エアグルーヴ「たわけっ! たわけっ!? たわけっ……」   作:イソン

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一応、キャラ崩壊タグはつけときました。


「たわけっ!?」

 この時期の風はとても生ぬるい。

 

 走り場を駆け抜け、大粒の汗が落ちるのを服で拭いながらそう感じた。日差しは頭上高く鎮座し、暑いよりも痛いと感じさせるほどの熱量を地面へと放っていた。

 

 夏である。

 

 「ふぅ……」

 

 息を落ち着かせる。駆け抜けた足に少し違和感を感じた。いつもと違う疲れの溜まり方、今回試してみた走法はあまり私向けではないか。

 

 大会に向け本格的に動き出すこの時期は、他のウマ娘達も猛暑激しい中、トレーナ指導の下でトレーニングに励んでいる。エアグルーヴも例外ではなく、春の忙しい時期を終え余裕ができたことも相まって、朝から体を酷使しながらトレーニングを続けていた。トレーナーと相談し、ここ最近話題になっていたいくつかの走法を試している真っ最中だ。

 

 「エアグルーヴ、さっきの走りなんだけど」

 

 一通り走り終えた状態を見たのか、エアグルーヴのトレーナーが全体の流れを見て走りの動き方について確認する。彼女も先ほどの走りはエアグルーヴの足には向いていないとの事だった。尋ねられる質問に対し、自身の見解も踏まえつつ答えながら水分補給にとベンチに置かれていた水筒を取った。ふたを開け、潤いを補給しようと口に含み――、

 

 「あっ、そういえば例の新しく入ってきた彼。さっきあなたに会えないかと入口近くで待ってるわよ?」

 

 瞬間、思いっきりトレーナーの顔面目掛けて勢いよく口に含んでいた水を噴き出した。べっとりと、水筒の中身であるミネラルウォーターがトレーナーの顔と上半身にかかる。

 

 「……え、エアグルーヴ?」

 

 避ける余裕もなかったトレーナーは、突然のことに驚きつつエアグルーヴの普段見ない光景に怒りなど沸くはずもなく、逆に好奇心がわいた。げほごほと器官に入った水を吐き出しながら謝るエアグルーヴに対し、大丈夫よと答えつつ水がかかったことでうっすらと下着のラインまで浮き出た上着を皮膚から離そうと引っ張りながら胸元に入った水滴をタオルで拭いた。

 これが男性であれば凝視物だが、いかんせんこの世界において女性の下着など珍しくもなんともない。

 

 「す、すまない……」

 

 落ち着いたのか、息も絶え絶えになりながら謝りを入れる。

 

 「いえ、私は問題ないのだけれども……。大丈夫?」

 

 「あぁ、迷惑をかけた」

 

 そう言いつつも、気が動転しているのかエアグルーヴは先ほど飲んだ水筒をもう一度口に持って行った。顔は冷静を装っているが、多少付き合いのあるトレーナーは彼女の新鮮な姿に笑みを隠し切れずいる。

 トレーナーが言った彼とは今年新しく学園へ勤めることになった男性の事で、世にも珍しい芝生の手入れ等を行うグリーンキーパーだ。別に外で働く男性がいないわけではないが、トレセン学園――しかも周りは普通の人間よりも力のあるウマ娘達が生活する場所である。

 ほんの数か月前に理事長とたづなさんより紹介があった時、それはもうおったまげたものである。ほとんどのトレーナー達は驚愕しつつもそそくさと自己紹介と名刺を交換しつつ、内勤の男性は日焼けしたたくましい体つきの青年を見て話に花が咲いていた。

 最初の方こそ学園全体で彼に関する問題が起きたりはしていたものの、今では生徒会主導による働きで騒ぎも鎮火し平面上は平和が保たれている。その際、彼女の担当であるエアグルーヴが身を粉にして働いていたと聞き、彼女の性格を知るトレーナーにとって珍しいとは思っていたがまさかこういうことだったとは。

