男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様 作:イソン
これは個人的な意見なのかもしれないが、暖かい季節の木々に囲まれた地域の空気はどことなく濃くて甘い香りする。暑さ対策のために少しだけ開けた車のウィンドウ越しの景色を見ながらそう思った。
ハンドルを両手でしっかりと持ちながら、最近舗装されたばかりの黒みがかったアスファルトの道路を安全運転でゆっくりと進む。右は山、左は谷。田舎では珍しくもない山道を抜けた先にある道の駅――ここ最近出来たばかりの施設である『クラフトパーク・岩野公園』へ恵は朝一で和菓子を作った後に、車を出して向かっていた。普段はパートの方が届けてくれていたのだが、どうやら腰を悪くしたらしく、ならばと立候補した次第なのだ。
祖父が使用する政府指定の男性専用自動車で山間を走りながら、今朝の事を思い出す。
(神様ちゃんと書置きのメモ見てるかな……。わかりやすい位置に置いてはいるから問題ないとは思うけど)
いつもであれば神様の眠っている社まで迎えに行くのだが、今日は急遽呼び出しがかかってしまったため彼女の好きな具材(しゃけと解きほぐした砂糖多めの甘い卵焼き)で作ったおにぎり二個とおはぎを置いて仕事場へと向かった。明日彼女に会ったら何故起こしてくれなかったのかとお叱りを受けるかもしれない。
そんなビジョンが明確に頭に浮かぶほどの彼女の怒る姿に苦笑いをうかべて、ふと気づいた。
(そういえば、神様が言っていた本宮から来る知らせの者ってそろそろなんだろうか)
彼女が携帯の掲示板を恵に見せた翌日、いつも通りおはぎを献上しに行ったとき、本宮の者が来ると言っていたような気がする。あれから一週間は過ぎたはずだ。生まれた際にあのようなハイテク機械を支給する術がある神様であればもう彼女の位置を特定していてもおかしくはないだろう。それでなくても、稲荷信仰と言えば大手も大手の最大派閥と言っても過言ではない。言ってしまえばそこらの狐神を祀っている祠に彼女の居場所を恵が教えるだけでも問題は解決するはずだ。
(まぁ、来たらその時だ)
その時が来るまでは、まだこの生活を楽しみたい。
運転をしていながら考え事をしているときの時間というのはあっという間だ。前方を見れば、木々を抜けて視界が広くなりだしていた。そのまま進めば、道の駅まであと何キロといった看板も見えてくる。以前にも何度か道の駅へ納品しに行ったことがある恵は、手慣れた様子で駐車場が見えたあたりで手前の脇道にウィンカーを切って入り込んだ。先ほどとは違って凹凸のある道を進めば、従業員たちや業者が駐車する為のスペースが見えてくる。
空いている所を確認し、車のシフトレバーをリバースに変え後ろから入る。政府指定の男性専用自動車は全方位を確認できる機能も付いているため、駐車も楽だなと思いながら車を停めた。
「おはぎに大福、塩豆によもぎ……後は黄な粉にいきなり団子っと」
車を降り、後ろのハッチを開けて納品書を確認しながら持っていく製品を確認する。結構な数だ。ありがたいことに、新しくできた道の駅ではなかなかの評判らしく、こうして毎日注文が来てくれている。
指定の数量があることを確認し、恵は持ち手が付いた大型のケースに製品を入れると、よいしょという掛け声とともに持ち上げた。
荷物を持ったまま少し歩き、裏口へとたどり着く。そこには、製品の在庫を確認している最中の女性がいた。用箋ばさみを片手に持ち、ペンを顎に当てている。
「佐藤さん、お疲れ様です。熊の稲穂です」
佐藤と呼ばれた女性は、恵の掛け声に気づくと笑顔でペンをひらひらと振った。髪は茶色で染められ、さらに短くカットされているせいか、50代の女性にもかかわらず活発で若さを感じさせる人だ。
「おー、恵君。お疲れ様! 珍しいねー、今日はいつものパートさんじゃないんだ」
恵の姿を見て、彼女は笑顔でこちらへ近づいてきた。
