男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様   作:イソン

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のじゃロリ狐の尻尾はうちのコーギーに似てる。


第四話

 洗面台で顔を洗う。

 

 都会の水道水と違い、地下水からくみ上げられた水は夏にもかかわらず肌を刺すような冷たさを感じた。

 慣れないと思いつつも、朝起きたときに目を覚ますにはこれが一番だと恵は横にかけてあったタオルで顔を拭きながら思った。

 

 身支度を整える。

 黒い髪を梳き肩先までかかっている長さを仕事の邪魔にならぬよう、口元に加えていたヘアゴムでポニーテールのようにしてまとめる。

 服は、叔母が用意してくれた甚平。青紫色のそれは、ここ近年注目度が上がりつつある日本の古き良き伝統を残そうというキャッチコピーの元、ある企業で作られた特注品だ。

 今まで洋服しか着てこなかった恵にとって最初は違和感こそあったものの、いざ着てみればおさまりがよく、ここで生活するうちに慣れてしまった。

 戸締りの確認を行い再度洗面台の前に立ち、鏡を見る。

 

 特徴身のない至極平凡な顔つき。けれども、髪が長いせいで少し中性的に見える。

 

(もっと男らしかったらなぁ)

 

 そうすれば、彼女はもっと頼ってくれただろうか。

 自身が作ったおはぎを、文句を言いつつ美味しそうに口いっぱいに頬張る顔を思い出し、笑みをこぼす。

 彼女との出会い以降、一度も欠かさずお祈りとおはぎを届けていた。

 何故か、と言われるとはっきりとした理由は思い浮かばない。代り映えのしない日常、男性として生まれたせいで世間や親に振り回される人生。腫物の様に扱われる事につかれたのかもしれない。だから、周りの反対を押し切って祖父母が暮らす田舎に移り住んできた。

 最初の頃は中々に大変だったなと越して数年ほどになる恵は、住めば都という言葉にその通りだなと感心する。虫の多さ・草木の処理・買い出し・ご近所付き合い、言い出してしまえばキリはないが。

 

 身支度を終え、食堂へ向かおうとコンクリートの階段を上がる。

 祖父母の家は、大神畑町の中でも中心部から外れた山間に作られている。地元民と運送会社がよく利用する道路、その途中で車一台分が通れる下へと降りる道を行けば、綺麗な小川が流れる横になんともちぐはぐな民家。

 祖父曰く、親の代から子供が増えるたびに増設していったらしい。そのせいか、家の中にもかかわらず靴を履いて移動しないといけない場所も多い。

 かくいう恵の部屋も、少し離れの場所にあった。

 来た時には埃をかぶっていた物であふれかえっていた部屋を、自分好みに変えていくのはこれまた大変であった。

 けれども、趣があっていいと思う。冬は移動するたびに厚着しないとやってられないが。

 

 今日も今日とて、彼女のために用意をしよう。残り少ない時間を少しでも実りある日にするために。

 年季の入った、木製の引き戸を開ける。時間にしてまだ朝の五時半、日がようやく上り始めたころが朝食の時間だ。

 

 「おばあちゃん、おはよ――」

 

 「このお漬物、ご飯にあうのじゃ!」

 

 「たくさんあるから、たんとお食べな」

 

 黄金色の髪に、ふわふわのキツネ耳としっぽ。

 

 恵がいつも座るはずの定位置に、いるはずのない彼女がほっぺにお米をつけて祖母におかわりを所望していた。

 

 「えっ、なんで?」

 

 実りすぎだろう、そう思ってしまうのも無理はないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恵は思わず何事もなかったかのように着席していた。本音を言えば今すぐ神様に何をしに来たのか聞き出したいところではあった。

 けれども、日頃の習慣だろうか。寝起きに加え今まで彼女から行動を起こすことがなかったため正常な思考が働かず、彼女の体面でいつものように祖母特製の漬物を合わせに白米を口に放り込んでいた。

 

 「でな、恵はひどい奴なのじゃ! 悪魔の食い物を備えてくるんじゃぞ。きっとわしをぶくぶく太らせる気じゃ」

 

 「おはぎはうまかもんね~。おばあちゃんはもう少しまん丸でも可愛いと思うばい」

 

