狭間の地で傀儡にされた魔術師 作:蟹たま
紆余曲折。
無事、かどうかはさておき、カーリア王家の魔術を教えてもらえることになった。
セルブス教授からは『精々私を失望させることがないよう励み給えよ』とのありがたいお言葉を頂いている。
けっ。
さて、既にカーリア系統魔術の自習用のスクロールは貰っており、すぐにでも学習を開始できる状況なのだけど、その前に。
カーリア王家の魔術とは。
PvE、PvP問わず大活躍できる魔術が一通り揃っており、その気になれば『カーリア王家の魔術だけで全ボス攻略』とかも可能であろう程度には万能性のある魔術系統だ。
じゃあ全部覚えたら学院出たあとの将来も安泰だ。
別に私がエルデの王になってしまっても(ry
……とはいかない。
祝福さえあれば自分の『記憶』を自由に弄くり回して魔術を習得できる褪せ人と一緒にしないでもらいたい。
褪せ人ってやつは、そりゃ瞳の "褪せた" 人なだけあって基本スペックは低いかもしれないけど、大いなる意思のサポートもあって成長性が図抜けている。いざ現地人感覚で
『メモリ・ストーン』とか、大魔術師でもそうそう手に入れられないような秘宝もゴロゴロ掘り出してくるし。
ズルい。
どのぐらいズルいかって、ここで参考までに、レアルカリア魔術学院の卒業生の平均魔術習得数を提示しよう。
5、だ。
――少なすぎる。
原作でエルデの王になった身からすると、あまりにも少ない。
ちなみに、例年首席で卒業する学院生の習得数ですら8とか9とかそこらである。
転生して分かったことだけど、何というか『いずれ容量が足りなくなる』という感覚があるのだ。前世の漫画で言うHUNTER×HUNTERの念能力に近いだろうか。
原作のセレンやミリエルはスクロールさえ渡せばいくつもの魔術を授けてくれるわけだけど、この仕様だと彼女たちだって教えることはできても実際に魔術を使えたかどうかは怪しいところだ。
無節操に魔術を学び尽くすわけにはいかない。
学院卒業に必須とされている輝石魔術のいくつかはともかく、その他の魔術は厳選して覚える必要がある。
その厳選も、実のところもう済んでいる。
でなければセルブス教授に弟子入りなんてしない。
私が既に習得している魔術は、《輝石のつぶて》、《輝石の速つぶて》、《輝石の大つぶて》、《輝石の彗星》の4つ。
これらは全て、学院の卒業に必須の魔術であるため、容量を消費したことに後悔はない。
私がこれらに加えて習得したいと考えている魔術は、《魔術の地》、《カーリアの返報》、《カーリアの円陣》、そして独自開発の魔術を2〜3つほど。
容量的にも、このあたりが限界だろうと感じている。
本当なら、もっと面白い魔術も使ってみたいところだけど、自分の命が懸かっている状況ではそうも言っていられない。
破砕戦争が始まれば、待っているのは血で血を洗うような戦乱の時代である。
幸いにして、レアルカリアは破砕戦争で傍観を貫く*1はずだけど、リングの砕かれたその時私がどこで何をしているかまでは予想できない。
まだレアルカリアで研究に耽っているかもしれないし、あるいは外の世界へと探求の旅に出ているかもしれない。
不本意とはいえせっかく学院にいるのだから、その時に備えて、とにかく自分の身を守る術を身に着けておきたいと思うのは自然なことだろう。
◇◇◇◇◇◇
日の傾き始める昼下り。
私は学院の中庭に設置されたベンチで少し遅めの昼食を頬張っていた。
ちなみに、手製のBLTサンド(材料は代用したのでモドキ)である。
今日の午前中、昇級試験があった。
《大つぶて》を適切な威力に調整して撃てば、それで試験は終わった。
これをもって私は上級魔術師、ということになる。
あとは温めていた論文の一本を提出して、さっさと『教室』に入ってしまおう。
今の時期を逃して教室に入るのが一年遅れれば、学院を出ていくのも同じだけ遅くなるのだから。
ムチィッ、とサンドイッチを噛み切る。
美味だった。
「………」
私が入りたいのは『双賢』の教室。
理由は、他の教室とは区別されて、自由学習が認められているからである。
学院でも特に優秀と認められた学徒のみが入ることを許され、本来なら教室ごとに『これを修めよ』と定められている魔術も各自の自由。
もちろん、各教室の授業に出る必要もない。
