男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様   作:イソン

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ここ最近、赤い目のとてつもなく綺麗な白い鳥が高級料亭の露天風呂でお湯浴びをしているらしい。


第十五話

 風情のある光景だ。

 

 川の観光名物でもある年季の入った木船が川面を漂いながら、水面にさざ波を作って川下へと下っていく。

 船の上には十名ほど、オレンジ色のライフジャケットを身につけ談笑する人たち。そして、前方と後方に一人ずつ、熟練船頭によるガイダンス付き。

 恵は堤防の近くに建てられた、これまた年季の入った古民家を改築したカフェで船の動きをじっと見つめていた。開け放たれた窓から、川の音と船の漕ぎ音が交錯し、恵みの意識は晴れ渡った青空へ旅立つような気持ちになっていく。

 地元の人達に親しまれてきた愛好家の多いカフェだ。昔から営業している店でもあるため、恵がいる窓際の席は一部が男性優先となっているものの、ここ最近見かけるものとは違い、完全に隔離された席ではない。

 

 そのため、恵の周りは異様な空気に包まれていた。

 

 女性が多いこの場所でうら若き青年――それも普通であれば誰かしら同伴で来る男性達と違い、一人で来ているのだ。

 時間は昼頃、地元の客や一部のネットを見て川が映えるスポットとしてやって来た観光客は、普段であれば見ることのできない奇跡の光景に注文した料理が冷めつつあるのにも気づかず、恵を遠くから網膜に焼き付けている。

 専用の雑誌でしか見ない和服を着て、ポニーテールといううなじフェチのものがいれば死人が出ていたかもしれない髪型、そして極めつけには何か考えているのか悩んでいるのか、そこはかとなく儚げな表情で窓の外を見つめる男性の姿。

 見るなという方が無理であろう。それほどに、件の男性が放つ力は凄まじいものだった。先ほど恵の注文を受けたこのカフェで働く若い女性が注文を聞き終えて厨房に入った後、鼻血を出して倒れたと騒ぎがあったほどに。

 そんな渦中にいる中、当の本人はというと、

 

 「何してるんだろ俺……」

 

 神様の話し合いに参加しようとした結果、本部から来た人達や祖父母に退出命令を食らってしまい、店を追い出されてしまったのであった。

 不服そうに口をとがらせて抗議をしてみたが、有無を言わさず外に出されたため何故自分だけがだめなのか皆目見当も付かず、仕方なしに終わるまで近くのカフェで暇を潰している次第である。

 ため息をつき、年代物のカップに入ったぬるくなり始めたコーヒーを飲む。たまに飲む市販のものと違い、深い苦みと酸味が口の中に広がる。普段、コーヒーを飲まない恵でも、今このときはこの味がありがたいと思った。とりあえず、頭がこんがらがっているときはカフェインが効いてくれるからだ。

 プラシーボ効果かもしれないが、無いよりはましである。

 

 (まだ結構時間があるな……)

 

 カップを置き、隣に置いていたスマートフォンを起動させれば、戻ってきても問題ないと言われた時間までまだ小一時間ほどある。

 カフェで過ごすには長すぎるなと思いながら、恵はこの店の名物である昔懐かしきホットケーキを口に運んだ。口の中に生地のふわふわ感と蜂蜜の素朴な甘みが広がる。

 

 まるで食のレポーターみたいだ。

 

 頭の中でいちいち味の感想を呟くほどに。それほど、恵はやることがなかった。

 話し合いの場所に指定した店『熊』は近寄れないし、車の鍵は不幸なことに店のロッカーに置いてしまっている。田舎の弊害でもあるのだが、近所の遊び所に向かうのも徒歩ではかなりの重労働。行って帰ってくるだけでかなりの時間と労力を要する。なので遠くへ向かう選択肢も無し。

 となると、必然的に近場の店で暇を潰すしかなくなる。しかし、恵も男だ。このご時世に護衛や相方を付けているわけでもなく、たった一人で出かける。それがどんなに不用心なことか、嫌でもわかっている。

