エアグルーヴ「たわけっ! たわけっ!? たわけっ……」 作:イソン
男女逆転物、もっともっと増えてほしいので書きました。
たわけの三段活用は、じきに難病も治します。
かなり久しぶりなので、誤字脱字等多いかもしれません。あったらたわけと言いながら報告してくれると助かります。
「た、たわけっ!」
エアグルーヴは目の前の光景に思わず、顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
ある晴れた日。連日の雨から一変、今日は空も真っ青の快晴だった。カーテンを開ける。雲もなく、汚れ一つない窓の外では小鳥達が朝の大合唱を始めていた。
こんな日は自然と頬が緩くなる。常日頃、『冷徹なる女帝』と噂されるエアグルーヴでもその実、普通の感性をもった年頃のウマ娘である。ファンであれば悲鳴を上げながら大金を積んででも手に入れたい貴重な笑みだが、彼女がそれを知る由はない。
充電していた携帯を端子から抜いて確認してみれば、時刻は朝の6時半ごろだった。
(少し早いか……?)
寝ぼけ眼ではありつつも、同室の彼女を起こさないよう気を使いながら流れるような動きで制服を着る。寝返りを打ちながら耳をピョコンピョコンと動かしている同僚に申し訳ないと思いつつ、エアグルーヴは、はやる気持ちを抑えながら部屋を出た。階段を降り、靴箱から普段用の靴を取り出し履いていく。
寮の入り口を出たときに外の空気が肌に当たった。少し肌寒い。けれども、その肌寒さが今のエアグルーヴには心地よかった。寮から学園までの道はさほど遠くない。舗装された通学路を少し早足で学園へと向かう。
いつもであれば聞こえるはずの生徒たちの声はない。それもそのはず、時間が早いというのもあるが今の時期、3月は長期の休みだからだ。いつもであれば朝練で活気づいている走り場も今はその芝生を休ませている。
エアグルーヴも今日は休みの日だ。新しく入学するウマ娘達のために必要なパンフレットの作成はあるものの、別にこんな朝早くに学園へ来る必要はなかった。
しかしだ。何事も例外という物はある。
3月、そう3月だ。出会いと別れの季節。始まりである春。将来を夢見て中央へ集まる入学生達、上へ進むか挫折し道をあきらめるか理想と現実の狭間で悩みゆく生徒達、そしてウマ娘を導き勝利の栄光である架け橋を繋ぐために戦うトレーナー達。
たくさんの出来事がまもなく起こる時期なのだ。
「場所は昨日連絡しておいたが……」
本当に来るのだろうか、ふとした不安が頭をよぎる。
出会いの季節といった。そう、それは彼女――エアグルーヴにも当てはまる。今年は人生を左右するほどの重大イベントでもあるのだ。普段の彼女からすればありえないであろう、耳をせわしなく動かし尻尾は不安そうに揺れていた。
少し歩いて学園の玄関が見えてきた。いつもは大した距離じゃない道のりがなんだかとてつもなく長く感じる。
エアグルーヴは再度携帯を開き、SNSアプリを起動した。彼女の友人や後輩、何名かの名前が連なっている画面の一番上に表示されたとある名前のチャット爛。そこに書かれているのは、子供の頃から付き合いのある幼馴染――彼との雑談。
『明日、君の花壇を見に行くよ』
短いながらも、簡潔に。その一言はエアグルーヴの頬をゆるゆるにしてしまうものだった。はたから見れば朝から歩いているウマ娘がによによしながら携帯を見ている怪しい光景だが、幸いなことに彼女の痴態を目撃した者は誰もいない。
ようやく気付いたのだろう、はっと顔を上げ周りを確認する。誰も見ていないことに気が付いたエアグルーヴは、ほっと胸をなでおろしながら学園の外周にある花壇近くまでたどり着いた。
その時、声が聞こえた。
「――げすぎちゃだめだよ。君もお腹いっぱい食べすぎちゃうと胃もたれしちゃうでしょ、それと同じなんだ」
耳がピンと立つ。聞こえた、間違いようのない彼の声。ほんの少しだけ大人びたのか少し低くなったけれども、いつもの口調と聞けば安らぐようなエアグルーヴの好きな声が。
