「はぁ、はぁ……ッ!」
――――リ・エスティーゼ王国にある、ロ・レンテ城。その場所の一部分にて、クライムは大きく胸を上下させていた。何故ならば、毎日行っている、稽古を己の限界までやっていたからである。
(ダメだ……これでは)
――己の成長に限界が来ている。他者に見てもらわなくとも、自分で分かってしまう。いくら鍛錬に励もうと、自分より上にいる人達の域に達する、そんな自分のビジョンが全くと言っていいほどに見えない。
先ほどまで稽古に使っていた木剣の柄を無意識に強く握りしめる。
――分かっていたことだった。己に戦いの才能がないことぐらいは。
最初は良かった。稽古や経験を経て己の力量が伸びていく内は、まだ良かった。今すぐでなくとも、このまま鍛錬を続けていれば、いつかラナー様に相応しい自分になれると。
リ・エスティーゼ王国の第三王女にて、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。孤児だった自分を拾ってくれた以来、クライムは命をも全て捧げるほどの忠誠心を彼女に持っている。
だからこそ、己の才能無さを強く恨んだ。なぜお前は才能が無いんだ、と。なぜお前は弱いんだ、と。これでもかと言うほどに、自分に怒りを覚える。
――何度も思ったことか、自分にもガセフ様のような溢れた才能があれば。
――何度も思ったことか、ガガーラン様のような強靭な肉体があれば。
そして、二人がいる域に達するほどの実力があれば。才能があれば。そう何度も思ったことか。
羨ましく感じる自分がいることに気づくと、いつも自分を鼓舞する。羨ましがる暇はない、羨ましがる暇があったら稽古しろ、と。ある一種の劣等感、嫉妬を原動力の薪にして何度も何度も稽古を続けてきて。
あの日拾われて以来、いついかなる時でもラナーのことを考えぬ日はなかった。彼女を守るために。彼女の側にいるに足りるふさわしい自分になるために。そう考えて今の今までやってきた。
(だけど、もう……)
――だが、現実はどうしようもないのだ。今自分が見ているこの現実から目を逸らしたくなる。こんなにも弱い自分は、自分ではないのだとそう否定したくてたまらなくなる。
そう思った瞬間、膝が崩れ落ちる。限界まで稽古したせいか、身体にはもう力が入らなかった。
限界まで稼働した身体の熱を示すように、大粒の汗が頬を伝る感覚がすると同時にそれが地面に落ちる。
この場には、クライム以外誰もいない。だからこそ、己自身の鼓動が一層強く感じてしまう。
(……ラナー、様)
自分でも止められぬ、何よりも愛おしく、そして絶対の忠誠を誓うラナーの姿を思い起こされる。
――花が咲いたように、思わず惹きこまれるラナーの笑顔。
――この国のゆく先の不安に、心を痛める優しき心を持つラナー。
――クライム、とそう自分の名を呼んでくれるラナーの姿。
彼女を思い浮かぶと、どうしようもなく心が強く締め付けられる。自分がラナー様をお守りせずにして、誰が守るのか。とそんな自分の強い想いが湧き上がる。
それと同時に、鎮まりつつあった己への怒りがぶり返すように燃え上がり始まる。
「くそっ……!」
吐き捨てるように、そう口にする。とてもラナーには聞かせられないぐらいの言葉が出てしまう。激情と言わんばかりに燃え盛る怒りを持て余し、気が付くと木剣を握る己の手が目に入る。
「っ、ッ……なん、で――何で……ッ!」
激情に駆られたままに、己の手に向かって、もう一方の握った手で殴る。
なぜ、どうして、お前が! こんなに、弱いんだ! なぜ!
そう自分自身に叱咤するように何度も己の腕を殴る。
自分で自分を殴る、そんな鈍い音がこの場に広がり。その音を認識すると同時に、自分の感情が揺れる。
何度も殴った、己の腕はすっかり赤くなっており痛みが走る。それでも尚殴らないと気が済まない。自分自身を嫌悪するように何度も、何度も。
やがて痛みに耐えられなくなったのか、握る力が抜けてしまい木剣が地に落ちる。その時に発した音が耳に入った瞬間――
「あ……」
気が抜けた声が出てしまう。
――憎悪・苦悩・絶望・無力・諦め・挫折・恐怖・不安・狼狽・後悔・殺意・焦燥・喪失・虚無・罪悪感・劣等感。
気が抜けた瞬間、これらの様々な負の感情が一気に流れ込んでくる。
もう無理だ、諦めろ、逃げろとそう自分が自分に囁きをかけるように感じる。その囁き通りにしたら、きっと楽になるのだろう。激しい自責から。だから、これは――“悪魔の囁き”だ。
「ふさ、げるな……ッ!」
強く拳を作り、己の囁きを消し飛ばすようにそれを地面に叩きつける。鈍い痛みと同時に、己の手から血がにじみ出す。
クライムをよく知る者が聞けば、思わず背筋が冷たくなるほどの呪詛に近い強かな声が出る。
――もう、いい。
そう口にした、その言葉の音は無機質なモノ。
こんな囁きになど、耳を貸すものか――――この瞬間、クライムは今までの自分自身に見切りをつけた。
――こんな自分は、認めない。
認められないのではない、
ラナー様をお守りできない自分など、
――限界がどうした? それを決めたのは誰だ?
私は――――ラナー様の為なら。それがたとえ絶望に打ち敷かれるほどの高い壁が立ち塞がろうとも。それすら
「ははは……」
乾いた笑い声を上げながら、クライムは改めて地に落ちた木剣を手に取り。おぼつかない動作ながらも立ち上がる。
――クライムは泣いていた。だが、それは単に泣き虫とそう言い捨てるにはとても恐れ多いぐらいに、気高い涙だった。
己の弱さに恥を感じ、それでこそ強い憤怒を感じる。そんな向上心の表れによってもたらされる涙を、どうして笑えようか。
こうして、クライムは姿勢を取り。誰にも負けぬよう、ただ一つだけ磨いた武技である<斬撃>を繰り出す。
――それは、今までのとは全く手ごたえが違う別のなにかに変貌した。
何もない空間に繰り出された<斬撃>の威力に、その周囲の空気が巻き込まれるように“風”を生み出す。
以前までの自分とは一味違った、<斬撃>に、クライムは驚愕する――が、それはほんの一瞬。
「まだ……まだ、ここからだ」
喜ぶな、浮かれるな、舞い上がるな。今ここから、ようやく始まるのだから。
そうして――クライムは、今までの停滞が嘘のように。ひとつの壁を打ち破ったのだった。