この通り、今回のエピソードでは遂に八幡と、アインクラッド編の終わりに向けての伏線を散りばめていきます。
八幡のキャラやアイデンティティーに関わる話なので、キャラ崩壊やらは多少目を瞑っていただけたら嬉しいです。
もちろん、八幡らしさをちゃんと出せるように頑張りますのでよろしくお願いします。
「……はー、気持ち悪いな」
迷宮を焔雷を片手に歩き回る。あれだ、さしずめお化け屋敷って言ったところか。さすがはホラーフロア。
正直、腰に焔雷がなかったらとても攻略したくねぇ。いつぞやのボス階層で出たゾンビはまだいいんだ。
海外のモンスターってのは比較的びっくりとか、グロテスクが売りなもんだからな。
けどなんだよこの和風フロア。和製ホラーってのは海外でもドン引きされるような出来なんだからな?
こりゃ、キリトやサチは攻略が嫌で下の層の事件に首突っ込んでるのかもな。
「っと、いきなり出てくるんじゃねぇよ」
幼女な見た目の口裂けモンスター。気味が悪いわ後味悪いわで、こればかりはぼっちプレイも過酷に感じる。
「頼むから成仏してくれよ」
抜刀術のソードスキルで沈める。
正直、これを躊躇う理由はもうほとんどない。情報なんてないし、俺に聞きに来ようものなら逃げるし。
快適な攻略の為にはボス戦で使うべきではあるんだが、今回に関してはヒースクリフの意を汲むか。
……別に楽をしたいわけではない。本当だぞ?
前もって今回はよほどがない限り前に来るなと言われたのもあって、大人しくさせてもらおうと言うわけだ。
「……ずいぶん毒されて来たか、俺も」
久しぶりに完全な一人になったせいか、場所が場所だが小さくため息を吐いた。
ここ最近、本当にらしくなかったからな。パーティに誘われまくりの日々、一年半もこうしてゲーム内で命のやり取りをしていれば、嫌が応でも順応してしまうものなのか。以前よりも四強や影纏いの言葉に嫌悪していない俺がいる。肯定する気もないが。
受け入れつつある、というのか。まぁ、正直に話せばこれまでのトラウマだらけの日々よりもこのSAOでの時間の方が濃いのは間違いない。……間違いないが、
「だからと言って、あいつらに勝ることは絶対にない。あり得ない」
奉仕部にいた時間だけはこうなっても明確に思い出せる。
それが、今でも俺の拠り所だ。俺が、俺を保てる理由でもある。
「雪ノ下、由比ヶ浜、俺は……本物が欲しい」
あの時から抱いていた身の丈に合うかもわからない願いは、まだ届けられない。
だから、決して死ぬわけにはいかない。でも、帰らないわけにもいかない。
この世界は、このゲームは本来なら俺の欲しいものが見えたのかもしれない。みんな、俺をハチマンという人間として評価してくれるし、俺も、頼るなんていう滅多にできないことができた。でも、それではだめだ。前には進めない。
あの二人に、あの時に話すはずだった言葉をかけるまで、俺は高校二年の冬休みで止まっている。
例え二人が俺なんて忘れて前に進んでいたとしても、それを知るまでは俺は進めない。比企谷八幡は、どんなに捻くれようとも雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣にははっきりと言わなくてはいけないことがある。
結局のところ、八幡はあの時に止まったままで、ハチマンだけが不相応に前に進んでいる。だから、俺はあいつらのようにリアルまで込みで仲良くしようなんて考えられない。まぁ、リアルとじゃ評価が違うのも事実だが。リアルで会う気がないからこそ、このコミュ力があるとも言える。
「……とっととクリアしないとな」
少し、気持ち悪さが紛れた。
俺がこんな風に考えているなんて知ったらあいつらはなんて思うだろうか。
雪ノ下は……案外ちゃんと聞いてくれそうだ。あれで真摯な言葉にはちゃんと答えるからな。
由比ヶ浜は、喜びそうだな。尻尾でもブンブン振りそうだ。
「さて、行くか――」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
気を持ち直して歩き始めようとして、そのタイミングで聞こえた悲鳴に、俺は本気で帰ろうか悩んだのだった。
―――――
「で、何やってんのお前」
そちらへ向かえば、いたのはここのところ姿を見せなかった閃光様。地面に座り込んで口裂け幼女に囲まれていた。
一応助けてみれば、まだこちらを睨むようなアスナは「うー」と威嚇したままである。
「ここに遅れを取るほどではないだろ、いくらなんでも」
「…………のよ」
「あ?」
