男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様 作:イソン
蛇に睨まれた蛙とは、正にこのことだろうか。
本宮にある、木造づくりの執務室。
聖母のように微笑みながらも、本来であれば見るものを魅了する琥珀色の瞳は光沢を失っているように感じられた。普段怒らない方が感情を爆発させたとき、どのようなことが起こるか。
お稲荷様の神である一花は何百年ぶりかの折檻を受け、冷や汗を浮かべながら耳をへたりと閉じ、尻尾をくるんとお尻の下に丸め込んでいた。
何故こうなってしまったのだろうと思案する。
事の発端は神々専用の、人間達が作り出したネット上で意見交換を行う場を再現した神ちゃんねるという場所で起きた。
いつ振りかわからぬほどに、新参者が現れたのだ。それも、のじゃロリ狐という
その登場にスレは沸きに沸いた。もちろん、他の者達より長い時を生きてきた一花も当然、スレに入り浸る古参として迷える若者を導こうと布団の中で丸くなりながら、携帯片手にポテチを食いつつ見ていたのだ。
もはや遺物となりつつある語尾を使いながら話題を提供するスレ主に笑いが止まらなくなりつつあった頃、それは起きた。
人間に神の私物を共有、さらには使用。
その事実に、スレにいた住民は恐れおののいた。何故ならば、神が所有するものはどのような物であれ力を持つからだ。
古来より、神々の持つ道具が物語として登場することがよくある。それは日本だけでなく、世界でも同様だ。武器に盾、服に装飾品。数えればきりがないが、1つずつに物語が存在し、現代においても小説やゲーム、アニメの題材として使われるほど。
だからこそ、神の私物はとても厳しいルールに則って管理されている。よからぬ者の手に渡り、悪用されないように。
稲荷信仰の神々が、上より支給される携帯についてもそうだ。所在地が確認できるよう常時GPSが作動し、掲示板にログインする際はIDが紐づけられ、発言したログは傘下の巫女が経営している会社のサーバーに保管され、ルールに抵触していないか常時監視されているのだ。
それに加え、スレの中で提案された『契約』の相手についても問題が起きた。
本来、契約は原則的に禁止されている。人間同士のやり取りと違い、神と人の間に結ばれる決め事は決して軽い物ではなく、概念として実行される、いわば呪いに近い物でもあるからだ。最たる例は一花自身が、人が願った繁栄という言葉を契約とし巫女を作ったこと。いつまでという取り決めもなく、軽い契約として当時考えていた一花は、現代となっても実行され続けている契約に恐怖を覚えるほどだ。
スレの中でその話題が出た瞬間、一花はすぐさま携帯を閉じた。
触らぬ神に祟りなし。過去に折檻を受けたときを思い出し、身震いしながら布団の中でさらに丸くなる。
何を隠そうその契約に関してこそ、一花が勝手に人と契約したときに白狐様から折檻を受けたからだ。同じ過ちを2度してしまえば、それこそ折檻だけでは済まないかもしれない。
携帯やPCを没収されてしまったら、引きこもりニートライフを満喫している一花にとって死亡宣告と同じだからだ。
けれども。
「下の者を導き、諭すことこそ上の務めなれ、何故一花ちゃんは傍観してしまったのかしら?」
「あっ……あ、いや、そのですね。ふへ、そのあと大事な用事がありまして……」
「あら~、どんな用事かしら?」
「えっ、あの、いや……白狐様に仰るほどでは……ひぃっ!?」
「あら~、どんな用事かしら?」
どごんと。言葉で表現するならばそう。白狐の豊かな九本の尻尾が一花の頬をかすめるようにして振り下ろされていた。周りを結界で強化され、盗聴防止に加え強度もあげられているはずだが、いともたやすく座っていた付近の木の床はへこんでしまっていた。
あれが真上に振り下ろされていれば、今頃一花はせんべいのようになっていたかもしれない。言ってたら迷わず頭から来てたかもしれない、推しの配信が始まるからなんて言ってたら。
「ひゅぇ……、あ、あの、わたくしは何をすればいいので?」
涙目になりながら問いかける。今までの経験上、一花には白狐様が何を望んでいるのか何となくだが理解できる。
「お話が早くて助かるわ~、一花ちゃん。例の件なんだけどね、黒ちゃんが色々調べてくれたらしいんだけど生まれたばかりのせいか信仰力が小さくて、大雑把にしか場所が把握できてないの~」
「えぇ……、イッチ、本当にどうやって生まれてきたんだろ……」
「一応、九州って所までは把握できたんだけど、そこから先は近づいて調べるしかないみたいなの。今のところスレッドにも現れていないみたいだし、確率の低い方よりも確実に誰かが探しに行ったほうが」
白狐はそこで言葉を区切る。にっこりと、目を細めながらも、琥珀色の瞳を一花に向けて。
「……あの」
「誰かいないかしら~?」
「え、えと……」
「誰かいないかしら~?」
「う、うぎぅ……」
「だ・れ・か、いないかしら~?」
「わ、私が……いぎまずぅ」
泣きながら一花は手を挙げた。さよなら、推しの一周年記念ライブ。
「あら~本当? 助かるわ~、一花ちゃん」
それではと。白狐はあらかじめ準備しておいたのだろう、尻尾に手を突っ込むと何やら書類の束を取り出し始めた。
