男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様   作:イソン

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ここ最近、赤い目のとてつもない美人がスーパーの試食コーナーに必ず来るらしい。


第十話

 ガラス張りの引き戸を覗く。いつも朝食をとっている場所は電気が点いておらず、彼女の知る光景とは違ってなんだかさみしさを感じるものだった。

 

 「……うむぅ」

 

 食堂の壁に立てかけてある古い木製の時計を見てみれば、短い針が数字の十を指し示している。

 

 「誰もおらぬ……」

 

 寝坊である。

 自然に耳としっぽがへたりと垂れ下がり始めていた。結局、掲示板で行われた他の狐神達による彼女への指導は夜遅くまで開催された。これは指導の最中に教えてもらった事なのだが、神が自分の持ち物として認識している物は活動状態を維持できなくても頭の中で意識すれば問題なく使用できるらしく、普段であれば晩御飯を食べた後にすぐ寝ている彼女も後半はほとんど意識がない中、夜遅くまで携帯を覗き指導を受けていた。

 そのせいで遊び相手である白に、鋭いくちばしでいつもより強く起こされ文句を言いながら洞穴から這い出た時には、木々の間から漏れる光は上の方からだった。

 

 年季が入っているせいか、立て付けが悪く重さのある引き戸を苦戦しながら小さな手で引く。彼女がこの食堂でご飯を食べるようになってから置かれるようになった専用の濡れタオルで上がる前にしっかりと足を拭き、スリッパを履く。テーブルの上を見れば、小さなおにぎりとおはぎをのせた皿がサランラップを上にかけた状態で置かれていた。その隣には小さなメモ用紙が一枚。

 彼女は台所へ行き、水切りかごに置いてあった自分のコップを手に取った。デフォルメされた狐がプリントされた白を基調とした彼女専用の物だ。青年が選んでくれた、彼女専用の。

 

 「牛乳……」

 

 コップを大事そうに両手で持ちながら、そのまま近くにある冷蔵庫へ向かう。彼女の背丈よりも高い位置にある扉を専用の踏み台を使いながら開き、目当ての物を取り出した。

 いつもは水かお茶しか飲まない彼女だが、今日は違った。昨日の掲示板で指導を受けた際、理想の大人になるためにはカルシウムとやらが大事だと聞かされたのだ。そしてカルシウムを取るには牛乳が最適だと。

 

 溢れそうなぐらいコップに牛乳を注ぎ、こぼさないように細心の注意を払いながらテーブルの上に置くと、彼女は定位置に座ってメモ用紙を手に取った。

 

 『朝食用のおにぎりと、今日のおはぎを置いておきます。仕事でお参りに行けず、申し訳ありません。』

 

 「二人ともおらぬのか……」

 

 今日は何をしようかと恵が作ってくれたおにぎりを頬張りながら彼女は思案する。

 

(木の実集めはこの前やったじゃろ。水切りは川の水が減っとるからできぬし……)

 

 心なしか、口に入れるお米も美味しさが減っている気がする。何故だろうと少しの間考えるも答えは出ず、黙々と食べているうちにお皿の上に乗っかっていたおにぎりもいつのまにかなくなってしまっていた。きょろきょろとあたりを見渡し、目当てのものがないか確認する。そして、テーブルの端っこに置いてあったリモコンを見つけると恵から教えてもらった通りのやり方でテレビの電源を点けた。無機質な画面から一変、色鮮やかな画面へと変化しお昼の番組が流れ始める。

 

 『え~、それでは現場の若本アナウンサーと連絡が繋がっております。聞こえますか?』

 

 『は~い、聞こえてますよー! 今日はですねー、東京で有名な観光地に来ております。ここはかの有名な縁結びの神様がおられる神社でして――』

 

 テレビから流れる音を聞きながら、彼女はぼーっとその画面を見ながら考えた。頭の中に浮かぶのは昨日言われたとある言葉。

 

 『その殿方の事をもっと知りなさいな。あちらだけがあなたを知ろうとするのではなく、あなたから歩むのよ。その人の名前は? その人の好きな物は? その人がやりたい事は? あなたは知ってらっしゃる?』