「ダメなのよ、こういうの!」
「……あー、なるほどな。でもお前、いつだかのボス部屋でのゾンビは大丈夫だったろ?」
「ああいうのは大丈夫なのよ! でもこういうお化け的なのはダメ。無理なのよ」
「……もしかしてお前、前の階層の攻略もあんまやらなかった理由って……」
「……わ、悪かったわね」
どうやらそういうことだったらしい。
攻略組の人員の為に四強を外そうなんて言ったのも建前なんじゃないのか、これじゃ。
「……まぁ、いい。俺は行くぞ」
ピコン。とパーティへの勧誘音で足を止められる。
送り主は言わずもがな、アスナだ。
「お前な……」
「攻略はしたいけど、一人はもう嫌なの。お願いハチくん」
「……はぁ」
まぁ、いいか。今は一人でいると余計なことを考えまくっちまうしな。
気を紛らわすならパーティ組んでる方が楽か。
「後で飯奢れよ」
……本音を言えば、このホラーフロアは一人だと俺もなかなか苦しいってのがあるから、とりあえずこいつと組んでとっとと攻略してしまいたい、というものがあったりする。
―――――
「もういや……」
「俺はお前がもう嫌だっつの」
あれからそれなりに時間が経って、俺はヒースクリフのアスナをよろしく。と言う言葉を思い出していた。
もしかして、こういうことか。
アスナはモンスターが現れる度に軽く悲鳴をあげて、悲鳴をあげて、叫んで、なんなんだこいつは。
ヒースクリフが言っていたのはお守りのことだったのかよ。
「攻略の鬼ともあろう者が、どうしたんだよ」
「無理なものは無理! ハチくんだって及び腰じゃない!」
「ばっかお前、俺がこういうの大丈夫なわけないだろ」
お前が必要以上に驚いてるから大丈夫なんだ。じゃなかったら今日はもう帰ってる。
ほんとにね、マジで。
「はぁ……お前。今回も休んでればいいんじゃね?
ヒースクリフも他の攻略組育成にやる気を出してるしな」
「だとしても、攻略はしておきたいのよ……」
強情な奴め……
「強情な奴め……」
おっと声に出して言ってしまった。睨むな睨むな。
とは言っても、お前さっきから一歩も前に歩こうとしてないじゃん。
「別に、無理なもんは無理でいいだろ。我慢する必要もない。見栄や体裁なんてこんなとこじゃあっても意味ないしな」
俺の場合、リアルでも意味あるかわからないけどな。
「ハチくんは、捻くれてるくせに素直だよね、そういうところ」
「一言余計だ。俺は基本的に素直なんだよ。もう仕事したくない。帰りたい」
「――でも、やらなきゃだからやるんでしょ?」
「……別に、そういうわけじゃねぇよ」
遠からず、ではあるが。これこそ素直にいう必要もないからな。
だから、俺はニヤニヤと笑うアスナから少し離れた。
こいつ、さっきまでビビりまくりだったくせに。
「あのな、何をどう勘違いしてるか知らないが、俺は自分の為だけに動いてる。
そうやって、さも理解しているかのような物言いは不愉快だ。俺を本当に理解できてる人間なんてそういないし、そもそも自分が理解されるような人間でもないことは自負してる。そして、それでいいと思ってるからな」
……少し、言い過ぎたか。らしくない、また感情的になっちまった。
やっぱりここは良くない。今一度はっきりさせなくてはいけない。
――俺が、勘違いしない為にも。
「お前らが欲しいのはハチマンの力だ。俺が四強なんて位置にいるからこそ、こうしてお前らとの関係性が保ててる。
勘違い、しすぎるなよ。アスナ」
ここは仮初めだ。リアルではあってもゲームでしかない。だから、ダメだ。居心地良く感じることはいけない。
何より、こんなところで本物を求めたら、あいつらに申し訳が立たない。
「……勘違いじゃないよ」
「あ?」
「勘違いなわけないじゃない。私、1層からキミと面識あるんだよ?
別にその頃からこのゲームのトッププレイヤーじゃなかったでしょ、私達。それに……強さだけ求めてるなら、私はキミにあんな態度とらなかった。同じように、どんなことがあってもクリアを目指してる仲間で、私の理解者だって思ったから。だからあの時にハチくんがこの世界をちゃんと生きてるって知って悔しかった。悲しかった。もし強さだけ求めてるなら、強いままなんだからこんな気持ちにならないよ。
理解してない? うん。だって、ハチくんのこと何も知らないから」
俺を見つめるアスナから、視線を外すことができなかった。
なんだ、こいつは。こいつは誰だ。つい少し前まで俺に敵意を向けてきた人間が何を言ってる?
「前に、焔雷の素材を取りに行って、ハチくんとお話したでしょ?