 周りから感じる視線。常日頃、矢面に立つ恵は耐性があるが、いかんせん今は考え事をする時間が多い。頭の中に選択肢が生まれてしまえば、否が応でも気にし始めてしまう。

 どうしたものかと、恵は頭の中で複雑に絡み合っている問題に降参の手を上げながら、そろそろ店を出ようかと考え始めた。

 この状況の中では、まとまるものもまとまらない。

 

 (とりあえず、店の近くにある神社へ行ってみるか)

 

 いつも近くにあるので忘れていたが、『熊』の近くにある神社はかなり名のある場所だ。こちらに引っ越してきたときにお参りと挨拶はしたが、ここ最近は忙しかったのも相まってとんとご無沙汰である。

 確か、その時はその神社に住まう主神は留守にしており仕える巫女が応対してくれたのを記憶に覚えている。

 ここからならば、歩いて十分ほどで着く場所でもあるしちょうどいいかもしれない。それに体重を気にしているわけでもないが、今し方カロリーの高い物を摂取したばかりでもある。

 

 運動がてらにもちょうどいい。

 

 そうと決まれば善は急げ。窓の外から見える球磨川の風景を見るのも乙な物ではあるが、この場の空気は何とも居づらい雰囲気である。

 恵はスマートフォンをポケットにしまうと、残りのコーヒーを飲み干して席を立った。恵が動くにつれ追われるような視線に苦笑いしつつ、会計を済ませる。

 ありがとうございましたと、渾身の力でお辞儀をする店員に軽く会釈し、格子状にガラスがはめ込んである扉を開いた。

 開ければ、夏の匂いがむせかえるような暑さとともに恵を包み込んだ。片手で太陽の光を遮るようにしながら上を見上げれば、そこには雲一つ無い青空。快晴の二文字だ。

 

 

 「……あっつい」

 

 

 クーラーの効いた場所から暑い外に出るという、なかなかの右ストレート。一瞬、ほんの一瞬ではあるがやる気を振り絞って道を歩いてみたが、数十秒後、車通りの多い道で参りましたとばかりに、恵は右腕を空に上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこか冷たさを感じる空間だ。

 

 日本国内でも滅多に見られない、あらゆる角度から見ても完成された和の庭園。石の形、木の配置、池に浮かぶ水草の量まで全てがそこに収まっているかのように存在し、見る者の視界をくぎ付けにする存在感を醸し出している。

 

 けれど、冷たさを感じる。

 

 「幾つだったかね。確か、大同……何年だったかな。まぁともかく、ここは見事なもんだろう」

 「とても見事な……神が住まうにふさわしい場所だと思います」

 「ふん、お世辞を言うくらいならもうちょい上手くやるんだね。何ともわかりやすい顔をしてるじゃないか……えぇ?」

 

 お世辞ともとれる言葉、顔に出てしまっていたのだろうか。意地悪そうな顔でこちらを睨みつける妙齢の女性に、フィーネは場の冷たさに少し身震いしながらもう一度辺りを見回した。

 

 和紙の障子越しに庭園の景色が見える畳張りの部屋。和紙の障子から差し込む光は、畳の上に淡い光の模様を描き、部屋全体に穏やかな雰囲気を与えている。

 丁寧に掃除が行き届いている様子で、埃一つすら見当たらない。透明度の高い池では紅白の鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。外側とはうって変わって厳かな空間に、目の前にいるこの地の神がいなければ、恐らくはただの高級な料亭と見間違えても無理はない。

 

 ここはある神社の内側、力のある神がひっそりと住まう屋敷。

 

 つまりは、招かれた立場にあるフィーネの目の前に座る妙齢の女性こそ、この屋敷の主でありこの土地一体を支配する名のある神だ。

 見た目は細身で着物を身にまとい、薄化粧を施している。心のうちを見透かされそうな鋭い瞳、一見すると整いすぎて近づきがたい印象を与えてしまうであろうその顔は、妙齢の女性らしからぬ艶やかさを持っている。

