狭間の地で傀儡にされた魔術師   作:蟹たま

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#5 王女の依頼

 

「――時にエマ、山嶺に向かうための装備は整っているのだろうな?」

「………?」

 

 交渉が終わってから設けられた細やかな雑談の場で、殿下はそう言った。

 

 山嶺に、向かうための、装備……?

 

 ……山嶺に向かうための装備!?

 

「あっ………」

「お前、その顔はまさか……何も考えていなかったのか……?」

 

 殿下は “呆れ果てた” という顔をしている。

 私もいま、自分の間抜けさ加減に呆れている。そこ(装備)を忘れることがあるか。

 

「早急に整えます……」

「そう、だな……必要であれば、我が軍師にして鍛冶師である爺や――イジーを頼るがよい。常であれば城館の道沿い、南にいるはずだ。爺やには私から伝えておく」

「有り難く頼らせていただきます……」

 

 殿下のフォローが手厚過ぎて身が縮こまる。

 

 現状の私の装備は……学院配布の輝石杖(無強化)、レアルカリアン・ローブ(裾を引きずって鬱陶しいから勝手に軽装化した)、何の変哲もない革靴、双賢の輝石頭(重たいから装備していない)、以上。

 

 どう考えても死にゲー世界を舐めている。

 

 山嶺を目指すのであれば武器の強化は必須。

 具体的には……うん、+15以上の強化値は欲しい。

 この世界では原作と違って明確な強化値があるわけではないから、あくまで私の中の目安でしかないんだけど。

 この世界に沿った言い方をするなら、『純度が低い茶色の鍛石で強化できるところまで強化』、となるだろうか。*1

 

 しかし鍛石、鍛石か……。

 どうやって手に入れたものか。危険(リスク)を冒してでもどこか適当な坑道にでも潜るか……?

 いや、いっそ古遺跡断崖で集めて……。

 

「……ふむ。やはりその様子では鍛石も当てがないのだろう? ならばどうだ、ここで一つ、私の依頼を受けてみるというのは」

「依頼、ですか?」

「ああ。お前が山嶺を目指すということは、道中で王都も通るはずだ」

 

 そうだな? という殿下の問いに、私は頷いた。

 山嶺を目指す以上、王都は必ず通過する。滞在するかしないかは、決めかねていたけど……って、あれ?

 そういえば、ラダゴンが女王陛下から離れたのが最近ってことは、もしかして―――。

 

「その王都の、とある人物に届け物をしてもらおうと思ってな。この依頼を受けてもらえるなら、お前の望む鍛石も多少融通しよう」

「………ちなみにその、“とある人物”、についてお聞きしても?」

 

 嫌な予感、というか、面倒ごとの気配がした。

 できれば、思い過ごしであってほしいところなんだけど……?

 

「構わないとも。名を―――ミケラ(、、、)という。我が腹違いの弟だ。まだ言の葉も拙い幼子だがな」

「―――」

 

 あぁ……。

 

 

 

「さて、どうする? ―――エマよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局私は、殿下の依頼を受けることにした。

 曰く、『途中で紛失してしまっても、門前払いで渡せなかったとしても構わない。そう大した代物ではないのでな』とのことだったので。

 本来なら殿下本人が出向く予定だったらしいけど、私が都合よく王都に行くというのでついでに頼むことにしたらしい。

 

 で、モノはと言って渡されたのが。

 いま私が手に持っている、このやたらと手触りのいい布で作られた巾着袋である。

 

 ちらっと確認してみたところ、中身は黒い豆……何かの植物の種(、、、、、、、)のようだ。

 へぇ植物、植物ね。

 なかなかお洒落な贈り物だ。

 育てたらいったいどんな……。

 

 待て。ミケラ……植物……?

 

「………え」

 

 まさかこれ……『ミケラのスイレン』か?

 

 うわぁ、と。

 

 その種の正体について思い当たった瞬間、私は依頼を受けたことをちょっと後悔した。

 あれって原作だと『幻の植物』みたいな扱いじゃなかったっけ。

 

 ミケラのスイレン……幼少期のミケラがいたく気に入ってよく愛でたっていうスイレン。

 そのきっかけは殿下が贈ったからだったのか、とか、だとしたらこんな希少なものをなんで私みたいな学院出たての一般魔術師に託してしまったんだ、とか。

 疑問と困惑が私の中でオーバーフローを起こした。

 

 そりゃ、原作でも殿下とミケラの繋がりは示唆されてたけどさ。*2

 まさかこんな繋がり方をするとは思わないって。

 いや、まだこれがミケラのスイレンの種だって決まったわけじゃないんだけど。

 

