狭間の地で傀儡にされた魔術師 作:蟹たま
魔術教授セルブス。
何を隠そう、この魔術学院の教授の一人である。
特定の教室を持たず、カーリア王家にまつわる魔術や、月と星、魔術の関係について応用的な部分を教えている。
今の学院ではカーリア王家の魔術はあまり人気がないようで、わざわざ彼に師事しようとする者もそういないのだけど。
ここまでが表向きの顔。
教授としては人気がないとはいえ、この学院に在籍する学徒のほとんどは知っている情報である。
裏の顔を紹介しよう。
そもそも彼は真っ当な人間ではない。傀儡である。
原作において傀儡を売ってくれるNPCである彼本人も、傀儡なのである。
その本体はカーリア王家の召使いであるピディであり、気に入った人物に精薬を飲ませて傀儡にした後、『愛して』『愛でる』のだというアブナイ変態そのもの。
「……ふぅ」
重厚な質感を伝えてくる木製の扉を前に、私は一息入れて緊張を和らげようと努める。
この木扉の先に、セルブス教授はいる。
彼という変態こそ、私が師と仰ぎたい人物であった。
先の性格と所業を鑑みても、現状では彼がベストなのである。
まず、立場。
セルブス教授はカーリア王家の王女であるラニ殿下直属の配下である。
これは、とある理由から王女殿下と接触したい私にとって実に都合がいい。
次に、魔術師としての実力。
これはレアルカリア学院の教授という時点で疑うべくもないけど、彼が固有の魔術師塔を持っていることからも確かだろう。
碌々の研究しかできない魔術師に塔など与えても仕方がないのだから。
そして、彼が傀儡師であること。
少なくとも源流に脳を焼かれたわけではないことが確定している魔術師である、というのは私から見て大きな利点となる。
それに、彼の最期からして、本体――召使いピディ――の方は戦闘能力が皆無だと思われる。
彼が何か悪巧みをしているようであれば、問答無用で本体を叩けばいい。
こちらは最初から彼の致命的な弱みを握っていることになる。
最後に、何より重要な理由として。
ゲームにおいて彼は、『魔力の蠍』*1というタリスマンを譲ってくれるNPCであること。
魔術師として必須とも言えるタリスマンである。
まあ、『魔力の蠍』だけ持っていたところで『お守り袋』*2なるアイテムがなければ無意味なんだけど、これは後回しだ。
今はとにかく『魔力の蠍』を手に入れる算段をつけておきたい。
と、以上の理由から、私は彼に師事を乞おうと考えたのである。
……よし。目標確認オッケー。
すぅ、と息を吸って木扉を二度、ノックする。
「失礼します。手紙で本日の約束を―――」
私が言い終わらないうちに、扉越しの応答があった。
「ああ、ハミルトン君かね。入り給え」
「……失礼します」
蝶番をひねって入室すれば、セルブス教授はこちらに背中を向けて、何やら書き物をしているようだった。
「……それで? 教室に入っていないどころか下級魔術師ですらない君は、一体私のところへ何をしに来たのだね?」
……嫌味ったらしいったら。
これはあれだ、素直に『カーリア王家の魔術を教えて下さい』とか言おうものなら、『未熟な身でカーリアの魔術を学ぼうとは王家に対する侮辱』だなんだとネチネチ言われるに違いない。
……半ば事実である以上、否定できないんだけど。
私はセルブス教授の反応を見て、用意していたプランを切り替えることにした。
「……畏れながら、教授。私は、今の学院の主流であるアズール、ルーサット両最高師範の研究に疑念を抱いてしまったのです」
「―――ほう?」
うわ、急に身体をこっちに向けるな身を乗り出してくるな覆い被さってくるな。
原作でもやってたけど、この教授距離感バグってるよ。
恰幅の良い男性と女児。
絵面としてはもはや犯罪的じゃないか。
「も、もちろん! 両師の功績、魔術に対する貢献は比類なき偉大なものであることは理解しています! しかし―――」
表情なき仮面が視界いっぱいに広がって、私は動揺しながらも間を置かず口を動かす。
自分が何を言っているのか、何を言おうとしているのかすら理解しないまま。
「両師は既にその頭を石へと替えてしまっておられる! 石の知、その源流に携わり過ぎたのです! 出過ぎたことを言うようですが、」
そして、私は間違えた。
「……
「嘆かわしい」
ボソリと落とされた呟き。
視界がぐるりと回る。
後頭部に強い衝撃が走ったかと思えば、既に身体は床に押し倒されており、私の胸の上にはセルブス魔術教授の杖が突き付けられていた。
「……ハミルトン君。おお、エマ・ハミルトン君。嘆かわしいことだよ……先達への敬意を忘れるなど」
失敗した。
一瞬でそれを悟った。
私は今、何を言った?