 

 トレーナーにとって、エアグルーヴは良きパートナーである。だからこそ、普段見ない姿に好奇心を抑えることができず予測できるこの先を思い浮かべ、口を開いた。

 

 「そう、よかったわ。それで――」

 

 エアグルーヴが再度口に水を含んだのを確認して。

 

 「彼とはどんな関係なの? 彼氏さん?」

 

 再度口に含んでいた水を噴き出したエアグルーヴを見てしっかりと用箋ばさみでかからないようガードしつつ、彼女の意外な一面を見れてご満悦になるトレーナーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かっかかかか、海水浴だとっ!? たわけっ!?」

 

 「いや、なんで」

 

 エアグルーヴが青年と再会を果たしてから季節が一つ変わっていた。二人が今いるのは学園の端にある小さな花壇だ。あれ以来、何か用事があるときはここで落ち合うのが日課となっていた。ごくたま~に中等部の子が迷い込んだりはするがそれを除けば、二人だけの場所だ。

 二人だけの場所、まるで少女漫画のようではないか。ここで集まることを決めたときのエアグルーヴは、それはもうたいそう喜んだ。同僚には不思議そうな目でみられ、会長であるシンボリルドルフには何か優しい目でみられ、トウカイテイオーやゴールドシップが何かやらかしても笑顔で対応できるぐらいに。

 なお、笑顔で対応するエアグルーヴは逆に未知の恐怖があったと語るはいたずらをする二人の談である。

 

 こちらを見て笑みを浮かべていたトレーナーに説教しつつ、彼とともにこの場所に到着したエアグルーヴは、いつもの挨拶をしながらほんの少しばかり花の世話をしつつ青年が口にした内容を聞いて、一瞬にして顔を真っ赤にしながら口癖になりつつある言葉を言い放った。

 

 「男子がだな、あのような危険な場所に向かうなど……!」

 

 「いやいや、話を聞いてよ。遊びに行くわけじゃなくてね?」

 

 「しかも、海の家で接客だと!? サメ共が徘徊する海にとんでもなく美味しそうな血を垂れ流しながら動くアシカのようではないか……!」

 

 「いや例え」

 

 「私がいるならいざしらず、貴様がそんな所に行くことなど……!」

 

 「はいストップ」

 

 むぎゅっと。青年はくねくねと暴れ始めたエアグルーヴの両頬を両手で強めに引っ張った。はっと、エアグルーヴも我に返る。

 

 「す、すまん……」

 

 なんという醜態だろうか。常日頃、己を律していたのに彼の言葉を聞いただけでこの体たらくとは。

 

 しゅんとしたエアグルーヴを見て、青年はやれやれと心の中でため息をつきながら彼女の頭を撫でた。いつもの流れ、彼女の感情に呼応するようにしなびていた耳は撫でりを続けることで少しずつ回復していく。

 

 「大丈夫だよ。……話の途中になったけど、僕の姉が経営している海の避暑地があるんだ。海水浴で賑わってて、ほんの少し離れたところには貸切専用のプライベートビーチもあったり」

 

 「相も変わらず貴様の姉は至る所で商売をしているな」

 

 「まあね。で、例年だとお高い金を払って男性を雇ってたらしいんだけど。今年はいつも来てくれる人が雇えないらしくて、僕に白羽の矢が立ったってわけ」

 

 「なるほど……理由は?」

 

 エアグルーヴの問いに、青年は両手の人差し指をくっつける。その動きにあぁなるほどと、この世界のどこかで男性をつかみ取った幸運な女性が生まれたのだと納得した。

 

 「……しかしだぞ? 何故それを私に話すのだ」

 

 「ここからが本題なんだけど、学園が手配していつも夏の合宿に使う海水浴場ってここだよね?」

 

 ポケットから取り出した携帯を操作し、青年がマップに表示された海水浴場の名前を見せる。

 

 「むっ、確かに……」

 

