男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様   作:イソン

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黒狐はここ最近、ストレスのせいで尻尾の抜け毛が増えて始めているのを気にしているらしい。


第十四話

 場の空気は完全に冷え切っていた。ギリシア神話のコキュートス、地獄の八寒地獄にも負けず劣らずの冷えっぷりにその場を担当する者がいればいったい何があったのかと顔を驚愕で染めるだろう。

 本来であれば、神々が一堂に会するこの場所は各々の持つ自慢の音楽隊が奏でる旋律で満ち溢れ、聞くもの全てに安らぎを与え笑顔で談笑を交わすはずだった。世界の情勢、信仰のあり方、男の話。ある者は国に有益な情報を得ようとし、ある者は浮ついた話がないか聞き身を立てて。

 そんな上から下までが交じるこの場所は本来このような事態が起きることはないはずだった。

 

 けれども。

 

 全ての者が動きを止めていた。歴史の教科書にも載る様な名のある神達でさえ、今この場で起きている事に目をそむけたくなるほどのプレッシャーにいたたまれない気持ちで事の成り行きを見守っている。

 

 ごくりと、誰かが生唾を飲んだ。それが再戦の合図。

 

 「宗教の自由……特にあなた達の国は他よりも外の文化に寛容なのはいいところね。けれども、手綱を握れないようでは本末転倒ではないかしら?」

 

 黒と赤が入り混じったドレスを着こなす、百人中百人が街中で出会えば振り向いてしまうほどの美貌を持った女性だ。その服を知らないものからすればただの豪華な装いにしか見えないが、一部の者は彼女の姿に恐れおののいた様子。それもそうだろう、彼女が身に纏うはただの服ではない――戦装束。

 

 西洋の神――フレイヤ。

 

 「あら~、さすがフレイヤちゃん。まるで私たちの国を何でも知っている口ぶりね、近所に住んでる物知り好きのおばあちゃんみたい~」

 

 悪意はないのだろう、いやもしくは悪意を隠したまま発言しているのか。聞くものが聞けばそれだけで不敬と言われてもしょうがないほどに、ドレスの女性と面を向けて話す別の女性。髪は純白、装いは日本の和服を改して作られた彼女専用。特徴的な耳と尻尾、良く確認すれば生えているのは狐の物とわかるがそれを忘れさせるほどに特徴的なのが彼女を象徴する九本の尻尾だ。

 

 日本の神――白狐。

 

 「知識は今の世の中において何物にも勝るもの、平和ボケしていたせいでそんなことも忘れてしまったのかしら? 昔のあなたならそれぐらい理解していたはずだけれども」

 「んー、そうだっけかなぁ。でも昔も今も私には関係ないよ、私は私のやりたいようにやるだけだよ~。それに、周りに知識を語りたいだけの偏屈にはなりたくないもの~」

 

 両者共に微笑みを浮かべているが、交わされる言葉の数々は明らかに相手を煽っているものだ。現に、周囲の気温がまた少し下がったのは錯覚ではないだろう。事実、周りで事の成り行きを見守っている神々は従者から上に羽織る衣類を受け取っている。

 

 「…………」

 「お腹が痛い……」

 

 そして、その会話を見守り片方は沈黙を、もう片方はストレス性の腹痛を訴える女性が二人。壇上で口論と呼ぶには子供じみた喧嘩を横から見られる位置にある小さな待機エリア。壇上に立つ神の従者が待機するその場所で、フレイヤの従者――ノミアと、白狐の従者――黒狐の黒が事の成り行きをただ見守る事しか出来ずにいた。

 両者とも、あまり言葉を発せず顔が歪んでいるあたり自身の主神が繰り広げている争いにストレスが溜まっているのが誰の目から見ても分かる。

 

 「……胃薬は必要か?」

 「いえ、結構です……。ありがとうございます」

 「慣れたほうがいい……というのは無理だろうが、昔からああいう感じなんだ。あまり気にしすぎても体が持たないぞ」

 「わかってはいるんです……。この後に届く苦情の書類が襲い掛かってくると思うとお腹のあたりが……うぅ」

 「あぁ、あなたもそちら側か。……まぁ、苦労するな」

 「ということは黒狐様も……」

 「黒でいい。確か……ノミアだったか? お互い苦労するものだな」

 「あっ、ありがとうございます。いやほんとに……、フレイヤ様は白狐様と話すときは子供みたいになっちゃうので」

 「あいつは無自覚に煽ることに関しては天才的だからな。自覚より無自覚は質が悪いというが、あいつはそれをひとまとめにしたようなものだ。そちらの主神も……従者の前で言うことではないかもしれんがいい性格をしているからな。水と油だ」