 主神であるフレイヤに仕える身として、名のある神が放つ力に耐性はある方と自負していたフィーネだが、この内側にいるとなると話は別だ。呼吸の仕方を忘れてしまいそうになるほどに、目の前にいる神からは尋常ならざる圧力を感じさせる。

 

 「……申し訳ございません。本来であればこの地に住む貴方様へ事前の連絡を入れるのが筋だと言うのは重々承知しています。ただ、どうしてもこの地で力を持つ――姫野命様にお願いがあり参った次第です」

 

 相手からすればフィーネは非礼の塊の様な存在である。そのせいだろうか、すでに若干の攻撃がフィーネの体には襲いかかってきていた。

 鋭い瞳による無言の圧力。心の中を覗いてきそうな神の瞳から受けるそれは、ワルキューレであるフィーネでも蛇に睨まれた蛙のように行動不能にする。

 しかし、蛙にも意地と言うものはある。唾を呑み、歯をくいしばる様にして体の震えを抑えながら、何とか堪え忍んだフィーネは妙齢の女性――姫野命の瞳から目をそらさず、確たる意志を持った目で見返した。

 時間にすればほんの数秒だろうか。永遠とも思える長い時間の感覚がフィーネを支配する。

 

 先にため息をついたのは、姫野命のほうだった。参ったとばかりに、やれやれと首を横に振る。

 

 「非礼を承知で願いを聞いてくれってことかい……。度胸はあるみたいで感心だねぇ」

 「でなければ、ここにはおりません」

 「言ってくれるねぇ……。いいさ、下手にへりくだった態度とられてこっちの機嫌を損ねられるよりは幾分マシだ。ああ、最初に言っとくが、お前さんがもっと早く来てくれりゃ私なんかのご機嫌伺いなんざ必要ないってのに……全く、あの馬鹿も相当な悪趣味になったもんだ。さっさと連絡取り合って知らせりゃあよかったのに」

 

 愚痴を零す様に呟き、姫野命はもう一度ため息をついた。先程のフィーネに迫っていた圧力が嘘のように霧散する。

 ただ、先の発言で、フィーネの中にあった緊張感は解消されるどころか更に高まってしまった。先の姫野命が発した言葉で、フィーネは一つの予想に確証を得たからだ。

 目の前にいる神は既に自分のパートナーと面識がある。それもかなり親しい関係である。でなければ、ここまで感情が表に出る神もそうはいないだろう。

 

 「……それはどういう……」

 「決まってるだろ、あいつに直接聞きな……本来なら私がこれ以上お前らに関わってやる義理はないんだからね」

 

 本当にこの神は感情を隠そうともしないらしい。はっきりと言い切られてしまえば、フィーネがそれ以上を口を挟むことは出来なかった。

 フィーネはもう一度頭を下げつつ、本題へと移ることにした。余計な世間話をして話の腰を折る必要はない。今は時間が限られている。

 

 「わかりました。では本題ですが、この地で祀られているとある神に協力していただきたいのです」

 「……あのガキんちょかい。馬鹿の眷属だから挨拶の一つでもしてくるかと腰を据えて待ってりゃあ、挨拶どころか楽しそうに遊んでるじゃないか。あそこまで自由奔放な性格だと、こっちも毒気を抜かれて言う気も起きんがね」

 「それはまぁ……確かに」

 「別に構わんがね。本来、神ってのはああいうもんさ。私らが増えすぎたせいであり方が変わっちまっているが、あれはどこか懐かしさを感じさせてくれる。ああいうのは嫌いじゃないよ」

 

 その言葉に、フィーネはほっと胸をなでおろした。一番の懸念である、件の狐神を姫野命神が受け入れてくれるかどうか怪しかったからだ。

 

 「それで、私は何をすればいいんだい。あんまりにも無茶な要求は考えさせてもらうがね」

 

