もろに俺ガイル八巻から九巻を意識した内容ですが、どうぞ。
「……俺はなんだ」
雪ノ下さん――陽乃さんは俺を理性の化け物と言った。
それは言い得て妙なのかもしれない。別に、なんら悪いことはしていないつもりだった。
感情が先走って、昔あれだけ失敗した。なら、そんなものは不要だ。人の言葉にある裏を読むように、信じないように予防線を張った。
奉仕部のあいつらとだって変わらない、葉山達のやり取りは馬鹿馬鹿しい。そのはずだった。
だからこそ、俺はぼっちというポジションを活かして、最短かつその場しのぎとしては最善を選んでいた。同情なんかいらない。俺は俺の平穏の為に、俺自身だけは裏切らない為にやったことだ。損だなんて言わせないし、俺が切れる札を切ったんだ。それを、自己犠牲だなんて言わせるつもりは今でもない。
「なのに、俺はあの時自分を"変えて"しまった」
俺は、俺のやり方に満足していた。なのに、そのやり方じゃ傷つく他人が生まれて、嫌だと言われて。
考えに考えた末に、俺は俺なりに大切にしたいもの、なくしたくないものが出来てしまったことを意識した。
同時に、あれだけ嫌いだった葉山達のような上辺だけの綺麗事も、その保たせる為の水面下の努力を知って、許容することもできた。だから、あの選択をすることができた。結果は最悪だったが。
「でも、それでも俺は――」
俺は、今までの負けから感情を一切排他して打算と計算での行動に主を置いてきた。自画自賛と言われようとこれには無駄はほとんどなかったし、俺自身何より満足していた。
問題の先送り、最小限の被害、悪意の集約。手っ取り早く負けない方法だ。それは結果を見ても決して大きく間違えてたとは言わせない。
感情すら計算して、どんな状況でも計算して、だからこそ、修学旅行の時、雪ノ下や由比ヶ浜が抱く嫌悪感がわからなかった。
いつしか、俺は感情が表す当たり前も、わからなくなってた。
それからあの選挙を経て、あんな状況のまま迎えた冬休みで、不意に本音が漏れた。
「俺は、本物が欲しい」
ここ数年で、久々に出てきた感情だった。
俺は理性の化け物、感情のわからない化け物だ。でも、俺は選挙の件で、初めて守るために動いた。
感情に触れて、自分の感情が初めて溢れた。
このまま、雪ノ下を――あんなにも強くて正しい、けれど不器用な女の子を苦しめてなるものか、
由比ヶ浜を――あんなにも優しくて素敵な女の子を悲しませていいものかと、どれほど、自分の中であの場所が大きくなっていたか。そう、わからされる言葉だった。
だから、だからこそ電話した。変わることを許容して、俺は久しく出さなかった感情を出そうとした。
「その結果がこれだ。大声出したくもなる」
故に、比企谷八幡は自分らしさを捨てても戦う。
本物が欲しいと、自身を変えてもいいとすらまで思って願った二人にだけは、俺は素直で居続けなければならない。
俺に、俺にあんな感情を向けてくれたあの二人にだけは、俺はちゃんと言葉を伝えなければならない。
例え、目を覚ました時にはもう二人はそれぞれ前に踏み出せててもいい。したら、謝ろう。
何かに困ってるなら助けよう。俺は、俺に素直である為にも、そうあろう。このゲームでいる中で変わらず考え続けて、そう思えた。
――だからこそ、八幡は、ハチマンではない。
これは八幡の思考であって、ハチマンは違う。このゲームで得てしまったハチマンの名声は、八幡のものじゃない。けれどそれでいい。俺はあの二人へ言葉を伝える為にこのゲームを攻略している。そのはずだった。
なのに、なんだあれは。
「……もし、キリトが死んだら」
別に俺は狂ってはいない。一般的な常識としてキリトが死ぬなんてことはあって欲しくない。たが、なんだあれは。
