狭間の地で傀儡にされた魔術師   作:蟹たま

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#4 月の王女

 

「――私に会いたがっている者がいる?」

 

 私が初めて彼女の名前を知ったのは、セルブスからの定期報告の最中であった。

 

「ええ、ええ。エマ・ハミルトン。先日学院を卒業した、我が不肖の弟子にございます」

 

 ハミルトンの名には覚えがあった。

 我らがカーリア王家の興るより以前、このリエーニエの地を治めていた名主が一つ。

 歴史のある家にしては珍しく、カーリアとの対立もなくカッコウに対しても中立的な家だったと記憶している。

 それにしても。

 

「セルブス、お前が弟子をとっていたとは驚いたな」

 

 弟子にしてくれと言われてそのまま受け容れるような殊勝な性格をしているわけでもないだろうに、この男はまた下らぬ謀でもしているのか。勘繰るような視線を向ける。

 しかし彼もまた、ひょうひょうとして応えた。

 

「ほんの気紛れでしたが……いや、思ったよりも長い関係になったものですな」

 

 長い関係……セルブスと性格的な相性が良い人物、となると少々人格が疑わしく思えてくるが。

 ……まあ、会うだけならば問題なかろう。

 人となりは、その場で判断すればよい。

 

「して、其の者は何故私に会いたいと?」

「さて……私もはっきりとは。なんでも、魔術の探求の為に殿下のご助力が必要だ、などと申しておりましたが」

 

 ふむ、魔術の探求か。

 もしや、と思い当たる節がないではないが、断定はしかねる。

 

「……良いだろう。そうだな、明後日の夜、ここで会うと伝えてくれ。……ああ、先の報告では城館の掌握は済んだのだろう? 貴様の同伴はいらんぞ、セルブス」

「畏まりました。報告は以上です。……失礼します」

 

 言伝を頼むと、それ以上に報告することもなかったらしいセルブスの霊体が消えていく。

 そうやって移動に霊体ばかり用いているから体が肥えてゆくのだ。少しは運動しろ、と言いたくなる。

 しかも、引きこもってやっていることは研究、そして傀儡を愛でること……不健康で不健全極まりない。

 どうにかならないものか。

 

 内心で配下のことをこき下ろしつつ、思考はエマ・ハミルトンとの面会へ向かってゆく。

 

 私の配下には優秀な軍師と戦士がいるが、魔術師はいない。

 魔術が必要な場面でも私やセルブスがいればそれで事足りていたからだが、私は腰の重い身であるし、セルブスの本業はどちらかといえば傀儡師である。

 

 エマとやらが優秀な魔術師、その卵であるならば、私の手駒に欲しいところだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「堅苦しい礼儀はよい、楽にしてくれ」

 

 背が高く、髪は赤い。

 アーモンド型の眼は冷たく鋭くこちらを見据えており、怜悧な印象を伝えてくる。

 

 これが『人形』になる以前のラニ殿下か。

 神の子にしては背が低く、髪は青く、顔立ちは幼げだった『人形』ボディとは真逆の性質を持っているように見えた。

 寒気が走るほど整った顔立ちであることには変わりなく、私などは目を合わせているだけでも震えてきてしまう。

 

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

 殿下に向けてとっていた臣下の礼(家で覚えさせられた)を止め、勧められた椅子にゆっくりと座る。

 

「さて」

 

 空気を切り替えるようにラニ殿下が口火を切った。

 

「セルブスからは殆ど何も聞いていないのでな。今一度、この場におけるお前の目的を教えてもらおうか」

 

 私がラニ殿下に会いに来た目的。

 端的に言えば、それは―――

 

「道を――"巨人たちの山嶺"への道を、授けていただきたいのです」

「ほう?」

 

 クイッ、と意味深に片眉を上げる殿下。

 

「学院の外へ出て、魔術の起源たる星見の地で更なる智慧を求めたいのです。私が学院で学んだ五年間、学院での魔術の探求には限界があると感じました。今の学院は……少々、閉塞的(、、、)ですから」

「だろうな」

 

 ふふ、と声を出して殿下は笑う。

 憎しみと愉悦が滲み出したような笑みだった。

 それと同調するように、内心ではビビり倒している私もチラと口端を上げてみせる。引き攣った笑いになっていなければいいんだけど。

 

 これはもちろん、学院がカッコウと結託してカーリアを排斥したことへの皮肉だった。

 王配ラダゴンとレナラ陛下の離別から始まった学院内におけるラズリ派――陛下の権勢の失速は著しく、両最高師範を掲げる学院の派閥はこれ幸いと排除に掛かった。

 そもそも魔術師勢力を疎ましく思っていたカッコウ騎士たちも、一部とはいえその勢力が削げるなら、と同盟を結んだわけである。

 