 「昔からみたいですもんね……」

 

 目の前で繰り広げられている争いを横目に、両者は自身と同じ苦労人の気配を察しシンパシーを感じ始めていた。仕事として他国の神と話すことはよくあるが、同じような境遇の神と今まで関わることが少なかったため、こういう時にどういう反応を返せばいいのかわからないため苦笑いをするしかないが。

 

 ((早く終わってくれないかな……))

 

 二人は心の中で同じことを願った。それはもう強く、切実に。

 

 けれども、二人の思いとは裏腹に壇上の争いはさらに加速していた。火に薪をくべるが如く、誰も水をかけることのできな状況の中で勢いは増していき、

 

 「……あなたと話すのはとても疲れるわね。論理的思考を持ち合わせない感情で揺れ動く……最大派閥と名高い日本の神がそういった存在だからあなた達の国に住む男達は外へ逃げるのではなくて?」

 

 誰もが話題に出すのをはばかられる、国の男性事情を爆弾として投下した。周りがざわつき始め、流石に止めたほうがいいのではないかと各方面から声が聞こえ始める。それもそのはず、この世界に顕現している神達は『人間』の信仰を糧に存在している。神と呼ばれてはいるものの、実質はその存在を他に依存せざるを得ない状況だ。はるか昔、神を代理人として人々は国を興し、法律を作り、人を育てた。そして、戦を起こしその人数を大幅に減らす。神の一言で国は動き、その歴史を動かすことだってできるのだ。だからこそ、神が増えすぎた現在では信仰が潰えぬよう、また人が減らないよう神は人間の政に深く干渉してはならないと暗黙の了解として神達の間では認識されている。

 特に、男性の出世率が谷底に転げ落ちるように降下している現状もあるため、男性関連の政治話は表ではしないのが基本だ。ただ、例外も存在はするが。

 

 だが、フレイヤは笑みを浮かべながら他国の事情を口に出した。ひびが入った状態のガラスに指をなぞるかのように。艶のある髪先をいじりながら笑みを崩さない表情でこちらを見る瞳は、白狐がどういった一手を打つのか楽しみにしている節がある。

 傲慢な視線だ。白狐はそう感じつつ、

 

 「さすがに言い過ぎじゃないのかな~フレイヤちゃん。私の所はそんなことないけど、他の国の子達が聞いたら怒るよ~?」

 

 まずはセオリー通りにと、フレイヤの言葉を濁す。その返答にフレイヤは、

 

 「あら、ごめんなさい。うっかりしていたわ。あなたのところの神達はどうにも男性に対しておざなりな所があるせいかしら、良くない噂が入り込んでくるのよ」

 「そうなのー? 例えばどんな?」

 「ふふ、そうね。例えば――」

 

 すぅっと目を細めて、

 

 「どこぞの神にそそのかされて、生まれた男児を差し出す男性がいたりする……なんてのは?」

 

 言葉のやり取りは嫌いとばかりに、思い切り叩き割った。そちらが売ってきた喧嘩なのだからと、周りに他の神々がいようが関係のない事だとばかりに、売ってきた内容はこの事でしょうと隠すことなく話す。

 

 瞬間、空気が変わった。ピリッと、肌がざわつくようなやすりを押し付けられたような圧迫感が。最初に感じ取ったのはフレイヤ、そして次に従者たち。

 

 「……ねぇ、それ誰かしら? 私の知っている神様だったり?」

 

 あくまでも言葉は冷静だった。けれども、勘の鈍い者でも理解できるほどに白狐の口から出てくる言葉には感情がない。その様子に、

 

 「あら、あなたでも知らないことがあるのね。意外だわ」

 「教えてくれるかな?」

 

 フレイヤは笑みを浮かべる。普段の様子とはうって変わった白狐を見て満足したように、

 

 「そうね――」

 

 

 

 

 「あなたの目の前にいたりなんて……言ったらどうするのかしら?」

 

 

 

 

 「――さすが由緒正しい神様。ここまでくると、誘った私が馬鹿みたいに思えるほど滑稽で傲慢な買い方だね。……これだから名のある神は、嫌になる」

 

