狭間の地で傀儡にされた魔術師   作:蟹たま

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#6 外なる神の恩寵

 

 ミケラ。

 金無垢の幼子。

 女王マリカと王配ラダゴンの間に生まれた双子、その片割れ。

 永遠の幼さと性別の不確定性を有しており、老若男女問わず彼を見た者誰をも魅了した。

 縦横無尽に枝を広げる腐れ果てた巨木、聖樹エブレフェールとは、彼が妹マレニアを想い、弱き者を庇護するための聖地を作り上げようとしたものである。

 ついに聖地は完成しないまま、ミケラを見初めた血の君主モーグに拐かされ、行方知れずとなった。

 

 マレニア。

 不敗にして腐敗の女神。

 女王マリカと王配ラダゴンの間に生まれた双子、その片割れ。

 生まれながらにして外なる神の齎す腐敗の病に冒され、右腕、両足を持たなかった。

 さる盲目の剣士に剣を習い、その業は不敗の域に達した。

 破砕戦争にて最強と謳われた将軍ラダーンとの一騎討ちを経て腐敗に抗う心を失い、朱き腐敗が花開く。

 結果、大陸全土に腐敗を撒き散らすこととなった。

 

 総評。何とも退廃的(フロム)な空気を纏う双子、というのが私の感想だ。

 

 気が付けば周囲を巻き込んで破滅(フロム・ソフトウェア)しそうな気配がムンムンしているので、私としてはできれば関わりたくはないところ。

 ところ、だった。

 

 もともとが住む世界も違うような神人である。

 

 何事もなければ、関わり合いになることなど本来あり得ないはずだったのに。

 

 

 

「あっ……! ぐ、あ、あああああ―――ッ!!」

 

「どうして………。なんで……!?」

 

「……? ニア!?」

 

 

 

 案の定だ。

 やっぱり、ロクでもないことになった。

 

 私の目の前には困惑のあまり髪を振り乱す少女、マレニアと。

 それに寄り添う少年、ミケラ。

 

 その二人の前で苦悶に喘ぎ、涎を垂らしながら地面に蹲っているのが、私である。

 

「ぐ、く……ああ……!」

 

 私の右足は、見れば吐き気を催すほどに爛れ、溶け、腐れ落ちていた。

 

 この身を保つルーンごと破壊され、この腐れはたとえ死せども治ることはない。

 エマ・ハミルトンは、不治の呪いを身に受けた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 凡そ丸五日間の旅路であった。

 

 レアルカリアから大橋を渡り、デクタスの昇降機に乗って(デクタスの割符は普通に行商人から購入した。火の釜に繋がるロルドの割符とは扱いが違うらしい)、アルター高原の街道を馬車で運ばれ、ようやくと王都に着いた。

 

 リエーニエの門前町とは比べ物にならない人混みに驚きながらも、ミケラへの贈り物を届けるため私は上流街区へと向かい始める。

 その途中、人混みの中でも特に人でごった返している広場があった。

 行き先が人の波に阻まれ、さして気も引かれていなかったそれが偶然、視界に映る。

 

「「「―――うおおおお!!」」」

 

 何やら、剣士風の男が大道芸でもやっているらしい。

 男共の野太い声で、大きな歓声が上がった。

 

「……」

 

 無口な剣士が、円周上に立てた藁人形に向かって剣を構える。

 生まれてこのかた魔術ばかりで、剣のことなど少しも分からない、そんな私にも男の構えは見事なものであると感じさせた。

 少しばかりの興味を覚えた私は、早いことこの広場を抜けようとしていた足の向きを変えて、広場の中央へと向き直った。

 

 今度は、男の構えをよくよく眺めてみる。

 見れば見るほど、体の隅々まで意識の行き届いた構えだと感じた。

 そして。

 軽く宙に飛び、腰をひねって肩に剣を乗せるようなその構えが、私の記憶を刺激する。

 

「あ」

 

 と。

 

 周囲の見物客が『これからどんな動きが飛び出すのか』と固唾を飲む中で、恐らく私だけが別種の緊張を覚え始めていた。

 さっ、と男の身なりを観察する。

 透き通った青い衣、目を覆うように巻かれた黒布、そして手に持つは独特な形をした片手剣。

 

「………」

 

 いやいや。

 殿下からミケラへの贈り物を渡されて王都に来たら『これ』と遭遇する? どんな偶然だ。

 私は、否定したかった。

 

 しかし無情にも、私の予想を証明するかのように、男が演武を始める。

 その場の空気の変わりように、思わず私も息を呑んだ。

 

 

 

「……ッ」

 

 男が息を溜め―――。

 

 一拍の間。

 

 男の身体が、ギュンと加速する。

 サン、サンサン、と音も幽かに藁人形が切り刻まれていく。

 縦横無尽に剣が舞う。

 全周を遍くなぞる剣先に逃げ場はなく、見るものを圧倒する。

 

 水鳥乱舞(Waterfowl Dance)。

 