 しかし、ご愁傷さまというか。

 さっき、この魔術師塔に来るまでに通ってきた『カーリア城館』はすでに傀儡だらけだった。

 城館を攻め落とし、占拠していたはずのカッコウ騎士たちが、また更に支配され、城館はカーリア王家の支配下に戻っていたのである。

 間違いなく、先生(セルブス)の仕業だった。

 それつまり、先生の上司にあたるラニ殿下の指示ということ。

 

 敵を全て傀儡(かいらい)とするような憎しみがあれば、先の凄絶な笑みにも納得がいく。

 もともと、私と同調してくれることを見込んで学院批判の話を持ち出したわけだし、私の目論見は一応成功しているようだった。

 いわゆる共通の敵、"あいつウザいよね"、"ねー"、みたいな友情の深め方である。

 汚くなんかない。

 

「巨人たちの山嶺に行くには、ロルドの大昇降機を経由する必要がありますから。あれを動かすための割符をお貸しいただきたく」

「ふむ……しかし、魔術の探求、というだけならば山嶺に行くまでもあるまい? レアルカリアでなくとも、サリアや、あるいは王都で新たな知見を求めるのもよい。何故、星見の地を訪ねようと考えたのだ」

 

 殿下の疑問ももっともである。

 そもそも何で、原作では殿下と無関係だったこんなこと(ロルドの割符)をわざわざ彼女に頼もうと思ったのか、だけど。

 その端緒は、『山嶺』に辿り着くためにあれやこれやと掘り返した、陛下にまつわる原作知識だった。

 

 とあるテキストでレナラ陛下は星見の一族、その末裔だった、とされている。この世界では、セルブスもそれらしきことを言っていた。

 星見の一族とは、星の神秘を求め、狭間の地において最も高所である山嶺にて星々とともに生きた民である。

 当然、山嶺からリエーニエに降りてくるためには割符が必要であるから、陛下は間違いなく割符を所持していたはずだ。

 陛下の娘であるラニ殿下やラダーン殿下、ライカード殿下が今では末裔ということになるわけで、彼女たちも割符を持っている――あるいは在り処を知っている――可能性は高いと思われた。

 そんな推測、いや、希望的観測に基づいているのが、今回の面会である。

 

 そして今、ラニ殿下が私の話を平然と受け止めている様子からして、幸運にも、そう的はずれな考えではないようだった。

 

 その上で、殿下の疑問に答えるなら。

 

「私は山嶺で、私だけの(、、、、)魔術を見出したいのです。それには、既存の魔術を学び、深めるための学院では有り得ない、魔術の起源をこの身で確かめる必要があるかと、そう愚考致しました次第です」

 

 このあたりの経験論、感覚論的な考え方にも、ラニ殿下ならば共感してくれるだろう、との見込みもあっての話である。

 何故なら、彼女の母親である陛下の魔術――《満月》も、正しく星見によって見出された魔術だから。

 

 果たして、

 

 殿下は一つ頷いて、答えた。

 

「なるほど、新たな魔術を見出すのなら魔術の生まれた地を目指すのも当然、か。……それに、お前が大成する魔術というのは興味深い」

 

 殿下の言葉を聞いて、それが意味するところを察した私は思わず立ち上がった。

 

「では―――」

「ああ。私が母より受け継いだ割符、それを貸し与えることとする」

「ありがとうございます……!」

 

 深々とお辞儀をする。

 

 というか、受け継いでいたのか。どストライクじゃないか。

 これで駄目だったら、一気に先行き不安に陥るところだった。

 何せ、割符なんてゲームだったらメリナがポンと渡してくれるだけのアイテムである。

 何故メリナが持っているのかとか、どこで作成されるものなのか、他には誰が持っているのか、なんて知りようもなかった。

 学院でいくつかの調べ物をしたけど、複数作成されたことくらいしか突き止められなかったのだ。

 これでようやく、先々までの目処が立ったというものである。

 

 早速明日からでも山嶺……の前に、王都へ向かう準備をして、破砕戦争が起こるよりも早く、独自魔術を身に着けなくては。

 必要なものは……と、算段を立てていた私に、ラニ殿下が「ただし、」と声を掛けてくる。

 何か、交換条件でもあるのか。私の頭は一瞬で冷めた。

 この状況では、何を条件にされようと大抵の場合私は飲むしかないのだから。

 

 戦々恐々として言葉を待つ私に、殿下は小さく笑って言った。

 

「もし、“お前だけの” 魔術が見出せたならば、その時は私の下へ来てくれないだろうか」

「……!」

 

 考え違いも甚だしい。私の器の小ささを思い知るようだ。

 

 それは、条件ですらなかった。

 これはただの提案だ。しかも、かなり魅力的な。

 ならば、私も応えるのに躊躇はない。

 

「……はい。ぜひに」

 

 時間の大雑把に流れるこの世界では、いったいいつになるか分からない。

 そもそも、私が魔術を大成できるかどうかも分からない。

 だけど、いつかブライヴやイジーと一緒に殿下にお仕えする日が来るのかもしれない。

 来たらいいな、と私は思った。

 

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