 「そうかのう。あいふぉーんでは今の流行は細身のおなごと書いてあったがのう」

 

 「時代の流行ねぇ。恵も小食で細いから、コンちゃんがたくさん食べてくれて嬉しかよ。ねぇ恵」

 

 「えっ? あ、まぁ」

 

 「……おかわりっ!」

 

 「あらあら。おばあちゃん、孫が増えたみたいで嬉しいわ~」

 

 お漬物も追加で持ってくるねと、祖母は席を立って台所の方へ向かった。その後姿を目で追った後、神様は落ち着きをなくしたようにそわそわと耳を色々な方向に動かしながら恵を見ていた。

 食堂に何とも言えない雰囲気が流れ始める。今時珍しいアナログ式の掛け時計からはチクタクと規則正しい音が流れ、テレビからは祖母が毎朝見ているという朝ドラのオープニングが流れ始めていた。

 どう切り出せばいいものだろうかと恵は考えを巡らせる。

 彼女が行動を起こす理由は何だろうか。変わったことといえば、昨日恵が言った一か月後に家庭の事情で親元の方へ引っ越すことになったことぐらい。あの後、彼女はいつもと変わらず不機嫌そうにしながら寝る時間だからと追い立てるように、恵の背中を尻尾でぺしぺしと叩きながら祠から追い出していた。

 考えられるとするならば、おはぎが食べられなくなってしまうからだろうか。

 悪魔の食い物と言い続けてはいるが、美味しそうに食べる姿はまるで子供のそれだ。恵がいなくなったらそのおはぎが献上されなくなってしまう。

 

(それぐらいだよなぁ考えられるの。まぁ、神様らしいといえば神様らし……)

 

 「……お主、今わしのことを馬鹿にしとらんだろうな」

 

 ぎらりと獣のように光る眼で、神様がこちらを見ていた。その問いかけに、恵はびくっと体を震わせる。

 油断した。そう思ったときには遅かった。

 

 「……やはり。お主、わしを神様と思っておらんじゃろ! えらいんじゃぞ、強いんじゃぞ! このっ、この!」

 

 「いたっ、痛い。神様、痛いですって」

 

 食卓の下で、尻尾をぶんぶんと左右に振って恵のすねをひっぱたく。特に痛いわけでもなく、むしろこそばゆいぐらいだがこれ以上神様の機嫌を悪くしてしまっては元も子もない。

 当たるたびに反応する恵を見て神様は満足したのかしばらくひっぱたいていたのちに、

 

 「ところでじゃ。お主、昨日引っ越すといっておったな」

 

 これが本題だったのだろう。いつになく真剣な顔で恵に問いかけた。その神妙な面持ちに気が引き締まりかけるも、山のように白米を盛り付けたご飯茶碗と漬物を祖母から嬉しそうに受け取る様子を見て、台無しだなと恵はどう答えるか考えつつ、

 

 「そうですね。……少し難しいお話になりますが」

 

 「難しい話は嫌じゃ!」

 

 ツンとそっぽを向く。

 

 「えぇ……」

 

 「聞きたいのは、わしが皆のために引き受けておるおはぎじゃ。お主がいなくなったら持ってくるものがいなくなってしまうではないか」

 

 「……大丈夫ですよ。祖父母に後の事は引き継いでもらっています」

 

 あらかじめ聞かされていたのだろう、神様の隣に座りなおした祖母もうんうんと頷いた。初めて会った時から放っておけない性格だと理解したのだ、それぐらいの準備は整えていますよと伝える。

 けれども、

 

 「お主は、もうこんのか?」

 

 その言葉に、恵は驚いたように目を見開いた。

 動揺を悟られないようになるべくいつも通りに、箸をおいて茶を飲む仕草をする。

 きっとたいした意図はないだろう、その証拠に彼女は祖母から受け取ったご飯を不器用ながら箸を使って食べている。

 

 「……はい。両親が住んでいる場所は関東の方なので、定期的に顔を出したいとは思ってますが半年に一回程度になるかなと」

 

 「本当はね恵もここに残りたいって言っとるけど、父親側がうるさくってね……。うちの娘も頑張ってたけどしょうがなかね」

 

 今の世の中じゃ勝てないものねと嘆く祖母を、神様は不思議そうに見つめた。

 