 そう言って、姫野命神は自身の隣に置いてある浮雲彫箱から一本の煙管を取り出した。煌びやかな装飾が施された名品、その先端に指を近づけると火種がないにもかかわらず炉が灯される。細長い吸い口を口元に運び、ゆっくりと吸い込む。そっと吐き出すその仕草はとても優雅で、吐き出される煙も部屋へ広がる前に空気中で踊り、美しい模様を描いた。

 煙管の香りが鼻をくすぐる。フィーネがいた場所ではあまり嗅ぐことのない香り、どこか懐かしさを感じるそれにフィーネは心惹かれつつも、先の続きを話した。

 

 「何も」

 「あん?」

 

 不可思議な要求に、姫野命神は眉をしかめた。何も、とはどういう意味だろうか。何もするなというのならば、今こうやって話している時間ほど無意味なこともないだろうに。

 

 「要点が見えんね。私は回りくどい言い方が嫌いなんだがね」

 「言葉通りの意味です。これから起きる出来事において、姫野命様には手を出さずにおいていただきたいのです」

 

 深く吸い、そして吐く。空気中を漂う煙を目で追って、ほんの少し思案した後、

 

 「……つまりだ。これからうちのシマで他の野郎どもがドンパチし始めてもお前さんと狐の一族に全て任せろと」

 「……そうなります」

 

 一で十まで把握する。断片的な情報しかフィーネは話していないはずなのに、こちらが話そうとしていた全てを理解する相手に知らずのうちに冷や汗をかいた。

 

 「ちっ」

 

 姫野命神はフィーネの答えに対し、苛立ちながら煙管の先端に息を吹きかけ火種をもみ消した。そして、一際大きな手拍子が響く。

 すると、瞬き一つの合間に二人の手前にお茶が置かれていた。姫野命神は茶碗を持ち上げ、お茶を啜りながら、

 

 「どうしてそこまで気にかけるんだい。あの阿呆はともかく、お前さんは西洋の一族だろうに」

 

 疑問を投げかける。

 

 確かに、至極当然の疑問だ。フィーネだって、何も好き好んで助けたいと思っているわけじゃない。けれども、

 

 「……ただ、あの神を助けることで、救われる人がいるんです」

 

 十何年ぶりに顔を合わせた時の事を思い出す。背丈はフィーネよりも伸びて、他の男性より少したくましさを感じるようになっていた。

 髪はあのころよりもかなり伸びていて、整った顔立ちには自分が置かれた状況に迷いを見せる瞳があった。

 けれども、困った時の顔や笑ったときの表情、自分が大変にもかかわらず他人を優先するお人よしの性格。フィーネが生まれて間もないころに会った時と変わらない物があって、そんな数少ない記憶が知らずのうちに話していたフィーネの顔に笑みを浮かべさせる。

 きっと彼は覚えていない、いや思い出せないのだろう。全てが終わり、フレイヤ様のお膝元に来るまで記憶を封印され足がつかないように。

 

 「その人が笑っていてくれれば」

 

 すると、フィーネの答えを聞いた瞬間、姫野命神は突然ゲラゲラと笑い始めた。

 何か変な事を言ってしまったのだろうか。そんな思いを一瞬抱いたが、次に発せられた言葉でフィーネの顔は真っ赤に染まることになる。

 

 

 「なるほどねぇ。……男か」

 

 

 …………ぼん、と。

 

 「は……はい!? ち、ちちちち違います違います!」

 「はっ! 隠しても無駄だよ。お前さん、神を欺こうなんざ百年早いってもんさ」

 「違うんです!」

 

 何故ばれたのか?

 いや違う。別にばれたのはどうでもいいことで、私は恵さんを助けるために願いを聞き入ってもらおうと――。

 

 (いや違わないよ!?)