気付けば駆け出していた。何年ぶりだろうか、彼と約束して以来、自身を律して会いに行くのは控えていた。男と聞くだけでがっつくような、今時の女性と思われたくなかったからだ。
校舎の角を曲がる。エアグルーヴが趣味で作り上げた手製の花壇、それをぜひ見たいと4月からトレセンの職員として就職が決まった彼の連絡が来てからより一層空いた時間を使って彼に見てもらおうと育てていた花の所へ。
「き――」
けれども。
彼の名前を呼ぼうとして、エアグルーヴはぴしりと石のように固まってしまった。
見てしまったのだ。視線の先、身長が伸びた彼の背中とそれに寄り添うようにしてぴったりと、膝元まである桜色の髪をポニーテールのようにまとめた後ろ姿が。
めちゃくちゃ近い。近いなんてものじゃない、もはやくっついているではないか。
誰だ、いや確か中等部の子だったか。何故ここにいるのだ。というか何故彼の隣にいるのだ耳も嬉しそうに揺れているではないか、尻尾もぶんぶんと振っているぞつまりどういうことだ彼は私と約束をしながら他の女性と現を抜かす輩だったのかえぇとつまりこれはそういうことでわたしはここからどうすればせっかくあえたのにだいいっせいをどんなひょうじょうでいえばいいのだああつまりそのあのこのええと。
「た、たわけっ!」
そして舞台は冒頭へと戻るのである。
男女割合の極化。
今を生きる者であれば、もはや常識と言ってもいいだろう。男性と女性の出生率が半々だった時代なんてもはや過去の話だ。原因は解明されておらず、当初は様々な陰謀論がささやかれていた。一説には某国による細菌兵器の実験やらはたまたウマ娘増加による男性出生率の低下やら噂されているが、どれも眉唾物ばかりだ。
そして男性の出生率が減少し、歪な世界がもはや日常と化してからはそんな陰謀論も娯楽の一つになりつつあるほどに時は過ぎていた。そうなると、自ずと社会は女性主導へと変わっていく。女性は外へ、男性は中へ。どの国も貴重な男性を国内から逃げ出せないように囲い、厳しい監視下に置く。
そんな中でウマ娘という存在は男女というカテゴリーから少し外れた視点で見られていた。容姿端麗、誰よりも強くそして速く、そんな彼女達が本能のままに駆けていく姿は老若男女問わず、心をつかんだ。
特に中央――URAが主体となり開催される競技は、覇権と言っても差し支えないほどだ。時が経過するほどその熱は大きくなり、今や地方のウマ娘にとって中央へ行けることは自分の夢を叶える場所としてこれ以上ない存在となっていた。
だからこそ、ウマ娘だけではなくトレーナーや職員でさえも全てにおいて要求の高いスキルを求められる。現理事長の秋川やよいの方針により、それがたとえこの世で貴重な男性であろうとも優遇することなく平等に扱う姿勢を貫いていることで、学園の男性率は両手で数えられたらいいほどだ。しかも、そのほとんどが内勤で彼女たちの前に姿を見せることは滅多にない。
そのため出会いという物もほとんどないというのが現状なのだが、今年はとある一人の男性がURAの職員として勤務することが決まっていた。上からの指示により緘口令が敷かれてはいるが、いかんせんその男性が希望した職種により、話題になってしまうのも時間の問題ではないかと理事長や秘書のたづなを悩ませているのはここだけの話。
その男性というのが、エアグルーヴの目の前で花の世話をしている人物なのだが――。
「おーい、エアグルーヴさんや」
ひらひらと。エアグルーヴは、目の前で手を動かす彼の手を見る。今時の男性にしては珍しい日焼けしたたくましい手。前よりもたくましくなったなと渾身全霊の眼力を持ってその動きを見逃さずに見ているが、無言。
「もしもーし、聞こえてますか―?」
心を鬼にする。本音を言うのであれば、今すぐにでも彼と話したいが先ほどの光景を見たエアグルーヴにとって今の心理状況は冷徹と恐れられる普段の彼女ではなく、年相応の乙女となっていた。
「……」
