今日は河川敷のグラウンドで練習が行われている。尾刈斗中との練習試合が一週間後に決まった事もあって、特訓に熱が入っている。特に愛衣は次が公式的に初出場という事になるので気合もドキドキも高まっている。
現在、3対3のミニゲームが行われており、愛衣は染岡と風丸、対するは松野、栗松、半田の3人チーム。
「張り切ってるね、天ヶ原さん」
「ああ。あんなに楽しそうな天ヶ原、久しぶりに見た」
ドリブルで栗松を抜くと、そのままゴールへシュート。ゴールネットを揺らしてみせる。
「良いぞ天ヶ原!もう一回だ!」
「うん……!」
円堂に褒められたのが嬉しいのと恥ずかしさで照れてしまうが、すぐにボールを拾ってセンターラインに戻す。
「じゃあもう一回……。行く……」
「寄越せ!」
「きゃぁっ!」
横から染岡が強引にボールを奪って一人で突撃する。
「邪魔だ!退け!」
松野をタックルで抜き、ボールを奪おうと立ち塞がった半田を押し倒した。
かなり強引なラフプレー、というよりもうファールを通り越してイエローカード貰ってもおかしくない。
「染岡!今のはファールだぞ!」
風丸に注意されるが染岡は聞く耳を持たない。栗松は染岡の強面も相まって怖くて止めに行けない。
「オラァッ!」
空になったゴールに向かってシュートを打ったが、何と愛衣がゴール前に立って、染岡のシュートを打ち返した。ボールはそのまま染岡の横を通り過ぎ、反対のゴールへと入った。
「天ヶ原!お前は味方だろ?!何で邪魔しやがる?!」
「味方からボールを強引に奪って……暴力で押し通して……それってサッカープレイヤーのする事なの……?」
流石の愛衣もこれには怒っている。サッカープレイヤーとしてあるまじき行為の連続に、いくら大人しい愛衣でも許せなかった。
言い返そうにも痛い所を突かれて言い返せなかった。だがストライカーとしてのプライドが愛衣に突きつけられた事実を素直に認められずにいる。どうすればいいか分からない染岡は悔しがる。
「クソッ!」
「どうしたんだ染岡?らしくないぞ?」
心配した円堂が一旦練習を中断させた後、再開。今度は染岡と愛衣を別のグループに分ける為に、愛衣と栗松をトレード、ミニゲームを再開する。
染岡のキックオフで始まり、そのままゴールへと向かってドリブルする。
「行くぞぉ!」
今度こそゴールを決めようとシュートを打つが、またしても愛衣によって蹴り返されてしまう。
「クソッ!また天ヶ原か!」
「その程度……?」
「あの野郎……!コケにしやがって!」
愛衣らしくない挑発。彼女をよく知る円堂もこれには驚きを隠せない。
「天ヶ原って、あんなに怖かったっけ?」
「何か……意外だよね……」
この一部始終に半田と松野が苦笑いしながら見ている。愛衣を怒らせるのはやめよう、そう心に誓った。
「オラァッ!」
今度は愛衣でも打ち返せない強力なシュートを打ってやろうとボールを強く蹴る。だがそうする度に、ボールはゴールポストに弾かれてしまう。
「何してるの……?ちゃんとやってよ……」
「んだとぉ?!」
「ストップストップ!お前らその辺にしておけ!」
見兼ねた円堂が止めに入った。これ以上やっても逆効果だと判断され、今日の練習は中止となった。
夕方の帰り道、円堂と愛衣は帰りながら今日の練習について話し合っている。
「染岡の事、許してやってくれないか?本当は良い奴なんだ」
「私は平気……それよりも、私もちょっとキツい言い方をしちゃった……」
「まあ仕方ないさ。お前の気持ちは分かるよ」
「円堂君……」
円堂に宥められ、悪い気はしないと不覚にも一瞬思ってしまう。だが今は腑抜けている場合ではない。すぐに煩悩を振り払う。
「けど、どうするの……?このままじゃ、せっかくのチームがバラバラに……」
グウゥゥ……
愛衣の腹の中に巣食う虫の鳴き声。それを円堂に聴かれた恥ずかしさの余り、涙ぐんでその場に座り込んでしまう。
「ハハハ!腹が減ってちゃ、考えも纏まらないか!よし!雷々軒に行くぞ!」
「らい……らいけん……?」
円堂に連れられて辿り着いた雷々軒。そこは個人で経営しているラーメン屋なのだ。
