好きな作品二つを組み合わせました。俺ガイルについては、八巻後、九巻へ続けられなかった状態へと分岐したと思ってください。そして、八幡なりに苦悩しているものとも思っていただけると幸いです。
ではでは、よろしくお願いします。
「……はい、雪ノ下です」
受話器の向こう、呼び出し音が二回くらい鳴ってからあいつの声が聞こえた。この早さで出たってことは由比ヶ浜もちゃんと伝えてくれていたようだ。
「雪ノ下、俺だ。比企谷だ。いつもみたいな返しは今は求めてない。だから簡潔に、俺の要件だけ告げる」
「……らしくないわね。あなた、そういう人だったかしら?」
「自分でも驚いてるんだ、あまり言わないでくれ。それくらいには、あの場所に思い入れがあるんだよ、俺も」
「っ……」
雪ノ下が息を飲む音が聞こえた。そうだ、最初からこうしていれば良かった。そうすれば、今俺はこうやって身を切る思いで由比ヶ浜に、雪ノ下に電話なんかしなくて良かったんだ。
わざわざ由比ヶ浜に俺の本音を言って、雪ノ下の番号を聞いて、こうして今度は雪ノ下に電話して。
……ぼっちが無茶をするな、なんて自嘲的な笑みが浮かんだが、すぐに消すことにする。今はそういうのはどうでもいい。
「あなた、比企谷くんなの?」
「別人なのかもな。三人の居場所が心地よくて、柄にもなく守ろうとして、その結果がこの様だ」
「……ちがう。それは――」
「いい、雪ノ下。それは今度聞く。来週の土曜日、暇か?」
「え? ええ……予定はないわ」
「じゃあ、午後二時にサイゼに集合な。由比ヶ浜も来る。俺発案の呼び出しだ、ドタキャンはするなよ?」
「……なんの、つもりなの?」
「薄々わかってるんだろ? 俺とお前と由比ヶ浜、この三人で話すことなんか一つしかないだろ」
「比企谷くん、私は……」
「そういうのは当日聞く。……本音を話す覚悟はしていくからな。これだけは、逃げねぇよ」
「…………わかったわ。比企谷くん、その日に落ち合いましょう。先駆けて行言うのはダメかもしれないけど……ありがとう」
「どう転ぶかはまだわかんないから、早いんじゃないか?」
「それでもよ。……電話は良くないわね。余計なことまで話しそう」
「それには同意する。……じゃあな、雪ノ下」
「ええ、またね。比企谷くん」
ブツ。と音声が途切れて、通話の終了を知らせてくれた。俺は思いきり息を吸って、吐きながらその場にへたり込むようにして天井を見上げた。
「……変わるってのは、こういうことなのか」
わからない。わからないが、わからないなりに多少はやってみるしかない。それだけ俺の中で奉仕部が大きくなっていたのも事実だし、この電話で救われたような気にもなっていた。
「由比ヶ浜も泣かせちまったしな……はぁ、ぼっちに求めるものが多すぎな気がするな、いろいろと」
由比ヶ浜に俺の本音を告げたら、あいつは電話越しに泣いて喜んでいた。一度無理矢理にでも距離を置こうとした時と、今と……あいつにも頭が上がらないかもしれないな。
ふと、自分の思考に苦笑いが浮かぶ、俺もなんだかんだで多感なお年頃、目が腐っていようと影響は受ける、ということか。
「……はっ」
笑ってやった。とりあえず、これでいいのだろう。
――一色いろはによる生徒会選挙のいざこざで、俺は雪ノ下の思惑を知りながらも、奉仕部を守る為に自分を曲げてまで、一色を生徒会長にしたてあげた。
結果として雪ノ下は奉仕部におり、生徒会長一色いろはも順調、何も変わらないはずだった。"表面的"には。