これは悪くないとエアグルーヴは自分の考えを正当化する。何年ぶり――おそらく3年ほどだろうか、彼と久しぶりに面を向かい合って会うのは。ウマ娘として偉大な功績を残した母への憧れもあり、夢を追うため中央に来た彼女にとって子供の頃から近所ということもありよく遊んでいた彼と会えないという生活は中々に大変な事だった。
だからこそ、彼が子供の頃に語っていたウマ娘をサポートする仕事に就きたいという夢を叶えて中央に来てくれるという一報はとてつもなく嬉しかったのだ。そうと決まれば、再会するときのシチュエーションは大事にせねばなるまいとエアグルーヴが考えるのも無理はない話だった。
そう、連絡をもらってからどういう風に再会するか大事なお小遣いを切り崩して少女漫画を買いあさり、どんなシチュエーションがあるか探すほどには。
だから、いま私が抱いている子供の様な感情は絶対に悪くない。
ほんの少しだけ、沈黙が続いた。先ほどまでいた桜色の髪をした中等部の娘――ハルウララは偶然早起きして散歩していたら彼と出会ったらしく、花を手入れしていた様子を珍しく思ったのか何をしているのか聞いていただけとの事だった。そのあとすぐにエアグルーヴが来た後、しっかりと挨拶をして帰っている。話をして分かったが、彼女の思考にやましいことなどまったくなく純粋な気持ちで彼と話していたのだとわかり己の短絡的思考を恥じた。
感情がぐちゃぐちゃになって、何を言えばいいのかわからない。せっかく彼と出会えたというのに、自分の不甲斐なさに彼と会う資格があるのかと問いたくなるほどだ。
陽が当たる。自身の感情とは裏腹に空はこんなにも快晴で、それがこんなにも恨めしく思えるとは。
ぽん、と。
「……えっ?」
言葉はなく、ただ彼の手が優しくエアグルーヴの頭の上に置かれていた。ほんの少し、熱を帯びた優しい手がゆっくりと頭を撫でる。
「……久しぶり」
気恥ずかしいようにしつつも、まじめな性格の彼がこちらを見つめていた。
(あぁ……変わらないのだな貴様は)
子供の頃から変わらない優しいまなざし。性格ゆえか男性に対し第一声を貴様と言った時も、逆にかっこよくて素敵だと名前で呼ばれるよりそっちで呼んでくれと言ったあの時のように、何を言わずともこちらの感情を読み取ったように彼は動く。
目をゆっくりと閉じた。頭の中で複雑に絡まっていた糸が、彼が頭をゆっくりと撫でてくれるたびに少しずつほどけていく。ほんの少しだけでいい、我がままかもしれないけれども今だけこの時間を自分のものに。
エアグルーヴの耳は花の世話をする時のように少し垂れ、尻尾は控えめながらも嬉しそうに左右に揺れ動いていた。昔からの無自覚なこの動きに、幼馴染である青年は彼女の感情が落ち着いていくことに心の中でほっと溜息をつく。
青年も馬鹿ではない。子供の頃からの付き合いで、彼女の性格はよく知っている。そして、彼女が自身に対して思う感情も。
どれほどの間、そうしていただろうか。時間にしては一瞬だったのかもしれない、けれども二人の間にとってはとても大事な一瞬だった。
ゆっくりとエアグルーヴは目を開けた。それと同時に青年も頭からそっと手をどける。ほんの一瞬、名残惜しそうに青年の手を追ったが自分に活を入れるため咳払いをするとしゃがんでいた姿勢から立ち上がった。
「……まったくだ。どうだ、綺麗だろう? ここの花壇に咲く花達は」
忘れていないぞと、彼に見せたかった花達へ手を広げる。色とりどりの花、よく見かける物から育てるのが難しい物まで。副会長という身で他の生徒達よりも忙しく、夢を追うため走り続けている彼女がそれでも寝る間を惜しんで育てていた彼との約束を――青年にだけ見せる満面の笑みが咲き誇っていた。
そんな顔を見て、青年は彼女に対し一握りの悪戯心が芽生えた。後で怒られるのは確実だろう、けれどもせっかくの再会なのだしこれぐらいは許してもらわねばとこちらも笑みを浮かべ彼女の問いに答える。
「あぁ、とても綺麗だよ。エアグルーヴ」
最後に彼女の名前を呼ぶだけ。たったそれだけ。
無限に広がる青空、太陽が照らす学園の片隅で。とある青年と、顔を真っ赤にして説教するウマ娘が再会したのだった。
次回予告「たわけっ!?」