 ――色が消えていた。

 息をすることさえ躊躇われる、その場にいる神達全てが魂をつかまれたかのような感覚。今まで崩していなかったというのに、それを全て消し去り、感情のない表情で。

 獣の様な瞳が獲物を見つけた時のように冷酷さをそこに宿して、その視線でフレイヤを貫いていた。

 

 一瞬の静寂と同時に動いたのは、壇上に佇む二人の神ではなくその従者だった。

 

 「フレイヤ様、お下がりください!」

 「白、少し落ち着け。気持ちはわかるが場が悪すぎる」

 

 ノミア。その姿は先ほどまでとうって変わり、体に纏う鎧が白く光り輝いていた。ワルキューレが身に着けるその鎧は、対象を敵と認識した瞬間に装備者自身を、そして主神を守るための強固な盾の代わりとなる。さらにはノミア自身が愛用する術を行使するための儀式杖。本来、ワルキューレと言えば剣や槍が伝承として残ることの多い。けれども、彼女だけは攻撃よりも守ることに優れている。だからこその従者。主神を守るように眼前に立ち、いつ何があってもいいように防御の術を控えていた。

 

 そして相対するは黒狐。普段とは違う、袴姿ではなく白狐をエスコートするためにロングテールコートをベースとした執事服。寄り添うように白狐の隣に立ち、手を大きく広げる。瞬間、彼女の周りを踊るように紫電が走った。

 その姿を見て周りの神々は驚きの声を上げる。それもそうだろう、ほとんどの者が見たことない、噂だけが広まった日本の最大派閥の二番手、その力。

 『雷狐』。

 そう呼ばれる彼女の姿がそこにはあった。

 

 一方は主神を守らんがため。もう一方は普段と様子の違う親友を諫めるため。違う意思ではあれども、両者ともに存在するのは主神を守ることだ。先ほどまで愚痴を言い合っていた雰囲気はいっさいなく、今あるのはこの場をどう収めようかと頭の中をめぐる思考のみ。

 

 突然の事に、動けていたのは従者である二人だけだ。周りの神々も、場を仕切る管理者でさえも突然の事で動けずにいる。

 

 (なんでこんな公の場で言うんですかフレイヤ様はっ!)

 

 目の前で戦闘態勢に入っている黒狐を見て、ノミアは身震いした。

 嫌な予感が当たってしまった。わかってはいた、わかりきっていたことではあるがここまでこちらの気持ちを汲み取らずに動く主神の自由さを見ると、体が重く感じる。

 フレイヤが言ったことは、限られた者しか知らない情報だ。主神とその従者であるワルキューレ達と、そこに関わっている少数の人間だけ。悪い事なのだ、フレイヤ様が行っていることは。あくまで人間が一方的に妄信した結果ではあるのだが、本来であれば戒め、断ることだってできたはずなのだ。

 けれども、事実として生まれてくる子供を自分の従者にあてがっている。理解はできる、何百年ぶりかに生まれた可愛い神だ。なまじ力がある神だからこそ、その一部が力をもって新しく生まれるにはそれ相応の時間が必要となる。だからこそ新しく生まれたワルキューレに所謂親ばかの視線を向けてしまうのは仕方のない事だ。

 だが、それはこの世界においてリスキーな事には違いない。男性が減る。それは国としての価値が一つ失われるという事だ。

 

 今の発言で勘のいい神は気づくだろう、そしてその情報を確証させる。それを想像して、ノミアは冷や汗をかきながら震える。

 

 「北欧神話の女神、フレイヤ神。美と愛の女神、豊かさ、戦、美、愛を司り万人を魅了する美しい神。壇上へ立つ神に言葉を発する無礼を許していただきたい」

 

 だからこそ、静かな世界で先に言葉を開いたのが同じ従者である黒狐だったことにノミアは驚愕した。

 礼儀に則った言葉だ。しかし、フレイヤを見るその瞳には怒りという物が含まれていることを除けばだが。

 息を吞んだノミアをよそに、黒狐は続ける。

 

 「言葉が無いと言う事は了承を頂けた事と理解し、続けさせていただく。フレイヤ神が先ほど発言した内容、状況を踏まえて再度確認させていただきたい。この神聖な場において――」

 「確認? 必要かしら、それ。黒狐、相反する下の色。別に了承した覚えもないのだけれど、一つ忠告しておくわ。……下がりなさいな」

 

