走ることに向いているとか、そんなことをいちいち考えて生きてきたわけじゃあないから、結局のところ行き当たりばったりなんだ。きっとみんなそうだと、そう思っていたけれど、今日になってようやく、もしかしたら違うんじゃないかと思ったんだ。
みんな生きる上で何かを背負って、あるいは何かに向かって走っていて、それは自分にはないもので、そういう違いが、隔たりが、みんなと私を分けているんじゃないかって。
そんなことを、今日思って、夜、眠れずにいる。
トレセンへ進むことを決めたのは、そうじゃない選択を作る理由がなかったから。中央に進むことを決めたのは、できると示されたから。それで入って、ぼんやりと日々を過ごしていくうちに、ふと、毎日の放課後になってすぐ帰る理由がないことに気がついた。
休み時間に本を読む理由は、読みたいからだけど、それは読まない理由がないからだ。誰と話すこともないからなのだ。
そういう今を、これまでどう思うこともなかったけれど、考えてみると、なんだか妙に不安な感じがした。
みんな、この場合は教室の、あるいは学園のみんなが、休みの日何をしているのか、私は空想の上でしか知らない。きっとこんなことをしているんだろうと、そういう妄想でしか知らないと、みんなもまた知らないのだろう。
ある日、街をゆっくりと走っている最中、クラスメイトが笑いあっているのを横目で見て、その時は何も思わなかったのに、ずっと覚えている。
あるとき、彼女たちがレースで負けて悔しそうにしているのを横目で見て、何も思わなかったことを、今も覚えている。
彼女たちの表情はどうやって生まれるのか、私は知らない。
私はついに寝床を出て、ルームメイトを起こさないようひっそりと、部屋を出た。足音を殺したままぼんやりと歩いてゆく。
廊下は非常灯だけが緑色の縫い目のように光っている。
歩いて、歩いて、突き当たりにつけば引き返し、また歩いて、歩いて、階段を降りたり登ったりして、気がつくと、少しつかれていた。
歩きながら、面倒だと、ふと思った。
面倒というのは、部屋に帰るということについてだ。突然だが私は義務が嫌いだ。やらなければならないことが、やりたいことの後に金魚の糞めいてくっつくことが実に嫌いだ。
散歩をするなら帰路は車に乗りたいし、買い物をするなら郵送したい。そういうわけで帰りたくない。
けれど中央トレセン学園は寮であって、そこで生活するなら消灯時間後は部屋にいなければならない。すなわち、この深夜徘徊そのものがいけない。
であるからにして、巡回役の誰かと会う前に私は帰るべきであるだろう。
しかし帰りたくない。なんなら自室の前に辿り着いたとしてもそのドアを開けたくない。
私は真剣である。
チラリと横を見て、ドアの札を読む。
ここから帰るにはどう歩けばいいかはわかった。
それで、私は止まらないことにした。
突き当たりにつけば引き返す。階段は自分の階へ向かう。これだけ守れば、いつか部屋に着くはずだ。
歩きながら、いくつものことが、過ぎたり去ったりした。
ルームメイトと話すことがある。けれど、彼女はきっと私のことをよく知らないし、私もまた、彼女のことをよく知らないだろう。
クラスメイトと話すことは、あまりない。比較的話すか、比較的話さないかという違いしかない。
先生やトレーナーと話すことはある。けれど個人的な話をするわけではない。
友達とは一体なんなんだろうか。
どれだけ知っていれば、どれだけ気を許していれば、友達と言うのだろうか。
私は友達がいないのかな。そんな気がしてきた。
ややして、自室についた。
けれどなんだか寝る気にはならないし、そもそも部屋に入りたいとも思わない。
それで、ドアの前で座った。
ぼんやりと、ただ時間を過ごしていたと、そう思う。
今夜のことであり、今日のことであり、また、今までのことについて。
こんな日がいつまで続くのか、あるいは、いつまでも続くのだろうか。
翌朝、私は寮長に揺らされて起きた。誤解を避けるべくあれこれ語った。
「先輩、つまり私はただ気分的に、自主的に、外で座っていたんです」
それはそれで問題だと寮長はいった。