい」

 

「し、忍さん…また、なんというか…」

 

昼食を食べながら忍の話を聞いたユウマが何とも言えない表情になる。

 

「無謀は承知の上だ。それでも男には戦わなきゃならない時がある」

 

「……………」

 

忍の真剣な表情を見て…

 

「わかりました。僕に出来ることなら協力させてもらいます」

 

ユウマも快く引き受けてくれた。

 

「ありがとな、ユウマ」

 

「いえ、これも雪絵ちゃんのためなんですよね?」

 

「まぁ、そうとも言える」

 

窓の外を見ながら答える忍を見て…

 

「忍さんって世話焼きなんですね」

 

「そう見えるのか?」

 

「はい」

 

クスクスと笑うユウマだった。

 

ちなみに…

 

「それよりも…そのお弁当は?」

 

「僕の手作りですけど…?」

 

「マジか…」

 

それを聞いてユウマの女子力が高いと心底思ったとか…。

 

………

……

 

放課後。

 

忍はパンドラに登録すべく、ユウマと雪絵を伴って近場のユウマが通っているというゲーセンに訪れていた。

 

「まさか、雪絵まで登録してたなんてな…」

 

「友達に勧められた形ですが、あまり利用はしてないので初心者も同然なんですよ」

 

「(いつの間に雪絵ちゃんのことを呼び捨てに…?)」

 

忍と雪絵の会話からユウマは不思議に思っていたが、昨日何かあったのかもと詮索はしなかった。

 

すると…

 

「いらっしゃいまし~☆」

 

ゲーセンの中では異彩を放つ胸元が開いて丈の短いミニスカートのメイド服を身に纏った爆乳店員が忍達の前に現れる。

 

「(何故にゲーセンでメイド?)」

 

不思議に思う忍の横では…

 

「あ、アイビスさん…////」

 

その店員の姿を見てユウマは赤面していた。

 

「ユウマの知り合いか?」

 

「は、はい…この人は…////」

 

ユウマが店員を紹介しようとすると…

 

「いやん、"この人"だなんて他人行儀なこと言わないでよ~」

 

むぎゅ~っと自らの爆乳を押し付けるようにユウマの真正面から抱き着く。

女性店員とユウマの身長差的にユウマの方が低いため、自然とユウマの顔が女性店員の爆乳に埋もれる形になる。

 

「~~~~~っ//////」

 

声にならない悲鳴がユウマから上がり、顔の赤みも増す。

 

「(あ、これは絶対に遊ばれてるな…)」

 

その光景を見て忍は何故かそう確信した。

 

「私とユウマちゃんはそんな他人行儀な関係じゃないでしょ?」

 

ニヤニヤと笑いながら女性店員はうりうりと自分の胸をユウマに押し付ける。

 

「~~~~~~~~~っ/////////」

 

恥ずかしさのあまりか…もがく様にジタバタするユウマ。

 

「そろそろ解放したらどうですか? そのままじゃユウマが窒息か酸欠か恥ずかしさのあまり死んでしまうような気が…?」

 

「えぇ~、これからがいいんじゃないのさ。このおっぱい星人め~♪ 役得だぞ~♪」

 

この人、忍の発言を軽く無視してユウマを弄り倒すつもりだ。

 

「(わざとか……というか、この世界にもそんな単語があったんだな…)」

 

そんなことを思いながら…

 

「俺はパンドラに登録したいと思ってる。ユウマにはその案内を頼んでるんだ。そろそろ返してくれないか?」

 

女性店員に少し鋭い視線を向けながらそう言っていた。

 

「むぅ~、なら仕方ないなぁ~」

 

女性店員は残念そうにユウマを解放する。

 

「ぷはぁ…あ、ありがとうございます、忍さん…///////」

 

顔が真っ赤になりながら忍にお礼を言うユウマ。

 

「だ、大丈夫ですか? ユウマ先輩」

 