私は既に『カロロス』の教室で学ぶはずの《輝石の彗星》を習得しており、卒業の要件を満たしている。
つまり、卒業までの期間、思う存分カーリア王家の魔術の習得に時間を費やせるわけだ。
ヒョイ、と最後に残ったサンドイッチの欠片を口に放り込んで、私はベンチを立った。
さっそく、セルブス教授に会いに行こう。時間が合えばいつでも教えてくれるということだし。
セルブス教授が椅子に座ったまま、話していた。
広いとも言えない教授の研究室の一角に机と椅子を引っ張りこんで、彼の講義を独り受けているのは誰あろう、私だ。
講義を受けるのはこれが初めてというわけではなく、かれこれもう四度目になる。
「政治的な対立はともかく……王家の魔術が輝石魔術からかけ離れた体系であると勘違いしないことだ。カーリア王家の興り、レナラ陛下はもとより星見の一族であられ、輝石魔術も星の琥珀たる輝石の原理を引き出しているのだから―――」
普段の高慢な様子からは想像もつかないほど、セルブス教授の授業は丁寧なものだった。
話の要点だけを何とか抜粋して羊皮紙に書き取りつつ、私は密かに得心する。
原作でも魔術を教えてくれる一人だった彼だけど、なるほど教師としても有能らしい。
「しかし輝石魔術に比べ、より実戦に重きを置いた思想の下発展してきた体系であることも確かであるのだ。不遜にも君が学ぼうとしている《円陣》や《返報》といった魔術を取り上げてみてもそれは明らかであろう」
「……」
時折、彼独特の一言が付け加えられつつも、授業は順調に進んでいった。
週に二回程度のペースで講義を受けて、凡そ一年後。
私は《円陣》を習得することに成功した。
そして更にその二年後。
『双賢』の教室に入ってから三年弱、卒業試験の時期が迫る中、ついに《返報》の習得に至った。
◇◇◇◇◇◇
卒業試験では《輝石の彗星》を教授たちの前で披露して、それで終わりだった。
《輝石の彗星》は何年も前に習得して以来、一切練度を上げてこなかったため、発動までそれなりに時間が掛かる。
優秀なはずの『双賢』に入っていた私が、たった一つの魔術しか披露せず、しかもそれすら稚拙だったためか、教授たちは少なからず呆れているようだった。
一瞬、子供じみた反抗心から《円陣》あたりの手札は開こうかとも思ってしまったけど、今の学院でカーリア王家の魔術を見せたところで、もっと心象は悪くなる気がする。
この世界の人たちの感覚で言えば、カーリアとカッコウの戦争が終わったのはつい最近に過ぎないからだ。
まして、《返報》*2などという魔術師殺しの魔術は論外である。
私は潔く、教授からの不評と侮蔑の視線を受け容れることにした。
魔術の探求よりも実利を取った私の自業自得でもある。仕方のないことだ。
さて。
これで私は、学院を卒業する。
晴れて自由の身だ。
在学中にアズール師とかルーサット師が暴走して星の種にされることもなく、私としては万々歳……なのだけど。
最後に、やり残していたことがある。
私は息を吸って、セルブス教授の研究室の木扉をノックした。
いつぞやの、初めてこの部屋を訪れた時の緊張感をふと、頭の片隅で思い出しながら。
「失礼します、先生。エマです」
「……君か。入り給えよ」
入室の許可を貰って、室内に入る。
「何かね。別れの挨拶はもう済ませていた筈だが」
教授は、相変わらずこちらを見向きもせずに何か――恐らく何らかの研究結果だろう――を書き殴っていた。
「先生に、最後にお願いがあります」
「言って見給え」
息を吸って……一息に言葉を紡ぐ。
「―――王女殿下にお目通り願えないでしょうか」
「………」
沈黙。
理由を説明しようとして再度口を開いた私を遮るように、セルブス教授が答えた。
「更なる魔術の探求のため―――」
「―――よかろう。私から話は伝えておく。会うか会わないかは、殿下がお決めになることだ」
「……ありがとうございます、先生」
教授はこちらにちらと目を向けてすぐに戻し、軽く手を振った。
「用が済んだならさっさと出ていき給え。私も暇ではないのだ」
「はい。……改めて、ありがとうございました。失礼します」
また無言で手が振られたのを確認して、私は研究室を出る。
「……」
廊下を歩きながら、セルブス教授も何年も一緒にいればデレるんだな、と、我ながらどうしようもない思考が過ぎった。