「ええ。なんでもいとこの家掃除に駆り出されたらしくて、その時に雑巾がけでやっちゃったらしいです」
「あちゃー、確か結構いい年だったよね? 腰はなぁ、私もだけどちょっとした出来事で起こるからねー。恵君も気を付けなよ? 大事な男手なんだから、力仕事なんか女に任せときなさい」
そう言うと、彼女は目の前で腕まくりをした。その腕からは鍛えられた筋肉が浮かび上がっており、常日頃肉体労働に従事したことで得た力の結晶がはっきりと見える。
「あははは……。一応、祖父に習って体は鍛えてる方なんでそこらへんの男性よりかはあると思うんですけどね。佐藤さんには適わなそうだなぁ」
恵も負けじと腕まくりをする。現代の一般男性は、軒並み筋肉量が昔より少ないため、力仕事などは基本女性が担当することが多い。幸い、恵は祖父の方針もありこちらに来てからはしっかりと体を鍛える習慣がついたため、肌が白い一般男性より、日に焼けて健康的な色と控えめではあるが力こぶができていた。ちなみにではあるが、ここ最近筋肉がついてきたんじゃないかと自分の中で自慢げである。
瞬間、彼女の目がすっと細められた。恵が自分の力こぶを見ている数秒の間に、格闘ゲームキャラの如き前ステップで瞬時に詰め寄る。あっと声を出した時には、いつのまにか彼女の手は恵の力こぶを揉みしだいていた。
「ほうほう、うんうん……なるほどなるほど確かに私が今まであってきた男達より触り心地が違うね! いやー、これは一朝一夕で出来るものじゃないようんうん……うんうん」
「あ、あの……佐藤さん?」
「いやー、これは是非どんな筋トレをしているのか聞きたいなぁ。どうかな恵君、ちょいと私とこの後お茶でも――」
「あー! 納品書を経理に渡して製品を陳列しないといけないんで失礼しますね!」
頭の中で貞操危険警報が鳴り響いたため、恵は慌てて隣に降ろしていた製品を持ち上げその場を後にする。後ろの方でアニメでしか聞かない『いけずー!』なんて声が聞こえたが、漫画やアニメでは男性がいうセリフだろうと思いながら、その場を後にした。とりあえず、目指すは経理担当がいる事務室だ。
途中、佐藤さん同様に品出しや清掃の女性達に会い、適度に挨拶をしつつ執拗に絡みつく過度なスキンシップを乗り越え、2階の事務室へとたどり着く。
(失敗したなぁ。ここ最近、出先に伺う事なんてなかったから油断してた……。暑くてもしっかり着こんでいかないと)
事務室へ入る前に、乱れた身だしなみを整える。神様と一緒に過ごす時間が増えたせいか、久しく忘れてしまっていた。周りに人の目がない場所で男性が行動すると先ほどのようになってしまうことに。
「失礼します」
コンコンとノックを鳴らす。少しの沈黙があった後、重量感のある足音と共に扉が開かれた。
出てきたのは恵と同じ男性だ。違うところがあるとすればかなりふくよかな体形というところか。30代後半、彼の身長は中くらいで、その体は軽く丸みを帯びている。顔にも豊かさが蓄えられており、それが彼の笑顔と相まって、親しみやすさを感じさせた。
「恵君じゃないか! いやー久しぶりだね」
「お久しぶりです、昭さん」
「ここまで来るの大変だったでしょ。さあさあ、外は暑いだろうし中に入りなよ」
扉の先に立っていた恵の姿に、昭と呼ばれた男性は嬉しそうに中へと案内する。お言葉に甘えて蒸し暑かった廊下からクーラーの効いた部屋に足を踏み入れると、まるで別世界に迷い込んだかのような感覚が広がる。空気は冷たく、肌に触れると清涼感が広がった。恵は深呼吸をして、
「さすがにここまで暑くなってくると、ここみたいにクーラーの効いてる部屋が羨ましくなりますね」
「まあね~。こういうところに関しては、男性特権万歳って感じだよ~。あっ、ソファーに座っといて。今冷えたお茶出すから」
「すいません、お手数をおかけして」
「いいのいいの、せっかく数少ない働いてる男同志なんだし」