 拒絶でもない、淡々と。それが当然であるかのように、フレイヤは問いかけてきた黒狐にそう返した。くだらない時間だと言わんばかりに、興味があるのはあなたではないと。

 けれども、黒狐は言い続ける。

 

 「下がる道理がありません。中立神域ネウトラル、この場において当人による話し合いが不可能――もしくは異常事態による介入があった場合は、以外における従者並びに第三者が場の中立を律するため行動可能であるはずです」

 

 言い続けながらノミアを見る。その言葉に、ノミアは主神を守るために黒狐よりも早く動いたことが仇となったことに気が付いた。

 

 (利用された!?)

 

 黒狐の行動がほんの少しだけ遅かったことに違和感はあったが、特に気にするものではなかった。はずだったが、どうやら理由があったらしい。自身の行動が主神の立場を不利な状況にしてしまったことにノミアは泣きそうになる。

 そして、黒狐はさらに言い続ける。

 

 「生まれた男児を差し出す……。現環境においてその言葉がどういった影響を他に及ぼすか、名のある女神であれば理解されておられるはず」

 「……それがどうかして? 私が口にしたのは根も葉もないうわさ話。そういった事を起こす愚かな人間や神がいるかもしれないという可能性の話よ?」

 

 つまらなさそうに、黒狐の問いに対して答える。標準の域を出ない内容、白狐の従者だからと少し期待してみたが、予想よりも大したことないのねとフレイヤはため息をついた。

 その様子に、黒狐は眉を少しだけ歪める。しかしすぐに姿勢を正すと、はっきりと答えた。

 

 「噂にしては出来すぎでしょう。少なくとも、私はそう捉えました。そして、事実……こちらの国においてフレイヤ神が仰られた出来事に該当する事案が――」

 

 そう言って、黒狐は少し言葉を切った。話の流れからしてつまりどういった状況なのか、全てをはなしているようなものだが言葉に含みを持たせたい。そう考えた黒狐の口は一呼吸おいて、

 

 「一件あります」

 

 そう言って、黒狐は周りを見たわした。息を呑む者、信じられないような眼で壇上を見つめる者、自国の弱みを喋った事に驚く者……様々な反応が現れ、徐々にその喧騒さを増していく。当然だろう、あまりにも一致しすぎている。二人の神が犬猿の仲だということを知らぬ者はいない。そんな中で出てきた突拍子もない話、普段であれば笑いはせずとも上手く話しの流れを逸らしていたものだが、そこに黒狐の口から出た内容だ。さらに言えば、普段とは様子の違う白狐の姿も話の信ぴょう性に拍車をかけている。

 

 「…………」

 

 表情を変えることなく、的確にこちらに対して鋭い所を突いていく。それが身を削るものだったとしても。フレイヤは先ほどまでの考えを改めた。

 

 (なかなかに……)

 

 化け狐ね。

 

 笑みを浮かべたフレイヤに対し、黒狐はそのまま言葉をかけていく。特殊な石で作られた床を叩きつけるように踏みしめ、その音で注目を自身に寄せた。

 

 「本来であれば、このような場で語る内容ではないため詳細についてはご理解いただきたい。しかしながら、私共としても点と点が繋がったこの状況においてフレイヤ神の言葉を聞き逃せるほど論理的思考を持ち合わせていないわけではございません。今こうやって話している時でも、件の男性は望まぬ契約によって心身ともに疲弊している可能性だってあります。であればこそ、件の愚かな事をしでかした神を見つけるため、手がかりを見つけ出すためにフレイヤ神が何故この場でその話を持ち出したのかお聞きしたく」

 

 そう言い終えて、黒狐はさてどうすると表情を変えて笑みを浮かべた。わかりやすい挑発だ。

 こちらの反応を見ているのだろう、言葉を切ってこちらの返答を待つその姿は上手く男性の感情を交えて話すことで周りの空気をつかんでいる。

 

 さてどうしたものかと、フレイヤは目の前で冷や汗をかきながら泣きそうな顔をしているノミアを見ながら考える。

 正直な所、この場で全てぶちまけるつもりではあったのだ。自分の信者に、話に該当する愚かな男がいたこと。別に男が少ない世の中になってしまったとは言っても美と愛を司るフレイヤにとって男を捕まえるなんてことは大した問題ではなかった。だから人間が妄信し子供を捧げるなど話半分に聞いていたのだ。だが、ワルキューレの新しい神が生まれたことで状況が変わった。

