男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様 作:イソン
その場所に、神以外は存在しない。
彫刻で飾られた白色の石柱が等間隔で並び立っていた。地球上には存在しない鉱石で作られたそれは、辺り一面に広がる雲海を突き抜けてとある建物を支えている。
太陽に似た星から光を受け厳かに輝く建物――『中立神域・ネウトラル』。
人間では作ることのできない技術を用いて神々の戯れでこねて作られたその場所は、今では世界中の神々が定期的に集い情勢を知る交流の場となっていた。中近東・インド・アジア・ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ。その他にも神と認知され、ある一定の信仰を得られる者だけが来ることができる神域。
神が飽和した今の時代においても、ここは特別だ。ある種のステータスと言っても過言ではないだろう。ましてや、そこに専用の区域を持つ神は世界においても一握りしか存在しない。
神域の一つ、西洋の神々が集まる区域。建物の中、燭台で淡く照らされた通路を一人の女性が歩いていた。身に纏うは神に仕える女性――ワルキューレの鎧。銀色の光沢が美しく、優雅な曲線で織りなすデザインが特徴の装備は、遥か昔に作られた物とは違い、現代の力を織り合わせたことによってとてもスマートな形となって彼女の女性たる線を強調させている。胸部には美しい彫刻が施され、鎧の肩には翼の様な飾りがつけられていた。
ノミア、それが彼女の名だ。古い言語で家と法律の二つを意味する彼女は、その名の通り自身が所属する者達を補助する能力において他の姉妹たちとは一線を画す。そのため、彼女は主神であるフレイヤのスケジュールを管理するだけでなく、他の姉妹たちの行動を把握する役目を担っていた。
姉妹の中にも多い金髪の髪はゆるやかなウェーブがかかっており、歩くたびに軽やかに揺れている。そして、彼女のチャームポイントでもある下界へお出かけした際に購入した人間用の眼鏡を身に着けていた。
コツコツと、足音が通路に響き渡る。彼女以外いないため、木霊のように反響するその音は何故だか不安感を醸し出す。
「……はぁ」
面倒見がよく、笑顔が似合うと姉妹に言われるノミアの顔は、普段とうって変わり浮かない表情を浮かべていた。最初はため息で、目的地に近づいていくほど冷や汗が止まらなくなる。いつもであれば入口から大した距離でもないはずの部屋は、彼女を取り巻いている状況のせいで長く感じられた。
少しの間、彼女の歩く音だけが通路を支配し、そして目的地へとたどり着く。
豪華な装飾が施された扉だ。ノミアの主神であるフレイヤのシンボルでもあるヤマネコとイノシシが対になった模様で構成され、燭台の光が当たり煌めきを放っている。金と銀の箔が交錯し、扉全体がまるで貴重な宝箱のような存在感を放っていた。
ごくりと、生唾を飲んだ。
感じてしまうからだ。扉越しからでも伝わる、力ある神にしか発することのできない気。肌を刺すような感覚が扉の前に立つノミアに襲い掛かってくる。話しかけるまでもなく、主神の機嫌がとてつもなく悪いのが一瞬で理解できてしまった。
一瞬、取っ手を引こうとする手が止まるも、意を決して扉を開けた。
絢爛な部屋には、献上品が満ち溢れていた。主神に取り入ろうとこの神域に来られない、力はあるがあと一歩及ばない神々が送り付けてきた大量の献上品。規則正しく並べられた物の奥、一人で使うには大きすぎるほどの朱色の生地が贅沢に張り巡らされたソファーに、一人の女性が寝そべっていた。
ノミアはその女性の元へと近づいていく。そして、
「それで?」
女性の瞳が開かれた。
その言葉と同時にノミアはその場で膝を折った。主神から出た言葉に、下手な言い訳は逆効果だと感じ、
「申し訳ございません。他の姉妹を動員し探させてはおりますが、今のところ行方は掴めず……」
期待していた言葉ではなかったのか、主神たる女性――絶世の美女であるフレイヤはため息をついた。そして、空気がさらに重さを増す。