 思わずため息を吐く。

 

 尚更気が重くなった。

 いっそ、殿下が言うみたいに門前払いとかされちゃったら楽なんだけど……気前よく報酬(鍛石)をもらっちゃった以上、できる限りのことはしてみるべきだろう。

 

 

 

 

 翌朝。

 

 泊めてもらった魔術師塔を後にして、イジーのもとへ向かう。

 山嶺向けの耐寒防具は王都で揃えるにしても、この『学院の輝石杖』を強化してもらわないと。

 

 カーリア城館を抜け、歩くことしばらく。

 

「……」

 

 えっと、カーリア城館の道沿い……っと、あそこの人影かな。

 かなり大きなシルエットだし、あれがイジーだろう。 

 

 真っ直ぐ近付いてくる気配に、あちらも気が付いたのか顔を上げて私の方を見た。

 

「おや、貴女は……」

「エマ・ハミルトンといいます。貴方はイジーさん、ですよね?」

 

 私がそう言うと、イジーは大きな身体を揺らして頷く。

 

「ええ、ハミルトン様。私がイジーです。ラニ様からお話は聞いております。貴女の武器を鍛えてほしいとか」

 

 私は首肯した。

 

「はい。今からお渡しする鍛石で鍛えられるだけ鍛えていただきたいのです」

「ほう? 鍛えられるだけ、ですか。……ではその鍛石を早速、この老骨に見せていただけますかな」

 

 殿下に包んでもらった鍛石を、示された金床の上に広げる。

 大小、輝きも様々な鍛石がザラザラと音を立てた。

 

 イジーが、そのいくつかを手に取る。

 

「……ふむ……ほう……なるほど……。……総じて、極めて良質な鍛石であると言えましょうな。ご安心召されよ、この量でも十分な強化が見込めるでしょうとも。……これはラニ様が?」

「はい。依頼の報酬……の、前払いをしていただいたものです」

「ああ、やはり。……では、貴女の使われている杖もお出しいただけますかな」

 

 私は腰に差していた杖を手渡す。

 学院からの配布杖ということもあり、雑に扱っていたわけでもないけど、こうして見られるとなると何処となく緊張した。

 

「……ええ、ええ。良い状態を保たれていますな」

 

 だから、ためつ眇めつ杖を観察したあとに続いた彼の言葉には、少し安心する。

 

「そうですな……今からちょうど、日が中天に差し掛かるまで、時間をいただきたい。それまでに、この杖をかの『山嶺』に耐え得るまで鍛え上げてみせましょう。……ああ、それから。ラニ様の紹介ですからな、今回のお代(ルーン)は結構です」

 

 ここは風も景色もよい、旅立ちの前に羽を休めておかれると良いでしょう。イジーはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……世界は広くなった。

 

 イジーの言葉に従って周囲を散策しながら、私はふとそれについて考える。

 原作に比べて、この『狭間の地』は随分と広い世界だ。

 それはこの世界を生身で体感しているから、とかの理由だけではなく、単純に縮尺の話でもあった。

 

 たとえば、カーリア城館から殿下の魔術師塔まで。

 原作なら、歩いて向かったところでせいぜい五分掛かるかどうか、といった距離だったはずだ。

 それが昨日は、早歩きでも一時間近く掛かった。特に道に迷ったわけでもないのに。

 

 学院でもそうだった。

 原作では見たこともなかったような区画に塔、噴水、複雑に入り組んだ階段やらがあって、目当ての教室に行くのも一苦労だった。

 そう、入学したての頃を思い返してみれば、そんな記憶がある。

 

 世界が広くなったからと言って、だからどう、ということもないんだけど。

 

 強いて言えば、身体が頑丈なわけでもなし、体力も乏しいこの身では、ちょっと辛い旅路になるかもしれない。

 馬車があるところではなるべく馬車に乗っていこう、と私はひっそり決意した。

 

 

 

*1
鍛石【1】〜【6】が相当。【7】〜【9】は半ばガラス化しており、深緑色を帯びている

*2
独自解釈。物語序盤、エレの教会にて『レナ』を名乗るラニは、『トレントの古い主から』と霊喚びの鈴とはぐれ狼の遺灰を渡してくる。DLC画像にてミケラと思しき人物が騎乗しているのは角の生えた馬、恐らくトレントであり、また、狼はしろがねの射手とともにミケラの聖樹へと繋がる聖別雪原に多く生息していることを見ても、ミケラがトレントの古い主である可能性は高いと考えた。二人の神人の繋がりはそれ相応(遺品めいたものを託される程度)には深かったはず。そういうことにした。

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