しかし、雪ノ下雪乃は俺に失望したのだろう。そもそも、期待などするなと言いたいが俺自身、文化祭の出来事で雪ノ下に失望していたのだからお互い様だ。以来、姉に比べるとひどく不出来な仮面をつけて俺達に接するようになってしまった。
責任は俺にもある。何より、あんな雪ノ下と泣きそうな由比ヶ浜を見ていたくない。俺は、俺のためにまた奮起することにした。何を言うかわからない、どうなるかもわからない。が、間違いなく踏み出せた一歩に俺は素直に喜ぶことにした。今の俺の目、元に戻ってないかな? ……ないか。
「さて、と」
本件を終わらせて、俺は机の上にある"それ"を見つめた。
ナーヴギア。今日から始まる、SAO(ソードアートオンライン)というネットゲームを遊ぶ為の媒体だ。フルダイブ型の大型MMORPGで、中学時代からこの手のゲームを遊んでいる身としてはかなり興味のそそられるものである。……ゲームの中ならぼっちでも話せるんだよ。リアルより充実してんだよ言わせんな恥ずかしい。
と、とにかく。これは妹の小町がクジか何かで当てていたようで、そのまま俺のもとへ来たものである。持つべきものは可愛い妹だ。あいつもやりたいと言っていたので、先に俺が進んでいつか引っ張ってやる予定だ。
「サービスは昼から……あと五分だな。よし」
予想よりも重いそれを頭につけて、俺はベッドへと横になった。
来週は一大イベントが迫ってるからな、今のうちに楽しんでおくとしよう。
「……時間か。よし、行くか。
"リンクスタート"」
瞬間的に、俺の意識は闇へと飲まれていった。
―――――
「っと、ここが"はじまりの街"か。すげぇな、ファンタジーの世界に入り込んだみたいだ」
こりゃ、ハマる人はハマるな。受験生にもなるわけだし、あまりやり過ぎないようにはしないとな……
まぁ、ちょっとくらいはいいか。
視界の左上にはキャラクリエイト時に付けた名前"Hachiman"と俺の体力バー。おそらく、俺の外見も黒髪の背の高い青年になっているはずだ。
さて、ネトゲで最初にやることは一つ。
「モンスター、狩ってみるか」
どこか足取り軽く、俺はフィールドへと繰り出していった。
「いまいちよくわかんねぇな……ソードスキルが安定して出ない」
適当にモンスターを狩って一時間。ソードスキルについて、俺は一人項垂れていた。別段、このゲームは他のネトゲよりも通常の攻撃に重きを置くのか倒せなくもないんだが、やっぱり必殺技的なのは欲しい。それに先ほど出せたソードスキルの威力は高く、やはりあると便利だろう。
「……あれ、沸かないな」
「他にも誰か……あ、いたな。おーい!」
ふと、後ろから声が聞こえたので、振り返る。ネトゲ内なら顔も違うからぼっちスキルは発動しづらい。
会話もしやすいしな。
「……俺か?」
「他に誰がいるんだよ。お前さん、ここで狩ってたのか?」
「あー、まぁな。そっちはパーティか?」
バンダナを巻いた男に、黒髪の男。黒髪の男はじっとこっちを見ていて、バンダナの男は笑顔を浮かべた。
「いや、今このキリトにゲームを教わってんだ。こいつ、ベータテスターだから上手いんだよ」
「おー、ならちょうどいい。俺も教えてもらえないか? ソードスキルが安定して出ないんだよ」
「ああ、構わない。えっと……ハッチマン?」
なんだそれ、ワイリーにでも作られたロボットかよ。リーフシールドとか落とさないからな?