1つずつ尻尾から出てくるたびに、一花の顔が青ざめていく。嫌な予感というのは、思いのほか当たることが多い。
1つ、2つ、3つ……出るわ出るわの合計十束ほど。なんという厚さだろうか、1つの束が店売り用の包装紙で包まれたコピー用紙ほどある。
この流れで行けば、これから始まるのは。
全部出し終わった白狐はこれで軽くなったと優雅に尻尾を一振りした。毛艶のよい九本の白い尻尾は、何もなければ優雅に見惚れただろう。けれども、一花にとっては死神の鎌に見える。
「さぁ、一花ちゃん。外出用の申請書類に、期間中の経費申請書類。後はお付きの巫女ちゃんも一緒に行ったほうがいいから、そっちの届も出さないとね。それと、今回起こした件の報告書もお願いね~」
「ヴぇっ」
その場で吐かなかっただけ、前の折檻時よりは成長しているのかもしれない。
「よかったのですか、白様」
巫女に引きずられながら連れていかれる一花を横目に、波のようにうねる黒い尾を持った女性が執務室の扉を閉めた。
白狐とは正反対の、黒で強調された女性だ。同性でも見惚れるほど整った容姿は、中世的な雰囲気を醸し出し身に着けている赤と黒を基調とした袴姿と合わせて、優しさよりも強さを感じさせる。
髪も白狐と違い短く、さらに拍車をかけていた。
片手にはたくさんの携帯が入った袋を持ち、今しがた仕事を終え帰還したようである。
「黒ちゃん、おかえりな~い! お仕事お疲れ様~」
黒はこちらに駆け寄り抱きしめようとしてくる白を、ため息をつきながら尻尾でこちらに来ないよう押し戻した。その姿には先ほど一花を折檻していた迫力はなく、仲の良い友人とスキンシップを企てようと、手をワキワキさせている。
「このような些細な事、他の者にやらせればいいものを……。私も暇ではないんですよ?」
袋を棚にしまい、
「それに、一花嬢をあそこまで怖がらせて。ただでさえ引きこもりがちなのに、悪化したらどうされるんですか」
「え~、加減は見誤らないから大丈夫だよ。それに、小動物みたいに怯える一花ちゃん、前の折檻もそうだったけど、可愛いんだよね~」
「趣味の悪い……、っていい加減にしろ白! 胸を揉もうとするな!」
「うえぇん」
あまりのしつこさについ素が出てしまう。
昔からそうだ。男勝りの黒に、可愛らしい悲鳴を上げさせようと毎回会うたびに胸か尻を揉もうと仕掛けてくるのだ。この攻防も何度目かわからない。
拗ねたように黒の尻尾に顔をうずめようとする白に再度ため息をつきつつ、問いかける。
「で、本当によかったのか。一花嬢で」
契約に関する案件。前に一花が引き起こした事件はまだ情報が出回らない時代だったため大事には至らなかったが、今は些細なこと1つでテレビやネットで拡散されてしまう時代だ。
いかに大手の信仰であっても、マイナスとなるような事は出来る限り避けておきたい。
ただでさえ、外側の神が不穏な動きを見せている。
だからこそ大衆には人気があるが、交渉事には不向きな一花よりも別の者か、それか黒自身が、向かったほうがいいのではないかと考えていた。
「うん、大丈夫だよ。スレッドの方を見てみたけど、相手は子供のような振る舞いに小さな若木のように素直な性格をしてそうだからね~。こわ~い黒ちゃんが行くよりも、一花ちゃんの方が話しやすいと思うんだ」
「一言余計だが」
「うふふふ。それに~」
「相手の位置は把握しているから……だろ?」
その問いに白は薄っすらと笑みを浮かべた。
「さっすが~黒ちゃん! やっぱり私の大親友~」
「茶化すな。で、何故居場所がわからんと噓をついた」
よく考えればわかることではある。契約者の相手はこの世界においてとても貴重な男性、さらには和菓子を作り毎日渡していると書いてあった。となると、和菓子屋に勤めている可能性も高い。和菓子屋で働く男性となれば、ネット上に情報があってもおかしくはないだろう。
そこまでいけば、後は件の男性に聞かずとも場所を探し当てることができる。
黒の尻尾に顔をうずめていた白は、顔をはなすと近くの椅子に座りこんだ。机の上に置いてあったペンを器用にくるくると回し、少し考えこんだのち答える。
「一花ちゃんがね、前に契約でやらかしたことは知ってるでしょ?」
その答えに当然とばかりに、
「当たり前だ。こちらに確認も行わず、当事者同士で交わしたばかりに現代にまで効力が続いているからな。あの時は私も、お前も説教しただろうが」
「でね。今でこそ私たちの許可が下りない限りは禁止にしてるけど、万が一、やむを得ない状況で契約が行われた場合、外側はいちゃもんをつけてくるかなぁ」
「いや、当然だろう。信者の奪い合いははるか昔から続いている。今の世の中ならなおさらだ。契約の相手が男ならなおさら……」
こちらに笑みを浮かべる白の顔を見て、黒は眉間にしわを寄せた。まさかと、白が考えていることを予想しこれから起きるであろう問題に頭を抱えそうになる。
「もし、男性の意思で神に対し契約を持ち掛けたら。その意思を尊重して然るべきじゃないかしら~?」
さも当然のように、聞けば法律すれすれを横切るような物言いに黒は眉間を揉む。そして、
「後始末をするのは私の方なんだからな!」
「あきゃんっ!」
とりあえず拳に力を籠め、白の頭に思いっきり振り下ろした。