瞬間的に呼吸困難になったような、気持ち悪さと喪失感。このゲームが始まってから時折来る、感情的な部分という奴だ。そんなの考えたくない。それは純粋に、キリト達を失うなど思考でもしたくないという素直な嫌悪感だった。つまり、それは、俺はあいつらに対して不必要なまでに入れ込んでるんじゃないのか。
ここはゲームで、ハチマンの評価は決して俺の、八幡の評価じゃない。なのに、あいつらはまるでハチマンを通して俺を見てるようで……
雪ノ下や由比ヶ浜という例外はあくまで例外で、やはり、俺は感情をまだ理解できていないのか。
かつてないくらいに、俺は動揺していた。
「もう、こんな時間か」
何時間も座って自問自答していたらしい。
後悔、動揺、今まで排他してたはずの感情に振り回されて、それを振り払うように俺はベンチを後にしたのだった。
―――――
「おい、起きろバカ野郎」
数分後、圏内とは言え催眠PKなんてものが流行ってるってのに原っぱに横になって寝てるバカ野郎ことキリトを発見して、俺は呆れたように睡眠解除のアイテムを使った。
「んぁ、ハチマン……?」
「お前な、寝るなら室内にしろよ。いくら黒の剣士でも、寝てるところに決闘挑まれて攻撃されたら何も出来ずに殺されるんだぞ。
さっきそういう話をしてたってのに、無用心過ぎる」
混乱して、動揺してるとは言え自分を取り巻く感情にはっきり当たりがついたせいか、言動もきつくなる。
おそらく、キリトや他の身近な誰かが死ねば、この混乱や動揺を更に置き去りにして自分がどうにかなるのがわかってるからだ。
理性の化け物は、感情については何も対策ができていない。
「わ、悪い。昼寝日和でさ……」
「お前な……昼寝はいいが、安全なところでやれよ。
ここは"死ぬ"ってことだけがリアルなクソゲーなんだぞ?」
「わかったよ。気を付ける」
「ならいいが――」
「けどハチマン。俺はそうは思ってない」
「あ?」
「死ぬことだけがリアルだなんて、そうは思ってないよ。ここは、今の俺達にとってのリアルだ。俺達は今を生きてる」
「ちょっと、何を言いたいのかいまいちわかんないな、段階を追って――と、そうもいかないか」
いきなり真剣な顔で言うキリトに、何を言いたいのかわからない俺はひとまずストップをかけようとしたものの、突如入ったアスナからのメールに、内心で喜んだ。
「アスナからの呼び出しだ。詳しい話はまた後でな」
「あ、ハチマン。……わかった! 絶対、話するからな?」
「わかったわかった。とりあえずお前はこの事件終わらせて来いよ」
「ああ、夜に落ち合って二人から話を聞いて、後はどうするか改めて考える」
「そうか、ま、頑張ってくれ」
意図して必死に感情に蓋をして、俺はヒラヒラと手を振った。
雪ノ下達を想えば想うほど、キリト達への感情も出てくる。……本当、なんなんだ、これは。
一部引用したり、しなかったり。
九巻を読んだときの個人的な解釈も込められてますが八幡は理性で感情を抑えるのが上手いんじゃなくて、感情を欠落させたに近い状態にまで排他させてるからこそ、あそこまで理性の化け物でいられるのではないかなと思ってます。
だからこそ、ゆきのんやガハマさんの感情にああいった反応を示し、そして八巻では今までにない解決法に辿り着いたのかなと。小町アシストもかなりあるとは思いますが。
そんな八幡が九巻で出した答えは、九巻のような状況にならずとも自力で向き合ったのではないかなとも思います。ガハマさんを素敵な女の子と言えたくらいですから。そんな九巻に踏み込もうとしたところでの八幡ですから、こういう状態に陥ってます。ドライになりきれず、させてもらえず。
もっと簡単なことなのに、気づくことができない。
長くなってしまいましたが、上手く書けているといいなと思う回でした。満足です。寝不足なんて怖くありません。ではでは、また。