 久方ぶりの新たな眷属。可愛い可愛い愚かな娘。使命を忘れることも出来ず、だからと言ってなまじ頭がいいせいで自身の置かれた状況を理解し動けずにいた娘。正と悪の狭間で揺れ動く神らしからぬ、極上な人間の如き魂。もっと、もっと困らせてみたいと思った。愛してみたいと思った。そして与えたのだ、本当に生まれると思っていなかった男児を。

 使命に飢え、そしてワルキューレの性質上、人間に対しても飢えを持ってしまう。愛という物を。

 極上な愛を見せてほしかったのだ、このフレイヤに。

 

 だから、徹底して生まれたワルキューレの事は伏せていた。誰にも手はつけさせない、その一点で。今回の件に関してもそうだ。あくまでやったのはフレイヤであるこの私。極上の愛を見せてくれるのであれば、周りに何を言われようと気にするつもりはなかった。

 

 そのはずだったのだが。

 

 (……話が分岐しすぎね。これじゃあこの場で認めたとしても、根掘り葉掘り聞かれそうだわ。別に言ってもいいのだけれど、噂好きの神も首を突っ込みそうだしさて……)

 

 どう言えばあの白狐は面白い反応をしてくれるのかしら。

 

 少しの間、沈黙が続く。その沈黙を破ったのは、以外にもその場で静観していた白狐の方だった。

 

 「黒ちゃん、もう大丈夫。私に交代してもらえる?」

 「……これでいいんだな?」

 

 白狐にだけ聞こえるよう、小声でつぶやく。それに対しいつもの笑顔でこちらを見返す白狐を見て、黒狐は肩の力を抜きながら後ろに下がった。

 黒狐に任せていた場に、白狐が再度立つ。いつもの様子に戻った姿を見て、何を言おうか考えていたフレイヤはこちらを見つめる白狐を見て少し目を見開いた後、笑みを深くした。

 

 深く息を吸って、そして吐く。ここから先の言葉は目の前で対峙する女神を怒りに支配させる切り札だ。まさかこの場でそこはかとなく仄めかしていた喧嘩を大々的に買われるとは予想だにしていなかったが、順序は変われどかの女神へ伝えることに違いはない。遅かれ、早いかの違い。なればこそ、今がその時だ。

 それに、正直な所、余裕の笑みでこちらを見られるのは気に食わなかったりもするし。

 

 「さて、真打登場といきましょう~」

 

 九本の尾が花開いた。一本一本が力を有する、彼女の象徴。華やかに揺れ動くその姿は、先ほどまでの彼女とは違い、優雅にそして緩やかな雰囲気を周りに与える。

 その立ち姿を見て、フレイヤも髪をかき上げると、生まれたての小鹿のように震え始めていたノミアを下がらせた。

 

 「ふふ……中々に面白い物を見させてもらったわ。あなたでも、そんな顔が出来たなんてね」

 

 思い出すようにフレイヤは嗤う。

 

 「そう~? 私だって今を生きる乙女なんですもの。喜怒哀楽、感情ぐらいあるのに~」

 「乙女ねぇ」

 「フレイヤちゃんよりは乙女だけどなぁ。お肌もぴちぴちだし」

 「余裕が出てきたようで何よりね。あなたの従者、黒狐を相手にするのも悪くはなさそうだったけれど、やっぱりあなたはそうでなくては。張り合いがないわ」

 「余裕を持ちすぎるのもあれだけどなぁ~。フレイヤちゃんが今回やった事、別に法で決められたことじゃないからいいけど、普通にドン引きしちゃう行為だよ?」

 

 呆れたように白狐は言う。それに対し、フレイヤはそうかもねと頷いた。だが、

 

 「そうだったとしても、面白いからいいじゃない? 私は神、女神フレイヤ。人が捧げものをくれると言うんだもの、その信心深さを無下には出来ないわ。それに……私の国はいい所よ? 争いもなく、差別もなく。全ての国民が幸せを享受できるよう管理しているもの。あなたの国みたいに失敗し挫折することだってある環境じゃ、男が可哀そうだとは思わない?」

 

 「思わないよ」

 