その様子に流石の雪絵も心配そうにする。

 

「だ、大丈夫…大丈夫…//////」

 

とてもそうには見えないが…。

 

「で、結局誰なんだ?」

 

紹介の途中で女性店員が割り込んだためにわからなかったが、今度は大丈夫だろうと踏んでの質問だった。

 

「こ、こちらは…『アイビス・アザベクト』さん…フェイタル学園の近くにある大学に通ってる大学生です…//////」

 

忍の背に隠れながらユウマは女性店員…アイビスを紹介する。

 

「アイビスだよ。ま、ユウマちゃんの遊び相手って記憶しといてね♪」

 

ちなみにアイビスの容姿はセミロングの白髪とブラウンの瞳を持ち、若干童顔気味の綺麗な顔立ちに…高めの身長とそれに見合ったダイナマイトボディを持った女性である。

 

「(遊び相手、ねぇ…)」

 

むしろ遊んでるのはアイビスの方なのでは…?

 

「で、こっちのイケメン君がパンドラに登録したいんだっけ?」

 

「あ、はい。そうなんです…//////」

 

「(ふざけてるようでちゃんと話を聞いてるとは…)」

 

アイビスの発言に忍は少しだけ認識を改めようとした。

 

「じゃ、サクッと登録しちゃおっか♪」

 

そう言って二階に続く階段横にあるボックス部屋に案内する。

 

「まずはそこに入ってね。そしたらスキャナーが作動するからしばらく動かないでね」

 

「入ってじっとしてればいいのか?」

 

「はい。パンドラネットワークに入るのに、アバター作成は必要なことですから…」

 

「ふむ…」

 

そう言われ、忍はボックス部屋へと進む。

 

「ほいじゃあ、いっくよ~。ポチッとな♪」

 

忍がボックス部屋に入ったのを確認してからアイビスが横のパネルを操作してスキャナーを作動させる。

 

「………………」

 

しばらくしてスキャナーが完了したことが電子音声で告げられる。

それを聞き、ボックス部屋から出ると…

 

「それじゃあ、次はこっちで設定を決めてね」

 

アイビスが操作していたパネルの前に移動すると、画面にはスキャナーで読み取った忍の姿が映し出されていた。

 

「設定ね…」

 

とりあえず、忍は髪を黒から銀髪、左の瞳を真紅にするという真狼形態に近い容姿に変更した。

 

「下手に身体を弄るよりも自分の体の方が感覚が伝わりやすそうだからな…」

 

パンドラの説明にあった"意識と感覚を電脳世界に移す"という単語を思い出し、髪色と瞳の色を調整しただけに留めていた。

 

「それでは、次は観戦者か、冒険者を選んでください」

 

ユウマがそう口にする。

 

「何か違うのか?」

 

「はい。観戦者は文字通り冒険者のダンジョン攻略やモンスター討伐を観戦することが主な目的で、お気に入り登録した冒険者の攻略模様を観戦したり、電脳内通貨をお気に入りの人に賭けることでポイントを稼いでいくんですよ。ちなみにポイントは電脳内通貨に変換することも出来ます。電脳内通貨はアクセサリーを購入するのに使えますし、冒険者に転身する時の資金にもなりますから…」

 

「ふむふむ…なら、冒険者は?」

 

「冒険者は基礎ステータスを割り振るんですが、これは100の数値を体力(HP)、魔力(MP)、攻撃力、防御力、速度の五つのステータスに割り振ります。あ、でも…基礎ステータスはいずれも最低でも10は必ず割り振り、最高でも50までしか割り振れませんから気をつけてくださいね。あとで変更することも出来ませんから基礎ステータスの割り振りは慎重に決めてくださいね。冒険者の主な目的は、様々なダンジョンに入っての攻略になります。ダンジョン内にはいろんなモンスターもいて、それを討伐するクエストとかも発行されているんですよ。たまにレアモンスターやレアドロップアイテムとかもあって、それは"こういうのも入手したり、討伐したことがありますよ"的なステータスになるんです。あとは対人戦闘や大きなイベントへの参加ですかね」