 まさに水を切り立ち上げ、飛沫を上げながら踊る水鳥が如く。

 静かに、流れるように。

 

 バラ、バラ、バラ。

 

 気が付けば、散り散りになった藁人形が地面に落下する音がした。

 その音で我に返ったように、幾人かが手を叩く。

 疎らだったそれは、ひと呼吸も挟まないうちに広場全体へと伝播して、すぐに轟くような拍手の音に変わった。

 

「……」

 

 青衣の男が一礼しても、それは鳴り止まない。

 いっそうの拍手が、男に浴びせられた。

 男が地面に置いていた木の小鉢に投げ銭(黄金のルーン)が飛ぶ。

 ジャラジャラと音を立てて木鉢から溢れるそれを、私も一つくらい投げようかと財布の紐を緩めかけて―――今が余裕のない旅路の半ばであったことを思い出し、踏みとどまった。

 

 そもそも、こんな所で油を売られている場合じゃない。

 早くこの、厄介な人物から離れて、ミケラに物(ブツ)を渡して、さっさと王都を離れないと。

 なんだか、ここに留まっていればいるほど、面倒に巻き込まれる気がしているんだ。

 

 そう思って、足早に広場を抜けようとした私は、歩き出した直後に不注意から人にぶつかってしまった。

 

 

 

 

 ああ。

 

 

 

 

「……っと、すみません」

 

 私が前を確認すると、そこには目深にローブを被った子供が二人。

 一人は、私がぶつかったせいだろう、転んで手を突いている。

 

「私の不注意でした。申し訳ない。お怪我は―――」

「―――だいじょうぶです。……ね、ニア?」

 

 私の視線と、声を遮るように子供の一人が手を出して制してきた。

 子供にしても高く、澄んだ声だ。

 声だけだと言うのに、一瞬、聞き惚れて意識がとんでしまうほどの危うい響きがあった。

 

「……っ、はい。わたしはだいじょうぶです、にいさま」

 

 少女が頷いた拍子に、フードから鮮やかな朱い髪が覗く。

 それにどこか引っ掛かりを覚えながらも、私は声を掛けた。

 

「あの、本当にどこか擦ったりしていませんか? もしよければ、軽い手当くらい―――」

「ありがとうございます、けど、いらないです」

 

 こちらを見つめる少年の瞳が、フードの中から私を射抜く。

 透き通った青の瞳。

 私はそれに、魅了された。

 魘されるように、浮かされるように、曖昧な意識のまま私は頷く。

 

「そ、うですか。分かりました」

 

 なんだろう、これは。

 頭が、ぼーっとする。気分がふわふわする。

 

「はい。じゃあ、帰ろうか。ニア」

「……はい、にいさま」

 

 王都の人波に揉まれながら、まだ背の低い二人が、歩き去っていった。

 

「………」

 

 頭(かぶり)を振ってなんとか立ち上がった私は、しばらくぼんやりとその方角を見詰める。

 もうちょっと、話していたかったかもしれない。

 

 そんな私の足に、一匹の蝶がとまった。

 極彩色の、この世の誰も見たことがないような蝶である。

 

 ちょうど、少女とぶつかってしまった方の足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドロリ、と。

 ローブの中で右足が溶けるような感覚がして私が体勢を崩すのと。

 歩き去っていった先でガクンッ、と少女が膝を突くのと。

 観衆に囲まれていた剣士の男が、何かに気が付いたようにはっとこちらを見つめたのは、ほとんど同時であった。

 

「………?」

 

 右足が、熱い。

 ドロドロと、何かが足を伝って流れ落ちていく感触がある。

 シューシューと、固い何かが溶けていくような音がする。

 

 恐ろしい朱い霧が、私の右足から立ち上っている。

 

 

 

 朱い、腐敗………!?

 

 そんな、馬鹿な。

 何故。

 

「………」

 

 いや、先の赤髪の少女。青い瞳の少年。

 彼女たちは、まさか。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「あっ、ぐ、ああ………!」

 

 私は低く、唸り声を上げる。

 

「ニア!? どうしたの!? また腐敗が―――」

「ちが、ちがいます、にいさま! わたしでは(、、、、、)ありません(、、、、、)!」

 

 幼いマレニアが、私を指差した。

 

「わたしの腐敗が、あの方に!」

 

 ミケラはそこで初めて、蹲る私に気が付いたようで、驚いたような視線を私に向けてきた。

 さっきの、魅了された状態であれば心底から嬉しく感じたであろう視線も、今となっては煩わしく感じる。

 

 唐突に訪れた腐敗の疼き、痛みを処理するのに手一杯な私。混乱の極致にいるミケラとマレニア。

 そんな状況を収束に向かわせたのは、人波をかき分けて現れた、先程の剣士だった。

 

 彼は私を横抱きに抱え上げるとミケラに向かって、

 

「どこか落ち着ける場所は?」

 

 と問うた。

 呆然から意識を取り戻したミケラが、駆けるように案内を始めた。

 

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