一人の男性だけが仕事をするには少し広めの部屋だ。冷暖房完備、日当たりは良好で間取りも良く、田舎の事務作業程度ではオーバースペックであろう機械類が視界のあちこちに入り込んでいる。なんともVIP待遇だなと恵はこの事務室に入るたび思う。
昭さんは恵と同様、働きたい理由があって仕事に従事する男性の一人だ。恵の場合であれば祖父の仕事手伝いで、彼の場合であれば、名字から察することができる。
「毎回、恵君が来てくれると嬉しいんだけどなぁ。うちの奥さんも、周りの人達も近くに僕ぐらいしか男がいないからそりゃもう大変で」
透明なグラスに氷を入れて、夏の定番である麦茶を注いだ昭さんが同性にしか言えない愚痴を呟く。ちなみに、彼の苗字は佐藤。奥さんは先ほど品出しをしていた人で、つまりそういうことなのだ。
手渡されたグラスを受け取りながら礼を言う。
「女性だけの職場に男性一人というのは心細いですもんね。うちは祖父もいますし、人数も少ないのでまだましかもしれません」
「だよね! うちもそれくらいでよかったんだよぉ……。僕は田舎の片隅にある売店ぐらいが夢だったのに、うちのときたらさぁ」
「あはは……」
日頃、周りに対する鬱憤がたまっているのだろう。部屋に設置されている高級なソファーに昭さんは腰を下ろすと、堰を切ったように話し出した。彼の話を聞きながら、いただいたグラスに口を付ける。程よく冷えた麦茶の控えめな甘さがのどを潤した事で、体に活力が入るのを感じた。
目の前で話す昭さんと出会ったのは、恵がこちらに来て数か月後の事だ。地域の町おこしである一環として国からの補助金が下りたため、それを有効活用するために作られたうちの一つがここの道の駅。どの都道府県にもあるであろう県同士を繋ぐ主要道路の一つ、特にここの道の駅は山間部に位置するエリアに作られたため休憩がてら立ち寄る人も多い作りだ。ここ最近の道の駅ブームに触発されて作った施設の為、最初は実績のある会社に運営を任せようという話だったが、そこに待ったをかけたのが当時商店街の端っこで店を構えていた昭さんの奥さんだ。先ほど会った通り、女傑という言葉が似あうほど行動力が高く、そして誰に対しても分け隔てなく接する性格もあってか人望も高い。本人は特に気にしていないが、政治の人にも顔が効くらしく、なおかつ奥さんの独断でいつのまにか昭さんもお手伝いすることが決まっていたせいで、全国初の男性も働く道の駅という言葉は今の政府も無視できない状態になったそうだ。
それからはあっという間に、今の状況に至るという話である。なんともどう反応したらいいか迷う内容だ。佐藤さんもきっと夫のためにと人一倍働いているのと、悪気はないだけにあまり強く言えないという話も理解できると、恵はなんだか板についてしまった苦笑いを浮かべながら相槌をつくように頷いた。
「っと、ごめんね恵君。仕事の最中にこんな話聞かせちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。実は今日の午後は半休を頂いてまして。時間もあるので、せっかくなら陳列までやっちゃおうかと。いつも昭さん達にお任せしてばかりなので、せっかくなら」
「そうなのかい? 別にそんな大したことじゃないから気にしなくていいのに。まぁでも、恵君みたいな美人が表に立って商品を陳列してるだけでもお客さんが増えそうだしなぁ。一応、僕のボディーガードを付けるけど、危なそうだったらすぐ下がりなね?」
「いえ、こちらこそありがとうございます。至れり尽くせりでなんとお礼を言ったらいいか……」
「何言ってるのさ! 今の世の中、数少ない気の合う同志なんだ。困ったことがあったらなんでも言ってよ!」
「こちらこそ、私にできることがあったら言ってください。あ、それとこれなんですけど、納品書です」