「ハチマンだ。そっちは……」
「俺はキリト。こっちがクラインだ」
ベータテスターの黒いのはキリト、赤いバンダナはクラインだな。よし、覚えた。
雪ノ下や由比ヶ浜も、ネトゲでの俺のコミュ力には驚くだろうな。……オフ会とかはとてもじゃないけど行く気になれないが。
「お前さんもかー。ソードスキルって安定しないよな? 今レベルいくつだ? 俺はさっき2になったんだ」
軽い調子で話しかけてくるクライン。リアルじゃとてもじゃないが上手く話せる気がしない。ネトゲってすげー。
「今3だ。黙々と狩ってたんだよ」
「……え?」
「どうした?」
「ソードスキルも安定しないのに、か?」
「別になくても狩れるからな」
どうしたんだキリトのやつ。別に何も凄いことをしてるわけでもないだろうに……
「……ちょうどいい。あれと戦ってみてくれないか?」
「ん? ああ、わかった」
腰に差した剣を抜いて右手に構える。俺のこの武器はキリトと同じ片手剣だが、差す位置が違う。キリトは背負うように携帯してるが、俺は刀のように腰に差している。これはまぁ好みの問題で、特に性能に差はない。
目の前には先ほど何回も倒したイノシシのモンスター。
「……ふっ」
一息ついて、まずは一足飛びに一撃。返す刀でもう一撃。
「おお」
「早い……」
クラインとキリトの声が聞こえる。ほんとネトゲすげー。リアルでこんな称賛もらうことなんか絶対ないぞ俺。……言ってて悲しいけど。
「よっと……これで終わりだ」
繰り返すこと数回。滅多斬りにあったモンスターは綺麗な色を出して消滅した。
ソードスキル、結局出せなかったな……
「お、レベル上がった」
「おめでとう。ハチマンはあれだな、ゲームが上手いんだな」
「そ、そうか?」
やめろ、ネトゲとはいえぼっちは手放しで誉められるのには弱いんだよ。
「敏捷極振りだろ? それ。手数でDPS稼ぐタイプなんだな。というか、それでソードスキル使えないとか勿体ないぞ」
ふむ、キリトはよく見てたようで、俺のスキル振りに気づいていたらしい。
まぁ、結局ぼっちな俺としては逃げる足もないとだからってことで敏捷に極振りすることが多い。今回も、ゲームスタート時に振ったポイントとレベルアップでのポイントは敏捷に七割、腕力に三割といった配分で振っている。
「レベル、俺も抜かれちゃったな。よし、抜き返す為にも三人でしばらくやろうぜ」
キリトの声に、俺とクラインは一も二もなく頷いたのだった。
―――――
何時間経っていただろう。あれから俺はキリトやクラインと狩り続け、ソードスキルはもちろんレベルも全員5になっていた。キリト曰く、次の街の敵でも安全なマージナルでやれるレベルであるらしい。
「さて、俺は一旦落ちるかな。ピザ頼んであるんだよ」
「俺もそろそろ夕飯だな。食ったら次の街に行ってみるか」
「ならハチマン、俺も行くよ。パーティで行った方が道中も楽だろ?」
「……だな。よし、ならすぐ食ってくるか……あれ?」
そんなわけでログアウトしようかとコマンド探すと、どうにもログアウトがない。
いや、ないってなんだよ。おかしいだろ。
「ログアウト……できない?」
「なーに言ってんだよハチマン……って、あれ? おい、マジでねーぞ!」
「……おかしい。サーバー側からの何か、か?」
キリトがぶつぶつと何かを呟いている。
……いや、言いたいことはわからなくもない。が――
「うぉっ! なんだこれ!」
「これは……転移?」
突如として俺とキリト、クラインは青い光に包まれていた。
移動先にて目に入ったのは広場。ここは、はじまりの街の広場か。
「あいつらは……」
いた、けど遠い。くそ、またぼっちか……
ってそうじゃない。なんなんだ、これは……
―――――
「……」
このゲームの製作者の名前を名乗る人間から伝えられたことを反芻する。
曰く、俺はこのゲームに閉じ込められた。
曰く、ナーヴギアは外そうとすると脳を焼き切る。
曰く、もう二百人ほど死んでいる。
曰く、HPが0になったらリアルでも死ぬ。
リアルと寸分変わらぬ姿になった俺は、腐った目すら忘れて立ち尽くした。
「……そんな、ばかな……」
気づけば、キリトもクラインもいない。パニック状態の街の中で、俺は一人空を見上げた。……あいつらも平常心ではいられないだろう。俺もだ。
「ふざ……けるなよ……」
俺はあいつらに、雪ノ下と由比ヶ浜に言うことがあるんだ。
謝ることが……あるんだ……
「ふざけるなぁっ!」
何年ぶりにか、大声をあげた気がする。自分にこんな声が出せたことに驚きが隠せなかった。
「死ねるか。こんなところで。俺は戻る。あいつらに謝らないといけないんだ。こんなところでビビってられるか。
……誰が小町を家で待つんだ。誰が由比ヶ浜に、雪ノ下に謝るんだ。誰が、奉仕部を元に戻したいんだ」
どれくらいかかるかわからない。間違いなく、約束の日には間に合わないだろう。
初めてだ、こんなに感情が落ち着かないのは初めてだ。
「……謝らなきゃいけないことが、増えたな。くそ、雪ノ下辺りに思いきり罵倒されそうだ」
……やってやる。クリアできないと帰れないならクリアする。負けるのには慣れてようと、死ぬことを許容した覚えはない。
絶対に、俺はあいつらの所へ帰る。帰って、やる。