 

 あたふたと、それかじたばたと。隠し通したつもりでいたはずの一番知られたくない情報が目の前の神に見破られてしまったことで、フィーネは熟れたトマトどころかゆでだこの様に顔から湯気を出す勢いで弁明する。

 けれども、顔を真っ赤にしながら否定するフィーネに対し、姫野命神は聞く耳持たずといった様子だ。もはやからかう気満々と言った風で、にたにたと笑みを浮かべるその姿からは先程の威厳の欠片も感じられない。

 

 「あぁいいねぇ……何年ぶりだい、その反応を見たのは……二百年くらい前かい? いや、そん時はあいつやばばあがいたからそれどころじゃなかったかねぇ」

 「あの、ちょっと話を聞いてください!」

 「何だい。その男の愚痴でも聞いてほしいのかい?」

 「違います! だ……だから、別に私はあの人に対してそういう感情は持ってませんし、そもそも私には婚約者がいたんです!」

 「……なぁんだ。面白くないね、女なんだ。男の一つや二つぐらい抱えないでどうするのさ? 私の頃はね、そりゃあとっかえひっかえしたもんだよ」

 「な、なななな……ハ、ハレンチです!」

 「なにがハレンチなもんかい! 男と女、双方が合意の上でねんごろになってんだから、やましい事なんてないよ。それに、昔と今じゃあ男の数も違うんだからね」

 「嫌、それでも誠実じゃありません! だ、男性と女性の恋愛というのはこうもっとちゃんとして――」

 

 顔を真っ赤にして反論するフィーネに対し姫野命神は、

 

 「お前さん、もしかして……」

 

 ごくりと。まるで信じられないものを見るかのような目でフィーネを凝視し、

 

 「おぼ――」

 

 無垢な少女には酷すぎる言葉を発しようとして、ふと疑問を抱いた。現在進行形でこちらに対し、漫画の世界でしか起こりえないような恋愛観を披露している夢見る少女は、どうやら意中の男が件の狐神に関与しているらしい。事情も何も知らないので不確かな予想になるが、この様子から察するにかなりぞっこんといった具合だ。

 しかしながら、それが事実ならばどうして先ほどの発言の中に矛盾する言葉があったのかと思案する。ここまで顔を赤くする程、触れられたくなかった話題であろうはずなのにばれる可能性(フィーネはばれると思っていなかっただろうが)がありながら話を持ち込んできたのだろうか。

 姫野命神の中でむくむくと疑問が湧きあがってくる。

 

 「もしかして、お前さん」

 「なんですか!」

 「――その狐神に関わってる男ってのが、お前さんの許嫁なのかい」

 

 ぴしりと、フィーネの動きが止まった。まるで人形の様に動きの止まったその姿に、姫野命神はまさかの正解を引き当ててしまったことと、少女が抱える問題に何とも言えない苦みを口に感じてしまう。

 

 (あぁそうかい……)

 

 今、姫野命神が抱いている感情は同情か、それとも共感か。どちらにしてもまだ幼い神であるフィーネにとって己がやろうとしていることが良いものでないことは確かだ。

けれども、事情はどうあれ手助けすると決めたのは姫野命神自身である。それは決して軽い気持ちで決めた事ではないし、こちらとしても乗り気ではないとはいえあの馬鹿狐には借りがある。協力しない理由はない。

 

 「……はぁ。なんとまぁ難儀なこったい」

 

 古今東西、神同士の間で問題が起きる時のほとんどは恋愛絡みと相場が決まっているが、ここ最近ではそのような事件も久しく見なくなっていた。まさかこの年になって拝めるとは、幸か不幸か。

 

 (他人の恋愛話ほど面白いものはないんだが……さすがにこうも初心だとねぇ)

 

 そんなことを思いつつ、姫野命神は茶碗に残っていた残りを飲みほした。

 

 「覚悟はあるんだね」

 「……はい」

 

 落ち着きを取り戻しつつあるのか、フィーネは顔を少し赤らめながらも答えた。その様子に姫野命神は少しばかり残念そうな顔をする。

 

 「……いいだろう。お前さん――フィーネの心意気に免じて、手を打ってやろうじゃないか」

 「本当ですか!?」

 