 よく知っているなとエアグルーヴは彼の携帯を見つつ頷いた。なお、ウマ娘である視力をもってすれば今の位置から動かずとも内容など把握できるのだが、さりげなく、違和感がないように彼の隣にすすすっと移動して肩がくっつくかくっつかないかの位置まで幅寄せしている。

 

 「それで、僕が向かう姉の所なんだけど……」

 

 指をスライドし、合宿で使用する海水浴場からちょっとだけ離れた位置まで動かした。思っていたよりもさほど離れていない距離にエアグルーヴは驚く。

 

 「灯台下暗し、というやつか……」

 

 「うん、それでね」

 

 合宿の間ではあるが彼に会うことができなくなるため、夢のためとはいえ大変だと考えていたエアグルーヴにとって、彼から出た話はとても嬉しいものだった。合宿中は周りの後輩達に手本を見せる必要もあるためうかつな行動は出来ないが、最終日の後にはほんの少しだけだが自由時間がある。そこで彼へ会いに行くことができるかもしれない。

 

 瞬間、エアグルーヴに電流走る。

 

 有名少女漫画『ウマ娘は静かに暮らしたい』。

 ここ最近、ウマ娘達の間で絶大な人気を誇る少女漫画がある。あまり漫画については詳しくないエアグルーヴだが、トウカイテイオーが授業中に隠し読みして没収された物を本人に返しておいてくれないかと頼まれ引き受けたときに手渡された本。

 彼女が知る漫画という物はもう少し厚みがあり小さい物だが、手渡された物はA4の紙サイズに書かれた薄い本だった。著者名はアリスデジタル、なんだかどこかで聞いたような名前の作者が書いたこの漫画はトウカイテイオーに返す前、待ち時間の間にどうせならと中身を見てしまった。最初は暇つぶしのはずだったのだが、気づけばトウカイテイオーが声をかけるまで周りを忘れて読みふけっていたのだ。

 その後、トウカイテイオーに本を返した後、数日後にはエアグルーヴの秘蔵本棚に彼女――アリスデジタル先生の描いた同人誌セットが奉納されたのは内緒である。

 本題だが、その少女漫画にとある話が出てくる。主人公である少女とその幼馴染である青年が海水浴場に向かう話。話の中では男女の割合が同じで、海水浴場で質の悪い男性に絡まれた主人公を幼馴染が助けるという描写があった。その後、今まで恋愛感情という物をあまり知らなかった主人公は自身が抱く感情に疑問を浮かべつつ、月が浮かぶ夜の海水浴場で散歩する幼馴染と会う。そこで主人公は――。

 

 (ま、まさかそういうことなのですかアリスデジタル先生……!)

 

 そういうことではない。なお、中等部のとある濃い目のピンク髪を耳下でツーサイドアップにした大きなリボンをつけた少女はどこからか感じるウマ娘のエモ波動を空中の微粒子から感じ取り、耳の毛が逆立っていた。

 現実にこんな世界線があるんですかと走りながらぐねんぐねんと体を捻る彼女の姿を見て、周りが引いていたのは言うまでもない。

 

 思考する。彼と再会するまでに得た全ての知識(少女漫画)をフル動員し、自身が合宿で彼と会えるタイミングを。他のウマ娘達にばれることなく、なおかつ彼に迷惑が掛からない栄光の道を。

 

 エアグルーヴの悪い癖は、考え始まると思考の渦にはまってしまうことが多々あることだ。そうなってしまうと、突然の不意打ちに驚いたりしてしまう。だからこそ、その後に青年が発した言葉に耐性がついていたと思っていたエアグルーヴは自分でもこんな声が出るのだなと、他人事のように感じた。

 

 

 

 「二人の用事が終わったらさ、せっかくだし昔みたいに海へ遊びに行こう?」

 

 

 「ふぇ?」

 

 

 少女の夏が始まりを告げる。

 

 




次回予告「たわけ……」
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