 

 彼女を世話してくれている青年――恵。

 

 初めて会ったのはまだ顕現することが出来ず、祠の中に鎮座する狐像の中にいた時だった。いつしか近くに巣をつくっていた野鳥の白や動物たちの話を聞きながら過ごしているときに足音を聞いたのだ。第一印象は幸の薄そうな、なんというか平凡な青年だった。青紫色の甚平を着て、頭にタオルを巻いたその姿は生まれたときに知識としてあった現代の人間には見えず、まだ神が少ない時代にいるような格好。何故こんな所にと思いつつも、警戒し動物たちを下がらせた。青年が変なことをしないように像の中で注意を払う。

 

 けれども。

 

 青年がとった行動は、意外だった。周りに生えていた雑草を引き抜き、落ちていた枯れ葉や枝を取り除いて綺麗にしてくれたのだ。そして最後に、とても礼儀正しい拝礼を。

 きっとあの時なのだろう。ほんの短い間ではあるが、顕現することが出来るようになったのは。

 

 「……何が好きなんじゃろか」

 

 点けっぱなしのテレビに目も向けず、机に顔をのせたまま考え事をしていた彼女は、答えが得られないことに不満そうに足をゆらゆらと揺らしていた。

 暇だ。話がしたい。胸がもやもやする。掲示板にいた者達は、この感情を捨ててはいけないと言っていた。悪いものではない、大事なものだと。けれども、今の彼女には理解できない感情だ。掲示板の住人は知っているような口ぶりだったが、いかんせん答えを教えてくれることはなかった。

 

 「……おらぬなら帰るか」

 

 小さな口であくびをしながら、彼女は眠たそうに眼をこすった。やはり夜更かしはよくないと彼女はため息をつき、このまま一人でここにいてもしょうがないと思い食べ終わったお皿を洗い場に置いた。そしてテレビのリモコンを手に取って、電源を消そうと思い――、

 

 『そしてこちらでは現在、期間限定商品として好きなあの人に贈るプレゼントケーキが販売しております~。毎日100個限定のケーキですが、縁結びの神様が自ら作ってくださるという御利益もあり、開店と同時にカフェでは朝一で並ぶ女性達ばかりとの事です!』

 

 『お~すごいですねぇ、この行列! よほど御利益があるんでしょうね。どうですか、現在進行形で彼氏募集中とSNSで発信している現場の若本アナウンサー。もしも彼氏が出来たら渡したいでしょうか?』

 

 『いや~、これほどの行列ができるほどであれば是非試してみたいですねー! 彼氏、彼氏かぁ……。ん? というかもしもって言いました?』

 

 『あーっと、人が多いせいで現場からの電波が悪いようですね! それでは一旦CMに入ります~』

 

 不穏な空気が流れ始めたと同時に、CMへと切り替わる。

 

 「ケーキ……」

 

 甘いものはどうなのだろう。彼女は先ほどまで画面に映っていたフルーツがたくさんのっていたケーキを見て、ふとそう思った。

 一緒におはぎづくりをしていた時に恵が話していたのを思い出す。彼は自分と同じくおはぎなどの和菓子は好きだと言っていた。彼女も甘いものは大好きだ、特におはぎは。けれどもケーキという物を知識としてはしっていても実際に口に入れたことはない。

 聞いてみようか。そんな欲求に駆られる彼女だったが、そうなった場合、どういう風に話を切り出せばいいのだろうかと悩み始めた。

 

 直球で『お主はケーキ好きなのか?』と聞くのはどうだろうか。いやいや、それではあまりに直球すぎるという物だ。そんな風に話しかけてしまっては、まるで自分が恵に気があるのではないかと勘違いさせてしまう可能性がある。

 

 却下じゃ却下。

 

 『おはぎ以外に甘いものはないのか? 例えばケーキとかどうじゃ』と聞くのはどうだろう。しかし待てよと彼女は考える。これではまるで自分がおはぎ以外に甘いものを食べたい食いしん坊みたいな言葉ではなかろうか。それも最後に具体的にケーキと明言してしまっては、恵にケーキを買って来いと言っているようにも見受けられてしまう。

 

 これも却下じゃ却下。

 

 であれば、恵の祖母に助けを求めるのはどうだろうか。きっと何かいい打開策を授けてくれるに違いない。

 

 (……って違うじゃろう儂ぃ!)