「……どこに行ったのかしらね、あの子は。いつも大人しく言うことを聞く子だったから、こんなことをするなんて予想しなかったわ」
「も、申し訳ございませ――」
「いいのよ、ノミア。みんな頑張ってくれているもの。私が欲しいのは結果だけ、それさえ皿の上に載せてくれれば終わるのだから」
だからねと、フレイヤは膝を折りこちらにたいし首を垂れるノミアの姿を見て微笑んだ。
次は、いい報告を期待しているわ。
「っ! か、かしこまりました。フレイヤ様に要らぬ心労をおかけしたこと、愚妹に代わり謝罪申し上げます」
心の臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚にノミアは陥った。首を垂れたままでもわかる、主神から向けられる幾重にも星が重なったかのような瞳と見るもの全てを魅入らせ、物にする神の微笑み。平時であれば、この上なき喜びであるはずのそれはこの時だけ、ノミアの心を削っていく。
言い終えて幾分か満足したのだろう、部屋の空気を支配していた重圧がふっと霞のように消え去った。それと同時に、今まで関を止めていたかのように冷や汗が流れ始める。
「本当に、どこにいったのかしらねフィーネは……。せっかくあなたのためにもう少しで番いも手に入るのに」
再び聞こえてくる声色には先程までの威厳はなく、ただ見た目相応の女性としての声であった。
「フレイヤ様、実は別件もございます。そのフィーネにあてがう予定の男性についてなのですが、ここ最近不穏な動きがありまして……。担当の者から連絡がありました」
「ふぅん、それで?」
フィーネの件以外には興味がないのか、フレイヤは適当に相槌をうちながらソファーの近くに設置された円台の上、瑞々しい果実の盛り合わせへゆっくりと指先を優雅に伸ばし、葡萄の房から一粒を選び出す。微かに湿り気を帯びる彼女の唇が開かれ、果実の甘みが彼女の舌を包み込んだ。
その様子を見てノミアは思う。あぁ、本当に厄介だと。自由気ままな神、その姿に。この姿に惑わされ、自分の息子を差し出してしまう愚かな男が出来たのか。一番下の妹、生まれて間もないフィーネの事を考える。ワルキューレという存在が形骸化しつつある現状において、姉妹の中で数少ない使命に燃える少女。姉妹の動向を管理するノミアにとって、フィーネはとても可愛らしく素直な子だった。姉妹のいう事をしっかりと聞き、命令に忠実。少々真面目過ぎる部分はあるが、それを除けば手のかからないいい子だった。
ただ、いつも使命を忘れた他の姉妹を見たときに覗かせるあの濁った瞳。少しだけ、危うさを感じてもいた。恐らく、たまったものが噴き出してしまったのだろう。数週間前、書置き一つを残して自室から消えてしまったのだ。ただ一文、謝罪の言葉だけを残して。
「はい。最初はフレイヤ様のお耳に入れるほどの内容ではないと思ったのですが、どうやらその男性が動くタイミングに合わせ、あちらの最大派閥である稲荷信仰の神が動き始めたという情報です。それだけで結びつけるのはどうかと思ったのですが、動いた先にその男性がいる所だと」
その言葉に、フレイヤは目を細めた。
「……へぇ、面白いわね。受け身の女狐が他に動きを知らせるなんて」
「はい。普段、身内の動きを悟らせない稲荷一族がこうも公に……それも人間達にも情報が入るほど動いているので、きな臭さを感じた次第です」
フィーネから受けた別件の報告を聞くにつれ、興味を持ち始めたフレイヤは話を聞くために体を起こす。そのしなやかな身体が軽やかに動いた。表情を見れば、目が輝いている。
玩具を見つけた子供の様な目だ。
「ねぇノミア。今、フィーネを探しているのはどこまで?」
「は、はい。現時点で約八割ほどは確認を終えております。残りは……いくつかの小国だけのはずです」
フレイヤの質問に、フィーネは持ち合わせていた書類を幾つか取り出し確認を行う。数十枚に及ぶ膨大な神の束には、国の名前とチェック欄に確認済みを示す赤い印がつけられていた。
「日本は? 調べてあるのかしら」
「はい。件の男性へ会いに行った可能性もあるため、真っ先に」