「ここが……雷々軒?」
「ああ!ここのラーメン美味いんだぞ!」
まさかラーメン屋に連れて来られるとは思ってもいなかったのか看板をぽけーっと見ている愛衣。口なんて三角おにぎりの形に近い。
一先ず中に入り、カウンター席に並んで座るとラーメンを2人前注文する。一方愛衣は席に座ってからソワソワしている。
「どうしたんだ?そんなソワソワして?」
「あ、うん……友達とこういう所に来るの、初めてだから……その、緊張しちゃって……」
「緊張すんなって。ここはラーメン屋だぞ?」
違う、そうではない。友達ほぼ0人の愛衣にとって、友達と外食すること自体が初めてである。故に得体のしれない緊張感が愛衣にのしかかるのだ。
しかも異性と二人で。純真無垢な女の子である愛衣の顔はさらに赤くなっている。
「染岡の奴さ」
「……え?」
「アイツ、ああ見えて努力家なんだよ」
「……そうなの?」
愛衣は染岡の事をよく知らない。だからあの強面の見た目からは想像出来ないが、円堂は入部当初からの付き合いである為、よく分かる。
染岡の焦りの原因について大体予想は出来ている。恐らく原因は豪炎寺の存在である事は間違いない。豪炎寺の強烈なシュートを目の当たりにした事で、ストライカーとしてのプライドが燃え上がってしまったのだろう。
「アイツ、豪炎寺を目の敵にしてるからな……」
「そんなに凄かったの?豪炎寺君」
「ああ、凄かった。シュートもそうだけど、アイツが出て来ただけで、何かこう……必ず点を決めてくれるっていう安心感っつうか、とにかくスゲー奴なんだよ!」
「……う、うん」
言いたい事は何となく分かるが、もう少し分かりやすく表現してほしかった愛衣は苦笑いする。
「けど、そう考えると……染岡君の気持ち、分かる気がする」
「え?」
「私も……そんなシュート打ちたい……。帝国戦の時、私はあの状況を覆せるだけの要素は持ってなかった」
愛衣も染岡と同じ劣等感を抱えていた事に円堂は驚いている。
「だけど、私は豪炎寺君にはなれない。ううん、誰も誰かになるなんて出来ない。ないものねだりしたって、前を向く事なんて出来ない。だから私は、私なりに強くなろうって……。新入部員には、贅沢な悩みかもしれないけど……」
愛衣は劣等感を抱えながらも、自分なりに考えて前へ進もうとしている。恥ずかしながらも愛衣は自分の思いを打ち明けた。
「そんな事はないさ。お前もお前で、考えて頑張ってるんだな」
「うん」
愛衣の胸の内に秘めた熱い思いを感じ取った円堂も感化されたのか勢い良く席から立ち上がる。
「よーし!明日、必殺技の練習でもするか!」
「……だね。私も必殺技、打てるようになりたい」
「そうと決まれば、特訓……」
「喧しいぞ、小僧!」
雷々軒店主の親父に怒鳴られ、円堂は大人しく席に座る。
「ほれ、特訓は食ってからにしろ」
同じタイミングで二人のラーメンがカウンターに着丼する。透き通る醤油のスープ中にストレートな細麺、彩りのある具が乗っかっている。
「おっ!来た来た!いただきまーす!」
「……いただきます」
初めて食べる雷々軒のラーメンにドキドキしながら中華麺を啜る。
「……美味しい」
翌日、練習をする前に全員部室に集まっている。というのも、サッカー部にまた新しい仲間が加わった。
「新聞部の音無春奈!今日からサッカー部のマネージャーやります!」
先日取材していた春奈だったが、そのままファンになってしまい、それならば一緒の部活をやろうとマネージャーになったのだ。
「音無って……」
「
あまりの活発さに松野と半田がボヤく。聞こえているのか本人にしか分からないが、満面の笑みを浮かべている。
「よろしくね、音無さん」
「はい!よろしくお願いします!新聞部の取材力を活かして、皆さんのお役に立ちたいと思います!」
本当に
早速であるが、次の対戦校である尾刈斗中についての知りうる限りの情報を提示する。
「尾刈斗中の噂なのですが、何でも尾刈斗中と戦った対戦校は、次の日高熱を出すのだとか。あと、尾刈斗中が負けそうになると、大雨が降って試合が中止になるとか!」
