男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様 作:イソン
神社の近くに、その店はある。
古風な住宅街とビルが入り混じった、ちぐはぐな味のある街並み。昔、城下町だった名残がある町には横切るように大きな川が流れていた。
平時は穏やかな川なれど、荒れたときは大暴れし全てを平らげてしまう。人はその川を恐れ敬い、神社を建て祀ったという。
だから、店の名前もその川と同じらしい。小さい頃の記憶、祖父に肩車をしてもらいながら聞いた事がある。
『菓子処 熊』。
和菓子屋の割に物騒な名前が付けられたその店は祖父母が経営し現在、恵が勤めている所だ。
田舎なれど、菓子処・熊の一日は忙しい。神社の向かい、通路と用水路を挟んで向かいに位置する場所は参拝客が寄ったついでに小休憩を行うには最適だ。そのため、神社の参拝客が来始める朝九時には暖簾を出す。
主な製品はおはぎにお餅、団子に饅頭。色彩豊かにガラス張りのショーケースに菓子が置かれた店内は数年前に大規模改修を行った結果、店外だけでなく店内にもイートインスペースを設けてある流行の店構えだ。
平日は地元客が多く、祝日になると観光客が増える。そのため、普段は裏方に回っている恵も祝日の時だけは表で接客を行っていた。
「ありがとうございました。また、お越しください」
紙袋を提げた二人組の女性にお辞儀する。今となっては慣れてしまった黄色い声に微笑みを返しながら入口まで見送ると、自動扉が開くと同時に夏の熱気がまとわりついた。
快晴の青空、祝日にここまで天気がいいときっと気分がいいだろう。暑さは気になるものの、それ以上に外に出ようという気分が増しそうだ。
だからだろうか。こんなにも人の流れが多いのは。
菓子処・熊は贔屓目に行っても人気のある店だ。大きな要因として男性が作る和菓子という希少価値と、なおかつここ最近は恵が販売に立つことも多く客層の豊かさに拍車をかけている。
けれども昨日といい今日といい、明らかに来店する客が増えている気がする。
接客の際に『本当に男が』『まじでいた』等の発言があった辺り、誰かの口コミで増えたのかしれない。
「さすがに疲れたな……」
大きく伸びをした。固まった体をほぐし、暑さを和らげるために店の裏手に備え付けてある蛇口から水をバケツに汲み取り、打ち水をする。
昼も過ぎていい時間になってきた頃合いだ。少し休憩に入ろうか、そう思った時だった。
白い車が一台、店の従業員用駐車場に入り込んできた。祖母の車だ。何かあったのだろうか、普段店の方には朝方しかいないため午後からくることは稀だ。
(とりあえず道具だけ片付けてくるか)
気にはなりつつも仕事が最優先だ。打ち水を終わらせ、道具を裏へ片づけに行く。あまり暑さが解消した気にはならなかったが、やらないよりはましだろう。
そう思いつつ、額に浮かんだ汗を袖口で拭いながら店の中へ戻る。
そして、店の中にいた人物を見て恵は呆けたように口をあんぐりと開けてしまった。
鮮やかな瑠璃色の着物、上前には水の流れを表現した流水文様に黄金色の稲穂がゆったりと垂れていた。小さめの帯には大小さまざまな花が織り込まれ、彼女の容姿と合わさり可憐さを醸し出している。
恥ずかしいのだろうか、少し頬をあかく染めた様子に恵も動揺を隠せずにいた。
「今日はね、コンちゃんとおはぎ作りにきたんよ」
いつもと違う彼女の隣で、してやったりという顔で祖母がこちらを見ていた。その言葉に、今日のお参りの際、神様が姿を現さなかったことに合点がいった。
いつ話し合ったのかは知らないが、祖母の顔を見るに恵を驚かそうとたくらんで動ける時間をこのタイミングに回したのだ。
何故、こんな回りくどいことを。
周りにいる従業員や奥の方で一瞬だけこちらを見て知らぬ顔をしている祖父も、祖母によっておそらく買収済みか。