「……もう一度探しなさい。次はあなたと、戦える者もね」
フィーネは驚いたように目を見開く。
「し、しかしフレイヤ様。この時期はあちらに赴く予定もございません。一人ならともかく、数人での行動となると外交関連で支障が出るのでは」
ただでさえ、他国の男を引き抜く問題がここ最近問題視されている状況でだ。今はまだニュースになっていないが、実際に件の男がこちらへきたとなれば、政府にもその情報は伝わるはず。そうなれば外交問題の悪化につながるのは容易に想像ができる。
「構わないわ。何かあれば私の名前を出しなさい」
「し、しかし……」
「いいわね、ノミア」
反論しようとしたノミアだったが、有無を言わせないフレイヤの言葉に押し黙る。こうなってしまっては、こちらの言い分を聞く気はないだろうとノミアは心の中でため息をついた。
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「えぇ、お願いするわ。それと……」
フレイヤはおもむろにソファーから立ち上がると、部屋に備え付けられている棚の前に立ち一つ一つ手で触りながら探し始めた。主神が行い始めた不思議な行動にフィーネは怪訝に思いながらも、取り出した書類の束を整えしまい込む。
いったい何をする気なのだろうか。
フィーネは目の前で値段もつけられないほど高級なドレスを触ってはソファーに投げ捨て、触っては投げ捨てと他の者が見れば卒倒しそうな服の選び方に嫌な予感を覚えた。愛、そして戦いの神ともいわれることもある主神フレイヤ。姉妹の中でも古参であるノミアは、今までの経験(主神の無茶ぶり)でフレイヤがこれから行うことを予想できた。それは、おそらく――
「あぁ、ここにあったのね」
フレイヤが手に取ったのは黒と赤が入り混じったドレス。美しい赤と黒の組み合わせで、見た目はシンプルながらも洗練されたデザインだ。そして、赤と黒の布地には特殊な模様が織り込まれていた。ノミアはそのドレスを見て嫌な予感が的中したことに眉を顰める。フレイヤが持つドレス――あの模様は特殊な構造を示すものであり、鎧の部品を取り付けるための隠しポケットやホックが巧妙に配置されていることを示している。見た目の華やかさとは裏腹に、そのドレスは着用者の戦闘能力を高めるための秘密の武器なのだ。つまり、
「フレイヤ様、それは……」
「うふふふ、いいじゃないたまには。私にはわかるのよ、あの女狐ったら。喧嘩を売っているつもりね」
主神フレイヤが戦いに赴くときにのみ着用する一張羅――戦装束ともいうべきか。そのドレスを、フレイヤは大事そうに掲げていた。
「ですが……!」
あのドレスを着たときのフレイヤ様の無茶ぶりは経験上、過去最悪だ。そんな焦った様子のノミアに、
「あら? 安心してちょうだい。別に私が出るつもりはないわ。あくまで、喧嘩を売ってきた本人にこちらも売るだけだもの。フィーネの件は、引き続きあなたに任せるわ」
「それは……かしこまりました。ですが、その服を着てどうされるのですか? 戦場以外では滅多に着られないはずでは」
その言葉に、ノミアは一安心した。最悪の場合、日本の神々に殴り合いにでも行きそうな雰囲気だったからだ。
「戦場ならそこにあるわ」
けれども、ノミアは見誤っていた。久方ぶりに動く主神が普通では終わらないことに。フレイヤは窓の向こう、天上と呼ぶにふさわしい景色が広がる外を指さした。指さした先には、柱の上にそびえたつ大きな宮殿が見える。
『中立神域・ネウトラル』。その中でも、滞在する神達が一堂に会するときにのみ使用される特別な場所。
フレイヤが指さした方向を見て、ノミアは顔を真っ青にした。自分が想像していた最悪の想定よりも、もっともっと遥かに最悪な。世界中の神々が集まる議会の場で我らが主神は買うというのだ。
「あぁ……楽しみだわ」
売られた喧嘩を。
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本当は十話ぐらいで終わらせる予定だったこの小説もなんだかんだで十三話。終わりが近づいてきていますが、最後まで読んでいただければ幸いです。