 フィーネの顔がぱぁっと明るくなる。しかし、その態度とは裏腹に姫野命神は神妙な面持ちをしていた。

 

 「ただし、一つだけ条件がある」

 「条件ですか?」

 「あぁ。お前さんが今からやろうとしてることは本来なら他の神に喧嘩を売るにも等しい行為だ。人様が管理する土地に他の神を招き入れ、何が起きようとも傍観する……それがどんなに苦痛であることか、それはわかるね?」

 「……はい」

 

真面目な顔で話す姫野命神の雰囲気を感じ取ったのか、フィーネは姿勢を正し、改めて姫野命神に向き直る。フィーネとしても重々承知している事だ。人間で言えば、人の家に勝手に入り込み好き放題されているのと同義。本来なら条件の一つとは言わず、幾つもつけられていてもおかしくないぐらいだ。

 

 姫野命神への評価を改めなければならない。

 

 フィーネが日本へ秘密裏に入国する際、船渡しをしてくれた黒い尾を持つ狐神――何やら小言で後始末やらしりぬぐいやらを呟いていた女性に聞いた話だが、件の男性――恵がいる土地にはかなり力のある神が住んでいるらしく、古くから土地に根深く浸透しているのもあり言動や振る舞いは今の神様飽和時代になってもなお、昔と変わらない尊大な性格とため息をつきながらぼやいていたのが記憶にある。

 酒好き飯好き噂話好き男好き――数えだしたらキリがないほどの逸話が周りからはまことしやかにささやかれているそうで、話を聞いたフィーネはそのせいもあってかなかなかはじめの一歩が踏み出せずにいたのだ。

 確かに軽い印象はあるものの、いざ話をしてみれば理解が早く事が潤滑に進んでいる。もちろん恋愛観に関して相いれないものはあるけれども。

 

 「私の島で、ルールを破ってまでその男を助けるために動くんだ。それに見合う対価をお前さんは支払わなきゃならない」

 「……はい」

 「それ相応の対価が要求されるのは当然の摂理ってやつさね。……フィーネよ、お前さんにあの狐神の眷属を助けてやれるだけの器があるのかい? 自分を犠牲にして進む覚悟が」

 

 姫野命神の真摯な視線がフィーネを見据える。その視線に対し、フィーネは今まで抱いていた不安を一度心の中にしまった。

 

 「あります」

 

 はっきりと、答えた。その答えに嘘偽りはないと姫野命神は感じ取ると、口角をあげ鋭い八重歯が見えるような笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと口を開いていく。

 

 「いい覚悟だ。では、お前さんに課す条件はただ一つ……!」

 「……はい!」

 

 息を大きく吸い、そして――、

 

 

 

 

 

 「そのお前さんがぞっこんて男との馴れ初めをはなしてもらおうじゃあないか!」

 

 

 「……はい。…………はい?」

 

 フィーネの口から気の抜けた声が、思わず漏れた。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!」

 「なんだい。時間は有限なんだ、早くその出会いを話しなさんな」

 「い、いやいや! ……な、馴れ初めなんて……!」

 「おっと、こうしちゃいられないね! おーい、巫女さんたちや。酒と飯を用意しておくれ~。あとつまみも忘れずに!」

 「は、話を聞いてください! 姫野命神様!」

 「えー? 聞こえなーいねぇ。おーい巫女さーん! 早く早くー」

 

 こちらの声がまるで聞こえていないかのように、姫野命神は目にもとまらぬ速さでさっさと部屋から出て行ってしまった。

 その場に残されたのはフィーネと悲しく湯気が立ち上る茶碗のみ。

 

 

 

 

 「……あ、あの人は」

 

 あまりの変わりように呆然としてしまうが、よくよく考えてみれば相手は神である。考えるだけ無駄かと、フィーネはため息をつかずにはいられなかった。




誤字脱字報告、感想、本当にありがとうございます。
おかげでARMORED CORE VI も無事クリアできました。

誰か荒廃世界のロボット物逆転世界系小説知らない……?
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