「ようわからぬが、お主は成人しているのであろう?」

 

 不思議そうに尋ねる神様に、

 

「神様は今の世に対しての知識はどの程度お持ちで?」

 

「それならば問題ないぞ!」

 

 そう言って神様は尻尾の中に手を突っ込んだ。ガサゴソとしばらく動かしたのち、前に触らせてくれた神様専用らしき携帯を取り出す。その拍子にどんぐりや小石やらが尻尾から落ちて床に散らばっていた。

 

「こやつのおかげで浮世のことに関してはあらかた調べたのじゃ!」

 

「あら、コンちゃんは携帯使えるん。すごかね、おばあちゃんは指で操作するタイプは全然使いきりんよ」

 

「そうじゃろう!」

 

 一人で掲示板も使えるようになったのだと意気揚々と神様は祖母に説明していた。…………本当に子供らしい。

 前にあれほど神様の私物をむやみやたらに人に見せたり、触らせたりさせてはいけないと忠告されたはずなのに。

 

 恵も自身の携帯を片手に、彼女に説明を行う。

 

 現在進行形で人口性比が下がり続けていること。そのため、男性に対する法律が数多く作られその中の一つ、宗教関連の問題で海外の宗教を信仰する父親と日本の宗教を信仰する母親が揉めていたこと。そしてつい最近になって父親側が勝訴し、その影響で今いる場所から越すことになってしまったことを。

 詳しく話し始めたらきりがないため、要点だけをかいつまむ。

 

 黙々とご飯を口に詰め込んでいた神様は話を聞いたのち、ようやく口の中を空っぽにした。

 

 「お主は、どうしたいのじゃ」

 

 邪のかけらもない宝石のような眼で彼女はこちらを見ていた。普段からは想像もつかない、こちらの心の内に問いかけるような声。

 人ではなく、小さきけれども神様だからこそ持つ言葉の強さ。

 その問いかけに、恵は言葉を詰まらせた。

 

 「……私は」

 

 決まっている、自分が本当にやりたいことなど。けれどもそれは無謀なことで。

 だからこそこれ以上辛くならないように、誰にも迷惑をかけないようにこの道を選択したはずだ。なのに、

 

 彼女といるだけで、決心が揺らいでしまいそうだ。

 

 瞬間、間を切るように恵の携帯からピリリリと音が鳴り響いた。必ず6時から仕事開始のために設定していたアラームが。

 

 はっとしたように、恵は席を立った。

 今、自分は何を言おうとしていた? あれだけ悩みぬいて決めたはずなのに。

 

 「あっ、すいません神様。これから仕事なので、先に失礼します」

 

 矢継ぎ早に話し、使用した食器をまとめいつもならば洗っていた所を今日だけ許してもらおうと流し台に置く。

 そして、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 後に残ったのは、まさか答えを聞く前に逃げられると思わなかった神様とにっこりとほほ笑んでいる祖母の二人。片方はぽかんと大口を開け、もう片方はあらあらと恵の反応を見て顔に手をあてている。

 

 「な、なななななっな。なんじゃあやつ!」

 

 あっという間にいなくなった恵に対し、神に対し何たる無礼かと憤慨する。その様子を見て、祖母はなだめるように彼女の頭を撫でた。

 

 「ごめんね、コンちゃん。恵ね、私達にも答えてくれないほど抱え込む癖があるけん。悪気はなかんばい」

 

 優しい子だからと。

 その言葉に神様は顔を横に振った。

 

 「知っておる。あ奴が優しい奴ということは」

 

 だからこそ頼ってほしかったという言葉を、彼女は飲み込んだ。

 

 「わしは……頼りないかのぅ」

 

 彼女にしては珍しく、弱気な言葉を吐いた。普段ならば絶対に言わないそれは、彼が近くにいないからか。もしくは隣の人間が答えを教えてくれると期待したからか。

 祖母は少しの間考えた後に、ならばと口を開く。

 

 「あの子に頼られるような神様になりたい?」

 

 その言葉に、それは違うと頬を膨らませた。

 

 「別に……あやつのためではない! ただ、……あれじゃ。なよなよした人間一人助けれぬようでは、わしにだってプライドがあるのじゃ。神様じゃからな!」

 

