チセと呪われた子 作:三軒隣の斜向かい
風は色々なものを運んで来る。
青葉を揺らし白波を立て。
山を越え海を渡り。
噂から病まで。
善し悪し問わず。
望み求まず。
この日もまた、始まりは些細な風のひと吹きで……。
バタン、と。
玄関の戸が開いた音に、智世の空いたカップへ紅茶を注いでいたシルキーの手が止まった。
そのまま不思議そうに玄関の方を見詰める彼女へ、智世も首を傾げ尋ねる。
「エリアス……じゃないのかな?」
んっ、んっ、と頷く彼女に智世の足元で寝そべっていたルツも首を起こし肯定する。
「知らない匂いだ。嗅ぎ慣れた様な、嫌な感じはしないが……見てくるか」
「じゃあ私も ─── 」
と智世は腰を浮かすもシルキーとルツによって座っていた椅子に押し留められてしまう。
何処からともなく取り出したキッチンの使い込まれたフライパンを手にシルキーは袖口を捲り、ルツも出逢った頃の様な大柄な青年の姿へ。
「……善くないものじゃないんでしょ?」
「念のためだ」
竜の呪いに
招かれざる客ならば招き入れなければいいだけであるが玄関を開け放ち外で待つものとなるとそうはいかない。ドアを開けたままというのはそれだけで招き入れる意思がありと見なされてしまうこともあるからだ。
「悪くはなくとも許しも得ず勝手に玄関を開ける様な、礼儀知らずなヤツには違いないからな」
『あら。礼儀知らずだなんて、失礼しちゃうわねン』
「エアリエル?」
弾む可愛らしい声が開け放たれた玄関から家の中へ、智世の頬を撫で髪をすくいその肩に留まる。
この家によく吹く隣人のエアリエルと思われたその風だったが。
「えっと、初めましてかな」
『ええ、そうよン。初めまして愛しい仔』
小さな翼。
濃い緑の髪に触覚と鳥の脚。
楽し気に弧を描く黒目の紅い瞳は確かによく智世達の前へと現れるエアリエル達と変わりのない姿なのだが、その小さな躰には隙間なくむした苔が覆っていた。
「この辺りの子じゃないよね?」
『当たり!とっても遠いトコからやってきたのよン』
だからとっても疲れているの、と。智世の肩に座り込む風は寄りかかり凍える様なため息を溢す。
それは彼女にとってとても身近でとても遠い風だった。
( ……何時もは遠くに居るのに、時たま急に傍までやって来る。付かず離れずな、心が寒くなる隙間風 )
その風はしっとりと湿り気を帯びているにも関わらず、乾いた土の匂いがした。
姿こそ見慣れてはいなかったが、しかし身の周りを漂う風は確かに馴染み深いもので。
「死の香り」
『あら?もしかして初めましてじゃなかったかしらン』
ルツの手が智世の肩を軽くはたいた瞬間にはもうその姿はどこにもなく。
「……善くないものではなかったね」
「そして礼儀知らず」
「当分は御免こうむりたいかな」
「まったくだ。死を運ぶ風なんてぞっとしないにも程が ─── 」
「まま?」
「「ママ?」」
顔を見合わせた智世とルツとシルキーが足元に視線を向ける。
ガチャリ、と。
静かに玄関の戸が閉まる音がした。
続きは気が向いた時に。