八幡とハチマン、実はとても簡単なことなのに、八幡の本質がそれを認めることを許さない。そもそもそれに気づかない。
捻くれ者にはストレートな好意が強いです。ラブではなく、ライクの。愛より友情が強いこともあります。
わりと、そんなお話。
「これが軍の徴収か……」
翌日、俺はアスナとは別の層へ来ていた。あいつといたんじゃまた警戒されて終わるし、昨日の今日で、あいつのペースに巻き込まれると面倒な気分なのもあった。
寝て起きれば多少はすっきりするが、こんな状態で誰かといたくない。ぼっち最高。
ってなわけでアスナと途中で別れて俺はまた19層へ来てみたんだが、なるほど絡まれる。圏内では隠蔽スキルもそこまで役に立たないようだ。通行税ってなんだよ。
「お、お前……軍に楯突くつもりか!」
「……」
断ったら圏内戦闘突入だった。いや、圏内なら死にはしないしダメージも通らないからオレンジにもならないんだが、まぁ、このゲームに怯えて生きる層にはこいつらはとても怖く思えるだろう。
軽くあしらってやったらすぐに逃げる体勢になってるあたりこいつらもお察しだが。
これで装備は俺らのに近いって、おかしいだろ。
「……はぁ、もう少し強くなってからにするんだな。そういうのは」
いつだかアスナが言ってたな。圏内戦闘は恐怖を刻むって。つまりこういうことなのか。
まぁ当たらないとはいえこんな風に追い詰められたら嫌なもんか。レベルの差と戦闘経験の差か、こんなので俺に攻撃当てれるとでも思ってるのかよ。
……こんなのが、攻略に出てくるってのか。死ななきゃいいがな、マジで。
「これで怖いって思ったなら攻略には出てくるな。圏内だから死なないのであって、外に出りゃ、死ぬんだぞ、俺もお前らも」
「お前、まさか攻略組の人間か!」
「まぁな、わかったならどっか行けよ。もっかい同じことやるぞ」
剣速においてはアスナ程ではないにせよ、こいつらレベルじゃ視認なんてできないだろう。
ましてや毎回真後ろから首に一撃ずつぶつけてやったんだ、なかなかに効いていたのか、男達はそそくさと消えて行った。
「……ハチマン、ずいぶんえげつないことするな……」
「キリトか、見てたのか?」
「たまたま、な。もし面倒になりそうだったら助けようかって思ってたけど……やっぱりハチマンとは決闘したくないな。対人向けすぎだって、ハチマン」
物陰から出てきたキリトが肩を竦めた。
昔にあったコミュ障っぽさはもうまるでなく、人前に出るのはダメであるものの、攻略組を引っ張るにはこいつも欠かせない。
その上で廃人思考過ぎてこいつは俺以上にパーティ選びにうるさいが。下手なのとパーティ組むくらいならソロの方がいいってのには同意できるが。
「ハチマンも調査か?」
「まぁ、な。アスナがいると軍の奴ら警戒しちまうから、俺一人でな」
「あー、アスナ様ってやつか」
「そういうこと。そっちは殺人事件の調査か?」
「そんなとこ。と言っても殺人事件か怪しくなってきたけど」
「……? どういうことだ?」
「少し、長くなるけど話をしても大丈夫か?」
「構わねぇよ。どっちにしろ攻略は今やらずに後回し状態だからな。場所移動するか」
「ん、ならラーメン屋行くか」
「……あんのかよ、そんなの」
こいつのフットワークには結構マジでビビる。
なんでラーメン屋なんか知ってるんだよ、こいつ。
―――――
「……まぁ、ラーメンだな」
「ヒースクリフもなんかいろいろ言ってたよ。ハチマンが驚いたようで良かった」
連れてこられたラーメン屋は、本当にラーメンだった。
ずいぶん味わってなかったこの味が凄く懐かしく感じる。
キリトは何かわからないが、面白そうに笑っていた。
「で、そもそもの事件の概要から話してくんね?