 

ユウマの説明を聞き…

 

「なるほど。レア系は泊を付ける感じか。なら、俺は冒険者だな」

 

忍は迷うことなく冒険者を選んでいた。

 

「パラメーターは…こうだな」

 

忍は基礎ステータスの割り振りを体力:15、魔力:15、攻撃力:10、防御力:10、速度:50という風に振り分けていた。

 

「え…? 忍さん、本当にこれでいいんですか?」

 

忍のステータスの割り振りにユウマは目を疑った。

 

「あぁ、俺は速度を追求したいんでね」

 

「は、はぁ…」

 

ユウマは"まぁ、ステータスは人それぞれですし"と納得したようだった。

 

「最後にアバター名ですね。これは皆ファーストネームを使うことが多いんですよ」

 

「自分の名前を? セキュリティ的に大丈夫なのか?」

 

「その辺はしっかりしてるみたいです」

 

「そうか。なら…」

 

アバター名に『シノブ』と入力する。

 

すると、最後に"この設定で問題ありませんか?"という表示が出る。

 

「これを承諾すると、パンドラの登録は完了します。あ、ちなみに冒険者と観戦者はいつでも変更出来るんですよ。観戦者から冒険者になる時は基礎ステータスを設定しないといけませんけど」

 

「そうなのか」

 

そう相槌を打ちながら忍は承諾ボタンを押す。

 

ピーーーッ

 

すると、ボックス部屋の横から一枚のカード型端末が出てくる。

 

「ほい。登録は無事完了だね。それが二階に行くための身分証明書みたいなもんだから失くさないようにね」

 

アイビスもそれを確認すると、カード型端末を忍に渡す。

 

「これでパンドラネットワークにアクセス出来るのか」

 

地球じゃ考えられないハイテクな技術に忍は舌を巻いていた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

説明してる内に顔の熱も収まったらしいユウマを先頭に忍と雪絵も二階へと上がる。

 

「個室内に案内があるので、2人共それに従ってくださいね。ログインしてください。エントランスで待ってますから」

 

「わかった」

 

「はい」

 

そうして3人はそれぞれ空いている個室に入り、ユウマは手慣れた感じでパンドラネットワークにアクセスした。

 

「えっと…まずは寝台に設置されてるバンドを装着して…」

 

寝台に座り、鉄製のバンドを手首と足首に装着する。

 

「次にこのヘッドギアを額に装着する」

 

寝台横にあるデスクの上からヘッドギアを取り、それを額に装着する。

 

「最後にIDカードをデスクに差し込んで、寝台に横になる、と…」

 

IDカードをデスクに差し込んでから清代に横になると、ヘッドギアから目元を隠すゴーグルが下がり、意識がだんだんと遠退いていく感覚に襲われる。

 

「(これで本当に電脳世界とやらに行けるのか?)」

 

半信半疑であったものの、忍はその意識を手放していた。

 

………

……

 

『パンドラネットワーク・エントランス』

 

「うっ…う~ん…」

 

忍が目を覚めると、そこは見たこともないような世界が広がっていた。

 

如何にも電脳世界、という感じの全体的に白い空間で、その中に無機質な壁や通路など等間隔で設置されていたり、中央には様々な戦闘シーンを映し出す巨大モニターが四方に設置されていたりしていた。

 

「ここが…電脳世界…」

 

そう呟きながら忍は自分の体(アバター)の感覚を確認し始める。

 

「(まぁまぁ、軽いか。これなら問題なく動けそうだ)」

 

速度に半分も注ぎ込めばそれは体は軽くなるだろう。

その分、体力と魔力、攻撃力、防御力は低くなるが、忍的には速度重視の方が性に合っているらしい。

 