それからね、今までハチくんと話して来たこととか覚えてる限り全部思い出してたの。そうしたら、一つ気づいたんだ。
ハチくん、どうでもいいことには本音とかで話しやすい。それで、自分を含めて大事なことほど本質を隠そうとするの。私との会話でもそう。私がキミに敵意剥き出しの頃はなんでも素直に答えたり話してくれてたよね。それはつまり、私がどうでも良かったから。でも、こうして普通に関わってると捻くれた物言いが増えるんだよね。それはつまり、多少なりとも気を許してくれてるってことだよね?」
「そんなわけないだろ。どんだけおめでたい性格してるんだよお前は」
「ならハチくんのこと教えてよ。理解してるみたいな態度が嫌だったならそんな風にしたのを謝るから。
だから、ハチくんのこと教えて? 私はキミのこと知りたいよ。私だけじゃない。クラインさん達やエギルさんもそう。何より、キリトくんや黒猫団のみんなだってハチくんのこと、知りたいと思ってる。ハチくんだって、気づいてるでしょ? みんなが本気なの」
「……アスナ、もうやめろ」
いけない。これ以上はいけない。
なんだこれは、なんだこいつは。ここまで真正面から俺に向かって来た奴はいたか?
空気も読まず、スルーもせず。この女は一体なんなんだ。何より、なんで反論ができないんだ、俺は。
「止めない。ねぇ、ハチくん。
キミが求めてる"本物"。そこに私達も入ることって、できないのかな――」
――衝動的に、柄を握っていた。抜刀術を発動していなかったのは幸か不幸か。
アスナは急に戦闘体勢に入った俺にすら、変わらぬ佇まいで立っていた。
「次言ってみろ。さすがの俺にも我慢の限界があるぞ」
ふざけるな。俺をよく知りもしない人間が、どうしてこんな偉そうにしている。
アスナ、お前なんて雪ノ下の能力を少し下げて由比ヶ浜のコミュ力を足したある種最強型じゃないか。そんな奴が、俺と関わるのはおかしいだろ。
「ハチくん、リアルとこっちを割り切り過ぎて逆にくっつけちゃってるよ?」
「どういうことだよ、はっきり――」
「あー失礼。そこにいるのは四強の"閃光"殿と"影纏い"殿とお見受けする」
俺の言葉は第三者の声で途切れることとなった。
声のした方を見れば、そこにはそこそこの規模のパーティ。
良さそうな装備に身を包んだ一部隊がいた。
「あなた達、軍の……」
「いかにも。我らは新生した軍の攻略部隊です。
攻略組の四強のうち、二人とお会いできるとは良かった」
今度はアスナが不機嫌そうになる。対して俺はちょうど良かった。
ここらでいつもの調子に戻っておこう。
「これからは攻略で会うことも増えましょう。
いずれ、攻略の要は軍へ返り咲きます。と、軽く宣戦布告に参りました」
「っは、なんだって構わねぇよ。攻略が捗るなら好きにやってくれ」
「その宣戦布告……だとしても、現在の攻略の要は血盟騎士団です。和を乱すことは許しません」
「ええ、だからいずれ、です」
「……シンカーやキバオウもずいぶん勢いよく出たもんだな。キバオウはともかく、シンカーがそういった出方をする人間には思えないが」
まぁ、数えるくらいしか会ったことないから、実際はこういう奴なのかもしれないが。
「あの二人は関係ありませんよ。主導の方もいずれお会いできるでしょう。では、また」
去っていく軍の一部隊。ったく、完全に水を差された。元の調子に戻れたのは良かったが。
「……ねぇ、ハチくん」
「どうしたよ」
「あの人達、どうしてあんなにいい装備持ってたのかな」
「さぁな、買ったんじゃねぇの?」
「……そう」
「話はいいか? もう乗らないから俺は帰るぞ」
「私もいいわ。……一人じゃ嫌だし、言いたいことはわりと言えたし。ねぇハチくん。私、本気だからね?」
「……あっそ」
俺の後ろを歩くアスナの表情は見えない。が、アスナは俺の表情が見えない。
これでいい。今の俺の表情は、俺本人でもよくわからないものになっているだろうから。
ここにきて、ようやく八幡の内面が固まってしまった。
ある意味アスナ以上にリアルに縛られてますね。
割り切るところとそうでないところの落差が酷いです。
そしてアスナ怖い。ストーカー気質なところと、実はそんなに空気の読めないところと、あのカリスマ性で八幡と論じさせようとしたらこんな詰問に……
ああもう、どうなるのか。この人達若いのにいろいろ経験し過ぎです(笑)