忘れぬうちに、恵は封筒に入った納品書を手渡す。意外とこういった書類関係は忘れていないうちに渡さないと、つい忘れてしまうことがよくある。恵から渡された封筒を開き、中に入っている納品書が問題ない事を確認すると、昭さんは携帯していた印鑑を押し、控えを再度封筒に入れ返却した。昔ながらのやり方ではあるが、いかんせん祖父が機械音痴の為、いまだ直接向かう場所ではこういった形式が多い。
「うん、確認できたよ。それじゃあ、恵君も頑張ってるみたいだし僕も張り切ろうかな! どうだい、午後からお休みっていってたよね。お昼もまだだろうし、一緒にどう? 男性専用の飲食エリアもあるし」
時計を見ながら、ここに入っているレストランはレベルが高いんだよねと絶賛する昭さんを見て、
「確かに、何回か来たことありますけどここでお昼を食べたことなかったですね。それじゃあ陳列が終わり次第、またこちらに伺いま――」
「佐藤専務、失礼致します」
と、その時だった。部屋の扉が開かれ、一人の女性が入ってきた。ダーク系のセンターベンツのスーツを着た黒髪の女性だ。きっと昭さんのボディーガードなのだろう、ノックと共に入ってきたボディーガードは恵を見て少し目を見開いたが、瞬時に表情を戻していた。
「あれ、どうかしたかい?」
突然の来訪に、不思議そうに昭さんが立ち上がってボディーガードの元へと向かう。何かあったのだろうか。昭さんが陳列の際にボディーガードを付けると言っていたが、まだ連絡もしていないはず。
「ええ、実は――」
言いかけたところで、女性は昭さんに耳打ちをする。途端、昭さんの眉間が一瞬にしてしわを作った。
一体何があったのだろうと首を傾げていると、昭さんは申し訳なさそうに振り返り、
「恵君ごめんよ。お昼の件なんだけど、ちょっと待ってもらってもいいかな?」
「大丈夫ですが……、何かありましたか?」
「うん、実はさっき結構な有名人がこの道の駅に来たらしくてね。それで噂をかぎつけた人たちが集まり始めているそうで、ちょっとその対応をしなきゃいけないみたいなんだ。流石にそんな状況の中で男二人がお昼を取るのはちょっとね……」
「あー……」
なるほど。思っていたよりは大事ではなくてよかった。恵は午後から休みを取っておいて本当に良かったと胸をなでおろした。
「大変ですね」
事務仕事だけでなく、表に立つことが今の世の中どれだけ大変か理解できる恵は、これから対応する昭さんに同情した。昭さんは苦笑いしながら、
「まぁね……。本当はこういうことはしたくないんだけど、これも仕事だから仕方がないよ。まぁでも、界隈では有名なあの人が来たのなら、こうやって騒ぎになるのも無理はないと思うけどね」
昭さんが言ったその言葉に、恵はふと考えた。そういえば、こんな田舎に来る有名人は一体誰なんだろうか。
「昭さん、その人の名前って何なんですか?」
「名前かい? 確か、えっと……」
恵の疑問に、昭さんはポケットから携帯を取り出して操作し始めた。わざわざ検索してくれているらしい。すぐに目当ての情報を見つけたのか、画面を恵に見せてきた。
「この人だよ。ほら、見てごらん」
「ありがとうございます。えーっと……」
昭さんから差し出された携帯を受け取り、そこに映し出されていた文字を読む。
『稲荷神――七ノ位・一花』
恵でも聞いた事のある名前だった。
『しらぬ! せっかく便利なものがあるのに何故それを使わぬのじゃ。本宮の者から知らせが来るまで待てと言うておったが、そんなに待てぬ!』
あの時、神様と話した記憶がよみがえる。本宮の者、それなりに地位が高い存在。本来であれば、自分がいる土地から動かない神がこんなところに来るなんて、
それは。
「……もう少し遅くてもよかったんだけどなぁ」
「どうかしたかい?」
ふと漏れ出た言葉をかき消すように、昭さんに携帯を返した。悟られぬよう、笑顔を作って。
そして。
「この動画投稿サイト……一花様のチャンネル名、ちょっと酷いですね……」
「あぁ、まあね……」
話題をそらすように、お偉い神様が作ったチャンネル名を見てそう言うのだった。
道の駅にあるトイレは、特色があって面白い(個人感想)