 きっぱりと、フレイヤの言葉を切る。何度も打って打って一つの刀身と化した刃を振り下ろすように。フレイヤのいう事は確かに理想郷のような国だと白狐は思う。徹底管理された世界、誰も不幸になることのない世界。それは確かに幸せな事ではあるのだ。けれども、

 

 「私たちはね、神様なんだ。はるか昔に神が作った人という存在。それを見守り、そして畏れられ、形を成している。私は人間たちが行う事に干渉したりはしない。それがその人にとってどんなにつらい状況だったとしても、それがその人の糧になる事だってあるんだから」

 

 稲穂恵。人と神の間で翻弄される青年。助けるのは簡単だ、けれどもそれはしてはいけない。青年が自分で考えて、歩いていく道のりだから。

 

 「干渉しない? 私ほどではないにしろ、あなたは日本で一番上に立つ神ではなくて。例えあなたがそう思っていても周りはどう思うのかしら。あなたの一挙手一投足、それで国が動く可能性だって大いにある事よ? あなたが今言っているのはただの傲慢よ。片面だけ見て、反対側を放棄する……それはとても醜くて愚かしいことだわ。人は失敗する……だから私達神が道を示すのよ。あなたの考えでは、人は育たないわ」

 

 神という存在でありながらと、フレイヤは白狐の答えに対し反論する。人の政に干渉してはならない。けれども、人は個人差があれど依存先を求める。だから神という存在がいるのだ。ならば、導いてやるのが求められた存在としての責務だと。

 

 「育つよ」

 「何を根拠に?」

 「失敗したから、何も生み出さないわけじゃないよ。失敗があるからこそ人は学び成長させるもの。道を示すのは簡単だし必要な時は出てくるよ、けど私たちが何度も道を作ってあげたら人は次第に考えることをやめる。それはただの停滞、苦しんで得たものこそが成長の証になる……だから私はあの子たちがやる事を見守るの。もちろん、生まればかりの子にはほんの少しばかり手助けをしてあげるぐらいはいいと思うけどね」

 

 フレイヤから柔和な笑みが消える。理解できないような視線が白狐を見る。

 

 「あの子たち? あなた、何を言って……」

 

 きっと知らないのだろう。神が飽和しかけている状態のこの世界だ、他人の神様事情なんて、それこそ物好きなレベルでなければ知ろうとも思わない。日本の片隅で生まれた小さな眷属の子。偶然にも、件の恵と縁を繋げたどこか懐かしさを感じるあの子。

 

 「ねぇフレイヤちゃん。私ね、実はあなたのやっていることはぜーんぶ把握してたの」

 「……当然でしょうね。耳年増なあなただもの」

 

 白狐からの言葉に、フレイヤは眉をはねさせて、それを受け止める。

 

 「だからね、フレイヤちゃんがやっていること、理解できるんだ。私だって、あなたのような存在だったらきっと同じことをしていたかもしれないから」

 「私は理解できないわね。さっきから様子がおかしいわよ? 言葉の前後に統一性がない……何を言いたいのかしら」

 

 嫌な感覚だ。得体のしれないものを相手にしているかのような、つかみどころがない、薄い布を触る様な感覚。何が起きてもいいように、思考を巡らさなければならない。フレイヤは凛とした態度を崩さぬまま身構える。

 

 けど、

 

 「全部だよ、ぜーんぶ。あなたが今回やったこと、男児を捧げた愚かな信者、それを受け取った女神。誰にも悟られることなく、本質を隠して自分が表に立つ」

 「……」

 「全部愛のために。久しく見ることのなくなってしまった自分の司る物が見られるかもしれない、その一点で。大事だもんね、だから隠したんだよね?」

 「あなた……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私も新しい子が生まれたから理解できるよ。フィーネちゃん、とっても健気で可愛いもんね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『中立神域・ネウトラル』。

 神々に作られてから星の瞬きが過ぎるほど時が経つその場所は、神同士による争いとは無縁の神域。

 そのはずだった。

 

 けれども。

 

 その日。白狐が発した言葉。その意味を周りが理解するよりも早く、壇上に立つその場所で。

 

 

 

 

 

 歴史に名を残すことになる、大事件の序章を告げる神の怒りが振り下ろされた。

 




誤字脱字報告、感想、本当にありがとうございます。おかげさまでこの夏も乗り切れそうです。

思ったより長文になってしまった。今回の話を書くために電子書籍を幾つか買って参考にしました。やっぱ本場の書き方を見るのは参考になります。

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