独り言を語る事   作:お茶会おじさん

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 心の残虐性についてです。志賀直哉の「城の崎にて」を読んで思い出したことを書きます。


1.初めに書いておくべきこと

 木刀・蛙・カニ・後悔

 

 僕が小さな蛙を棒で潰したのは中二の時のことです。

 季節は覚えていませんが雨が降っていた日でした。

蛙を潰したことを書く前に、木刀について書かないといけません。

 

 木刀というのは弟が拾ってきた木の棒の事です。たぶん柿の木の枝だと思います。

 その棒を木刀として使っているうちにすごく手に馴染んで最高の木刀だと思うようになりました。

 家に帰ってきたら棒を振り、テスト勉強に行き詰まったら棒を振る。それぐらい僕の生活に密接に結びついていました。

 

 とある雨の日でした。家の中にいる事に飽きて外に出て、棒を持って素振りをしていました。それに飽きて棒を手に持ったまま、道路に出ると小さな蛙がいました。何を思ったのかは今となっては分かりませんが、いや、分かりたくないのかもしれません。まあ、とにかく。

 恐らく遊びのつもりだったのでしょう。僕は棒を蛙に当たらないように地面にコツコツと叩きつけていました。五回目に地面にぶつけたとき、誤って蛙を潰していました。

 こんな風に長く書くと、蛙を潰したことを後悔している自分に酔ってるのかと言われそうですが、事実なんです。

 蛙の体から臓器や血が出たわけではなかったけれど、動かなくなった蛙を見て、自分が殺したのだとはっきりわかりました。

 しばらく動かなくなった蛙を見て考えていました。

 

 この蛙は僕が飽きた結果に潰しても良かったのか。

 

 自分が蛙だった時にどんな思いをするのか。

 

 こんな死にかたをするためにこの蛙は生まれてきたわけじゃないのだと。

 

 そう、思いました。

 

 しかしそんな気持ちも一時のもの。すぐに忘れてしまっていました。忘れたかったのでしょうか?この体に刺さる罪悪感を。そんなことは無いですね。ただ、忘れたんです。

 

 そして月日は流れ、高校1年生になってちょっと学校に慣れたとき。国語の教科書に載っていた、志賀直哉の「城の崎にて」を読んでこの事を思い出しました。

 

 小説では、作者はイモリを殺してしまいましたが僕は蛙を殺してしまった。わざとではないけれど、僕のほうが罪が重いと感じました。

 

 ここから、話は遡るのですがカニをわざと踏み潰したことがあります。カニが嫌だったから、というのが理由です。

 「嫌だった」という理由だけで潰されたカニはたまったもんじゃないでしょう。なのに踏み潰してしまいました。

 

 この2つの生き物を潰した罪は一生、心に、体に、残るでしょう。まだあのときの感覚が、すぐそこにあるからです。

 




追記:昨日家に帰ってくるとその棒が玄関の前に落ちていました。さらに近くの井手から蛙の鳴き声が。棒を手に持った瞬間、蛙の鳴き声が止まりました。
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