 

 頭をぶんぶんと横に振る。誰かの助けを借りてはだめなのだ、これは自分自身の言葉で伝えて答えを探さなければいけないというのに。

 

 あまり考えたりしない彼女にとって、きっかけを作るという物はとても難しい物だった。これはどうだろう、しかしと何度も考え、結局上手くいきそうにないと冷静に考えた結果、もうだめじゃと言わんばかりに再度座りなおし机に突っ伏す。きっと彼女が機械であれば、頭からぷすぷすと煙を出していたに違いない。

 

 『はい、それではCM再開後になりましたので再度現場のアナウンサーに繋げていきたいと思います。きっと視聴者の方々もこのお店の情報が気になっているでしょうね! 現場の若本アナウンサー、聞こえますか~? 若本アナウンサー?』

 

 『ぇぇ……!? ほんとなんですかそれ、男が作る和菓子屋さんがあるってまじ。それは是非とも取材したいっすね……うん? あっ、ああああっと! はーい、こちら若本です~。私は現在カフェの中に来ております。こちらでお出しされている限定のケーキ、これを試食させていただけるということでいやーこれはもう楽しみで胸の高鳴りが止まりませんねーはい!』

 

 『……えー、最初の方に何やら映像の乱れがあった事をご了承ください。……後でその場所私にも教えろよ若本

 

 その時、つけっぱだったテレビから流れた音声を聞いて彼女はピコンと耳を天に向かって立てた。天啓である。

 

 (さりげなく朝にテレビを見ながら、そういえばこの前お昼の番組でケーキの特集をやっとったぞという風にするのはいいんじゃなかろうか……)

 

 そうすれば自然に入りの導入としては悪くないと彼女は考える。その過程でケーキでもいいし、なにか好きな食べ物でも聞ければミッションコンプリートだ。我ながら素晴らしい案を思いついてしまったと彼女は自画自賛した。先ほどまで一人で食べる食事のつまらなさに気分が落ち込んでいたが、一つ問題が解決したおかげか幾分ましになったように感じる。

 

 「ふんふ~ん、恵が好きなのはなんじゃろな~♪」

 

 誰もいないからと、ついつい声に出しながらにこりとその顔に笑顔をのぞかせた。

 今日、恵に会えないのは退屈だけれどもちょっと我慢していようと彼女は決意を新たにして、彼女は再びテレビのリモコンを握りなおすと、テレビの中にいる人間へ感謝をしながら電源ボタンを押す。テレビから発していた音がなくなり、食堂に静寂が訪れた。そして、作り置きしてくれていた小さなおはぎを大事そうに持ちながら引き戸の方へと向かい、

 

 ピタリと。鼻歌を歌っていた彼女はその動きを止めた。

 

 「……あー、その……なんだ」

 

 「あらあら」

 

 見慣れた姿の人間が二人。朝の仕事を終え、お昼ご飯と晩御飯の食材を買って家へと戻ってきた恵の祖父と祖母が引き戸の向こう側で、白いレジ袋を掲げたままこちらを見ていた。一人は見てはいけないものを見てしまったかのように気まずそうにし、もう一人は顔に手を当てながらほほ笑んでいる。

 

 瞬間、一人の少女の顔が真っ赤に染まった。それは照れによるものなのか、それとも恥ずかしさかわからないほどその少女は混乱していたが、

 

 「あ、あの……恵には、黙ってもらえるじゃろうか……」

 

 生まれて初めて体験する感覚に戸惑いながら、彼女は涙を浮かべてそう呟くしかなかった。

 

 

 

 

 

 




感想・評価、ありがとうございます。
本当に励みになります。予約投稿を試してみたいので、後編はまた明日、同じ時間に。
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