圏内でPKなんつーなかなかないことが起きたわけだろ」
「ああ、まずは――」
キリトが言うには、サチとリズベットとその時はササマルも一緒にいたそうで、この層に用事があって来ていたらしい。
そこで、圏内なのに死んだ人間がいたと。調査に出たもののどうやって殺したかはわからない。その死んだ男のフレンドっつーか元同じギルドの奴と話してみればそいつも後ろからナイフでグサリとされて死んじまった。やはり、圏内なのにどうやって殺したのかは不明。
「でも、昨日のアルゴとの会話で気になってさっき石碑を見てきたんだ」
SAOには、死亡者を確認するための石碑がある。
アルゴはそこでシンカーやキバオウが死んでないことを知ったからな。死者を調べるならそれが早い。
「したら、無かったんだ。やっぱり、二人は生きていた」
「……なるほどな。なんで偽装したのか、とかはまだか?」
「ああ。後でその二人と同じギルドにいたらしい奴に会いに行って、そこから二人に会いに行くつもりだ。
今日の夜辺りに、な」
「そうか。まぁ、どうやら進んだようで良かった」
「そっちは?」
「まだまだだ。軍の状態はさっきの通り。あんな連中が攻略組に出てくるなら、何人かで済むかわからないくらいには死人が出る」
「……だよなぁ」
「死人が出るとなると、少なからず影響は出る。士気は下がるし、心に来る奴だっている。
今攻略を引っ張ってるアスナ辺り、やばいだろうな」
あいつも俺も、このゲームのトッププレイヤーってだけであって、人の死に強いわけじゃない。
中身は二年前に置いてきた子供のままだ。俺がこれだけきついんだ、アスナや、キリトだって結構なダメージを負うだろう。ここまで来て、身近な人間に死者が いないのは奇跡的でもある。
「……なんだかんだでアスナとかのこと、心配してるんだな」
「死人が出る、ってのは洒落になってないんだよ。
別に、俺やお前に当てはまらないことでもないんだぞ」
「そっか……そうだよな……なぁ、ハチマン」
「あ?」
「ハチマンは、俺がもし死んだら、どう思う?」
「いきなりなんだよ」
まぁ、こいつの置いてきた年齢的にそういうの考えるお年頃か。
キリトが死んだら……か。攻略がかなり進まなくなるだろうな。これは四強全員が死んだ時に言えることだが。
……一応、第一層から付き合いがあるのか。こいつとも。つーか、このゲーム始めた時からの付き合いか。
フレンド切ってた時ですら顔は合わせてたりもしたしな。そんな奴に死なれたら、まぁ……多少は……
「……どうだろうな」
「ハチマン?」
「なるべくなら、そういうことは考えたくない」
瞬間的に呼吸困難にでもなったかと思った。いや、そんなことあり得ないが。
……基本的にぼっち思考ではあるが、これは良くない。死ぬのがどうとか、今は考えない方がいい。
――俺が、本当にハチマンになってしまうかもしれないから。
「そっか、そうだよな。うん、俺もそんなこと考えたくない。ごめんハチマン、嫌なこと聞いた」
「いや、いい……お前、妹に会わなきゃなんだろ。あまりそういうことは考えるなよ」
俺はこのゲームのプレイヤーだ。住人であることまでは認めても、このゲームそのものは絶対認めない、
リアルよりも欺瞞だらけなはずのこのゲームの中で、何よりもリアルな"死"という話題は俺にとって良くない。
やっぱり、今は一人でいたい。
「さて、こんなところだな。俺は行くぞ」
「おう。ハチマン、今度また美味い店見つけたら行こうな」
「その時になったら考えとく。じゃあな」
キリトを置いて先に店に出る。
ここに来て、俺は俺自身が何を思っているのか、少しわからなくなった。
雪ノ下、由比ヶ浜の二人と、小町、戸塚……何なら材木座も入れてやってもいい。川崎もまぁ、なんとか。
あいつらに会って、話す。そうしなきゃ俺は進めない。変わることを悪いことと思わなくなろうとしてはいたが、でも、それはあの二人と話してからのことで。それまでは変わることすら許容できないはずなのに、なのに、それと同じくらいに――
――キリトが、キリト達が死ぬなんてことを欠片にも想像したくなかった。
そんなわけで最終兵器ことキリトくん投入。
彼の大人びた所、年相応の無邪気な所、人との距離感はわからないものの、空気を読み取る所などは八幡にとってとても強い武器となります。
今のキリトは原作よりも心が豊かだから、原作以上にゲームを楽しんでるところがあります。
家族に会いたい気持ちと、今をまっすぐに生きようとするキリトの気持ちと、やや混乱気味の八幡。上手く書けたらと思います。
そしてさらっと圏内事件の終息に向かってます。少し原作とは違う展開で行きますので、よろしくお願いします。