夜遅くまで走っているひとを横目に、そこらを徘徊するのが趣味だ。悪趣味である。だからだれに言うこともないのだけれど、別に隠すほど悪いとも思わないから、やめる気もない。
昔から深夜徘徊をしたかった。それは外が暗いからで、静かだからでもある。昼の景色はざわめいていて、気が散るように思う。夜はわかる葉の陰影も、気づくことなく過ぎ去ってゆく。
夜に寮へ戻る人々を知ったのは、トレセンに入ってすぐのことだ。彼女らはいつも夜更けに静かに帰ってくる。廊下を疲れた足音で歩かれて、少し聴覚過敏の気がある私は、ずいぶんと気になった。
それがトレーニングのためだと知って、黙認されているとも知って、すぐに思い至ったのは、少し悪いことだと思う。
授業が終わって寮に戻るのではなく、トレセンの広大な敷地を歩くようになった。人々はそこらを走ったり、歩いたり、とまったりしていた。それを見ていると、いろいろなことを思った。
ある日、夕方の西日を浴びて走る娘がいた。栗毛が橙色に染まって、燃えるように見えた。
私はレーンの近くの土手に座って、その色合いを見ていた。
艶のない毛色だった。表情も険しかった。走る姿勢ばかりが整っていて、なんだか不思議に思う。
ウマ娘というのは心持がよく出るいきものであるから、表情に出るほど心乱れていると、当然姿勢も乱れる。
けれど彼女は、激情を漏らしながらも、それを抑えるようにして走っていた。
きっと写真や絵画にすれば、覚えめでたいことになるだろうと、そう思った。
それからしばらくして、彼女は休むためか、ベンチがあるあたりに歩きだした。
ふと目が合う。
彼女は怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
特に知らない相手である。きっとあちらも知らないだろう。
特に見ている理由があるわけでもないから、話すこともない。
私はぼんやりとした。
彼女はドリンクを飲み終わったのか、再び走りだす。
広大なレーンを回り、私の正面に来ると、ちらりと目を向けた。
そのままぐるりとカーブを回り、逆側へと去ってゆく。
それが何度も繰り返していった。
私はただ、その走る姿を見ていた。
土手と接する尻が冷たくなって、風も冷えてきた。巨大な野外照明がレーンを照らすようになり、昼間と比べずいぶんと違う雰囲気になったというのに、彼女は相も変わらず整ったフォームで走ってゆく。
汗で肌が光って見えても、それは変わらず整って見えた。
フォームというのは、要は走る際の肩の位置だとか、腕の振り具合であるから、本来なら疲れるほど変わってしまうものである。これだけ長い間走っても乱れないのは、さすが中央の先輩というべきだろう。
もしかすると、長距離の重賞をとっている、有名な先輩なのかもしれないな、などと。
そんな言葉を浮かべながら、体を冷やしていた。
風がずいぶんと冷たい夜だった。
ずいぶんとして、栗毛の彼女はようやく走ることをやめた。疲れが滲みでるようだった。
私は、彼女がベンチのあたりに行くのを見て、立ちあがった。
膝や腕が軋みをあげて、冷え切っているとアピールしてきた。耳に触れると、凍るように冷たい。
ふと上を見ると、きっと近くの街灯に照らされているのだろう、空で薄い雲が白く光って見えた。
星は見えなかった。
寮に戻ると、ルームメイトは寝ていた。その表情を見て、なんだか気が抜けるような気がした。