あまりの胡散臭さに、殆どが信じていないが怖がりの壁山はそれを想像しただけで恐怖のどん底へ陥った。
「キャ……キャプテン……俺、ちょっとトイレに……」
「もう少し、正確な情報はないの……?」
「任せてください!」
一先ず尾刈斗中の情報は春奈に任せるとして、今日は河川敷での練習となる。
「あれ、染岡君は……?」
そう言えばここに染岡の姿がない事に気が付いた愛衣だが、どこにいるのかは大体見当はついている。
「クソッ……!何か行けそうな気がするのに……!」
染岡はその河川敷のグラウンドでシュート練習をしていた。あれから必殺技の特訓をしていたのだが、どうにも上手く行かず、焦りと疲労だけが蓄積されていく。
「染岡君」
「っ!」
振り返るとそこには愛衣だけでなく、雷門イレブンがいた。
「一緒に練習、やろ?」
「いや……俺は……」
昨日の練習で自分がしでかした仕打ちに申し訳なさを感じており、その所為もあってどんな面をして練習すればいいか分からない。
「やろうぜ染岡!天ヶ原もやる気だしさ!」
円堂が染岡に声を掛けた。円堂に何度断ろうとも、また誘う事を知っている。断りきれなかった染岡はこのまま練習に参加する事になった。
河川敷の上に掛かる鉄橋から、グラウンドの練習を見下ろしている豪炎寺がいた。あの練習試合以降、彼はここでサッカー部の様子を見ていた。
サッカーをやめたはずの自分が、何故今更ここで彼らの練習を見ているのか、自分でも分かっていなかった。
豪炎寺の後ろに、一台の車が止まった。後部座席の窓が開くと、そこには夏未が乗っていた。
「こんにちは。雷門夏未と言います」
「……どうも」
理事長の娘が何しにここに来たのか、理解出来ない豪炎寺。素っ気なく挨拶を返してやる。
「失礼だけど、あなたの事は調べさせてもらったわ。
黙れと言わんばかりに夏未を睨みつけるが、それだけで怯む夏未ではない。逆にそのアクションが豪炎寺にとって触れてほしくない部分であると悟られる。
「豪炎寺夕香さん。去年のフットボールフロンティア決勝戦、木戸川清修と帝国学園の試合を見に行こうとして交通事故に遭い、今もなお病院で眠り続けて……」
「……やめろ」
強引に遮ったのが、図星である事の何よりの証。豪炎寺はこの場を去ろうとするが……
「あなた、このままで良いの?!本当は誰よりもサッカーがやりたい。彼らとプレーしたい。だからここを通ってるんじゃないの?!」
「放っておいてくれ……!」
「これが本当に妹さんへの償いになると思っているの?!あなたにサッカーを続けてほしいと願っているのは、一体誰なのかしら?」
目を閉じれば脳裏には夕香の笑顔。事故に遭う前に見た最後の笑顔だった。それがあの時、不覚にも帝国戦でボロボロになりながらも最後まで戦い抜いた愛衣と夕香の面影が重なってしまった。
似ても似つかない赤の他人であるにも関わらず、彼女が傷つく姿を目にした時、胸が苦しかった。そして、傷ついて倒れる所を見て見ぬふりをした自分が許せなかった。
「行ってちょうだい」
運転手にそう命じると車の窓が閉まり、発車して行った。その車が見えなくなると、雷門イレブンの練習している彼らをまた見ていた。
愛衣のドリブルで影野、宍戸を抜いて右サイドへと駆け上がる。
「染岡君……!」
センタリングで染岡にパスをする。
「行くぞ!」
そのままダイレクトシュートを決める。だが必殺技にまでは至らず、円堂によってキャッチされる。
「何か……昨日よりパワーあったような……」
何となく直感に近い感想を首を傾げて呟く。
「よーし!染岡!もう一本だ!」
深く考える時間はないようだ。もう一度、愛衣と染岡のツートップが攻め上がる。愛衣にボールを持たせたら厄介であると認識した風丸が、愛衣にパスさせまいと徹底してマークする。
「スピードなら、俺も自信があるぜ」
「速い……!」
風丸を抜こうとしても、しつこくくらいついてくる。愛衣のスピードが直線的で、フェイントといった搦手は苦手。マークされてしまえば、あっさりと止まってしまう。
(こうなったら!)