 「なら、おばあちゃんにいい考えがあるけん。耳をお貸し」

 

 祖母は似た者同士の二人に少しだけ手を貸そうと考えた。自分の孫と同じくらい、いやそれ以上かもしれない難儀な性格をした目の前の神様に小さな一歩を踏み出せるように。

 老婆心からくるものかもしれないが、残された時間もあまりない。

 

 素直にこちらに近づいて耳を貸す神様に、祖母は両手を合わせてわっかを作りキツネ耳に添えて、助言する。

 くすぐったいのか、時折キツネ耳をぴょこぴょこと動かしながらも熱心に聞く様は彼女なりに真剣なのだろう。どうにかして今の状況を打破したいのだという意思を感じた。

 

 「……で、こうするん」

 

 「ふむふむ」

 

 「……あーしてこーして」

 

 「ふ、ふむふむ……!」

 

 「ふんだもんだ」

 

 「ふむふむふむふむ!」

 

 別にこの場には二人以外誰もいないのだから、こそこそと隠れ話をする必要性もないのだがそこはそこ。形から入るのが祖母流だった。それに、神様も形から入るタイプなのだろう、話を聞き、次第に目をらんらんと輝かせている。

 レディーだけのこそこそ話はものの数分もかからず終わった。後に残るは変わらず笑みを浮かべたままの祖母と、先ほどとは打って変わってやる気に満ち溢れた顔をした神様。

 

 「ふ、ふふふふ……。恵め、一泡吹かせてやるわ!」

 

 「コンちゃん、元気になってよかったねぇ」

 

 「うむ! さっそく実行して――」

 

 「あ、時間は大丈夫? あんまり動けないってきいとるよ」

 

 神様は掛け時計を見た。短針の針が六の数字に止まっている。

 残りは一時間ほどしかなかった。

 

 「ぐむ……、残り一時間ほどしかないのじゃ」

 

 彼女が動ける時間は未だ少なかった。信仰の力によって顕現できる時間も変わるため、動物たちからの信仰だけでは一日二時間ほどが限界なのだ。

 

 「それじゃあ、明日にすればよかばい。今日は準備だけにすればよかよ」

 

 「うぬ……、悔しいが今日は勘弁してやるのじゃ。……む? 準備とはなんじゃ――」

 

 瞬間。

 

 がっしりと、女性とは思えない力で神様は腰をつかまれた。あまりの速さに抵抗する間もなく俵担ぎのような形で担がれる。

 

 「なっなな、なんじゃ! 何をする気なのじゃ!」

 

 じたばたと抵抗を試みるが、米の一粒ほども抜け出せる気がしないほどに祖母の力は強かった。

 

 「コンちゃん、さっき尻尾からどんぐりやら小石やらおちんかった?」

 

 ほほ笑みながらも、神様からみれば般若にも見える祖母の口からは、なにか嫌な予感がするということだけは理解できた。

 

 「わ、わしの宝物と食べ物を保管してるのじゃ! それ以外は何もない!」

 

 戸を開け、隣の部屋へと移っていく。そこは洗面台と、人の服が物干しざおにかけられている場所だった。そしてさらにその奥。ガラスが曇ったような扉の先、そこから彼女の嫌いな熱を持った空気を感じる。

 まさかと、先に待ち受けているであろう地獄の場所を察知し最後の抵抗を試みた。尻尾で叩き、両手で祖母の服を引っ張る。

 

 けれども。

 

 「ごめんねコンちゃん。うちの製菓場は清潔第一だから、綺麗にせんとね」

 

 最後の抵抗もむなしく、がらりと扉があけられた。

 開けた瞬間、窒息するような蒸し暑さが神様の顔を叩いた。

 

 なみなみと浴槽に注がれたお湯。キューティクルな尻尾が重くなりそうな湯気。そして、大嫌いな石鹸の香り。

 

 「い、嫌じゃ! 湯浴みは嫌じゃぁ!」

 

 悲鳴にも近いその声は、祖母の無慈悲な扉を閉める動作により少しずつか細く消えていった。

 

 

 

 

 

 

 十数分後、洗われた犬のようにしなしなになった尻尾を抱えた半べその神様が現れたのはいうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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