何を言えばいいのだろう。そう考えた瞬間、彼女がおずおずと口を開いた。
「に、似合ってる……じゃろうか?」
少しだけ震えた声で発したその問いに。
「……か、可愛らしいと……思います」
慣れない言葉を口に出し、恵は顔に赤みを帯びたまま答えた。
「あれまぁ、めんこい子だね! 見てごらんさ、この耳もきつねみたいでふっさふさよ」
耳をぺたぺた。
「ほっんと! この尻尾も先っちょだけ真っ白ばい」
尻尾をさわさわ。
「お餅みたいに柔らかいほっぺねぇ!」
お顔をもちもち。
「た、たしゅけ……めぐみぃ、早く助けるのじゃあああ!!」
四方八方、四面楚歌。頭の中でパッと思いついた単語はこれぐらいだろうか。
合間の一休み。表に『只今休憩中』の看板を急遽立てて、祖母が連れてきたまだ幼い稲荷神を一目見ようと従業員が集まった結果、目の前の悲しい出来事が引き起こされてしまった。
もみくちゃにされながら彼の名を呼ぶが、残念ながら恵はいない。
店の内側。厨房ではあるが、側面がガラス張りの大きな窓が設置されており中で作っている人の様子が見れるようになっている。そこを覗けば、調理器具と材料を準備している恵たちの姿が見えた。
神様が一人でおはぎを作れるよう、練習したいとの事で祖母から言われたからだ。
祖父と恵の二人だけ、なんとも言えない雰囲気が空間を満たす。少しの間、黙々と作業する時間が経った後に祖父が口を開いた。
「……すまんな」
低い、少ししゃがれた声で恵に話しかける。祖父はあまり話すのが得意ではない。けれども、その短い言葉に込められた意味はなんとなく理解できた。
「逆だよおじいちゃん、ありがとう。……俺さ、今までわがままばかりだったから。今回も迷惑かけちゃって」
その答えに祖父は首を横に振った。
「お前のわがままは、わがままじゃない。あいつの方が迷惑かけてばっかりだ、それに比べれば……な」
「あはは、まぁ……母さんはああいう人だから」
恵が引っ越す原因となったのは簡単に言えば親同士の喧嘩みたいなものだ。
会った事もない父親、今や世界の標準として浸透している男性に対しての法律――精子の提供。男子の出生率が低下している現在において、『数うちゃ当たる』方針で作られたその法律は少なからず成果を上げていた。
正に恵がその法律で生まれたからである。
恵の母親は、良く言えば自由奔放な人だった。狭い田舎にいることを嫌い、自由を目指して大都会へ。そこから話をするには長くなるほどの大冒険後に不動産業というビッグビジネスで地位を確立し、高額な料金を払い子を宿したのだ。
そう、そこまではよかったのだ。普通の人生としては。
男の子が生まれた。
海外の神を信仰する男性と、日本の神を信仰する女性の間に。
珍しい状況ではあるものの、類似する組はゼロではなかった。だから、発覚が遅れたらしいと数年前に母親から聞いた。
父親の方はどうにも稀にみる敬虔な信徒だったらしい。敬愛する神に生まれてくる子が男の子だったら捧げようと『契約』するぐらいには。
発覚したのは恵がちょうど成人になる20歳の時だっただろうか。会った事もない父親からの手紙、神を崇める団体からの『契約』に関する通達。突然送られてきたそれに混乱すると同時に、自分が都合のいい道具みたいに扱われていたことに気づいた。
だから、逃げたのだ。見たくないものに蓋をするように、あらかじめ外堀を埋められおり戦ったとしても数年しか先延ばしできない、そう言われたときに。
そう、仕方ないのだ。男に生まれてしまったのだから。
「お前は頭がいいから……色々考えてしまうんだろうな」
気づいたら手が止まってしまっていた。それに気づいたのだろう、祖父がこちらを見ていた。恵が憧れる男らしさを持つその鋭い眼光で。
「……俺は、あまり言葉が上手くない。だからお節介はあいつに任せてる」
こちらに近づき、ごつごつした手で恵の頭をなでる。