何と愛衣は風丸を抜こうとせず、逆に後ろへと下がった。予想出来ない行動に不意を突かれた風丸は思わずマークを一瞬解いてしまう。
そしてボールをキープしている染岡。壁山と半田を前にして抜く事が出来ない。
「どうすれば……!」
「染岡君こっち!」
サイドへ上がろうとしていたはずの愛衣が、逆に後ろへと下がっていた事に気が付いた。何故そんな真似をするのか、理解出来なかった。
「天ヶ原!」
それでも染岡は彼女を信じてバックパスを出した。フリーになってしまえばパスは通る。そして染岡が半田の背後に回ると、愛衣はループキックでボールを蹴った。半田の頭上を通り越して、そのまま染岡にボールが渡った。
(アイツ……俺の事嫌っててもおかしくねえのに……!)
豪炎寺の存在が、ストライカーとしてのプライドが判断を鈍らせていた。さらにデスゾーンを打ち返す脚力を持つ愛衣が入った事で、彼女に対する嫉妬心も生まれてしまった。
ついキツい言い方をしてしまったが、本当は彼女が羨ましかった。そんな彼女に、ボールを託された。
(こんだけお膳立てされたら……決めるしかねえじゃねえか!)
胸を張ってストライカーと名乗れるようになりたい。その思いをこのボールに込める。
「うおぉらああぁ!!」
そのボールに込められたエネルギーを蹴ると、ドラゴンが咆哮をあげ、ゴールへと襲い掛かる。
「なっ?!」
その勢いに怯んだ円堂は動くことが出来ず、ゴールを決められた。今のシュート迫力に、皆が驚愕した。
「今のって……ドラゴン……?」
愛衣に至っては目をパチパチさせて驚いている。そして打った本人である染岡も呆然としている。
「染岡!やったじゃないか!」
駆け寄った円堂の声で染岡は我に返る。
「これが……これが俺のシュート……!これが俺のシュートだ!」
「おめでとう……染岡君」
「ああ!ありがとよ天ヶ原!」
誰かの役に立てたのは素直に嬉しい。あまり表情には出さないが、染岡の必殺シュートが完成して、この中で一番に喜んでいるのは愛衣なのかもしれない。
「そういえば……名前、どうするの?」
せっかく必殺技が出来上がったわけなので、それには名前をつけなくてはならない。
「あ……ああ……。どうすっかな……」
「なら染岡君。僕が命名してあげましょう」
ここで目金が得意げに割って入った。
「ズルいぞ目金!俺らにも考えさせろ!」
「僕も僕もー!」
これに半田と少林寺が意見すると、他のメンバーも染岡の必殺シュートの名前の案を出す。だが、どれもしっくりこないものであり、壁山に至っては「染岡シュート」である。
だがここで、目金の目がハッと見開く。
「いい名前が思いつきましたよ。この必殺シュートの名は……」
「《ドラゴンクラッシュ》……」
目金が言おうとしていた名前を、愛衣が横から割って入った。
「ちょっと天ヶ原さん!まさに僕が名付けようとしていた名前を言わないでくださいよ!」
「同じならそれで良いと思うよ……?」
「良くないですよ!」
命名者が愛衣になってしまった事に、目金が怒り出してしまった。一先ずここは《ドラゴンクラッシュ》と名付けられ、この論争に終止符が打たれた。
「よっしゃぁ!次は天ヶ原だ!俺のドラゴンクラッシュに並ぶ凄え必殺技にしてやるから覚悟しろよ!」
「う、うん……ありがとう……。あっ……!」
河川敷のグラウンドを降りてくる人を見つけた愛衣だが、その意外な人物に驚いて声を挙げる。他のメンバーもその方を向くと、ざわついていた空気が一気に収まる。
「豪炎寺!」
豪炎寺だと知り、染岡の表情も険しくなる。だが豪炎寺は構わず、円堂に向かって言った。
「……円堂。俺、やるよ」
決して、今も眠り続ける夕香への償いの為ではない。サッカーを続ける豪炎寺の目は真剣な眼差しそのもの。これはつまり、サッカー部に入るという事だ。円堂と一年生達は盛大に喜び、二年生達も彼を快く歓迎する雰囲気である。染岡を除いては。