と、そこへ…

 

「あ、忍先輩」

 

同じく電脳世界にやってきた雪絵が合流する。

雪絵のアバターもそれほど弄ったりしてないのか、現実とほぼ同じような格好である。

 

「雪絵、大丈夫か?」

 

「はい。なんだか不思議な感じがしますけど…」

 

「最初の内はこうなのかもな」

 

ちなみに両者共にフェイタル学園の制服姿である。

最初にスキャンした服装まで忠実に再現するとは…。

当然ながらただの制服に耐久力などはないので、早急に装備を整える必要があるが…。

 

と、そこに…

 

「あ、2人共…ここにいたんだ」

 

ユウマ似の美少女が現れる。

 

「えっと…どちら様?」

 

雪絵が困ったように忍の背に隠れながら問う。

 

「ぼ、僕だよ。ユウマ」

 

「ユウマ? にしては女のアバターに見えるんだが?」

 

「うぅ…僕だって好きでこのアバターにしたんじゃないもん。でも機械が僕を女の子だって誤認して…」

 

どうやらユウマは機械でさえ少女と間違われるようだった。

 

「そ、そうなのか…(こいつもこいつで苦労してんだな…)」

 

何故か同情を禁じ得なかった。

 

「そ、それよりも…忍さんは装備を調達しないとね。幸いにも貸し出し武具があるから、そこで借りよ?」

 

「そうだな…」

 

そうしてユウマの先導で忍と雪絵は武具の貸し出し屋にやってきた。

 

「ふむふむ…ステータスに合った武具が揃ってるのか…」

 

忍があれこれチェックしている間…

 

「雪絵ちゃんは観戦者なんだね」

 

「はい。争い事はちょっと…」

 

「そうだったね…」

 

雪絵とユウマがそんな会話をしていた。

 

「よし、こんなもんか」

 

スピードタイプということもあり、忍は防具に体力ゲージと防御力を少し上げる赤いTシャツと黒いスラックス、対魔性のロングコート状の黒衣、速度を補助するスニーカーという奇しくもネクサスのバリアジャケットに近い形になった。

 

「武器はどうしますか?」

 

「そうだな…」

 

武器のコーナーを見ると、近代的な銃器から昔からある刀剣類まで様々なものがあった。

貸し出しの初期装備のため、ステータス自体はどれも低めに設定されているが…。

 

「やっぱり、二刀流かな…」

 

そう言って忍はステータスの異なる刀を2本手に取っていた。

右手側のステータスは軽いため攻撃力と速度が高くなり、左手側のステータスは重いため防御力が高くなる代わりに速度が少し低くなるという代物だった。

 

「大丈夫なんですか? そんな相反するような武器で…」

 

「問題ない。後は慣れなんだが…」

 

そうこうしていると…

 

ピピンッ!

 

新着情報という表示が目の前に現れる。

それはユウマや雪絵、他のプレイヤーにも届いているようだった。

 

それを開くと、ただ一文だけが書いてあった。

 

『編入生、コロシアムまで来い』

 

という内容だった。

 

「へぇ、こんなことも出来るのか」

 

「運営に頼めばある程度は融通が利きますから…」

 

忍の疑問にユウマが答える。

 

「これで逃げ場はなくなったな。少し慣らしたかったが…ま、ぶっつけ本番で何とかするかね」

 

そう言って二刀を腰に携えた鞘に収めると…

 

「じゃあ、ユウマ。コロシアムとやらまで案内を頼む」

 

「もしもの時は僕も加勢するからね?」

 

心配してそうな雰囲気でユウマはそう言う。

 

「そこまで心配しなくても大丈夫だろ」

 

そう答えて忍は歩き出す。

 

「あ、忍さん!」

 

「忍先輩…」

 

忍の後を追い掛けるユウマと雪絵。

 

 

こうして、忍のパンドラ内での初戦闘が始まろうとしていた。

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