「だから、お前がここに来て。あの子に会って生まれたその気持ちには、嘘をついちゃいかん」
見透かしたようにほんの少しの言葉で。かなわないなぁと目頭が熱くなる。そして、
「それにだ。せっかく少ない時間で来てもらってるんだ、そんな陰気臭い顔はするな」
ゴツンと。撫でていた手をすぐ握りこぶしに変えて、恵の頭に振り下ろした。
「ッ……! おじいちゃんて、口より先に手が出るよね」
痛みで涙目になりながら文句を言う。けれども、祖父は平然とした顔で前掛けを畳み始めていた。
「お前の親はしつけが甘いからな、俺がしっかりせんといかん」
「……返す言葉も」
どうやら祖母だけでなく、祖父にも口では勝てないようだ。
準備を終えた祖父が神様を呼びに行く。ドアを開いた先で、もみくちゃにされていた神様がこちらを見つけたのか、怒り心頭の様子で頬を膨らませながら向かってきた。
「どこにおったのじゃ! お主がいないからひどい目にあったのじゃ!」
そんな神様を見て。
もう少しだけ、わがままを押し通してみようかと。
早くおはぎを作ると意気込む神様に、久しぶりに心の底から笑みをこぼした。
「とまあさておき、おはぎを作ります」
「うむ!」
なんともいい返事である。楽しみにしていたのか、彼女のアイデンティティ達が感情を表すように揺れ動いていた。服装も祖母が用意してくれたのだろう、菓子処・熊の文字と絵柄がプリントされた前掛けを装備し、髪は三角頭巾でしっかりまとめられていた。
なんとも可愛らしい、体験教室に参加した子供のような姿だ。
しかしながら、祖母はこの短期間で彼女用の服一式をどうやって手に入れたのだろう。先ほどまで神様を他の人達と一緒にこねくり回しながら高価そうなカメラで写真撮影をしていたが、こうなることを予見でもしていたのだろうか。
そう考えると、恵の祖母ながら恐ろしい人物である。どうりで祖父も尻に敷かれているわけだ。
「それじゃあ、まずは手を洗ってください。ハンドソープはこれです……そう、ぬるま湯にしときましたので。気を付けてくださいね」
「うえぇ、石鹸の臭いじゃ……。む、なんじゃこれ。泡じゃ、あわあわじゃ!」
泡タイプのハンドソープで手を洗うだけでこの騒ぎよう。触れるものすべてが新鮮なのだろう、ディスペンサーを押すたびに泡状の石鹸が出るだけで大騒ぎする神様に苦笑いしつつ、熱湯が嫌いなので少しぬるめに調節し手を洗わせる。
そういえばと。恵は神様のために台座をセットしつつ考える。
彼女の一般的な知識はどこから得ているのだろうか。男性の事に関して知識はなく、かといえば箸を使ったり物を使うことに関しては最低限の知識は持ち合わせている。
神様が生まれる時、付属していたと言っていた服や携帯の様に何かしらのバックアップでもあるのだろうか。
まあ、あまり深く考えても今は仕方がないかと恵は自分の悪い癖を諫めるように、備え付きのタオルで手を拭いている神様におはぎに使うボールに入れられたあんこと原材料である小豆を交互に見せてあげた。
「今日はこれを使います。北海道……まぁ北の方にあるとこなんですけど、そこで取れるこの小豆を時間をかけて作ったのがいつも神様が食べてるこっちのあんこですね」
「むぅ。この赤い豆が……ぬ、この小豆もうまそうだのう」
「あっ、ちょっと。豆系の生食は毒があるんでだめですよ」
小豆をつまもうとする神様に注意しながら台座の上に案内する。物珍しそうに調理台の上に置いてある道具を交互に見ながら、そわそわと落ち着かないようにこちらを見ていた。
らんらんと目を輝かせている神様を見て、わかりましたと恵は答える。
「それじゃあ、始めましょうか」
「うむっ!」
尻尾が揺れる。ちなみにではあるが、その尻尾にもちゃんと可愛らしい花柄の専用尻尾巻き袋が用意されていたのを見て、祖母の恐ろしさをさらに感じるのだった。