動揺のあまり、口を滑らせ過ぎたのだ。
べらべらと、喋る予定のなかったことまで喋ってしまった。
途中までは上手くいっていたのに。気を引けていたのに。
それまでの高慢さや泰然とした様子は消え失せ、低い声となったセルブス教授を前に私は震えた。
「思い上がり、付け上がった子供には罰が必要であろうな……」
キィン、という澄んだ音が響く。
今となっては聞き慣れた、魔術の起動音だった。
「!? ……ッ! ……ッ!!」
私の胸元で輝きが満ちる。
私は必死に首を振ったけど、仮面の向こうから覗く教授の瞳は冷然として―――そして、時間差なく身体の中心を耐え難い衝撃が突き抜けた。
「ガッ……ァ……!?」
こ、のクソ教授……!
やりやがった。
結晶の砕け散る音。
胸元でじわりと広がる血の感覚。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い―――。
傷口から零れ出した血が熱くて、それでいて冷たい。
肺まで衝撃が届いたのか、血がせぐり上げる感覚があった。
口端から、つぅ、と血が伝う。
だけど、生きている。
使われたのは恐らく《輝石のつぶて》だろう、と妙に冷静な思考が頭の片隅を過っていく。
ゼロ距離で魔術教授の魔術を受けて、まだ体も成長しきっていない私が命をとどめているのだ。
多少なり任意で威力を調整できるとはいえ、下級の魔術には違いない。
「……頭は冷めたかね? 自分が何を言ったのか分かったのなら、二度とこのような愚を犯さないことだ」
何とか返事をしようとして………教授の声が遠い。これは……もう、保たないのか……?
でも、伝えないと。
こんな、中途半端にだけ言って終わるのは最悪の展開だ。
口を、動かさないと。
「あ………あ……」
「……?」
霞む視界の中で、もの言いたげな私の様子に教授が耳を私の口元に近づけるのが見えた。
言わないと。
私は、二人の批判なんかがしたかったわけじゃなくて。
「教授……人の、身でしか………辿り着けない、魔術が……ある、筈です………私は、それを、陛下の……魔術から……」
「………ふむ。意識も保てないか。すぐに医務室で処置を施せば助かるだろう。死んだらその時はその時だ。ルーンの修復を待てば……」
何やら不穏なことを言っている気配のあるセルブス教授の声が急速に遠くなって、視界も暗くなって。
私の言いたいことは、伝わっただろうか。
私は意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇
「ッ……、」
目を覚ましてすぐ、何が起こったのかを思い出した。
……次からは冷静でいることを心がけよう。次があれば。
思い返しても、あの時の自分はどうかしていた。発言が迂闊すぎる。
最高師範は人間じゃない発言なんて。
他の教授に聞かれていたら、問答無用で学院を追放されてもおかしくない。
「……はぁ。……ぅ、ん?」
学院の医務室、そのベッドの脇のテーブルに、小さな置き手紙があった。
『目が覚めたら私の研究室に来なさい』
「これは……セルブス教授?」
と、いうことは。
彼はまだ、私の話に興味があるということで。
「もしかして、ファーストコンタクト成功した……?」